名探偵コナン&金田一少年の事件簿の犯人たちの事件簿 作:三柱 努
今日の事件は寝台列車 時刻表は関係ないけど
たった一つの真実隠す。見た目は平気、胸はドキドキ。その名は犯人!
男は宝石店店長。その裏の顔は浅間安治を筆頭とする強盗団の一員。名を加越利則といった。
強盗団の仲間の一人は薬物に侵されこの世を去った。その原因は浅間にある。
そして加越の宝石店のオーナーもまた裏で薬物を捌く悪党であった。
加越が仲間の仇となる2人を殺す決断に至るのも、そう難い話ではなかった。
だが加越は2人を殺す手段を思いつく能力に欠けていた。
しかし加越はかねてより愛読していた推理小説家『工藤優作』の未発表作を持っていた。
強盗の折に偶然客から奪ったバッグの中に、現金の代わりに入っていた原稿がそれだ。
舞い降りたのだ。トリックの神が。否、死神。死神の父が。
時は来た。殺人トリックは全て原稿に沿うだけ。
加越はまず殺人の舞台となる上野発北斗星3号のチケットを人数分用意した。
人気の電車であるが故、土壇場での確保は大変だが、前もって予約する余裕があれば容易い話だ。
次に浅間に自身の宝石店を襲わせた。狂言強盗としてだ。
だが当日、店にオーナーを招いていた。
狂言強盗とは知らないオーナーは冷静に防犯ベルを鳴らして浅間を追い払った。
当然、思わぬ反撃に驚いた浅間はこう言い残して去って行った。
「話が違うじゃないか」
そう。話が違う。だからこそ加越は浅間にその説明をする口実ができた。
それはそのまま、浅間を殺人の舞台・北斗星へと呼び寄せる口実となる。
一方、もう一人の仇であるオーナーも殺人の舞台におびき寄せる必要がある。
口実は簡単だ。声色を変えてオーナーに電話し、薬物密売の件で脅せばよいのだ。
「北斗星のロビー車で取引をする」と伝えるだけで、あとはオーナーから「北斗星のチケットを確保しろ」と命令が来るようになる。
自身とオーナー、オーナーの妻と共に北斗星に乗車すればトリックの第一段階は達成されるのだ。
だが第二段階に進む前に思わぬ事態が発生した。
オーナーの妻が、こんな貧相な部屋に泊っていることを周りに知られたくないと駄々をこね始めたのだ。
これは計算外。オーナーの妻の客室は殺害現場のすぐ近く。これから起こす殺人トリックに気付かれてしまう恐れがある。
だが加越は用意周到な男であった。原稿にはない展開のために、睡眠薬を常備していたのだ。
オーナーの妻に睡眠薬を混ぜた飲食物を差し入れておけば問題はない。
だが想定外の事態は続くもの。オーナーの妻なんぞ比べ物にならない厄介が、加越の足元に忍び寄っていた。
車内に有名な名探偵の毛利小五郎がいたのだ。
探偵の出没は原稿にも予言されていた。だが原稿では素人探偵。本物の名探偵ではない。
そして最後には事件に首を突っ込んだ探偵を殺す展開になっている。
『殺せというのか? この私に。毛利小五郎を? そういうことなのですね工藤先生!』
加越は歯を食いしばりながら決意した。
とはいえ今殺すべきは毛利小五郎ではない。順番でいえば浅間である。
加越はまず、浅間をサクッと撲殺した。
そして原稿の通りに列車の窓を割って、窓から浅間の死体を吊るして、その糸の先を自分の部屋まで引っ張って固定。
あとは任意のタイミングで外に落とすピタゴラ装置をセッティングした。
そう。浅間の死体のベルトに釣り糸を通し、死体を窓の外に吊って、釣り糸の先を自分の部屋まで引っ張って。
死体を窓の外に吊るしたまま・・・釣り糸を引っ張る?
『指が・・・千切れるわ!』
成人男性浅間。体重は諸々込々で70kg? 80? 90? とにかく重い。
手順が逆だった。原稿の通りに従っていては無理だった。
先に糸を固定してから死体を窓の外に出して、その後でベルトに糸を通すべきだった。
『工藤先生。トリックは机の上なんかじゃない。現場で起きているんですよ』
加越は死体を外に出してからベルトに糸を通すことにした。
死体を外に出してから? ベルトに糸を通す?
『腕がもげるわ!』
成人男性浅間。体重は諸々込々で70kg? 80? 90? とにかく重い。
だがまだ。まだこっちのほうがギリいけた。
こうしてフィジカルでトリックを完成させた加越。だが彼に休む暇は無い。
浅間と同じ衣装を身にまとい、オーナーの待つロビー車に向かった。
そしてオーナーをサクッと銃殺。
銃声と悲鳴がトンネル内の轟音をかき消した…
オーナーを殺した加越は、飢えた獣のごとく、闇の通路を駆け抜け…
とはいえその心は飢えた獣というよりかは
『この後のトリックの目撃者になってくれる乗客、来てくれ! でも私が拳銃を持っていることを警戒して誰も来てくれないかもしれない。勇敢な乗客、居てくれ!』
と願う、消極的な逃走者のごとくであった。
加越の祈りは通じた。
浅間の部屋にたどり着き、窓に向かって発砲した彼の姿を、毛利小五郎が目撃してくれていたのだ。さらには乗務員も目撃してくれている。
これはしめたと思った加越は毛利小五郎に銃口を向けた。厄介な名探偵をここで殺してしまっても目撃者に余剰はある。
だが待て。ここで探偵を殺すのは原稿のシナリオとは違う展開である。
不測の事態に対応するのはいい。だが自らシナリオを捻じ曲げてしまうリスクは避けるべきだ。
加越はそう思い立ち、威嚇射撃にとどめて毛利小五郎を牽制した。
そして目撃者たちの視線が逸れた隙に、部屋ではなく近くの階段に身を潜めた。
目撃者たちが復帰して浅間の部屋に突入した時、加越の姿はもうそこにはなく…
風と列車音がけたたましいメロディを奏でていた。
これにて加越の肩の荷は下りた。
警察が到着し事情聴取が始まったとしても、何も動じることなく彼は受け答えた。
だがここで加越は戦慄した。警察が半ば強引に客室内を捜索してきたのだ。原稿にはなく想定していなかった事態だが、考えてみれば当然のことである。
客室の加越の荷物には、このトリックに使った変装道具が丸々残されていた。これを見つかっては一巻の終わりである。
だが幸運にも警察はオーナーの代わりに部屋に保管していた釣り道具にしか興味を示さなかった。
無能。態度だけは有能だが、日本の警察に流るるポンのコツの血がここにも流れていた。
加越の脳裏に感と謝の字が通り過ぎた。
だがその直後に戦と慄の字が通り過ぎた。
毛利小五郎の推理ショーが始まったのだ。
これにて謎は全て解かれた…わけではなかった。
毛利小五郎の推理は動機部分。しかも浅間の自殺に関するもの。
宝石強盗が狂言であることは正解であるが、その真相はオーナーと浅間の共謀であり、その目的はオーナーが市長選で有利に立つための武勇伝を作るためだというのだった。
『そ、そう見えるのか。現実の名探偵の目には』
加越利則の取越苦労。
だが悠長に構えていられない事態が、再び加越に襲い掛かった。
黒縁の眼鏡の女性が、勝ち誇ったかのように一笑したのだ。
警察や名探偵、そして加越のいる前で。
「青函トンネルに入る直前だったかしら。その浅間って人の部屋の前で何か奇妙な長~い」
加越は戦慄した。女性が目撃したのはおそらくトリックに使った釣り糸。
文脈からそうとしか言えない。確実に目撃されたのだろう。
理外からの襲来。原稿では少年だったが、ここにいたのだ。分かりやすく都合よく。原稿の通りの黒縁メガネの探偵が。
だが天は加越に味方した。
「忘れちゃいましたわ」
黒縁メガネの女性の記憶力はピンポイントに忘却を働いてくれていた。
だが列車内に釣り糸というミスマッチな存在を忘れるものだろうか?
「でもご心配なく、きっとそのうち思い出せますわ。ね、誰かさん」
煽っていた。女性は確実に加越を煽っていた。
誰かさん。が、加越さん。にしか聞こえなかった。
だがあまりにも原稿の通りの展開である。
調子に乗った黒縁メガネの探偵は、犯人の手によって駅のホームから突き落とされる運命なのだから。
加越は女性を追いかけ、駅のホームで無防備に立つ女性の背に立つことに成功した。
頭の中で物語のクライマックスの文章が流れる。
罪人は音もなく若き探偵の背後に忍びより…
血塗られた手でその無防備な背を軽く突き…
プラットフォームを血に染めた…
ガシッ
「少々歯切れは悪いが、このあたりで筆を止めましょう。これ以上続けるのはあまりにも無意味だ」
その時、加越の手を掴み、殺人を止めた男がいた。
加越は思った。
『誰?』
「列車内で宝石店オーナーの出雲氏を殺害し、強盗犯の浅間をその犯人に見せかけて殺害したのは、加越さん、あなたしかいないとね」
男は唐突に推理を始めた。華麗に咲き乱れる推理の数々。まるでその場にいたかのように、加越のトリックを雄弁に語り始めた。
有無を言わさぬ完璧すぎる推理を。
俯瞰的に。まるで加越に乗り移ってトリックを隅から隅まで眺めていたような推理で。
さらにはトリックの最大の欠点である、証拠品の始末ができない点にまで言及。
こうして、謎は全て解かれた。
だがそれにしても、この男は一体何者?
「申し遅れました。工藤優作。あの三文小説の作者ですよ」
いかがでしたでしょうか? 上野発北斗星3号。
ハメ技じゃないか。
そりゃ居合わせて秒で解いてくるよ。当事者の名探偵すら欺いた今回のトリックを。
原作者が解きに来るとか。いや、解くとかそれ以前のレベル。
あの後、私は自首したわけですが。
貰っておけばよかった、サイン。それか握手を。
もちろん事件を起こした後だから、反省している私に提案できるお願いではない。
事件を起こさなければよかった。起こさなければ、普通に旅行に行くことになって、工藤先生と遭遇できていたんだ。
やっぱり悪事はダメ絶対。(え? 元・銀行強盗犯が何を言ってんだって?)