やはり俺の青春ラブコメの相手が魔王だなんて間違っている。 作:黒霧Rose
「ヒッキー」
「・・・由比ヶ浜」
「ちょっと・・・話そっか」
「・・・ああ」
放課後の下駄箱に彼女は居た。何をするでもなく、ただ寄りかかっていた。俺を待っていたのだろう。少し鼻先が赤くなっているのが見てとれる。長い間待っていたことを察すると、俺は彼女の言葉に従った。
「陽乃さんのために、何かするつもりなんでしょ」
「んな」
「分かってるよ。ヒッキーならきっとそうするって・・・分かってる」
俺と陽乃さんの関係を知っている・・・そして何より彼女は比企谷八幡を知っている。否、『比企谷八幡』を知っている。誰よりも大人で、誰よりも優しい。
故に、由比ヶ浜結衣に嘘は通用しない。
それ即ち、彼女に見せ掛けの優しさは通用しない。
「ゆきのんから言われたの。奉仕部の勝負はあたしとゆきのんの勝利だって」
「・・・確かにな」
そうだ。勝利者が雪ノ下のみというのは違う。結局の所、最終的には比企谷対雪ノ下と由比ヶ浜という構図が出来上がっていたのだ。ともすれば、勝者は俺を除く2人となる。なるほど道理だ。
「あたしの願いはさ・・・全部欲しい」
「・・・」
「けど・・・・・・それは与えられるものじゃない。ちゃんと、自分の力で掴み取りたい。ヒッキーを待つ選択を自分でしたように」
敵わない。決して彼女に勝つことなんて出来やしない。そう思わざるを得ない程に彼女は強かった。
「だから聞かせて・・・ヒッキーはどうしたい?」
真剣な表情。応えなくてはならない。そうか、今だ・・・今だったんだ。今こそ、俺が『俺』を終わらせる時だったんだ。
責任だとか、感謝だとか、寂しそうだとか、そういうカッコつけた理由なんていらない。誰が聞いても綺麗に見えるような理由なんて必要ない。自意識を拗らせ過ぎた解答なんて誰も望んじゃいない。他でもない、俺が誰よりも欲しがっていない。
「俺のために、雪ノ下陽乃さんを助ける」
これしか無かった。全部『俺のため』だ。それを言えなかった。その一言が言えなかった。
満足をしたのか、彼女はふっと笑った。母親が、子供に向けるような笑みで。
「・・・いってらっしゃい、ヒッキー」
*
なんだ・・・結局負けたのはあたし達・・・あたしの方だった。
きっとどこかで分かっていた。彼は優しいから、その言葉に絶対に応えてしまうんだって。助けてって言葉を、絶対に無視しないんだって。
誰よりも人の痛みを知っているから、助ける。
誰よりも優しいから、手を差し伸べる。
あたしのどうしたい?って質問に、彼はこう答えた。
『俺のために、雪ノ下陽乃さんを助ける』
おかしいな・・・国語が出来る彼なのに、返答が間違ってるよ。
そこは、『助けたい』って答えるはずじゃないの。
彼にしては珍しい、言い切り。それだけで全てが分かってしまった。彼が、あの人に向けているあらゆる感情が・・・分かってしまったのだ。
あれはそう・・・あたしと同じ。
あーあ・・・そんなこと言われたら、もうあたしには何も言えない。笑って送ることしか出来ない。
だからあなたのいないここでは・・・少しだけ泣くことを許してください。あなたを想って涙を流すことを、どうか知らないままでいてください。
じゃないと、あなたは進めないから。
じゃないと、あたしはあなたの邪魔になってしまうから。
行ってこい・・・あたしの・・・あたし達の、ダークヒーロー。
*
目の前に出されたスマホの画面を見て、俺は素っ頓狂な顔をする。愉快なピエロの完成だ。
「もう少し賢い子かと思ったのだけれどね」
「いやぁ、期待に応えられなくてすみません」
「・・・はぁ。交渉になってないわ。リスクを背負うに値するメリットが提示されてないわ」
「いえいえ、保護者会とはあまり関係のない話ですのでメリットもリスクもそちら側にはございませんよ。強いて言うなら俺と奉仕部がリスクを背負うだけです」
隣に居る雪ノ下に肘で小突かれる。彼女は眉をひそめてそりゃもう怒ってますよー!って表情。ごめんね後でちゃんと謝るから。
「言うなれば、これはただのプレゼンですよ」
「・・・何故こんなことをするのか分からないのよ」
というのも、目の前に居るは雪ノ下母。まったく、誰だよこの人また呼んだの。あ俺か。
そう、奉仕部で作ったダミープロムをそのままやっちゃおーというのが事の発端。
「合同プロムには既にお隣の海浜総合高校が参加するとの返事も頂いております。それに、先のプロムでは何人か満足していない方々がちらほら居るようですので」
「それで?」
「端的な話、気に入らないんですよ。俺たちが作ったプロムの方がクオリティが高いのに生徒会のプロム一つだけで評価されるのはちょっと納得出来なくて」
「・・・ふふふ」
さて、漸く魔王が動き始めたか。
「そうもいかないよ。この当て馬潰して保護者会黙らせたのはうちよ?それをここで通したらうちに文句が来るでしょ」
「そうね」
はっ、笑止千万。あなたが『雪ノ下』の名前を使った時点でこの交渉は既に始まっている。
あなたを引き込むという意味でな。
「あーそれはもう織り込み済みです。被害を最小限に抑え、尚且つ『そちら』と俺で責任を取れる範囲で行う方法がありますよ・・・例えば、そちらから代表者を一人出してその人と俺に責任をふっかけるとか」
「・・・・・・はぁ・・・比企谷くん・・・あなた、とんでもないほどに厄介ね。味方にも相手にもしたくないタイプだわ」
お褒めに預かり光栄だ。
「けれど、少なくとも私と陽乃、それから・・・」
彼女の視線を受けた雪ノ下は首を横に振る。
「雪乃もそのつもりはないようだけれど」
つい笑ってしまう。考えていることがあまりにも小癪過ぎて、あまりにもあの人に似通ってしまっていて思わず悪い笑みが零れる。
一つ、疑問があるんですよね。
なんて事は無い、本当に簡単な疑問ですよ。単純で、素朴で、純朴で、安直で、簡素で、質素で、容易で、シンプルで、複雑さの欠片も無く、考えるまでも無く、他愛すら無い、そういう歴然とした疑問が。
あなたの隣に居る人の事なんですがね。
その貼り付けた様な笑みを浮かべ、本心を隠してばかりで自分を見失ってしまうような人・・・あなたの娘さんについてなんですよ。
散々俺を引っ掻き回して、俺達を引っ掻き回して、自分だけは無関係ですよというスタンスをここに来てまで変えないその人の事、ちょっと言及したいんですよね。
雪ノ下のお母さん、あなたが何を考えてその人を連れて来たのかは知りません。
雪ノ下さん、あなたが何を考えてその人に連れて来られたのかは知りません。
しかし、一つだけハッキリしている事がある。
雪ノ下陽乃は・・・比企谷八幡の敵では無い。
さて、では本題の疑問をぶつける事にしましょうか。
一体いつから・・・雪ノ下陽乃があなたの味方だと錯覚していた?
「そう言えば、去年の文化祭で陽乃さんとツーショットを撮ったんですよ」
俺の発言に、この場に居る全員の表情が固まる。そん話するとは誰も思いませんもんね。
「陽乃」
彼女はスマホの画面を雪ノ下母に見せる。
「その写真・・・俺の顔とっても気持ち悪いですよね。俺としたことが表情を間違えてしまったんですよ」
「・・・」
「それに・・・・・・陽乃さんの方の笑顔もちょっと気に食わないですよね。そんな貼り付けただけの笑顔、見てらんないというか見たくないまであります」
口元を歪ませ、最低限の礼儀だけは損なわないようにペラペラと宣う。確実に後で殺されるがまぁいいだろう。
「もしもこのプロムを実施したら彼女の笑顔は最高のものになる・・・いや、寧ろ従者の俺がさせるまである」
「っ・・・」
「・・・ほう」
そう、初めから俺の話は彼女にしかしていない。それ以外の人の言葉なんて全て雑音に過ぎない。
ないない尽くしのプロムにおいて、間違いなく彼女の力は必要になる。卒業生でもあり、高い能力を持った彼女なら絶対に成功させられる。
そして何より、俺には彼女が必要だ。
「・・・では、その判断は陽乃に任せましょう」
「・・・え」
「聞こえなかったのかしら。ご指名頂いたのはあなたのだからあなたが自分で決めなさい」
俺の事を見て目を細める。流石、勘づいたか。
「・・・正直、馬鹿みたいだと思うわ。こんなのできっこないし、予算もない、人も、なんなら相方が彼である以上保証もない・・・」
酷い言われようだ。しかもその全てが当てはまっているという状況。こいつは高くつきそうだ。
「けど・・・一番馬鹿みたいなのは私」
その顔は初めて見る。自信満々で、魔王のような最高に挑戦的な笑み。
「だって、乗り気なんだもん」
雪ノ下陽乃という大きな存在の手札に俺がなれる訳が無い。故に、逆に雪ノ下陽乃を俺の手札にした。あの時に撮ったツーショットがこんな形で役に立つなんて思ってもいなかった。
「比企谷くんが言ってたデメリットだって、私と彼が成功させればいい話だもの・・・簡単なことよ」
ははは、と乾いた笑みで応える。カッコよすぎだろこの人。本性はカッコつけたがりとかギャップが凄いな。
「比企谷くん」
今までとは違う声音で名前を呼ばれる。
「・・・やるわね。大見得切ったのだから、必ず陽乃を笑わせてみなさい」
頷きで返す。こっわ。やっぱりこの人はやばい。俺の発言の意図を全て読んでいる。
「最後に・・・陽乃」
「なに」
「これは母親として聞きたいのだけれど、どうして彼に協力するの?」
その質問に彼女はそのままの笑みで返した。スマホの画面を・・・愛おしいそうに撫でながら。
「彼だからよ・・・女が男の力になるのにこれ以上の理由がいる?」
「・・・陽乃も女の子ね」
なんだ、結局そのツーショットはあなたの手札のままかよ。
*
「いらっしゃい・・・何か相談事かしら」
俺は何故か、そこに居た。足が勝手に向かっていたと言った方がいいだろうか。兎にも角にも、そこに行かなければ行けないような気がしていたのだ。
「いや・・・まぁ・・・悪かったな。色々と迷惑かけて」
「・・・ふふっ、今更よ。そんなことを言いに来たの?」
先に部屋を出た雪ノ下が、そこに居た。そんな気はしていた。きっと俺は、だからここに向かったのだろう。
「・・・比企谷くん」
「ん?」
「あなたの依頼を・・・終わらせるわ」
「・・・」
儚く風に舞うその髪を見ると、時が止まったような気分になる。いつまでも見ていたい・・・いつまでも、このまま見惚れていたい・・・そう思わせる。
「あの日、あなたが私達を知りたいと言った理由・・・それはきっと、関わりが欲しかったから」
「・・・」
ストンと、簡単に心に落ちた。
「あなたが歩み寄ろうとした私と、あなたに歩み寄ろうとしてくれた由比ヶ浜さん・・・あなたはただ、繋がっていたかった」
「・・・おかしいな」
首を横に振る彼女。
「何もおかしいことなんてない。人と繋がりたい、関わりたい・・・それは、普通の感情よ」
簡単なことだった。
俺が探していた理由・・・俺が欲しかった理由はこんなにも簡単なものだった。
そうか・・・だから、終わりなのか。
その答えを彼女が言った途端に、俺と彼女達の関係は終わる。俺が彼女達にかけた呪い・・・そして、『比企谷八幡』が最後に俺に残した呪い。
「変わったわね・・・比企谷くん」
それは・・・比企谷八幡の更生という名の繋がり。
「・・・そういうお前はあんまり変わらないな」
「ええ。それはあなたが教えてくれたことよ・・・そんなあなたに、私は憧れていたの。だから、ありがとう」
優しい笑みに優しい言葉・・・俺は、やっと雪ノ下雪乃を知ることが出来た。
「俺の方こそ、ありがとな・・・俺も、雪ノ下雪乃に憧れていた」
始まりを忘れていた自分に笑ってしまう。
「・・・勝者の権利を以てお願いするわ・・・私の姉を、普通の女の子にしてあげて」
そうだ。
『強く、正しく、間違わない雪ノ下雪乃』を押し付けていたなんて、そんなのは違うんだ。そんなのはただの言い訳で、カッコつけで、強がりで、取り繕っただけの言葉だった。
『強く、正しく、間違わないように生きようとしてる雪ノ下雪乃』に、俺は憧れていたんだ。
そうか・・・俺は彼女に、恋をしていた。
『魔王とは、世界が素敵だからと、そう言って立ち上がる者である』