やはり俺の青春ラブコメの相手が魔王だなんて間違っている。   作:黒霧Rose

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第3話 魔王とは魔物の王ではなく、魔の王である

『断る』そう口にした。雪ノ下陽乃は、雪ノ下雪乃の提案に対し、断ると言った。

 

「雪乃ちゃん、交渉の仕方っていうのはね・・・相手に魅力あるメリットを提示しなければいけないんだよ」

 

雪ノ下さんは眉間に少しの皺を寄せながら言葉を続ける。

 

「今の私の興味はちょっと別のところにあってね、だからそれを近くで見届けたいと思ってるんだ。だから私は断るよ」

 

「・・・そう。分かったわ」

 

雪ノ下も、もう何を言っても無駄だと悟ったのか納得した様子だった。

 

「けれど、魅力が全然ないわけじゃなかったから少しだけ力を貸してあげる」

 

雪ノ下さんはそこで言葉を止め、歩き始めた。

 

「人を頼るっていうその判断は、間違いじゃないよ。だからこそ、必要なのは『誰に』頼るか。その意味をちゃんと考えてね」

 

そう言い終えると、出口から外へ出て行った。

 

「・・・とりあえず、探しに行ってくる」

 

この空気の中に居るのは耐えられないので、俺も出て行く。

 

「・・・ええ、お願いするわ」

 

「ヒッキー、頑張って」

 

背中から、少しの声援を受けて。

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ比企谷くん、さっきぶり」

 

出口を出ると、そこには雪ノ下さんが立っていた。なんとなくそんな気はしていたので驚きはなかった。

 

「・・・いいんですか?雪ノ下の提案を断って」

 

その質問が来る事もまた想定済みだったようで、少し笑みを浮かべると歩き始めた。

 

これは・・・歩きながら話すというわけか。

 

「いいんだよ、これで。もし私があれに頷いていたらあの子は間違いなく味を占める。君ならその意味が分かるでしょ?」

 

「また同じ手法を繰り返す、ですか?」

 

「正解。自分を交渉材料、つまり手札にするというやり方で慣れられると困っちゃうからね。そんなやり方を堂々とやる人は一人で十分だよ」

 

先ほどの笑みとは違い、目を細めて笑う。これはつまり俺への当てつけということだろう。

 

「けれど、魅力的なメリットであることに変わりはなかったはずですよね?」

 

そう言うと、彼女は目を見開いた。

 

「へぇ。流石だね」

 

そうだろうと思っていた。雪ノ下雪乃に貸しを作れる。このメリットを魅力的に思わないわけがない。特に雪ノ下さんにとってはまさに絶好というほどだろう。

 

「でも、別の方に興味があるのも本当だよ。だから、今度は私が比企谷くんに質問するね」

 

何故だか、その質問は聞きたくない。聞いてはならないと、そう心が告げる。

 

 

 

「比企谷くんは・・・どうして委員長ちゃんを探しに行くの?」

 

 

 

確信に変わった核心。或いは、確信して放ったであろう核心をつく質問。何故俺は行動をしているのか、何故探しに行くということを課しているのか?

 

「・・・」

 

考えれば考えるほどに分からなくなってゆく。今の俺が持ち、確実とも言える答え。

 

「君はあのスローガン決めの会議で、自らの行動理由を妹のためと言った。まぁそれが嘘か誠かは問わないけど、こうして文化祭は開催された。さっき君の妹が来ていた・・・これを踏まえれば君は目的を達成したと言えるよね。それなのに、どうして君はまだ行動をするの?」

 

いつかの帰り道と同じ、こちらを見通し見透す目で言葉を紡ぐ。一切の容赦など見せない、こちらの核心をつくばかりの質問。

 

「君の心の中に映っているのは誰?君の中の『助けたいと思うほどの大切な存在』って誰かな?」

 

あの日、俺の心の中には一人の少女が映っていた。自身の行動理由を探している最中、その少女は当たり前のように俺の心の中には居た。まるで初めからその答えが決まっていたかのように、必然の如くそこに、あった。

 

 

 

 

 

 

「・・・雪乃ちゃんじゃないの?」

 

 

 

 

 

だから、この人からその名を聞くこともまた必然だったのかもしれない。

 

「・・・」

 

「君のあらゆる行動は全部それで片付いちゃうんだよ。スローガン決めの会議、文化祭実行そのもの、そして今回の件・・・全部雪乃ちゃんのため。違う?」

 

映ってしまっていた。今の俺の瞳の中には彼女が映っていた。それは間違いなく、証明であった。比企谷八幡は、雪ノ下雪乃のために動いたと、動いているという証明だった。

 

「だんまり・・・か。往々にして図星をつかれた者は無言となる。無言は肯定の意、分かるよね?」

 

「・・・俺も、あなたに質問があります」

 

「自分はハッキリと答えを示していないのに・・・か。まぁいいよ、とりあえず言ってみな」

 

 

 

 

 

「相模がどこに居るのか、知ってますね?」

 

 

 

 

その質問をすると、その笑みは黒い何かを表しているかのようだった。

 

「さぁ、どうだろうね?」

 

その笑みのまま彼女は発言をする。

 

「・・・あなたは、意味の無いことをしない人です。歩きながら話すということにも当然意味がある。そして、あなたの足取りは確かなものだ。つまり、その歩みには意味がある・・・そう、相模が居ると。違いますか?」

 

雪ノ下陽乃という人は、俺の経験上意味の無いことをしない。あらゆる発言には意味があり、あらゆる行動には何かが隠されている。歩きながら話すというのはこの人の性格上、目的をもったものだ。ただ俺に質問をぶつけるだけならどこかで止まって話せばいい・・・なのにこの人は歩きながらを選んだ。それはつまり、彼女には行き先があるということだ。

 

「なるほど、いい思考力だ。じゃあ、その答えを確かめに行ってきな」

 

そう言うと、雪ノ下さんは管理棟の上を指さす。

 

そういうこと、か。

 

「見せてもらうよ、比企谷くん」

 

 

 

 

屋上のドアを開く。すると、そこには委員長の相模が居た。

 

ドアが開く音に気付いたのか、相模が振り返る。しかし、その顔は期待外れというものに変わった。

 

「エンディングセレモニーが始まる、体育館に戻れ」

 

そんなことには構わず俺は言う。

 

「・・・なんであんたなの」

 

小さい呟きだったがきちんと聞こえた。まぁそうなるのも無理はないか。

 

「いいから戻れ、お前は委員長だろ」

 

「もうとっくに始まってる時間でしょ?」

 

「本来なら、な。だが、今は雪ノ下たちが時間を稼いでいる」

 

雪ノ下さんからの協力は得られなかったがあの雪ノ下のことだ、恐らく時間は稼げているだろう。

 

「じゃあ雪ノ下さんがそのまま全部やればいいじゃん」

 

「お前のもってる集計結果とかあるだろ」

 

「ならこれだけ持ってきなよ!」

 

集計結果だけを持って行けば、俺は雪ノ下雪乃のやってきたことを否定することになる。彼女の受けた依頼はあくまで補佐。つまり、相模が委員長としての責務を全うしなければならない。

 

彼女を連れ戻すなら、彼女の聞きたいであろう言葉を聞かせればいい。

 

しかし、残念ながら俺にそれはできない。

 

 

ガチャ

 

 

再び、ドアの開く音がした。

 

 

「連絡とれなくて心配したよ。戻ろう、相模さん」

 

「・・・葉山」

 

現れたのは葉山だった。

 

「比企谷・・・そういうことか」

 

・・・なるほど、今の俺を見る顔で分かった。あの人の差し金か。

 

「さぁすぐに戻ろう、ね?」

 

まぁ確かに俺よりかは適任だろう。

 

「で、でも」

 

葉山は相模に近付き、宥めるように話をする。

 

 

 

このままグダグダと一進一退のやり取りをしていても無駄に時間が過ぎていくだけだ。最大でも約三十分、移動時間を差し引けばやはり事は急を要す。

 

 

 

雪ノ下は雪ノ下のやり方を貫いた。この一件があの魔王の手のひらの上であろうと、俺は俺のやり方を貫くだけだ。

 

 

「うち、本当に最低・・・」

 

 

 

「はぁぁ・・・お前は本当に最低だな」

 

 

 

俺のその一言に葉山と相模は黙り込む。

 

「相模、結局お前はチヤホヤされたいだけなんだよ。上に立って、周りを見下して、お前というブランド力を高めたかった・・・ただそれだけなんだよ」

 

「あ、あんた、何を言って」

 

「だから委員長になった。それが一番手っ取り早かったからな」

 

「比企谷、少し黙れ」

 

葉山がこちらを睨んでくる。だが、それでも俺は言葉を続ける。

 

「本当はお前だって分かってるんだろ?俺が一番先にここへ来た・・・それってつまり、お前のことなんて誰も本気でさが」

 

ドンッ!!

 

そこまで言ったところで、葉山に胸倉を掴まれ壁へ押し付けられた。

 

「・・・黙れと言ったんだ」

 

俺が黙ったことを確認すると、葉山は相模のもとへと行った。

 

「とりあえず体育館へ戻ろう」

 

そう言い、俺の横を通り過ぎ屋上のドアから出て行った。

 

「どうして・・・そんなやり方しかできないんだ」

 

そう、言い残して。

 

 

 

 

 

 

「どうしてそんなやり方しかできないんだ・・・か。隼人も分かってはいるんだね」

 

葉山たちが出て行くと、今度は雪ノ下さんが入って来た。

 

「なんで葉山まで呼んだんすか」

 

葉山が一人でここへ来た、それだけでおかしな話だ。『みんな』というものを主として考える葉山なら、相模捜索を単独では行わない。必ず彼女の取り巻きを連れてくる。更に、相模を特別扱いしているわけではないとも証明できる。

 

そして、俺を見て納得をした様子。これら全てを統合すれば答えは出る。

 

 

雪ノ下さんが葉山をここへ呼び出した。

 

「そうだね・・・隼人と比企谷くんの直接対決が見たかったからって理由じゃだめかな」

 

「・・・はぁ」

 

「まぁでも、予想の斜め下の展開が見れたから満足かな。あ、これ褒めてるから」

 

ケラケラと乾いた笑いをしながら彼女は呟く。

 

「さて、じゃあ体育館に戻ろっか」

 

「・・・ですね」

 

 

 

本当はまだここに居るつもりだったが、そうこの人に言われると、すぐにでも戻らなければいけないと思った。

 

 

 

 

 

文化祭は終了した。エンディングセレモニーは予定より遅れてしまったが、相模が担当するという本来の形で終えることができた。

 

体育館の片付けをしている時、平塚先生に『誰かを助けるということは、君が傷ついていい理由にはならないよ』と言われた。だが、俺は傷ついてなんていない・・・こんなもの傷にはならない、そう自分に言い聞かせた。

 

 

 

そして、俺は今

 

 

 

 

 

 

屋上のドアの前に居る。

 

 

 

 

 

 

 

部室へ行き、報告書を書こうと思ったのだが・・・足がここへ向いていた。

 

 

 

ここに、あの人が居る気がして。

 

 

 

 

ガチャ

 

 

 

ゆっくりドアを開ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁ学校中の嫌われ者くん・・・何か用かな?」

 

 

 

そこには、夕日に照らされた美女が立っていた。自然に、当然のように、絵画の如く、悠然とそこに居た。

 

「・・・答え合わせを、しに来ました」

 

「そっか。なら、言ってみな」

 

どこか安心したような表情を浮べる。まるで期待していたことがそのまま起きたかのように。

 

 

 

 

 

「相模をここへ向かわせるように仕向けたのも、あなたですね・・・雪ノ下さん」

 

 

 

 

「詳しく聞かせてほしいな」

 

彼女は目を瞑り、俺の答えを待つ。

 

「まず一つ目、あなたは相模の居場所を知っていた。本来なら見つかるはずがない・・・けれど、あなたはあの短時間で見つけた。最初は相模の居場所を知っているだけだと思いました。どこかで見たのか、予想がついていたのかは分かりませんが、そうだと思っていました。だが、そうじゃない。ここは、この屋上という場所は、そもそもあなたが指定した場所だった。違いますか?」

 

自分の中にある考えを彼女に放った。

 

雪ノ下陽乃という人物は、確かに様々なことを知っている。だが、全てを知っているわけではない。そして、相模が言った言葉・・・『なんであんたなの』この言葉こそが最大の鍵だった。それは来るであろう人とは違った時にする言い方だ。全校生徒、教師含め何百人という人が居るこの中で来る人を最初から定めるなんてほぼ意味が無い。

 

 

つまり、そんなことは自発的には行わない。願望程度ならするだろうが、それでもだろう。

 

 

ならどういうことか・・・そう、誰かにある人を向かわせると前もって言われていた。最初からプログラムされていたのなら、それは望みではなく確定事項になる。

 

 

 

 

それをなんの違和感ももたせることなく実行できる人間はただ一人、雪ノ下陽乃さんしか居ないだろう。

 

 

 

 

「・・・正解、よくできました。そう、委員長ちゃんをここへ向かわせたのも私。『集計結果を持ってこの屋上に行けば君にとって素敵な人を向かわせる』そう言ったら笑顔でここへ向かってくれたよ。向かわせる人が比企谷くんだとも知らずに」

 

「どうして、どうしてそんなことを」

 

「どうして?決まってるじゃん・・・比企谷くんのやり方を確かめたかったからだよ。だからまず、この文化祭二日目の間は私と行動することにした。そうすれば比企谷くんを近くで見られるから。次に、私の有志を近くで見させた。私と君との差を知ってもらうために。そして、委員長ちゃんをここへ向かわせ、隼人も呼び出した。この二人を相手に比企谷くんはどうするのか、それを確かめたかったから。結果は、予想を遥かに超えていた。だから、比企谷くんは全部正解したんだよ、おめでとう」

 

全部、この文化祭全部がこの人にとっては自分の欲求を満たすためのものだった。それだけのものに過ぎなかった。

 

「・・・そこまでした目的って、なんなんすか?」

 

「それも決まってる、前にも言ったよ」

 

 

 

そう言うと、彼女は俺の頬に手を添えた。まるで、いつかの帰り道のように

 

 

 

 

 

 

 

「私と共に在るってのは、どうかな?」

 

 

 

 

 

 

 

彼女から意識を逸らせなかった。

 

 

 


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