やはり俺の青春ラブコメの相手が魔王だなんて間違っている。 作:黒霧Rose
「ねぇ比企谷くん、どうして写真ばかり撮っているの?」
「そりゃ仕事だからですよ」
文化祭二日目、俺は雪ノ下さんと学校を歩いていた。何故か?それは準備期間中、雪ノ下さんが俺の仕事を手伝う代わりに交換条件として俺と文化祭を回ることを勝手に約束したからだ。そう、勝手に。ここがとても重要だ。
「じゃあお姉さんの写真を撮りなよ」
「あなたを撮っても使えませんからね」
俺が撮っている写真は学校のHPなどに掲載、三年生の卒業アルバムに載せる予定のものだ。これから受験を考えている中学生やその保護者のためにここがどのような高校なのかを示すためである。故に、OGであるこの人を撮っても仕方ないのだ。
「こんな美人のお姉さんが居るって知れたら入学希望者は増えるかもよ?」
否定できないのが辛い。しかし、ここは千葉でも有数の進学校。つまり、大学進学を考えている中学生は第一にここを据えると考えてもいいので、定員以上は集まると思っていいだろう。
「必要ありませんね」
「ふーん」
そう言うと、雪ノ下さんは俺と腕を組み、自分の携帯で写真を撮った。
「あの」
「よく撮れてる」
携帯を確認して、笑顔で呟く。
が、その笑顔は嘘臭く、どこか狙っているかのようなそんな笑み。ただ、誰かに見せるための、誰かを魅せるための・・・それだけのための笑み。
「何してるんすか?」
「比企谷くんとのツーショットだよ。何かの時に手札になるかもしれないからね」
「それって消してもらうことは」
「うん無理」
デスヨネー。本当は知ってました。しかし、俺とのツーショットが手札になるかもしれないとはどういう意味なのだろうか?いや、この人の手札になること自体怖いことなんだけどさ。
「はぁ・・・まぁいいです」
「そうそう、その意気だよ」
放っておこう。
しっかし、この人と居るとこんなにも視線に晒されるのか。分かってはいた事だがどうも慣れない。女も、男も、それが誰であれこの人の事を一度は見て行く。そして、俺も見て行く。まぁ、こんな美人の隣が誰なのかが気になってしまうのは分かるが、残念ながらそんな綺麗な関係でもない・・・寧ろ、俺とこの人の間にはこれといって関係そのものがない。
「お兄ちゃん?誰と居るの?」
後ろから、よく知る声に話しかけられる。
「よう小町。この人は雪ノ下陽乃さん、雪ノ下の姉だ」
「ええ!?雪乃さんのお姉さん!?なんでお兄ちゃんと?」
そんな大声で言うなよ。ただでさえ多かった視線がさらに増えただろうが。
「それはね、私と比企谷くんはもう・・・きゃはっ」
「・・・・・・えええええええ!!!???」
「おいこら変な言い方しないでください。俺とあなたには関係と呼べるものはないでしょ。あるとしても同級生の姉くらいです」
変な言い方をしないでいただきたい。目の前小町を見てみろ、とても顔がグルグルと変わっているじゃないか。
「まぁ、そこんとこは後で詳しく聞かせてもらうからね!!」
そう言うと、小町は八重歯を覗かせながら笑った。
「詳しく聞かせちゃうよ!」
なんであなたがそれに答えてるんですかね。どう考えても俺に言ってたよね?
「はい!!ではでは」
ピシッと敬礼をすると、どこかへ行ってしまった。
「比企谷くんとは全然違うね」
「そっすね」
なんかもう色々と疲れてきたのでテキトーに返す。
「ちゃんと取り繕うところとか」
その言葉に、俺は堪らず振り返る。しかし、彼女の顔は『いつも』と同じ笑みを浮かべていた。
「・・・」
この人の前では、どんなものも平等に見えるのだろう。私情はなく、優劣もなく、そして先入観すらない。どんなものも『そういうもの』であり、どんな者も『そういう者』としか捉えない。捉えられないのではなく、捉えようとしない。淡々と、事実と客観的感想のみを述べる。
「おーい、比企谷くん?」
だからこそ、自身に対する主観的感想・・・それも客観という名の一般と大きく異なるものに興味を示す。客観視に重点を置く自分とは対照的となる者にこそ、その関心は揺れ動く。
「比企谷くん?」
しかし、現状それは妹の雪ノ下雪乃のみなのだろう。故に、彼女の興味と関心は
「比企谷くん!」
耳元でする声に驚き、考えが止まってしまった。
「やっとこっちを向いてくれたね。もう、お姉さんを悲しませるなんて・・・酷いぞ」
一体何を言っているんだろうかこの人は。
「まぁそれはいいとして、私はこれから有志の発表に行くから」
恐らく、ここでお別れと言うのだろう。そう予想できるほどには、俺も成長しているようだ。
「ついてきて」
「・・・は?」
「は?」
マジかよ。なーにが『俺も成長しているようだ』だよ。全くもって真逆のことを言ってるじゃねぇか。
「私と行動する、それが君に課したことだよ?」
当たり前の確認、当たり前を確認と言ったところだろうか。
「舞台の袖のとこに立ってればいいから。ほら、行くよ」
有無を言わせない絶対的微笑み。アブソリュートスマイル、なにそれカッコイイ。なんてことを考えてしまうほど、俺は疲れているようだ。
*
『圧巻』という言葉がある。滅茶苦茶噛み砕いて説明をすると、とてつもないほどの凄さという意味だ。元は最も優れている詩文を指す言葉だそうだが、その漢字はよく当てはまっていると感じさせられる。圧倒的という表現でもあり、舌を巻くとも表現ができる。人によっては巻くのは尻尾かもしれないが、それでもやはり通づるあたり読んで字のごとくと言えるだろう。
目の前で行われている、雪ノ下さんの指揮を見て俺は正に圧巻という表現が相応しいほどの心の揺れを感じていた。つまり、あまりにも圧倒的過ぎて舌を巻きながら尻尾を巻いて逃げ出したいのだ。
動きに無駄はなく、一つ一つが繊細で全体をより良く見せている。もしくは、魅せている。優美であることを活かすとは、このことをさすのだろう。
演奏も終盤にさしかかり、会場の緊張感も高まってゆく。しかし、それすらも雪ノ下さんにとっては演目の一部に過ぎないと、そう感じさせる。全てが雪ノ下陽乃にとってのステージ。
「どうだった?」
そのステージが終わると、俺は感想を求められた。こんな時、もっと言葉を知っていればと痛感する。
「・・・とても、凄かったです」
こんな拙い表現しかできない。感情が込み上げて来ると、言葉が出ないと聞く。そんなことはどうでもいい、さっきまでのステージに相応しい言葉を見つけられないことが重要なのだ。
「・・・そういう素直で簡潔な表現でいいんだよ」
そんなこちらの葛藤を見抜いているのか、彼女はそう言った。
不思議と、その顔は『あの人』と同じような気がした。
*
「相模さんがいない?」
有志の発表も全て終わり、エンディングセレモニー開始の少し前となった。だが、そこで聞こえてきたのはそんな言葉だった。
「雪ノ下、相模が居ないってマジか?」
「ええ、そのようね」
周りを見ながらそう呟く。
「ダメです、携帯も繋がりません」
実行委員の一人が雪ノ下に報告をする。
「マズイわね・・・これだと結果発表ができないわ」
この文化祭二日間の締めくくりとしてエンディングセレモニーは行われる。そこでの目玉と言えば、クラスの優秀賞および地域によるクラス優秀賞。故にこのエンディングセレモニーは多くの地域の人たちにとっても大きな意味を持つ。
しかし、その結果を知っているのは委員長のみ。そして、今はその委員長である相模が居ない。それがどのような影響を及ぼすのかは明白であろう。
「・・・優秀賞はでっち上げればいいんじゃないんですかね。どうせ票数は表に出ないんですから」
「比企谷くん・・・」
「それはちょっと・・・」
雪ノ下と城廻会長に呆れられてしまった。しかし、現状それしかやれることはないだろう。
「なら、どうするんですか?」
「・・・」
ここに居る全員が黙り込む。
「どうかしたのかい?」
何か異変を感じたのか、楽器を片付けていた葉山がこちらにやって来た。
「・・・それが、相模さんがいないのよ」
話すことにしたのか、雪ノ下がそう告げる。まぁ、コイツなら何かしらの協力はしてくれるだろうから正しい判断だな。
「・・・俺たちでとりあえず十五分は稼ぐ」
そう言い、先ほどまで持っていた楽器を指さす。なるほど連続演奏か・・・それなら確かに違和感をもたせることなく時間を稼げる。
「ありがとう」
雪ノ下も葉山の提案を受け入れる。
だが、十五分時間が伸びたところで大したことはない。仮に相模を探しに行くとしてもそれでは時間が足りなすぎる。
「もし、もしあと十分でも稼げたらあなたは相模さんを見つけられるかしら?」
雪ノ下は俺に向けて尋ねる。
「・・・分からん」
分からない。相模を見つけることができるか、そもそも探すつもりがあるのかどうかも・・・俺には分からない。
「不可能とは、言わないのね」
不可能かどうかも分からない、そういうこともあるだろう。
「へえ、それで雪乃ちゃんはどうやってその十分を稼ぐの?」
今まで沈黙を決め込んでいた雪ノ下さんが言葉を放つ。
「姉さんにも手伝ってもらえればその十分は確実に稼げる、と前置きしておくわ」
「私の手伝いがあれば・・・ねぇ」
その言葉に雪ノ下さんは口角を上げる。試すような、そんな怪しい・・・妖しい笑みを浮かべる。
「それを断った時に私にデメリットはあるの?私のステージは無事に終わり、尚且つ私は参加している側。それを踏まえた上でも私に対してのデメリットも罰もなさそうだけど。それとも、先生に言いつけちゃう?」
今度はからかうように笑う。
由比ヶ浜が何か言いたそうに前に出るが、それを俺が止める。ここで由比ヶ浜を出すわけにはいかない。今は雪ノ下が雪ノ下さんに話をつけなければならない場面だ。
「デメリットも罰ももちろんない・・・けれど、メリットはあるわ」
「メリット・・・どんなメリットがあるのかな?」
その笑みは変わらない。だが、その笑みがもつ意味は変わったと認識できる。からかいから、面白そうだという意味に変わった。
「私に貸しが作れるわ」
・・・なんつー覚悟だ。雪ノ下陽乃というある意味未曾有の姉相手に貸しを作る、だと?それがどんなに凶悪な事は想像にかたくない。
「・・・なるほど。成長したね、雪乃ちゃん」
笑みはなくなり、真剣といった表情になる。
「あら、私は元々こうよ?十年以上も一緒に居て分からなかったのかしら?」
まぁ、確かにそうかもしれない。
「へっ」
思わず笑いが出てしまう。
「なにか?」
「いやなんでも」
雪ノ下雪乃は、こういう奴だったかもしれない。ある意味、先入観や主観が勝りすぎていた。或いは、混ざりすぎていたのかもしれない。
「・・・そっか。じゃあ、雪乃ちゃんも十年以上も一緒に居たんだから、私がどう答えるかは分かるよね?」
雪ノ下に向けられた目は、今まで見てきたどの目よりもあらゆる感情を孕んでいた。黒く、どこまでも果てのない暗闇を映した瞳。あらゆるものを、飲み込むような・・・そんな瞳。
「もちろん」
「断るよ」