やはり俺の青春ラブコメの相手が魔王だなんて間違っている。   作:黒霧Rose

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第9話 魔王とは、一つの英雄の在り方である

 

「応援演説での失態・・・俺はこの案で行く」

 

翌日の放課後、俺は部室に居る2人にそう宣言した。なんの脈絡もない言葉に、呆けた顔をしていた2人は段々とその表情を厳しいものにしていく。

 

「その案は昨日無しと言ったはずよ」

 

「そうだよ、ヒッキー。そういうの、無しにしよ」

 

「なら、他に何かあるのかよ」

 

「そのために代わりの人にお願いをするのよ。公約や演説の内容もある程度はこちらで立ててあるし、やってくれそうな人を」

 

「でも、そいつは傀儡だ。そいつが当選したとして、その後の生徒会活動はどうする。それに、やってくれそうな人ならもう選挙に出馬している・・・違うか?」

 

『やってくれそうな人』なんて、そんなもの簡単に見つかる筈がない。さっき言ったように、そんな奴は既に生徒会選挙に名前を出している筈だろう。だが、現状だけで言えば一色いろは以外に候補者は居ない。その事実が、今回の全てを物語っている。

 

「だから、今回は回避をするしかないだろ」

 

「・・・・・・そう。回避をすると、あなたはそう言うのね」

 

「・・・回避の何が悪い」

 

「そうやって、回避ばかりを選んで・・・それが何になるの」

 

「一色のためになる。一色にノーリスクで、尚且つ依頼解消をするならそれが最適だろ」

 

「・・・私は、認めない。逃げを、肯定したくない」

 

雪ノ下の言葉に、段々と溜め込んでいたものが溢れそうになってくる。頭にチラつくのは、昨日の葉山の表情。

 

『本当は、守りたい関係だったんだけどな』

 

アイツの事なんて知らんし、分かるつもりもないが・・・それでも、その言葉には僅かながらの納得が出来た。俺達奉仕部は、アイツのその想いを壊してしまった。人を頼ってまで守ろうとしたそれを、結局は守れなかった。

 

その事が、どうにも頭から離れようとしない。

 

「そんなんだから」

 

「ひ、ヒッキー?・・・それ以上は」

 

 

 

「そんなんだから、前回だって失敗したんだろうが」

 

 

雪ノ下の目が見開いていく。その隣に居る由比ヶ浜の瞳には悲しみのようなものが宿り、その表情は悲痛なものだ。俺だって驚いている。言うつもりは無かった。こんな事を言うなんて、自分でも思わなかった。自分から発せられたとは思えないような冷めた声に、俺の中の時が止まる。

 

「・・・」

 

黙ったままの雪ノ下を見て、俺は自分が何をしてしまったのかを今更ながらに悟った。あれは誰の責任でも無い。ただ、誰もが力不足で何も出来なかっただけの話だ。

 

その責任を、俺は雪ノ下雪乃に押し付けた。

 

その罪の自覚に、俺は吐き気がしてきた。

 

責任転嫁なんて、あまりにも傲慢が過ぎる。

 

 

「・・・・・・悪い、もう帰るわ」

 

 

そのまま、俺は部室を出た。

 

 

 

 

家に着いた俺は、真っ先にトイレに向かった。

 

出てくるのは胃液だけ。昼食は購買のパンを軽く食べる程度だ、何時間も過ぎた今なら当然のことだろう。

 

雪ノ下のあの表情、由比ヶ浜のあの表情、俺が言ってしまった事・・・それら全てがリフレインする度に、俺は堪えようのない吐き気に襲われる。

 

「・・・はぁ・・・はぁ」

 

浅い呼吸を何度か繰り返し、その吐き気が治まるのを待つ。

 

「お兄ちゃん、どしたの」

 

開けっ放しだったトイレのドアから、小町が顔を出してくる。俺の嘔吐する声を聞いてここまで来たのだろう。

 

「悪い・・・」

 

気持ち悪い。俺がこうなっているのも、何もかも俺が原因なのに・・・俺は、誰かに心配されている。

 

違う。心配されなきゃいけないのは俺ではない。俺だけは、誰かに心配されてはいけない。誰かを患わせてはいけない。今、誰かが傍に居なければいけないのはあいつらの方だ。俺には、そんな資格はない。

 

 

数分してから落ち着き、俺は制服から着替えるために自分の部屋に行った。スラックスを脱ぐためにポケットから携帯を取り出すと、通知が来ていることに気付く。

 

『これから会えない?場所は駅前のカフェ』

 

雪ノ下さんからだった。先程とは別の意味で背筋が凍る。うわ、なんでこの人からこんなメール来てんの。マジで行きたくないんだが。

 

・・・まぁ、断れる訳ないか。

 

 

 

 

呼び出された所に着き、とりあえずコーヒーを注文して一階を見て回る。

 

は?居ないんですけど。あ、これ小学生だか中学生の頃やられたやつだ。う〜わ、思い出しちゃったよ。トラウマを的確に突いてくる辺りホント嫌なんですけど。

 

店内を歩いていると、階段があるのに気付いた。なるほどそういうパターンか。まぁ、居なかったら居なかったでどうとでもなるか。

 

階段を登り、二階を見るとすぐ目の前にその人は居た。何故か帽子を被って、席に座っていた。

 

「あの、何してるんです」

 

「静かに。あれを見て」

 

雪ノ下さんの隣に座り、彼女が指をさした方向を見るとそこには、葉山と戸部、折本とその友人四人が席に座って談笑していた。

 

「・・・あれがなんなんすか」

 

「私の見立てだと、あれが本命じゃないと思うんだよね」

 

「・・・そうだとしても、俺を呼んだ理由とどう繋がるんですか」

 

「ま、見てれば分かると思うよ」

 

チラリともう一度彼らを見ると、折本達は帰る準備をしていた。辺りは暗くなっているし、妥当と言えば妥当か。

 

「昔好きだった子が誰かとデートしてるのを見るのは、複雑かな?」

 

「・・・まさか。もうそんなんじゃありませんよ。大体、あれを好きだったとは言いません」

 

「と言うと?」

 

「あれは、まぁ、一方的な願望の押し付けだったり、理想にはめ込んでただけです」

 

「・・・まさに、自意識の化け物だ」

 

自分が分からないからこそ、他人に押し付ける。他人に自分の願望を押し付けて、そこに反射した自分を見る。それが俺にとっての『比企谷八幡』だ。鏡写しのようにして輪郭を捉えなければ、俺は『俺』が分からない。

 

ならば、あれはきっと恋なんかじゃない。

 

ただの、自己嫌悪だ。

 

 

「・・・やっぱりね。ほら、見てご覧よ比企谷くん」

 

 

その光景に、俺は硬直をする。首は後ろを振り返ったまま止まり、そこから目が離せなくなる。

 

 

そこには、雪ノ下と由比ヶ浜が居た。

 

 

あの四人が、集まっている。

 

 

「あれがその結果。結局、ああするしかないもんね」

 

雪ノ下と由比ヶ浜は戸部に頭を下げている。その内容は分かる。声など聞こえなくても、俺には分かってしまう。前回の依頼で、奉仕部は戸部に対して何もしてあげられなかった。それどころか、最悪の結果に終わったと言ってもいい。恐らくは、その謝罪。

 

 

雪ノ下に責任を押し付け、俺は何もしない。

 

由比ヶ浜にアフターケアを押し付け、俺は何もしない。

 

雪ノ下と由比ヶ浜は謝罪をし、俺は何もしない。

 

 

俺は、何もしていない。

 

 

「君が何かをしなければ、誰かがやる。当たり前の事だよ。だって、人っていう漢字は片方が寄りかかってるんでしょ?」

 

文化祭のスローガン決めで言った事をここで蒸し返してくる。その通りだ。結局、人は誰かに寄りかかって生きている。それを許容し、それを無責任にも当然の事として飲み下している。

 

「・・・でも、あの子のあれは違う。だから、私はそれを認めない」

 

そう言って、雪ノ下さんは席を立った。

 

 

 

「ふーん・・・そうやって、雪乃ちゃんは誰かに理由を求めるんだ」

 

 

 

彼女は雪ノ下達の所へと歩いていくと、その帽子を外しながら言葉を放った。

 

「姉さん・・・」

 

「そうやって押し付けて、求めて、他人を自分のために利用しようとするところ・・・お母さんにそっくり」

 

「・・・」

 

「ねぇ?比企谷くん」

 

最悪だ。このタイミングで俺を指さしてきやがった。そこに居る人達は揃って俺を見る。

 

「・・・いや、雪ノ下さんのお母さんとか知りませんよ」

 

「そうだったねぇ。ま、そんな事はどうでもいいの」

 

こうなってしまった以上は仕方ないので、俺もそっちの席に向かう。本当に気分が悪い。さっきの事で、俺は絶賛気まずいのだ。

 

「頭を下げたのだって、誰かから理由を貰ったからでしょ?そんなの、雪乃ちゃんの謝罪とは言えないんじゃない?」

 

「それは・・・違う。私は、私の意思で謝罪をしたのよ。それをどうこう言われる筋合いはないわ」

 

「へぇ。じゃあ、雪乃ちゃんが誰かに押し付けるのはその結果かな?それとも・・・生徒会選挙の方かな?」

 

おいおい。そんな姉妹喧嘩をここで始めないでもらいたいんだが。なに?それを見せたいから俺をここに呼んだの?どんだけ傍迷惑なんだよこの人は。

 

「・・・話がそれだけなら私は帰るわ。もうこちらの用は済んだもの」

 

「待って、ゆきのん」

 

立ち上がろうとした雪ノ下を、由比ヶ浜が止める。

 

「ヒッキーは・・・本当に、あの案でいくの?」

 

「・・・そうだ」

 

「・・・そっ、か」

 

その表情は、さっき見たものと同じだった。悲痛で、何かを叫びたがっているような表情は容易に俺の心を抉る。あの吐き気がまた戻ってきたようだ。

 

 

 

葉山達が帰った後、雪ノ下さんは静かにその言葉を呟いた。確かに、ハッキリと、何かしらの感情を含んでその言葉は形となって彼女から発せられた。

 

 

 

 

「ホント、自意識の化け物だね。私達は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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