彼方のボーダーライン   作:丸米

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このお話は本編「死に内在する色彩を」のお話とリンクした話となっております。
未読の方は、そちらを先にお読みいただければ。


閑話休題一覧
華の色は


「自立」を目指してきた。

 

 それが。

 染井華、という少女であった。

 

 何が正しいのか。

 何が間違っているのか。

 

 それは色々な見方が出来るし、色々な結論も出るのだろう。

 自分が正しいと思ったものが自分にとっての正義であり。

 それと相反するものをきっと悪と呼ぶのだろう。

 

 正しさの多面性。

 それを染井華は、幼い頃から何となしに理解できていたのだと思う。

 

 自分の親が言う正しい事は、何処まで行っても親にとっての正しさでしかない。

 その正しさはきっと、精一杯娘を思いやった上での正しさなのだと思う。

 この正しさが、娘を正しい道へと推し進めてくれる。

 そう信じていたんだと思う。

 

 厳格な人だった。

 だから、娘への愛し方も厳格だった。

 

 その事を否定はしない。

 それでも無条件に肯定もしない。

 

 親の為に私は勉強するんじゃない。

 私は私の為に、勉強するんだ。

 

 いつか。

 自分は一人で生きていくことになる。

 私は私の足で、人生を歩いていくんだ。

 

 その時に。

 親の言う正しさだけを妄信して生きていく事だけは、嫌だ。

 

 何が正しい。

 何が正しくない。

 難しい話だ。

 

 未熟なままの自分に解るわけがない。

 未熟だからこそ、成熟した親の正義を正しいと思いそうにもなる。

 

 でもダメだ。

 それではダメだ。

 自分は。

 自分が信じる正しさを、見つけるんだ──。

 

 

 私は私にとっての正しさを行使した。

 

 私にとっての正しさとは。

 秤だった。

 正しさの天秤を握った。

 

 眼前に選択肢がある。

 一つ。

 自分の両親。

 二つ。

 親友。

 

 崩壊した家屋。

 彼方からは火の手も見える。

 寒々とした周りの温度。

 

 理解している。

 放置した方が死ぬ。

 

 ──両親は重い瓦礫の下。

 ──親友は比較的軽い木造の瓦礫の下。

 

 自分の腕力。救わなければならない人数。現在息をしている可能性。

 正しさの秤を、一つずつ乗せて行って。

 心の中で。

 キッ、と傾いた。

 

 ああ。

 これが正しさか。

 そう思った。

 

 私が正しいと思ったこの選択は。

 誰が正しいと言って、誰が間違っていると言ってくれるのだろう。

 

 誰も言ってはくれない。

 私しか、その判断は下せないのだ。

 そうだろう。

 これが何者にも縛られない、自分自身の唯一無二の正しさだ。

 

 自分の価値基準。

 正しさの天秤。

 

 一度それを持ったならば。

 もう──逃れる事は出来ないのだ。

 

 

 私は私の正しさを信じなければいけない。

 でも。

 

 思ったのだ。

 

 ──家族が無事なら何の心配もないので、最後まで思い切り戦えると思います。

 

 やっぱり。

 自分とは違う価値基準を持っている人もいるんだ、って。

 

 あの時。

 自分の価値基準の中には。

 家族かどうか、という部分は秤の上になかった。

 

 でも。

 今、こうして──家族という共同体を一番重い秤として置いている人を見ると。

 

 正しさの多面性、というものが明瞭に見えてきた気がするのだ。

 自分が斬り捨てた正しさ。

 それを心の底にしっかりと自らの支えとして持っている人が、いた。

 

 その輝きだけで。

 目が潰れそうな気がした。

 

 

「──成程ね」

 うんうん、と。

 嵐山准は頷いた。

 

「マジですみませんでした。あの時東さんを呼び込んだのは、俺です。──余計な負担を、嵐山隊と迅さんにかけてしまった」

「何で謝るんだ? 加山君が正しいと思った事をやった結果だろう? 何も責められる謂れはない」

「いや、俺は──」

「遊真君の身の安全を考えて、はじめに上層部と掛け合ったんだろう? 何も間違えていない。その結果として東さんがあの場に来たからといって、その正しさが覆るわけじゃない」

「.....」

 

 加山は。

 黒トリガー争奪戦の際に事前に起こした行動によって東春秋を敵勢に加えてしまった。

 

 その原因となった自身の行動について。

 加山は、洗いざらい説明していた。

 自身の力を過信して起こした行動。その結果として東春秋という強敵をあの場に召喚させてしまった事。

 

「──しょうもないわね。こういう事は結果が全てよ、加山君」

「木虎....」

「貴方の行動の過程で東さんが出てきてしまったところで、結局は倒せた。計画の全てが上手く行く事なんてあるわけがない。失敗した行動のリカバリーを、弓場先輩を呼び出したことでちゃんと行った。その全部の結果として上手く行ったの。反省の必要はあるけど謝罪の必要性はないわ」

「.....」

 今回ばかりは、加山でも木虎の言葉に反論は出来ない。

 全て正しいから。

 

「いいか。加山君」

 嵐山は、がっしりと加山の両肩に手をかけ、言う。

 

「全部が全部、君の責任だと思って背負いこむのは間違いだぞ。──ボーダーは、君がいて、俺達がいて、そして皆がいる。あの時、俺達は君がいてとても助かった。それが全てだよ」

 

 そう。

 嵐山はにっかりと笑って──加山を見ていた。

 

 

「──あ」

「こんにちわ、染井さん」

 

 染井華が休憩室でコーヒーを飲んでいた時だった。

 その人が、現れた。

 

「嵐山さん」

 表情には現さずとも。

 染井は焦っていた。

 何を隠そう。染井華。

 ボーダーに星の数ほど存在する嵐山准ファンクラブの一人である。

 

「休憩かな?」

「は、はい」

「うんうん。いい事だ。オペレーターは本当にとんでもない仕事量を捌かなきゃいけないからね。休むのも大切だ」

 ニコニコと笑みながら、嵐山は優し気に染井に声をかける。

 何とも自然なその振る舞いに、思わず笑みが零れる。

 

「あの」

「うん?」

「さっき──加山君が嵐山隊のお部屋から出て行ったのを見ました」

「ああ、加山君か」

「何かあったんですか?」

「いや。──うーん。ちょっと詳細は話せないけど。簡単に言うと、加山君が謝る必要もない事を謝りに来た、って感じかな」

 謝る必要もない事を、謝った。

 どういう事だろう? 

 

「ちょっとしたミスをしたけど、ちゃんとミスを挽回して結果も出したんだ。そのミスだって、加山君が手を抜いたから起こったわけでもない。その上で結果もちゃんと成功させたんだ。──謝る必要なんてあると思う?」

「......重く捉える必要はないと、思いますね」

「だろう? ──責任感が凄く強いんだろうね」

 そう言って、嵐山は笑う。

 

 少しだけ。

 染井は思う所があった。

 

 

「......あの」

「うん?」

「加山君、色々と噂が立っているじゃないですか.....」

「うん。──そうだね」

 

 犯罪者の息子。

 そこを根っことして、様々な噂に、色々な尾ひれがついて。

 噂がずっと流れている。

 

「俺は。広報の人間だから。──加山君のバッグボーンはある程度上から伝えられているんだ」

「.....」

「その上で言うよ。──加山君は何も悪くない」

 

 そうだろう。

 加山雄吾は、ボーダーの仲間から見れば何も間違ってはいない人間だ。

 

 でも。

 彼の事を間違っていると言い続けている人たちもまた、いるのだ。

 

 正しさの多面性。

 その中で──加山は自分を「正しくない」と否定している側の人間なのだろう。

 

「嵐山さんは」

 染井は。

 自然と──声を出していた。

 

「──いつか、家族の身の安全が第一だって、言っていましたね」

「うん」

「仮に、です」

 

 聞いて。

 聞いて、いいのだろうか。

 

 解らない。

 でも。

 ずっとずっと。

 聞きたかったことがあるんだ。

 この人に。

 この人だからこそ、聞きたい事が。

 

「家族が、他の誰かを優先して助けてしまって──」

 ああ。

 口に出してしまった。

 

「嵐山さん自身が、命を落としてしまったら。──家族を、恨みますか?」

 

 家族が何よりも大事だと。

 そう言っていた嵐山。

 だが──家族がその秤を、逆にしてしまったら。

 どう思うだろうか? 

 そんな事を。

 思ってしまった。

 

「──思わない。というより、その時に立派だ、って言える人間でありたい」

 

 嵐山は。

 珍しく迷いがちな口調で紡がれた染井華の真摯な疑問に──迷うことなく答えた。

 

「家族が死ぬかもしれない。そんな場面に立って。苦しまない訳がない。俺は俺の家族を誰よりも知っている。本当に優しい子だ。──だから。そんな子たちが、苦しみながらも、それでも他の人を助けているんだ。そうなったら。本当に悲しいし、そんな場面に絶対に家族を立たせたくはない。でも──いざそうしたら。俺は笑って、頑張ったな、って言ってあげられる。そんな人でありたい」

 

 ──ああ。

 やっぱりだ。

 この人は、迷わない人なんだ。

 そう言える強さがあって。

 厭うことなく自分を捧げられる覚悟もあって。

 

 そういう、人なんだ。

 

「──染井さん」

「はい」

「加山君も、多分苦しんでいるんだ」

「.....」

「俺も、充も、賢も、綾辻も、木虎だって──。みんなみんな、加山君がどれだけ必死にやっているか解っている。それは多分、染井さんも同じことだと思う」

 

 そうだろう。

 加山に、嵐山はいなかった。

 家族を犠牲にして救われた自分の命を肯定してくれる人が。言葉が。

 彼は。

 彼を苦しめる正しさの中にいる。

 

 まだ──中学三年生なのに。

 

「何で染井さんが、今の質問をしたのか。俺には解らない。──でも、染井さんがどれだけ人の命とか、優しさとか、そういうものを真摯に考えているのか。その部分に関しては、凄く伝わった」

 

 だから。

 

「──君の言葉は、絶対に加山君に届く。だから、本当の所を伝えてほしい」

 

 

 その日。

 墓参りに来ていた。

 その時だ。

 偶然にも程がある出会いをしたのは。

 

「久しぶりです、染井先輩」

 

「ええ。久しぶり、加山君」

 

 さて。

 それでは──自分の思いを、彼に伝えよう。

 何が正しくて。

 何が間違っているか。

 その判断は人の勝手だ。

 押し付ける事は出来ない。

 でも。

 自分が出来る事は──精々、別の選択肢もちゃんとあるんだよ、と伝える事だ。

 貴方の周りにいる人は。

 こんな人もいるんだよ、と。

 こんな風に思っている人もいるんだよ、と。

 かつて。

 自分の思いを、親友に伝えたように。

 そういう風に、伝えよう。

 そう思い、染井華は柄杓を置いた。

 

 

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