彼方のボーダーライン 作:丸米
ビーコンの反応がレーダーで映し出されていく中。
射手と狙撃手が、その反応の中に消えていく。
──挟撃のタイミングが、東の目には見えていた。
相手は、戦列が崩れた右翼側にボーダー側の戦力を引き摺り出して、左翼から右翼に向けて注ぎ込んだ戦力を流す形で戦列の立て直しを図った。
機動力と耐久力に秀でたラービットで戦列を乱し、後続の戦力を右翼側に向かわせる。
ここで東は右翼側に射手・銃手の射撃部隊を向かわせるのではなく、本部屋上にいた狙撃手の半数を地上に下ろし向かわせることで敵戦力を壊滅させることに成功。
そうして。
右翼側に向かわせた狙撃手をそのまま残し。
そして──敵が左翼から右翼に流れていく間。
つまり。
敵が左翼にも右翼にも存在しない──移動にかかっている時間内に。
残る半数の狙撃手も地上に下ろし、左翼側に向かわせる。
各員に指示を出し起動させたダミービーコンの反応内に紛れ込ませて。
そうして。
突撃に向かわせたラービット四体を三輪・米屋・緑川と柿崎隊が押さえている間に配置を完了。
両翼を抑え込んだ狙撃手が。
その間に横たわる敵兵の殲滅にかかる。
「──へっへ。ここから反撃開始だぜ」
狙撃の音が鳴り響く中。
米屋陽介はニヤリ笑った。
「──秀次。狙撃で足が止まった個体から俺と緑川で狩っていくから。ラービットの処理を頼むわ」
「了解」
ヨミが操縦するアイドラ二体は、全方位から叩き込まれる狙撃に足が止まる。
防御も間に合わず米屋・緑川の前に撃墜され。
別個体の合流も間に合わない。
そして。
ラービットの攻撃を掻い潜りながら鉛弾が撃ち込まれていく。
「──これは」
全方位から叩き込まれる射撃に、後方へと兵員を逃そうとするが。
──そこには。
「──ガイスト、
「──
玉狛支部の短期決戦トリガーが後方から弾幕と共に詰められていく。
「──戦列がもう保てない....!」
ヨミは悔し気に。
──本部内のガトリンとラタリコフに報告を行う。
それと同時。
「相手の戦列の崩壊ももうじきだ」
東もまた、格納庫の四人に伝えていた。
※
旋空と、処刑者が交差する。
金切り音と共に弧月の刀身と処刑者のフレームが衝突する。
側面を取り、旋空を放った太刀川。
その視線がガトリンと交わった瞬間。
真っすぐに見据えていた視線が。
僅かに上向いたのを、ガトリンは勘付く。
上を見ると。
上空を飛ぶ小南桐絵が、メテオラを射出していた。
爆撃と共に、煙が吹き上がる。
そして。
その煙の中に紛れ込む影が一つある。
──弓場拓磨だ。
煙で視界が遮られるその中に敢えて入り込み。
向かうは──ショートワープ。
煙で相手の視界から逃れ。
別口の地点にワープを行い、淀みなく射撃を行う。
──成程。
処刑者のフレームの間を抜くような軌道の弾丸を、鋏を閉じるようにフレームを合わせ防ぎつつ。
ガトリンは一連の攻防にかかる連携を見定めていた。
──二刀流のヒゲの動きは、斬り込み役。処刑者の攻撃に柔軟に合わせつつ、距離が空けば伸びる斬撃を叩き込んでくる。
──斧使いの女はヒゲの動きに合わせて三択の連携を取る。手斧で懐に入り込むか、大斧で一撃を叩き込みにかかるか、射撃で爆撃を行うか。
太刀川の旋空の存在がある故に。
ガトリンは連携の起点である太刀川の存在を無視できない。
斬り込んでくる彼の攻撃に、対応しなければならない。
どうしても太刀川の攻撃に合わせて、こちらも足を動かさないといけない。
足を動かした先に、小南の連携が待っている。
こちらの連携も択が多い。
手斧か、大斧か、それとも爆撃か。
どの択に対しても、別々の対応を取らなければいけない。読み違えれば一発でアウトとなる。
そして。
連携の最中に飛んでくる、弓場拓磨の銃撃。
常に太刀川よりも微妙に後方位置で立ち回りを行っているこの男もまた、厄介な連携を行使してきている。
太刀川の旋空が行使され、処刑者のフレームが動いたタイミングでの同時射撃。
もしくは
小南のメテオラで視界が遮られた瞬間からのショートワープによる奇襲。
──連携の選択が多い。一つ一つの質もいい。
近接攻撃を主とする者同士の連携は非常にシビアだ。それを当然のようにこなしている太刀川と小南のレベルの高さもそうであるが。
その連携の間に挟み込まれる拳銃使いのワープと攻撃の組み合わせも厄介。
そして。
──ラタリコフを単独でほぼ押さえているあの若いの。
踊り手の円輪の軌道を見切り、透明化のトリガーでこちらの連携を乱しつつ単独でラタリコフを抑えている。
互いが互いに、決定機を得られないまま時間だけが過ぎていく。
──これでいい。ここで全員倒す必要はない。
大砲を、遠征艇に叩き込めば──それで終わりだ。
そこまで時間を稼げれば──。
その瞬間。
ガトリン・ラタリコフ両名の耳に──戦列の崩壊の報が伝わる。
そして。
同じく、ボーダー側にも。
「──外の連中、頑張ってくれてるみたいだなァ」
弓場は。
「全員、聞けェ!」
この報告を聞いた上で──こう叫んだ。
「あと四分で──こっちに増援が来る! 気張っていくぞォ!」
当然。
その言葉はガトリン・ラタリコフの両名の耳にも届く。
戦列が崩れかけているこの戦況。
余裕が出来た外の兵が、こちらに増援を送ってくる。
──ブラフだ。
敵の狙いは解っている。
この大砲のチャージ時間が気にかかっているのだろう。
初撃は弓場拓磨の銃撃により逸らす事が出来たが、次はそうはいかない。
だから。この大砲のチャージ時間が残りどれくらいなのか。
それを知りたがっているのだ。
残り四分で増援が来る──この状況下。もし残り四分以上チャージに時間がかかるのならば、この四人のうち何人かは仕留めなければいけない。増援が来た後も戦えるように、これまでの防御的な立ち回りを捨て攻撃に転じなければいけない。
ただ、四分もかからずチャージを終えられるのならば、何も問題はない。これまで通りの戦いを続ければいいだけだ。
弓場は見定めている。
大砲のチャージが、四分以上かかるのか、どうか。
──外の状況の変化で余裕が出来た故に増援が来る。それは解る。ならばそれを俺達に伝える意図はなんだ?
その意図をブラフだと、ガトリンは感じる。
しかし。
「隊長。何人かの兵士が砦内に入っていったのを確認しました.....!」
ヨミからの報告もまた、同時に上がっていく。
ブラフと断ずるには──根拠が積みあがっていく。
玄界にはワープが可能なトリガーも存在する。
砦の最下層に位置する格納庫までの道にも、ワープできる地点があるかもしれない。
四分は、増援が送られるには十分現実的な時間でもある。
残りのチャージ時間は。
ざっと、六分はかかる。
ブラフでなければ──増援が来てから丸々二分間。戦わなければいけない状況だ。
「ラタ」
苦渋の表情で。
ガトリンは指示を出す。
「──四分で、こいつらを可能な限り仕留める。連携して一人ずつやるぞ」
※
弓場の発言は。
半分ブラフで、半分本当であった。
外の戦力をわざわざこちらに入れたりはしない。
外から本部に入れたのは、飽和射撃をする中でトリオンが切れかけた隊員だ。
敵勢のオペレーターにその光景を見せ、弓場の発言の信憑性を増させるため。
しかし。
本部内には──十分すぎるほどの戦力が、一人いる。
忍田真史。
ボーダーにおいて、最強のノーマルトリガー使いの男が。
現在。
外は東の指揮により崩れ、内部の侵入者も格納庫の二人以外を仕留めることが出来ている状況。
忍田の指揮がなくとも十分に戦況を回せる状態であり、彼を現場に出す事も特に問題はない。
現在、忍田は作戦室内でスタンバイしている状態だ。
いつでも、こちらに来れる。
──ここで四分もかからず大砲をチャージできる状況だというなら、もう忍田に来てもらうほかない。
だが。
ここで──敵の攻め方が変わるのならば。
ここにいるメンバーで、十分に片づけることが出来る。
忍田を投入すれば、この状況は即座に解決できるであろう。
しかし──前回の大規模侵攻で結局戦わなかった忍田のデータを、属国相手にむざむざ見せたくもない。
可能であれば、登場はしてもらいたくないのだ。
「──忍田さんの出番は別に要らなさそうだな」
弓場は、笑う。
「──もう大丈夫だ」
ここで初めて。
ガトリン側から、攻撃を仕掛けてくる。
攻撃を仕掛けるのは、
一番弱い駒から。
その法則に違わず──ガトリンとラタリコフは弓場を襲い掛かる。
──あの拳銃使いはワープさせるわけにはいかない。
ラタリコフの踊り手がワープ地点までの経路を妨害し、その上で処刑者のアームが弓場の頭上に降りかかる。
されど。
「まだまだ....!」
弓場には──早撃ちがある。
二丁を構え。
一丁をガトリン。
二丁をラタリコフ。
それぞれに照準を構え、放つ。
「....」
「.....く」
散々にその早撃ちからの連携を目にしていたガトリンはアームでの防御が間に合うが。
ラタリコフは腹部を削られる。
その隙に弓場は一丁を仕舞い、テレポーターをセット。
ラタリコフ側に、大きくワープを行う。
これは、銃撃のダメージを確認すべく一瞬ラタリコフが目線を弓場から逸らしたから。
──やっぱりな。急遽防御中心の立ち回りから攻撃中心の立ち回りに切り替えたから、まだあのデカブツの動きと坊主頭の動きに微妙なズレがある。
外の戦列が崩されたのが、思ったよりも速かったのだろう。
急遽切り替えられた戦法と連携にほんの少しのズレが見える。
──今なら。あの坊主頭をやれる。
テレポート先から即座に拳銃を構え。
ラタリコフの頭部に狙いを定めんと予備動作に入った瞬間。
──眼前に、踊り手の円輪が迫っていた。
「──おっと」
そして。
その円輪を旋空にて跳ね飛ばす太刀川の姿もあった。
「──すまねぇ、太刀川サン。助かった」
「テレポーターの使用は気を付けとけよ。多分あのでかいのが完全に移転先を見抜いている。さっきの坊主頭の反応も、でかい奴が指示を出したんだろう。──ま」
そして。
──ラタリコフの背後から実像を取り戻す、風間の姿。
「──!」
背後より現れた風間の斬撃に即座に避けるものの、右腕が斬り取られる。
「....ぐ」
その直後。
風間の側面に回ったガトリンの処刑者のブレードが風間の腹部を貫き、勢いのまま地面へと叩きつける。
それと同時。
太刀川の旋空と弓場の射撃が放たれ。
ブレードを突き刺した瞬間からその攻撃を予期していたガトリンが後方へ回避行動を取る。
「──くらえ」
そして。
後方へ向かうガトリン以上の勢いをもって──大斧を振りかぶり肉薄する小南桐絵の姿。
その一撃を。
処刑者のフレームにて受ける──が。
「む」
バキリ、と。
相当の堅牢さを誇っていた処刑者のアームが──真ん中の間接より叩き壊される。
──あのヒゲの伸びる斬撃と、二重にダメージを入れられたか。
「──あのかってぇ足に穴が開いたな。小南ィ。カバーを頼む」
そうして。
弓場はテレポーターを使用し、フレームを叩き折った小南の背後に再度ワープを行う。
ワープ先から即座に拳銃を構え──折れたフレームを通すように、銃撃を放つ。
「──狙いはいい」
しかし。
ガトリンもまたワープからの射撃は想定済み。
引金に指がかかるその瞬間、
彼は即座にバックステップでの回避を行う。
「だが──もうその手は知っている」
「──この手を使うのは、二度目だぜ。デカブツ」
放たれた銃弾は。
ガトリンが回避する方向に向けて──直角に曲がる。
彼が持つ拳銃の弾丸は、アステロイドではなく──バイパーであった。
「.....!」
されど。
ガトリンもまた反射神経でもって自身の急所を三つのアームにて防ぎにかかる。
頭部と、トリオン供給器官。
この二つを防げるように。
恐らくは、急所への弾丸は防がれる。
そう弓場は想定していた。
故に。急所に向かう設定の弾丸は選ばない。
それ故に。
狙いは──。
曲がる弾丸が向かう先は。
頭部でも、心臓部付近のトリオン供給器官でもなく。
──大砲が付着した右腕。
その肘部分であった。
ガトリンの大砲は肘から下の前腕部に括りつけられている。
その根元を狙った。
その結果──。
右肘部分に弾丸が集約し、大砲が付着した右腕部分が削られていく。
「....ぐ」
──あちらが、大砲を格納庫にぶち込めば任務が完了なように。
──こちらもまた、敵の大砲さえ無力化すれば任務完了なのだ。
右肘が削れ、最早付着した大砲がプラン、と垂れ下がっている。
「....」
「完敗、ですね」
ガトリンとラタリコフは一つ溜息を吐いて。
──『門』と共に、その場から消えていった。
「──報告通り。敵も同じように緊急脱出っぽいもの使ってきたなー」
「.....全く。敵もどんどん厄介になって来てやがる」
「しっかし、驚いたな弓場。お前....ブラフ張って敵を誘導するような手を使う奴だったか?」
敵に嘘情報を与えて、立ち回りの変化を促す。
そういう戦いとは無縁の男が、弓場という男だったはずで。
太刀川の言葉に、弓場は一つ頭を掻き、言う。
「.....俺も、自分の隊で学ぶ事は幾らでもあるって事っすよ」
思い浮かぶは。
つい最近、自分の部隊員になった少年の姿であった。
※
そして。
「.....が、は」
所変わって。
加山・ヒュース・ランバネインの戦いは──決着が見えてきた。
全身を覆う欠片の全てを無力化され、全身に走る激痛に身動きすら厳しくなってきたヒュースと。
電流によるトリオンの膨張を食らい、豊富なトリオンを大きく削られてしまったランバネイン。
そして。
黒トリガーの性質を大いに利用し尽くし──無傷のまま佇む、加山雄吾。
「──もうお前は終わりだな、ヒュース」
トリオンが切れ。
ヒュースはトリオン体から生身に戻る。
「──それじゃあな。テメェはこいつがお似合いだぜ」
加山は、配下に置いたラービットを呼び出す。
その手には大きな瓦礫が掴まれている。
「トリオン兵がトリオン能力者を殺すのは不自然極まりねぇからな。──お前は瓦礫の下敷きになって死ぬ」
家屋をぶち抜いた大きな瓦礫。
それがラービットの腕に持ち上げられて、──そのまま、ヒュースの脳天に叩きつけられようとして。
「──やめろ!!」
背後から、声が聞こえた。
「ヒュースを、いじめるな!」
そこには。
玉狛支部に住まうお子ちゃま、林道陽太郎の姿が、雷神丸と共にあった。
彼は息を切らして。また膝を震えさせながら。目に少々の涙すらも浮かべて
それでも──
「ヨータロー......何故ここに来た.....!」
ここが危険区域であると、理解できていたはずなのに。
このお子様は、砲撃と電流、そしてトリオン兵すらうよめいていたこの区画内で──それでも、来ていた。
「──ヒュースは、かわいそうなやつなんだ! こきょうにかえりたくても、かえれない。かわいそうなやつなんだ!」
だから、いじめるな。
そんな言葉が──加山の耳に届く。
「.....は」
笑う。
加山の中の、別の何かが。
笑う。
ならば。
こちらは何だ?
騙され。
利用され。
打ち捨てられ。
故郷に帰るどころか──命すらも叩き壊された、この記憶は。
「──くだらねぇ」
そして。
即座に決定した。
このガキの目の前で、ヒュースを殺し。
その後で同じように殺してやる。
殺害方法は同じだ。
危険区域の戦場にのこのこやってきた馬鹿なガキが瓦礫に巻き込まれて一匹死ぬだけ。何も問題はない。
表情を歪めて。
ラービットに指示を出す。
が。
ラービットの足元から──ブレードが生え出てくる。
総数、四本。
二本が両足を削り。
一本がその腹に突き刺さり。
一本がヒュースを庇うようにその前に突き出され。
突如発生した攻撃に両足を斬り飛ばされたラービットは、そのまま背後へと倒れてゆく。
「──実力派エリート。ちょい遅れて見参」
加山は視線を合わせず、黒トリガーが探知する情報でその位置を捉える。
そこには──エネドラではなく、加山雄吾にとっての敵がいた。
「──それじゃあ。これから
笑顔のまま。
──迅悠一は、風刃を携え加山雄吾と対峙した。
サングラスをかけた飄々とした男と。
憎悪と歓喜に満ちた男が。
「....」
「....」
言葉は要らなかった。
それぞれがそれぞれ。
命を対価として得た魂のトリガーを携え。
枝分かれする無限の未来と。
電磁波が運び込む音の色とを見定めて。
これからの未来を読むように目を閉じる迅悠一と。
迅悠一の副作用を発生させないために目を伏せる加山雄吾と
何もかもが交わる事のない両者の戦いが、言葉もなく始まった──