やはり俺の青春ラブコメの相手が魔王だなんて間違っている。   作:黒霧Rose

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第26話 魔王とは、いつだって寄り添い合う勇者を求めている

 

夜、俺は陽乃さんと学校からの帰路を歩く。何も話さず、離さず、ただただ歩く。コツコツと彼女の履くヒールの音が響いては、少しだけ冬の寒さを纏った吐息が耳に届く。車の走り去る音はそれらよりも大きく、しかしそれでいて何事もなく過ぎていく。意味を持った音は、間違いなく彼女の発するそれだけだった。

 

「・・・なんかすみません、色々巻き込んで」

 

歩道橋に差し掛かった所で、俺は遂にその口を開くことにした。何を話せばいいのか、何から話すべきなのかを考えて、結局一番最初に出たのは拙い謝罪の言葉だった。あまりにも情けないとでも言えばいいのだろうか。もっと他にかけるべき言葉があって、そしてそれらはもっと意味を、意義を、理由を持っていたはずなのだ。

 

「はぁ・・・あの状況で断れる訳ないでしょ・・・それに、乗り気になったのは事実だから」

 

少しだけ安堵する。溜息に似た息を吐くと、俺は前を見据える。

 

「ホント、比企谷くんってなんなの」

 

「それはどういう」

 

「言葉の通りの意味だよ。人の笑顔を気に入らないとか、はたまた人を笑わせてみせるとか・・・意味分かんない。第一、私があの写真を消してたらどうするつもりだったの」

 

「そんときは写真なんて使わずに真っ向からあなたに喧嘩売るだけでしたよ」

 

「最低」

 

うぐっ、と呻き声を発する。

 

とは言っても、確実に残っていると思っていた。そう、確証があった。言葉には出来ないが、何故か絶対にあると信じて疑わなかったのだ。否、疑いたくなかったのだ。

 

「お母さんもお母さんで私が決めろとか言い出すしさ・・・もう恐怖すら感じたよ。まるで比企谷くんが言わせたみたい」

 

「まさか、そんなこと出来ませんよ」

 

あの人を手駒にするとか一生かかっても無理だろう。人生と経験のスケールがあまりにも違い過ぎる。言わせたのではなく、言って頂けたのだ。どうしてもこの人にかけて欲しかったその一言を。

 

「むしろ、あの人が俺に乗ってきてくれた事の方に恐怖を覚えてますよ」

 

「確かにね。あーあ、これで私も少しだけお母さんに喧嘩売ったような事になっちゃうなー」

 

反応しにくい事を。

 

「で、なんで私なの?」

 

その質問は必ず来ると思っていた。もっと言えば、待ち侘びていた・・・覚悟していたのかもしれない。

 

「・・・あれしかあなたを傷付けられなかったからです」

 

「・・・もっと聞かせて」

 

そのつもりですよ、そう返すように俺はその場で足を止めた。それを彼女も察したのだろう、少し前を行ったところで彼女もその足を止めた。

 

「ずっと考えてたんです・・・俺はどうしたいんだろうなって」

 

彼女は首を縦に振り、俺の話をただ黙って聞いてくれている。

 

「誰かのためとか、こうするべきだとか、こうしなきゃいけないとかそういう義務感とかじゃなくて、俺は何がしたいのか」

 

「・・・」

 

「・・・そしたら、あなたの顔しか浮かばなかったんですよ」

 

「・・・な、なにを」

 

えなにその反応、ちょっと可愛い。

 

「多分、なんだっていいんです。どこかに行ったり、何かをしたり、見たり・・・こんな風に話したり、そういうのでいいんです」

 

目の前に居る彼女の頬が少しだけ赤くなっている。霜焼けかな、なんて的外れな感想は抱かない。

 

「同じ時間を過ごしたい・・・あなたと、一緒に居たいんです」

 

「・・・それが、どうして私を傷付けることになるの」

 

「大切だから・・・大切だからです」

 

迷いはなかった。それ以外の言葉など最初から存在していなかったかように、すぐにその答えは俺の口が出た。

 

「大切だから、傷付けちゃうと思います」

 

俺はずっとそれを避けてきた。自分が人を傷付けるというその了解を飲み下すことが出来なかった。それは自分のプライドに関わるから・・・『比企谷八幡』はそういう在り方をしないためのものだったから。

 

だから俺には、大切な人なんて居なかった・・・作ってこなかった。大切だと思ってしまえば、きっと傷付けてしまうから・・・そういうもどかしさに耐えきれなくなってしまうから。

 

「感謝と、責任と、まぁ色々あります・・・それら全部含めて、あなたが大切なんです」

 

本当は『大切』だなんて簡単な言葉で括りたくはなかった。何時だか平塚先生が言っていた『大切という言葉は時として残酷』だと。あの言葉の意味がようやく分かった。こんな言葉、俺の感情を押し留めておくには安すぎる。

 

「・・・それは、あなたの言葉?それとも、あなたが押し付けているだけの言葉?」

 

自意識の化け物はそう簡単には倒せない。本音を語ろうとも、弱音をさらけ出そうとも、何をしようとしてもそう在るべきではないという厄介な言葉は脳内で反芻する。

 

「・・・私は、そんなありふれた偽物いらないの」

 

そう言って、彼女は早足で歩き出す。

 

あの時、俺はその背中を追いかけられなかった。その表情を見て、俺は追いかける資格がないと、そう自分に言い聞かせて後を追わなかった。心を掴まれて、その場に引き止められているような感覚さえ覚えた。実際は俺を止めるものなんて何もなかったはずなのに。

 

「・・・俺は・・・分からないんです。これが本音だって思っていても、どこかで違うと囁く自分が居る。本当は傷付けたくなんかないし、傷付きたくもない・・・そうなるくらいならこんなこと言わなければよかったとさえ多分思います」

 

 

 

 

俺は、彼女の手を掴んだ。

 

 

離さないように、もう二度と離れないようにと、強く彼女の手を握った。

 

 

 

「だから!」

 

 

震える彼女の手をそのまま握り、俺は言葉を続ける。

 

 

 

「一緒に、比企谷八幡を見つけてほしい」

 

 

 

振り返った彼女の目は、酷く怯えているようだった。分からないという恐怖や不安、そういったものが表されていた。やはり、この人は表情が豊かだとさえ思ってしまう。

 

「何を言ってるの?え?は?ちょっと・・・ん?一緒に君を見つけて欲しいって、え?」

 

「だから傷付けちゃうと思います。分からないことだらけで困らせますし、怒らせますし、なんなら呆れられまくって愛想つかされるまであるかもしれません」

 

「・・・」

 

眉をひそめて訝しげな視線を送ってくる彼女。よく見ると口もすぼんでる。

 

「けれど、俺はあなたを決して見失わない。それだけは約束します」

 

知っている。俺は、少なからず彼女がどういう人なのかを知っている。

 

そう、彼女は脆いのだ。

 

 

 

 

 

「・・・私、さ・・・可愛げないよ」

 

 

ぽつりと、ぽつりと漏れたその彼女の言葉は初めて聞いた言葉だった。

 

「何言ってんすか、面倒くさくて超可愛いまであります」

 

「ばか・・・ほら、私って腹黒いし」

 

「知ってますよ。たまに刺激的なのがいいですね」

 

「・・・私、頑固で意地悪で性格悪いよ」

 

「奇遇ですね、俺もそうなんですよ」

 

「・・・・・・私、すぐに自分を見失っちゃうような馬鹿だよ。そんな私と一緒に居ても、あなたをいっぱい傷付けるだけ」

 

 

「でも、それでも、そんなあなたがいい。俺も傷付けるんですから、おあいこです」

 

 

きっと、俺たちに足りなかったのはこんなやり取りなのだ。本来なら言葉にしなくていいはずのこのやり取り。いつも避けてきた。いつも理由をつけて、理屈を捏ねくり回して、無理矢理にでも言い訳をして逃げ続けた。

 

本音と、本性と、そして弱音と・・・自分の気持ち。それを伝え合うという、簡単なやり取り。

 

「全部あげます。俺にあるもの全部渡します・・・時間も、感情も、きっとこれから知ることになる比企谷八幡も、全部あげます」

 

だから最後に、カッコつけさせてくれ。本音を、弱音を隠すためのそれじゃない。自分に押し付けるためのそれじゃない。

 

ただの、男の意地として。

 

 

それが、『比企谷八幡』の最後の役目だ。

 

 

文字通り、『カッコつけた』俺の。

 

 

「だから、あなたに見入る権利を俺にください」

 

あなたを見失わないための、その権利を。

 

今まで、俺は彼女に魅入られ続けてきた。『比企谷八幡』が魅入られてきたのならば、今から始まるであろう比企谷八幡は見入っていたい。

 

ずっと、あなただけを見ていたい。

 

 

彼女は、その頬を真っ赤にしその瞳には涙を浮かべていた。唇は震え、何度も瞬きを繰り返す。目を瞑ると深呼吸をし、その瞳からようやく雫が開放される。

 

 

彼女はずっと俺に握られていた手を離した。

 

 

 

そして、俺たちに距離は無くなっていた。

 

 

 

「もう一回、もう一回だけ言うよ・・・私、可愛げないし、腹黒いし、すぐに自分を見失うような馬鹿だよ」

 

「ええ」

 

知ってますとも。

 

「いっぱい迷惑かけるし、いっぱい困らせるし、いっぱい傷付ける・・・その度に落ち込むしその度に当たるよ」

 

「でしょうね」

 

切れ味抜群の攻撃とか飛んできそう。

 

「それから・・・それから!」

 

 

「いいよ」

 

 

「・・・え?」

 

目を丸くした彼女が、俺の顔を見上げてくる。うーんこの可愛さ、下手すると銀河で一番かもしれない。

 

 

「いいよ、どんなあなたでもいい。そんなあなただからこそいいまである」

 

 

「・・・ほんと、ばか。カッコつけすぎ」

 

 

『比企谷八幡』の最後の役目ですからね。

 

 

 

「雪ノ下陽乃の全てを懸けて、比企谷八幡を見つけます・・・あなたの全てを、私にください」

 

彼女の額が、彼女の身体が、彼女の心が、俺に触れる。あんなにも大きく見えていたのに、こんなにも小さい。俺の胸にすっぽりと収まってしまう・・・たったそれだけの事に、今ようやく気付いた。

 

彼女が触れたところが、確かな温度を持つ。

 

今まで無かった・・・今まで、失くしてしまっていた暖かさを感じる。

 

目を閉じて、この暗闇の中であなたに触れる。何を探していたのか、何を求めていたのか・・・何が欲しかったのかに気付く。

 

 

彼女は嫌だと言うかもしれない。彼女は認めないかもしれない。彼女は、否定してしまうかもしれない。

 

 

けれど、俺はいい。俺はもう、それを望んでしまったのだ。

 

 

贋作でもいい。模造品でもいい。レプリカでもいい。偽物でもいい。

 

 

それがたった一つしかないのなら、それでいい。

 

たった一人しか居ないあなたとのものなら、それがいい。

 

 

 

 

ただ俺はずっと、この人との全てを・・・本物と呼びたいのだ。

 

 

 

 

いつまでも、本物をあなたと希っていたいから。

 

 

 

いつまでも、本物のあなたに恋願っていたいから。

 

 

 

 

 

 

『魔王とは、いつだって寄り添い合う勇者を求めている』

 

 

 

 

 

 

 

 

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