やはり俺の青春ラブコメの相手が魔王だなんて間違っている。 作:黒霧Rose
文化祭も終わり、季節は寒さへと舵を切った。そうなれば、段々と冷え込んでくるはずなのだがそうはいかない。
俺たちは2年生、つまり修学旅行を控えている。ともなれば、それは文化祭並或いはそれ以上の関心があるだろう。
だが、今の俺にあるものはそんなものではない。
『私と共に、在るってのはどうかな』
雪ノ下さんから言われた二度の言葉。俺はその言葉を忘れられずにいる。あの、光景を今でも覚えている。
*
『・・・できません』
俺はその提案を受け入れない。否、受け入れることができない。
『その答えがくることは分かっていたよ。だからもう一度尋ねるよ、それはどうして?』
『前にも言った通り、あなたを信用することができないからです』
同じことを繰り返す。お互いに、前と同じことを言う。まるで、諦めを知らないかの如く。
『それも分かってる。けれど、本当はそうじゃない。それも私は分かっている』
こちらを見透かしているであろう瞳は、更なる妖しさを見せる。
『あなたに、俺の何が分かるってんですか』
『分かるよ。君が信用できないのは私じゃなくて、私を信用しようとする自分自身でしょ?』
『・・・』
そんなはずはない。俺は自分を信用しているし、その上で受け入れている。信用できないのはこの人のはずだ。
『それだけじゃない。君が雪乃ちゃんに抱いている想いも私は知っている』
いや、ダメだ。これ以上この人の話を聞くのはダメだ。今すぐ、ここを出るべきだ。
ここに来たことを後悔し始めたが、それはもう遅かった。
『君は、自分の中にある雪ノ下雪乃っていう像を守ろうとしているんだよ。雪ノ下雪乃はこうで在るべき、そういう自分の偶像を』
思わず、目を瞑る。ああ、そうだ。その問いは何度も自分の中でしていた。雪ノ下雪乃は嘘をつかない、正しい、間違わない、そういうレッテルを貼り、そうでなければ失望をする。理想を押し付けてしまうという、自分勝手な期待。あらゆる勝手の、原点ともなる事実。
比企谷八幡は、偶像崇拝をしているということ。
『だから君は雪乃ちゃんを助けようとする。自分の中にある雪ノ下雪乃を傷付けないように、現実の雪ノ下雪乃をそう在らせるために』
彼女は笑っていた。軽蔑、侮蔑、そんな感情が混ざっている笑み。そう、あれは嘲笑だ。
『そのために、私は君を誘っているんだよ』
その笑みのまま、手を差し伸べてくる。
『君と私が、もっと現実を知るために。2人なら、それが分かるようになるよ』
『なんで、そこまでして、俺を』
その話を聞き、疑問が生まれた。何故、嘲笑の的である彼女は俺に手を差し伸べてくるのか。何故、俺とあなたの2人なのか。
『私と君は似ている。私たちはお互いに、自意識の化け物だからね』
『・・・』
その言葉は、不思議と胸に収まった。それが答えであると言わんばかりに。
『そうだねぇ・・・ゆっくり考えるといいよ。私は、君を理解してあげられる。君もまた、私を理解してくれる。私たちに必要なのは、その認識だけなんだから』
*
放課後、いつも通り部室に入る。そこには何も変わらない光景があった。
「もうすぐ修学旅行だよ!!」
「ええ。分かっているわ」
由比ヶ浜の発言で、2人はいつものように話をする。
俺は、どうして悩んでいる?最初から断るという答えは提示し、それは今も変わっていないはずだ。
だというのに、何故・・・何故俺はあの人の言葉を思い出している?
『私は、君を理解してあげられる』
そういう言葉は、俺が嫌っている言葉のはずだ。勝手に俺を理解した気になって、他人からレッテルを貼られる。同情、憐れみ、そんな感情を向けられることこそ、俺が気に入らないものだ。
けれど、けれど、俺は、その言葉に期待をしてしまっている。もしかしたら、雪ノ下さんなら、そうやって考えてしまっている自分が居る。
いや、違う。雪ノ下さんの言う『君もまた、私を理解してくれる』その言葉が引っかかっているんだ。俺があの人のことを理解できるわけがない。彼女は常勝無敗、天下無敵。そんなのに対し、俺なんかが理解できることなどありはしない。
『私たちはお互いに、自意識の化け物だからね』
・・・あの言葉は、まさか、まさか。
「ヒッキーはどう?」
「・・・え?」
由比ヶ浜に呼ばれ、ハッとする。ああ、また思考の渦に陥ってしまっていたのか。
「だから、修学旅行の楽しみとかある?」
「あ、ああ。戸塚と行動したり、戸塚と風呂に入ったり、戸塚と寝たりかな。むしろそれしか楽しみがないまである」
「結局彩ちゃんだけなんだ!?しかも所々キモイ発言がある!」
危ない。もう少しで色々と悟られてしまうところだった。
いつも通りのセリフで会話に参加をする。
「所々ではなく全てだった気がするのだけれど・・・いえ、彼そのものかしら?」
雪ノ下も雪ノ下でいつも通りの罵倒を放ってくる。肝心なとこを言わない辺り、俺への自覚を求めている。
「そんなこと言うなよ。昔のこと思い出しちゃうだろうが」
「どうしてそこまでトラウマの地雷が多いのかしら」
ホントだよ。
『うわ、比企谷に触れちゃった。キモーイ』
なんてことをよく言われたものだ。義務教育中なのに道徳心まるでねぇじゃねぇか。なに?心のノートとか書いてないの?
コンコンコン
部室の扉がノックされる。
「どうぞ」
「やぁ、失礼するよ」
その声で雪ノ下の目が厳しいものになる。
「あれ?隼人くんじゃん!」
葉山が入った来た。だが、その後にも誰か居るようで、入って来た扉を見ている。
「し、しつれいしまーす」
その口調は、戸部のものだった。なるほど珍しいこともあるようだ。
「ほら、戸部」
葉山が戸部に催促をする。どうやら相談があるのは戸部の方らしい。
「い、いや、でも、やっぱヒキタニくんに相談とかないわー」
ええーまさかの批判ですか。いや、うん、分かるよ。こんな目の腐った男に相談とか嫌だよね。
「かっちーん」
由比ヶ浜が効果音らしきものを口にする。それを口で言う奴とか存在してんのかよ。
「戸部っち、そういうの良くないよ!」
お、っと?話の流れが読めなくなってきたぞ。
「まぁ、全面的に悪いのは比企谷くんなのだから流石だわ。そういうことなので出て行ってもらえるかしら?」
超読めた。由比ヶ浜は読めなかったけど雪ノ下のは読めた。すげぇよ、マジですげぇよ。罵倒しながら褒めて出て行かせるとか変化球過ぎるでしょ。ジェットコースターかよ。俺の心持ちは登ってないけど。
「んじゃ、終わったら呼んでくれ」
紅茶の入ったコップを持ち、席を立つ。とりあえず、空いている教室にでも入って読書をしよう。それってこことあんまり変わってなくない?なるほど、どうやら俺も『固有結界』を持っていたらしい。
『無限の倦怠』(アンリミテッド・ダルネス・ワークス)
働く気がなくなるのではなく、働く気が起きない世界を作る。
うわぁ、なんだその結界。え?でもそれってもしかして労働という概念が存在しない世界ってこと?めっちゃいい能力じゃん。そうか、これが正義の味方ってやつだったのか。
「待ちなさい。どこへ行くのかしら?」
「は?出て行けって」
雪ノ下に止められる。出て行けって言ったのそっちだよね?
「出て行くのは彼らの方よ」
彼女は葉山たちの方を見て呟く。敵意、そういうものを向けている瞳だった。
「礼儀もない、礼節さえも弁えない。そのような人々の依頼を何故聞かなければならないのかしら?」
「ね。ほんとやな感じ」
時が、止まった。数秒、息することさえ忘れていた。今まででは考えられないような言葉に、俺はただ上げた腰をその場で落ち着かせることしかできなかった。
葉山たちの方を見ても固まっている様子だった。
「・・・まぁ、俺たちの方が悪かったな。戸部、出直そう」
落ち着きを取り戻したであろう葉山は戸部に声をかける。
「いや、もう引けないっしょ」
しかし、戸部はこの場に居続けることを選んだようだ。この空気でその判断ができるとかやっぱ戸部ぱねぇよ。尊敬とかしないけど、絶対しないけど。
「あの、実は」
*
夕暮れ、部室には俺しか居ない。雪ノ下と由比ヶ浜、そして今回の依頼人である彼らは数十分前に出て行った。
依頼・・・どうやら、修学旅行で戸部は海老名さんに告白するらしい。そのサポートを奉仕部でやってもらいたいとのことだった。
考える。
恐らく、この依頼は失敗する。由比ヶ浜から海老名さんが戸部をどう思っているかと聞いた時の反応で大体のことは察した。
考える。
2人が彼らに向けたあの反応。まるで、少なからず俺の味方をしていたであろうあの態度を。
『自意識の化け物』
彼女の言葉がまたしても反響する。
漸く、分かった。そして同時に、今俺の中にあるこの感情・・・やっと理解した。
俺はあの2人が、雪ノ下雪乃が俺の味方をしたという事実が、堪らなく気持ち悪かった。