御門先生と一般男性が恋愛を始めたようです 作:ヘル・レーベンシュタイン
俺と御門さんは何処となく祭りの会場を歩き回っていた。屋台のゲームを楽しむ子供達やデートを頼む学生などが目に映る。誰も彼もが楽しそうな顔を浮かべている。
「.....」
「.....」
俺たちはお互い口を閉ざしていた。しかしこの沈黙は決して気まずさや不快感は無く、お互い心地良さを感じていたからこその沈黙だった。共に歩けるだけの喜び、それを実感しているからこそ一緒に歩いている。
「藤田さん、少し来て欲しいの。」
「ん?あ、ああ....」
沈黙を破った御門さんは人がほとんどいない場所へと誘導する。俺はされるがまま彼女の進む方向へと同行した。
そこは湖の広がっている場所、湖面が夜空と繋がっているかと錯覚するほど広かった。そして俺達は近くの茂みへと腰を下ろした。
「綺麗な場所だね....」
「ええ、そうね....」
そう言いながら御門さんは少しだけ身体を俺の方へと傾けた。身体の密着には少し慣れてきたものの、少し胸の鼓動が早くなる。
「御門、さん?」
「....お願い、貴方からも寄り添って欲しいの。」
少し目線を逸らしつつも、御門さんは俺の手を掴み自分の腰へと当てた。不意な出来事で俺は驚くが、同時に御門さんの鼓動が少し早くなっているのも感じた。
(この人も緊張していたんだ.....)
普段から余裕な表情を浮かべ、多少のアクシデントにも対応できる人だったか緊張なんてあまりしない印象が強かった。だがそれは俺の一方的なイメージなのだと理解した。
(けど、だったらなんで急に体の密着を?)
「ねぇ、藤田さん。私、もっと貴方に甘えたいと思っているの.....」
「....えっ?」
御門さんの急な発言に俺は戸惑ってしまう。そして彼女のいった甘えたいと言う言葉、それは一体どういった意味が込められているのだろうか?
「甘えたいって、それはどういう....」
「別に難しく考える事はないわ、要は私は貴方に身を委ねたいと思っているの.....少しだけでもそうする事で、心が落ち着くのよ。」
「....心が、落ち着く。」
「ええ....不思議と貴方と居るとそんな気持ちになれるのよ。」
何となく御門さんの言いたいことが分かった気がする。要は精神的にリラックスしたいということだ。騒がしい場所や忙しい場所、そういった場所が落ち着けるって人は決してそう多くはないだろう。寧ろストレスや不快感を感じてマイナスの感情が強くなってしまう人の方が多いはずだ。
「貴方と話したり、手を繋いだり、そして色々な場所に行くと、なんだかとても心のホッとするのよ。だから、いつでもとは言わないけど、もっと私は貴方に甘えたい....寄り添って過ごしたいと思うのよ。」
「御門さん....」
それは俺が彼女に抱いていたイメージとは違った一面だ。だが、同時にそれは尊いと思う。公の場でも、プライベードでも余裕のメンタルを保ち、カリスマ全開の超人的な人間というのは、世界中探しても極僅かな人数しかいないだろうと俺は思う。その中にも御門さんも入っているのかもしれないと思ったが、実際はそんな事はない。大人の色っぽさや医学に対して強い熱意を持っている宇宙人、そして俺と一緒にいる地球人のごく普通な女性だったんだ。
「....変かしら、私がそういう欲を出してしまうのは?」
「そんな事はない、幾ら大人でも誰かに甘えたくなるものだよ。俺だって仕事は全力で取り組むけど、休み時間や休日は結構寝てしまうし。」
「あらあら、それは健康的ね。けど眠り過ぎは夜更かしの原因になるから程々にしないとダメよ?」
「あ、はい....気を付けます。」
御門さんは俺の口に人差し指をつけながら、そう注意を施した。そんな彼女を俺は可愛いと感じて照れてしまう。そういうところで俺は敵わないなぁと思ってしまった。
「けど、お昼寝もいいわね。休みの日は貴方を抱き枕にしながら眠るのもいいかもしれないわね。」
「え、マジで?」
「ボーイフレンド相手なら、そういうのもアリだと私は思うけど?」
御門さんと一緒にお昼寝をする。それはとても魅力的な提案だが、彼女の体勢次第でその豊満な胸が当たってしまう。そうなると俺は眠っていられないのですが....などと邪な事を考えてしまう。
「ふふ、変な顔しちゃってるわ。何を考えてるのかしら?」
「な、なんでもないよ.....ただ、御門さんがどんな形であれ甘えたいというなら、俺は大歓迎だよ。頑張るのも大事だけど、心も身体も休めるのも大事な事だし。」
「藤田さん....ありがとう、その言葉を聞けただけでも気が楽になったわ。もちろん、貴方に甘えすぎて堕落しすぎないように私も気をつけるわ。」
彼女は微笑みを浮かべながらそういった。そして同時に、夜空に花火が打ち上げられた。轟音と同時に夜空に花のように広がる花火、三角さんと俺の視線が夜空へと向かう。
「あら、綺麗ね....」
「そうだね....花火なんていつ頃だろう。」
社会人になり、目まぐるしい毎日でこういう祭りに参加する機会もほとんど無くなった。それに、1人で祭りに参加したところで花火にも関心を向けることもなかったかもしれない。だが......
「また来年も、こうして来てみたいわね....」
御門さんの方へと俺は視線を移す。今の彼女はまるで子どものように純粋な表情を浮かべて花火を見ていた。またこの人の純粋に楽しんでいる顔を観れるのなら、祭りに行くのも良いかもしれない、俺はそう思った。
「....龍弥さん。」
「え、御門さ....」
俺も花火を見ようと夜空へと視線を移そうとした時、御門さんに不意に名前を呼ばれた。それも下の名前で呼ばれたのだから俺は驚いてしまった。そして目があった瞬間、彼女の柔らかい掌が俺の頬を包み、そして顔が近づき....過去最高に柔らかく心地良い感触が俺の唇から感じた。
「.....はぁ、龍弥さん。私....」
「.....ッ!」
御門さんは唇を離し、蕩けたような表情をしていた。それを見て俺は我慢できず、彼女を強く抱き寄せて、今度は俺がキスを返した。
好きだ、御門さんのことが大好きだ。俺の脳内ではその言葉だけで埋め尽くされ、その気持ちとシンクロするようにキスをし続ける。そしてその気持ちが満たされると同時に口を離した。
「はぁ....ふふ、キスって、こんなに心が満たされるものなのね。」
「あ、ああ.....俺も、初めてだけどそう思うよ。」
「初めてね.....私もそうよ。」
「これも、御門さんなりの甘え方の一つかな?」
「.....ええ、それも特別な人にだけに絶対やらないことよ。」
御門さんはそう言いながら手をからめるように握ってきた。俺も握り返す。もう緊張してされるがままなんて事はない。
「私、貴方のことが大好きよ.....これからも一緒にこういった日々を過ごしていきたいわ。」
「御門さん....」
「だから、私のことを名前で呼んで欲しい....さっきみたいに私もそう呼ぶから。」
「.....涼子、さん。」
「....ふふ、なんだかこそばゆいわね。けど、ありがとう....」
少し照れ臭そうな表情をしながら彼女は微笑みを浮かべていた。俺は自分で言っておきながらすごく照れ臭いが、とても彼女との距離感が近くなったことを実感した。今日一日で大きく進歩しただろう。
「龍弥さん、あの日に私に声をかけてくれてありがとう。貴方に出会えて本当に良かったと思えたわ。」
「こちらこそ、涼子さん。こんなありきたりな俺にここまで良くしてくれて。これからもよろしくね。」
こうした俺達はみんなと合流してお祭りの会場を後にした。この日は俺にとってかけがいのない一日となり、とても大きな思い出となった。きっと涼子さんにとっても、そんな一日になっただろう。
これでお祭り編は終了となります。めちゃくちゃ2人のターンとなりましたが、この小説における主人公とメインヒロインなのでこんな感じで良いかなーと思いながら書きました。一方でせっかくのお祭り系の話なんだから他にもスポットライトを当てて良いだろうと思いましたが....自分の手腕不足を改めて実感しました。
次回からはまた日常系に戻ろうと思います。