いちばん小さな大魔王!せかんどし〜ずん:りゅう兄のうわき現場 作:コントラポストは全てを解決する
私、二葉つくしには最近気になっていることがある。それは、同じ学校でバンドメンバーである倉田ましろ──通称ましろちゃんのことだ。結論から言おう、彼女は変わった。以前はオドオドして、何事にも後ろ向きだったのに、今ではそれを感じさせないほど活き活きしている。
「はぁ……竜介お兄様、今日もお美しい……」
時折ましろちゃんの口から出てくる「竜介お兄様」という言葉。ましろちゃんにはお兄さんがいるのだろうか。でも、お美しいって。もしかしてましろちゃんは重度のブラコンなんだろうか。でも、兄妹で恋愛は出来ない。ここは早いところ、ましろちゃんにお兄さんの事を諦めて貰わねば。
「あの、ましろちゃん……ちょっと良い?」
「なに、つくしちゃん」
「すごく言いにくんだけど……兄妹で恋愛は出来ないんだよ」
「?……私、お兄ちゃんなんていないよ?」
「え?じゃあ、竜介お兄様って……」
まさかましろちゃん……妄想の中でお兄ちゃんを作って……。元々妄想癖があると思ってたけど、まさかここまでとは……。
「竜介お兄様は私の初恋相手なの。写真もあるよ。はい」
そう言って見せられたスマホを見てみると、何やら紫色のツインテールを生やした中学生ぐらいの女の子と、男……女?性別がよく分からない人が一緒にご飯を食べてる写真があった。とても幸せそうだ。
「この性別不詳の人が竜介お兄様?」
「竜介お兄様は男!本人に聞かれたら怒られるよ?」
「ましろちゃんはこの人が好きなの?」
「うん、大好き!」
こんなに活気あるましろちゃんの笑顔は初めて見た。ましろちゃんは恋に燃えてるんだね。私は応援しよう。
「こっちのツインテールの女の子は、竜介お兄さんの妹?」
「ううん。恋人だよ」
「……恋人?」
「うん、恋人」
ましろちゃん、多難な恋をしてるんだなぁ……。大変そう。
「この女は宇田川あこって言ってね。私の竜介お兄様を誑かした忌々しい女なの……私があと1年早く竜介お兄様と出会っていれば、この女に竜介お兄様を渡さないで済んだのに……!」
「へ、へー……。ま、ましろちゃんはどうして竜介お兄さんの事を好きなったの?」
「私がお財布無くした時に一緒に探してくれて、そのあと喫茶店で奢ってくれたの。どう?運命的な出会いでしょ?」
「……それだけ?」
「え、これだけだけど」
ましろちゃん、ちょろすぎ……。普通初対面の人と一緒に喫茶店なんか行かないでしょ……。もし、竜介お兄さんが悪い人で、ましろちゃんを誘拐しようなんて考えていたら……。危ないなぁ……。まあ、竜介お兄さんはそういう人ではなさそうだけど。それに、『私の竜介お兄様って』……。もう竜介お兄さんは宇田川あこという人と恋人同士になってるのに。諦めが悪いなぁ。
「私はいつか!あの忌々しい宇田川あこから竜介お兄様を奪還して、私が幸せになるんだ!見てろ宇田川あこ!もうすぐ竜介お兄様の隣を奪ってやるからな!」
ましろちゃんは荒れていた。傍から見るとストレスが溜まっている人に見える。
「あら、倉田さん。それ、竜介さんの写真じゃない」
「瑠唯さんも竜介お兄様を知ってるの!?」
「ええ、ちょっとご縁があってね。それと倉田さん、私にも竜介さんの写真を貰えないかしら」
「えぇー……やだよ。欲しいなら1枚1000円ね」
「10枚貰うわ」
るいさんがましろちゃんから竜介お兄さんの写真を買っている……。竜介お兄さんにそこまでの価値があるとは思えないんだけどな……。というかましろちゃん、そんなに沢山写真持ってるの?一体どこで撮ってきたのだろうか。
ましろちゃんもるいさんも知ってる竜介お兄さん。一体どんな人なのだろうか。私も会ってみたくなった。後でましろちゃんに連絡先でも聞いてみよう。
───────
ましろちゃんに竜介お兄さんの連絡先を聞いたら、ましろちゃんと一緒に竜介お兄さんの家に来ることになってしまった。ドキドキする。一体竜介お兄さんはどんな人なんだろうか。怖い人じゃないと良いな。
「ここが竜介お兄さんの家……大きい……」
「じゃあ、入ろっか」
ましろちゃんがインターホンを押す。ピンポンという普通の音と共に、玄関が開いた。中から出てきたのは、紫ツインテールの──確か、宇田川あこという人だ。
「げっ、ましろだ」
「遊びに来ました!竜介お兄様のところに案内しやがれください」
「お帰りください」
あこさんが玄関を閉めようとした。しかしましろちゃんがドアに足を挟んでそれを阻止する。2人の間には何かただならぬ雰囲気が流れていた。学校であこさんの写真を見てた時もそうだけど、この2人、随分仲が悪いようだ。
「ましろ、足どけないと潰しちゃうよ?」
「あこさんのちんけなパワーじゃ私の足は潰せません」
「「……あ゛?」」
oh......バチバチに火花が散ってる。止めた方が良いのかな……。
「あこー?ピンポン鳴ってから随分時間経ってるけど──あ、ましろちゃん」
「竜介お兄様!」
竜介お兄さんを見たましろちゃんの声のトーンが上がった。女の声と言うやつだ。
「竜介お兄様、聞いてください!あこさんが私の入居を拒否したんです!友達もいるのに!それに、ドアに足が挟まって……あこさんがそのままドアを閉めようとして……」
「お、それはすまなかった。足首とか痛めてない?」
「多分、大丈夫だと思います……」
竜介お兄さんが片膝をついてましろちゃんの足を見る。揉んだり撫でたり、軽く叩いてみたり。竜介お兄さんに足の具合を見られてるましろちゃんの顔は……なんかこう、やばかった。他所には見せられない顔してる。
「うん。特に痛めてはないかな」
「ありがとうございます!」
「うん。どういたしまして。あこも気をつけるんだぞ。人様の足を挟むなんて事、今後ないようにな」
「ましろが自分から挟まれに来たんだよ」
「あこさんが狙って挟みました!」
「あっ゛?」
「あん゛?」
「こらこら、喧嘩しないの」
またバチバチと火花を散らしている2人を竜介お兄さんは宥める。扱い慣れてるなぁ……。それだけ2人が喧嘩してるって事か。ましろちゃん、Morfonicaでは大人しいのに。
「そっちの子はましろちゃんのお友達?」
「は、はい!初めまして!私、ましろちゃんと同じバンドで活動させて貰ってる、二葉つくしって言います。よろしくお願いします!」
「うん。よろしくね。ささ、上がって上がって」
竜介お兄さんに言われ、私とましろちゃんは家に上がった。大理石の様な玄関の床。綺麗に掃除され輝きを放つフローリング。リビングへの入口を開くと、可愛いカーペットやテレビ台で寝る猫、ダイニングテーブルに乗った手作りらしき菓子。台所もきっちり整理されていた。さながら女性の家のようだ。一言で言うとオシャレだった。
「今お茶出すからね。ウーロン茶と紅茶と麦茶があるよ。あとコーラ。どれが良いかな?」
「こ、紅茶でお願いします……」
「竜介お兄様、私はコーラが飲みたいです!」
「あこは麦茶で。ましろは水道水で十分だよ」
「あっ゛?」
「あっ゛?」
「はいはーい、喧嘩しない。今持ってくるからね」
竜介お兄さんは台所に消えて行った。私1人であこさんとましろちゃんの相手が務まるだろうか。あの空気の中には入りたくない。
「あこさん、ポーカーで勝負しましょう。勝った方が竜介お兄様の彼女です」
「ましろは何を賭けるの?」
「竜介お兄様の妹枠です」
「いらない」
「なんでですか!」
ましろちゃんは賭け事が下手くそだなぁ……。妹より恋人の方があこさんはいいだろうに。
「私に竜介お兄様の恋人枠を譲りやがれください。私の方がスタイルも良くて竜介お兄様にふさわしいです」
「欲しいなら奪ってみなよ。無理だろうけど。ぺっ!」
「このアマ……!」
また火花を散らしてる……。どうしよう、止めた方が良いのかな……。でも、あの2人の間に入るなんて無理……。
「淫乱ロリびっち」
「変態ブラコン」
「性欲おばけ」
「迷惑ストーカー」
「「……あん゛?」」
「はいはーい、飲み物持ってきたよー」
あこさんとましろちゃんがヒートアップしてきたところで竜介お兄さんが帰ってきた。良かった。私じゃ2人の相手は出来なかったから。ましろちゃんもあこさんも、飲み物を飲んで大人しくなった。ずっと飲み物が尽きなければいいのに。
「えっと、つくしちゃんだっけ?」
「あ、はい!なんでしょうか」
「あこが騒がしくてごめんね。いつもはもっと……まあ元気なんだけど、ましろちゃんが来るとテンション上がっちゃってね」
「い、いえいえ、こちらもましろちゃんが生意気言ってるようで……。ましろちゃんは迷惑になってないですか?」
「ううん、全然。むしろましろちゃんが来るとあこがはっちゃけてくれるから見てて楽しいよ」
あれを楽しいって言える竜介お兄さんのメンタルすごい……。
「なんで2人はあんなに仲が悪いんですか?」
「まあ、なんというか、相性が悪かったのかなぁ。譲れないものを賭けて戦ってるんだ。でもそのうち、夕日の河川敷で握手してくれるよ」
「漫画のライバル同士みたいですね」
「だね」
ということは、いつか2人も仲良くなる時が来る?ならいいんだけど。私には、この2人がいつまでも喧嘩してる未来しか見えない。気のせいかな。
竜介お兄さんは、ましろちゃんとあこさんの喧嘩を微笑ましく見てる。我が子を見るように、慈愛に満ちた目だ。とても17歳がする目とは思えない。
「竜介お兄様の手作りマフィンいただきます!」
「あ、それあこが食べようとしてたやつ!」
「早い者勝ちです。速さが違うんですよ、速さが」
「うっざ」
これ、ほんとに仲良くなるのかなぁ……。竜介お兄さんは止める気無さそうだし、飼い猫もなんだか面白そうに眺めてるし。
「賑やかで良いねぇ……ん、やっぱディトンの紅茶は美味しい」
「賑やか……で、片付けていいんでしょうか……。竜介お兄さんは、家の中でうるさくされるのは良いんですか?」
「当然。こうやってワイワイされるのは見てて楽しいしね。昔はこの家も寂しかったから、人が増えれば家も喜ぶ」
「な、なるほど……」
なんだろう……今竜介お兄さんの闇を見た気がする。一瞬、ほんの一瞬だけ目に光がなかった。この人は大丈夫なのだろうか。ちょっと心配になってきた。
「学校はどちらに?」
「羽丘学園に通ってるよ。つくしちゃんは月ノ森かな?」
「は、はい」
「すごいよね。お嬢様学校だもん。ですわーとか、お義姉様ーとか聞けるのかな」
「そういう口調の人も一応」
月ノ森女子学園は巷ではお嬢様学校と認識されているらしい。まあ、そういう感じの人も見かけるけど。私はお嬢様とはかけ離れてる。ましろちゃんは確か、家が高級レストランを営んでいたっけ。ということは、少なからずお嬢様に当てはま、る?でもましろちゃんにお嬢様らしさなんて感じない。
「俺も女の子だったら、月ノ森に通えてたのかなぁ」
「竜介お兄さんの容姿なら、多分そのままでもいけます。性別を偽って」
「はは。まあ、そんな機会ないだろうけどさ」
竜介お兄さんは本当に中性的な……どちらかと言うと女の子よりの顔立ちだ。イケメンとはちょっと違うけど、親しみやすくていいと思う。親の遺伝子が凄そう。気になる。竜介お兄さんはどんな家族構成をしてるんだろう。
「竜介お兄さんのご家族に会ってみたいです。ご両親とか」
「うん、俺も会いたい」
「……え?」
「俺の両親、離婚してる挙句、今どこにいるか分からないんだ」
やばい。地雷踏んじゃった……。
「き、きっと、竜介お兄さんの事を想って仕事してますよ。仕事が忙しくて帰って来れないんです」
「……そうだといいけどね」
慰めようと、自分の踏んだ地雷を回収しようと、何とか奮闘してみた。
私に地雷を踏み抜かれた竜介お兄さんは、寄ってきた飼い猫を撫でながら、窓の外の青空を眺めた。その目には、どこか怒りにも似た感情が宿っているようで、私はわからずも悲しい気持ちになった。優しい竜介お兄さんに、そんな顔をして欲しくなかったのだ。
「両親がいないって事は、小さい頃の竜介お兄さんの面倒を見たのは誰なんですか?」
「俺の爺ちゃん。優しくて、仕事熱心で、俺の事を第1に考えてくれて、いつも無理しちゃう。そんな人だった。俺の憧れで、俺が大好きな人。休みの日は一緒に散歩に行って、お菓子買ってくれたり、何も言ってないのにおもちゃ買ってくれたり。優しいんだ。爺ちゃんに撫でられるのが大好きだった」
「竜介お兄さんは、おじいちゃん子なんですね。どうりで優しいわけです」
「優しいかな?」
「はい。初対面の私と沢山お話してくれたり、ましろちゃんやあこちゃんが騒いでも笑って受け止めたり、おじいちゃん想いだったり、こんなに優しい味のお菓子が作れたり。凄いです」
「あはは、照れるなぁ……」
竜介お兄さんの様な、誰もが頼りたくなってしまう人に私はなりたいな。きっと、竜介お兄さんのおじいさんもこれを聞いたら喜ぶだろう。早くおじいさんに会いたい。
「おじいさんが帰って来るのは何時ぐらいなんですか?私、話してみたいです!」
「……爺ちゃんは、一昨年死んじゃった」
「……あ、ぅ……ごめんなさい……」
「あぁ、気にしないで」
また地雷を踏み抜いた……。どういうことだ。両親もいない、おじいさんもいない。竜介お兄さんは、一体どうやって生きてるの?お金とか、家事とか。家政婦さんに任せてるのかな……。あ、まだおばあちゃんがいる。
「あ、あの、おばあちゃんは──」
「……聞きたい?」
「やっぱいいです……」
危ない。また地雷を踏み抜くところだった。
「竜介お兄さんは、どうやって生活してるんですか?その……お金とか」
「親の仕送り。父親がバンドマン、母親が女優やってて、売れっ子なのか知らないけど、月に40万ぐらい入ってくる」
「そ、そうですか!」
「なんか嬉しそうだね」
良かった。ご両親は竜介お兄さんを捨ててなかった。まだ希望はある!
「それで家政婦さんを雇ったんですね」
「?……家事は俺がやってるよ?」
「……え?」
私の空耳かな。今、家事は竜介お兄さんがやってるって……。え?1人で?だ、だって、竜介お兄さんは学校があって、勉強もしなくちゃで……その中で家事?──ん?待って。じゃあ……昔はどうしてたの?
「あの、竜介お兄さん……。つかぬ事をお聞きするんですが、昔はどうしてたんですか?さすがに家政婦さんですよ、ね……?」
「俺と爺ちゃんで回してたよ?そうだな……俺は小3、4辺りから家事を覚えた」
「そ、その前は?」
「爺ちゃんが1人で。食事とか間に合わなかった時はインスタント食べてた」
待って、闇が深い。竜介お兄さんの話を聞いていると、胸の奥がキュゥって苦しくなる。きっと竜介お兄さんと同じような境遇の人なんていっぱいいるはずだ。けど、私は竜介お兄さんが初めて。だからこんなに胸が苦しい。
「家政婦さんを雇おうとは思わなかったんですか?」
「そういえば思わなかったなー。多分、爺ちゃんもいっぱいいっぱいでそこまで頭が回らなかったんだと思う。爺ちゃん、追い込まれると全部自分で解決しようとするから」
「そ、そうですか……」
追い込まれると自分で解決しようとする……まさか、竜介お兄さんにもそういう所が遺伝してたり……しないよね?竜介お兄さんが嫌な事を全部1人で抱え込んで、そのまま壊れちゃったり……。やだな……せっかくこんな良い人なのに……。
「おじいさんもいつも家にいた訳じゃないですし、小さい頃は1人でインスタント、なんて事もザラじゃなかったですよね……?」
「まあ、確かに。でもね、途中からはニャン吉が一緒にご飯食べてくれるようになったんだ」
竜介お兄さんはそう言って、飼い猫──ニャン吉を抱き抱えた。また慈愛に満ちた笑みをしてる。
猫と一緒にご飯……それって、結局一人ぼっちと変わらないんじゃないの?ペットはペット、家族じゃないってお父さんが前に言ってた。でも、竜介お兄さんのニャン吉を見る目はまるで家族を見るようで。
一体、この人はどれだけの闇を抱えているのだろうか。
「竜介お兄さんは、1人ぼっち……」
「そうでも無いよ。恋人がいて、ニャン吉がいて、幼なじみもよく遊びに来てくれる」
「で、でも!血の繋がった家族が誰も帰って来ないなんて……そんなの寂しすぎます……」
「つくしちゃんから見たら寂しいと思うかもしれないけど、俺にとっては普通だから」
竜介お兄さんはそう言って寂しそうに笑う。何が普通だ。そんな寂しそうな顔して。やっぱり、竜介お兄さんはおじいさんの遺伝子を継いでいる。辛いことを全部1人で抱え込んでるんだ。
なんで、もっと他の人を頼らない。
なんで、もっと他の人に甘えない。
竜介お兄さんは幸せにならなきゃいけない。これはもう、義務だ。
私は竜介お兄さんが幸せになれる方法を考える。あらゆる運命を計算し、竜介お兄さんが不幸にならないルートを考えた。幸福に満ち溢れていて、悲しい事なんて1つもなくて、心の底から笑顔になれる、そんな幸せの道。私はそれを探す──
──そして、答えを導き出した。
「竜介お兄さんは、あこさんと恋人同士なんですよね?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、絶対絶対、あこさんと幸せになってください!私も竜介お兄さんを幸せに出来るように頑張ります!」
「うん。ありがとう」
でも、あこさんだけじゃダメだ。もしかしたらあこさんが竜介お兄さんを捨てるかもしれない。女は利益で男を選ぶとお母さんが言っていた。もしあこさんが、お金にしか興味がない人だったら、竜介お兄さんが年老いたり病気で稼げなくなった時、竜介お兄さんを捨てるかもしれない。それにもしかしたら、何か大きな病気や事故にあって、あこさんがこの世を去るかもしれない。そうなったら竜介お兄さんは──それじゃダメだ。竜介お兄さんには幸せになってもらわなくちゃ。
だから、もし竜介お兄さんがあこさんに捨てられた時や、あこさんが亡くなった時のために、私が保険になる!
「竜介お兄さん!もしあこさんに捨てられたり、あこさんがいなくなった時は、私のところに来てください!」
「……え、え?……あ、うん……」
「そしたら私と結婚して、子供を作りましょう!」
「そ、そうだね……」
私と子供を作れば、竜介お兄さんと私の血を引いた──竜介お兄さんと血の繋がった家族が出来る。そうすれば竜介お兄さんは1人じゃなくなるはず。竜介お兄さんは幸せだ。
──これが、私の導き出した答え。
「二葉家長女として誓います!私は、竜介お兄さんを捨てたりしませんッ!!!!」
「あ、ありがとね……」
竜介お兄さんの手を取り、竜介お兄さんの目をまっすぐ見て誓った。私は絶対、竜介お兄さんを1人にさせない。私が竜介お兄さんの家族になるんだ。それで、幸せな家庭を築いて、竜介お兄さんには未練のない老後を過ごして貰って──。
きっと乗り越えなきゃいけない壁も多いだろう。けど、私はどんな困難も乗り越えて見せる!
私が竜介お兄さんを幸せにするんだ!!!!
「竜介お兄さん、私の想い……伝わりましたか?」
「う、うん。過去話してただけなのに随分情熱的になっちゃったね……」
竜介お兄さんは何故か困惑していた。なんでだろう。あこさんに捨てられた時の保険が出来たんだから、喜ぶべきことなのに。けど、竜介お兄さんは困った顔をしている……私、何か間違えちゃったかな……
「竜介お兄さん……私、何か変でしたか……?」
「あ、あー……うん。変というか、情熱的というか、ちょっと驚いただけ……かな。うん。
──ありがとね」
「──!」
竜介お兄さんが、笑顔で私の頭を撫でてくれた。その瞬間、私の胸の内側から温かい気持ちが弾け溢れる。な、なんだろうこの気持ち……。とっても、心地いい……。でも、おかしい……心拍数が上がってきた。顔も赤くなってる気がする。私、おかしくなっちゃった?どうすればいいんだろう……。私を撫でてる竜介お兄さんを見てると、ドキドキが早くなる……。な、なんだろこれ……この気持ちは、一体──……
「見てくださいあこさん。つくしちゃんが堕ちました。以外と早かったですね。撫でられて堕ちるとか、私以上にチョロいです。……チッ」
「ましろがつくしを連れて来るから、りゅう兄のうわき相手が増えたじゃん。どう責任取ってくれるの」
「じゃあ責任取って、私が竜介お兄様のお嫁さんになりますね♪」
「は?ふざけてんの?」
「真面目も真面目、おー真面目でっす」
「うっざ」
何か外野が騒いでいる。落ちたとか浮気とか責任とか、なんの話しだろうか。というか、竜介お兄さんの前で喧嘩しないで。竜介お兄さんに迷惑かけないで。竜介お兄さんの幸せを阻む者は、私が許さないよ。
「あこさんどーします?つくしちゃん、完全に堕ちちゃってますよ?もうメロメロですよ?竜介お兄様を見る目がハートになってます」
「……あこが行く」
竜介お兄さんを捨てるかもしれない危険分子、宇田川あこがこっちにやってきた。何する気だ。
「りゅう兄〜♪」
「ん、どうした?」
「なんでもな〜い♪」
「そっか。よしよし」
「〜♪」
「──ッ!!!」
竜介お兄さんに甘い女の声で近づく宇田川あこ。私の向かい側に座る竜介お兄さんの腕に、ぎゅっと抱きつく。私はそれを見た瞬間、ズキっと胸の奥が痛むのがわかった。心の底から不快感が湧き上がる。
あこさんは竜介お兄さんを幸せにしてくれるかもしれない人だ。だけど、竜介お兄さんを傷つける危険分子でもある。そんなあこさんが竜介お兄さんを仲良くしているのを見ると、複雑な気分になった。
「つくしちゃん、どうしたの?暗い顔して」
「……あ、い、いえ、なんでもありません。あこさんと仲良いんだなって」
「あことりゅう兄はちょー仲良しだからね。つくしの出番はないよ」
「ッ!」
声はさっきと同じ甘い女の声。でも、その目は明らかに私を敵視していた。『りゅう兄に近づくな。りゅう兄はあこのものだ』と目で語っていた。
確かに竜介お兄さんはあこさんのものだ。あこさんは竜介お兄さんの恋人だし。きっと竜介お兄さんの幸せを願っているのだろう。でも、だったら、竜介お兄さんの幸せを願っている私だって、竜介お兄さんと近しい間柄になってもいいはずだ。
私は今いる席を立って、竜介お兄さんの隣に座る。そして、あこさんとは反対側の竜介お兄さんの腕にぎゅっと抱きついた。あこさんに対抗するのだ。
「つ、つくしちゃん、どうしたの?俺の腕に……その……抱きついて……」
「……私だって、竜介お兄さんと仲良しです。だから、抱きついたって良いんです……」
「そ、そっか……」
「つくしはりゅう兄と今日出会ったばっかじゃん。あことりゅう兄の間に入って来ないでよ」
「ッ!……い、いつ出会ったかは関係ないと思います。大事なのは何を話したかです!」
「りゅう兄と何話したの?」
「学校のこととか……──か、家族の事とか」
「あー……だから堕ちちゃったんだね」
私が、落ちた?落ちるってなに。あこさんは何を言ってるのだろうか。
「あこさんにつくしちゃんも、竜介お兄様に抱きついてずるいです!私も抱きつきます!竜介お兄様、背中お借りします!」
「え?……あ、うん。ど、どうぞ」
ましろちゃんは竜介お兄さんの背中に抱きついた。右腕にあこさん、左腕に私、背中にましろちゃん。竜介お兄さんは困った顔をしていた。嫌だったかな。でも私、竜介お兄さんから離れたくない。
「竜介お兄様、私のおっぱいの感触はどうですか?」
「あー……良いんじゃない?」
「りゅう兄!あこもおっぱい押し当ててるよ!気持ちいいでしょ?」
「う、うん。気持ちいよ」
「あこさんのちっぱいじゃ竜介お兄様は満足しませんよーだ」
「あこだっておっぱいあるもん!」
「絶壁」
「あ゛?」
「おん゛?」
「竜介お兄さんの前で喧嘩しないでッ!!!」
全く、この2人は。すぐ竜介お兄さんを困らせる。お願いだから大人しくしてて。竜介お兄さんの困った顔が見えないのだろうか。
「えっと、皆?いつまでこの状態なのかな……。俺、そろそろ夕飯の買い物に行きたいんだけど」
「だって。ましろ、早く離れなよ」
「あこさんが離れたら良いですよ」
「竜介お兄さんがこんなに困ってるのに……この2人は……」
私はすぐにお兄さんから離れて、あこさんとましろちゃんを引き剥がすのに全力を尽くした。
「ほら、ましろちゃん、あこさん、竜介お兄さんから離れて。竜介お兄さんが困ってるでしょ」
「あこさん見てください。この女、献身さをアピールして正妻ぶってますよ」
「はぁ……これだからあこ以外の女は」
「なんですかあこさんにましろちゃんも。喧嘩なら買いますよ」
「お、良いね。ちょうどあこさんじゃ物足りなかったんだ。相手してあげるよ、つくしちゃん」
「あこは誰にも負けないよ」
皆さん、戦争が始まりました。
「上等です。表へ出てください問題児共」
「りゅう兄見てて。軽くひねって来るから。そしたら一緒に夕飯の買い出し行こ」
「ロリビッチと正妻もどきが相手ですか。チョロげーですね」
皆拳をごきごき鳴らして玄関に向かった。このまま3人で戦争するのだ。もし勝ったら、竜介お兄さんと一緒に夕飯の買い物に行けるかな。もし迷惑じゃなかったら竜介お兄さんと一緒に夕飯が食べられたり……あ、竜介お兄さんと一緒に料理もしたい。出来れば2人きりが良いな。だとしたら、あこさんとましろちゃんが邪魔だ。この2人には一刻も早く竜介お兄さんの家から出てって貰わねば。そして、今日は私が竜介お兄さんを独り占めするの。
これから戦争する私たち3人を見る竜介お兄さんの顔は何故かまた慈愛に満ちた笑顔だった。私たちを見てて楽しいのかな。
私、もしかしてましろちゃんやあこさん側になってる?ち、違うの竜介お兄さん。私はただ、あこさんとましろちゃんを止めようとして……。後で弁明しなきゃ。まあ、今は2人をぶちのめす事に集中しよう。
この後めちゃくちゃ戦争した。引き分けだった。