彼方のボーダーライン   作:丸米

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はじめて特殊タグなるものを使いました。
モリモリ


蒼き日々

 村上鋼が加山に個人戦を申し込んだのは、何も気まぐれからではない。

 

 村上もまた──加山の変化に関して相当に気にしていたからである。

 恐らく真面目に各隊の記録を見ている人間にしてみれば、誰でも気づくであろう。

 加山雄吾の極端な変化に。

 

 変化の兆しは、ラウンド4であったと思う。

 

 二宮隊に追い詰められた加山が、辻を打倒した場面。

 

 あの時の動きは、今までの加山の戦い方からあまりにも乖離しすぎていた。

 

 そして次のラウンドにおいては、無理に前線に出張って東に撃ち落されたものの──王子隊と東隊の二人を仕留める動きそのものは明らかに以前の加山のものではなかった。

 

 そして。

 今。

 

 こうして個人ランク戦に現れた加山と──どうしても戦ってみたかった。

 

「それじゃあ──五本終わったら十五分のインターバル時間を取る鋼さんルールで行いますかね」

「ああ。そうしてくれると嬉しい」

「了解っす。それじゃあ俺の方からも条件付けますね。勝負開始時点で必ず三十メートル以上の距離を空けておくこと。こうでもしねぇと、すぐ詰められて死にますから」

「ああ。それでいい」

「──ルールが決まったところで、始めましょうか」

 

 市街地Aに設定されたブースの中。

 加山と村上は住宅街に面した狭い道路の上。三十メートルの距離を空けて対峙する。

 

「それじゃあ。おれの合図で始まりという事で」

「よろしくお願いしますね~」

 

 何故か。

 空閑の隣に──A級草壁隊隊員の緑川の姿がある。

 白ジャージを着込んだ彼は、ニコニコと笑んだまま遊真の隣でぶんぶんと手を振っていた。

 

「....どうしてお前がここにいるんだ、緑川」

「気にしない気にしない。──まあぶっちゃけ遊真先輩と遊びに来たわけだけど。もっと面白そうな事があったから」

 

 要は野次馬に来たのである。

 

「興味ないふりで影浦先輩は外にいるけど、多分ばっちり見ているから。頑張ろう~」

「素直じゃないな、アイツも」

 

 ふ、と微笑み。

 眠たげな眼を少しだけ綻ばせ──きゅ、と鋭く締める。

 

「はじめ」

 

 空閑が振り上げた腕が、鋭く落とされた瞬間。

 

 二人は、動き出した。

 

 

 加山はエスクードで村上の視界を塞ぎながら、ハウンドを上空からばら撒くいつものやり方で。

 そして村上は、その弾雨をレイガストで防ぎつつ発生していくエスクードを旋空で斬り裂いていく。

 

 ──ここまでの戦い方は、特に変化はない。

 

 エスクードで相手の動きを制限し、ハウンドで攻撃。

 変わらない加山の戦法だ。

 

 その時。

 エスクードの群れの奥から──窓ガラスが割れる音が二つ。

 

 現在加山と村上がいる場所は、住宅街に面した一方通行の道路。

 

 左右は住宅と道路を仕切る壁があり。

 加山がいる方向に進んでいくとカーブミラーが立った交差点。

 

 加山は。

 

 エスクードとハウンドを放った後。

 何かを──壁越しに住宅の中に投げ込んだのだろう。

 

 何を投げ込んだのかは、すぐさま村上は気付く。

 

「──成程」

 

 加山の左右の住宅の奥。

 トリオン反応が生まれる。

 ダミービーコンだ。

 加山は──左右の住宅それぞれに生成したダミービーコンを投げ込んだのだ。

 

 それが発動した瞬間

 加山はバッグワームを纏い自らの反応を消し。

 拳銃を起動し、二発の弾丸を放った。

 

 放った弾丸は、共に銃声と破砕音を放ち、後に静寂を運んでいく。

 

 ──ビーコンを投げ込んだ住宅の壁を、拳銃弾で破壊したのか。

 

 そして。

 拳銃弾で足音もかき消し──左右の住宅のどちらに向かったのかの判断を付かなくした。

 

 

「──それで、何をするつもりだ?」

 

 十本勝負の一本目だ。

 ここで無理に前に出ることは無いだろう。

 

 そうして待ちの体勢を取った村上の頭上に。

 

 変わらぬハウンド弾が降り落ちてくる。

 

 それに向けてレイガストを構えるも。

 

「──な」

 

 それが村上の左右に振り落ちた瞬間──爆撃が降り落ちていく。

 

「──サラマンダーか!」

 

 そうか、と村上は思う。

 ダミービーコンは自身の位置を偽造できる。

 その偽造の効果にも二種類あり。

 

 偽の反応を作り出す事で索敵に負荷をかけるという効果と。

 偽の反応地点に入り込むことで自らのトリオン反応を消し去る効果。

 

 

 加山はエスクードでこちらの視界を制限し、住宅の左右にダミービーコンを投げ込み──村上が「待ち」の戦術を取るように仕向け、投げ込んだビーコンの反応に紛れ、合成弾を放ったのだ。

 

 ──そうだった。記録でも高速で合成弾を作っていたのに。

 

 村上は即座に弧月を手放し、シールドに切り替え全身を覆う。

 しかし全ては防ぎきれず、左腕が吹き飛ぶ。

 

「...」

 

 その様を見て。

 加山は住宅から飛び出す。

 

 村上の側面側からエスクードを生やし、吹き飛んだ左手側に回り込みながら──細切れたハウンドを走りながら放つ。

 

 片腕を失った村上はレイガストを諦めシールドでそれを反射で防ぐ。

 

 が。

 ──記憶が、蘇る。

 

 ハウンドを広範囲に撒き、そしてそれによって拡張されたシールド。

 

 加山は。

 拳銃を握っている。

 

 弓場と同じ、威力と弾速に多く振った、リボルバー型の拳銃が。

 

 銃声と共に。

 村上の腹部が大きく削れ──緊急脱出。

 

 

「まあ。いつもの通りでしたねぇ全く」

 

 結局。

 村上とは十本を戦い、5対5。

 

 全くのイーブンで終えた。

 

 前半は加山が四本を取り

 後半は村上が四本を取った。

 

 そして──次に村上と戦う時は、別な戦い方を持ってこなければ今度は四本も取れなくなるのだろう。

 

 全くもって、ズルい相手だ。

 

「しかし....元々勝率が三割も無かったころに比べると随分と進化したものだと思いません」

「...」

 

 村上は。

 やはり──この変化は、あまりにも異質であると感じている。

 

 加山の本領は、こういった正面きっての戦いではなく地形戦にある。

 

 しかし。

 合成弾という武器と、諸々の戦闘機能の向上も手伝ってか。

 正面からの戦闘ですら地形戦に持ち込み、勝ち筋を作るだけの能力を手に入れた。

 

 その能力は。

 本来は、生来のセンスを持っている、限られた才能を持つ者だけが持ち合わせているはずのもので。

 

 村上は「加山」と一つ呼んで。

 その理由を聞こうとして。

 

「何ですか?」

「いや....」

 

 そして。

 蘇った。

 

 ──アイツは、俺達の努力を盗んでやがるんだ。

 

 かつて──自分の中に巣くっていた、罪悪感が。

 

 自分の副作用が自分を磨くたびに。

 他者からかけられた言葉の数々を。

 他者が得たものを、すぐに学習し自らのものとする自身の在り方。それを陰でなじられる日々を。

 

「....強く、なったな」

 

 ──いつから俺はこんなにも傲慢になったのだ。

 ──加山がこんな風になる訳がないと。そう決めつけて。

 ──そこに特別な理由があったとして。俺はそこに何て言葉をかけるつもりだったのだ。

 ──その理由によっては、卑怯だとでも言いたかったのか。

 

 強さを得る過程に副作用という特別を挟み込むしかなかった村上は。

 加山が経たであろう特別に、口を挟み込む権利はない。

 

 その表情を見て。

 加山もまた、何かに勘付いた。

 

「──俺は。紛うことなく誰かの努力を盗みました」

「.....」

「普通は。人の動きを見て自分で学習して取り込むものでしょ? 村上先輩のは盗みじゃない。ただ学習して。ただ取り込んでいるだけですから。それを言うなら、この世の全員多かれ少なかれ盗んでいますよ」

「加山...」

「俺はそういうんじゃない。たった一人の誰かの努力を、学習という過程すら挟み込まずにただ取り込んで、今の俺がいます。──だから、村上先輩が今抱いた疑問は、きっと正しい」

 

 そう。

 事もなげに──加山は言った。

 

 あまり、力のない言葉であった。

 

 

 ブースから出ると。

 

「....」

 

 影浦が加山を睨んでいた。

 

「....おい」

「うっす。何すか影浦先輩」

「....次のランク戦。少しだけ楽しみになったわ。いいもん見せてくれた代わりに──俺が直々にぶっ潰してやる。そこまで、死ぬんじゃねぇぞ」

 

 そんだけだ、と影浦は呟いて。

 そのままブースを去っていった。

 

「....影浦先輩に目を付けられたか」

 

 いい事だ。

 無軌道で読めない影浦の動きに、一つの軸が出来た。

 それは──真っ先に加山を潰す動きをしてくる、という事。

 

 ならばこちらも、それを前提とした作戦を作成すればいいだけだ。

 

 

「カヤマ」

 

 そして。

 空閑遊真から、声をかけられる。

 

「おお、空閑君。どした?」

「ちょっとだけお願いを聞いてもらっていいか?」

「何かな」

 

 空閑は少しだけ言いにくそうに肩を竦めて。

 

 言った。

 

「──申し訳ないんだけど。あってもらいたい奴がいるんだ」

「誰?」

「──ヒュースだ」

「....」

 

 加山はその名前を聞いて。

 一つ目を瞑った。

 

 かつて。

 自らの手で情報を取得しようとして失敗し。

 そして──黒トリガーに汚染された自分が、殺しかけた人間。

 

 会いたくはない。

 されど──会わざるを得ない人間であった。

 

「解った」

 

 加山は、一つ頷いた。

 

 

 そして。

 加山は幾度目かの、玉狛支部への来訪を果たす。

 

「あ、加山君いらっしゃ~い」

 

 そこには。

 頭巾を被り、モップがけをしている宇佐美栞の姿があった。

 

「ごめんね~。この前の襲撃で正面玄関派手に壊されちゃって。今改装中なの~」

「...」

 

 そういえば。

 支部の玄関がランバネインに吹き飛ばされていたんだったっけ.....。

 玉狛は、その中でもラウンド5を行っていたのか....。

 

「よく爆撃されている中冷静に試合できましたね...」

「んー。まあ一応端末を事前に支部の奥に移動させていたし。こっちは集中してて本当に何も聞こえなかった上に、迅さんから”危険はない”のお墨付きをもらっていたから」

 

 さいですか。

 

「ところで。──ヒュースは何処に」

「あ、うん。ヒュース君の部屋に案内するね」

 

 そうして。

 宇佐美の誘導の下、ヒュースに割り当てられているという部屋の中に。

 

「それじゃあ.....ごゆっくり~」

 

 宇佐美は朗らかにそう言うと、また玄関の掃除に戻っていった。

 

「....入るぞ」

 

 加山はノックをし、そのまま部屋の中に入った。

 

 ベッドとデスクだけが置いてある殺風景な部屋の中──ヒュースが壁際に立っている。

 

「よぉ」

「.....カヤマユウゴか」

「そうだよ。──座らないの?」

「このままでいい」

「あっそ。だったらこのデスクの椅子に座らせてもらう」

 

 加山はデスクから椅子を引き、座る。

 壁際に立つヒュースの目を覗き込むように、対面する。

 

「で。──何で俺の事、上層部に報告しなかったの?」

「....言う必要などなかったからだ」

「嘘つき。──迅さんや他の玉狛の人間にとってはともかく。お前にとっちゃあ俺は完全なる敵だろ。お前にとっても、お前のご主人様にとっても、お前の故郷にとっても。そんなお前としては、俺は真っ先に排除しておきたい人間のはずだ。お前はお前に降りかかった出来事を話すだけでこの敵を除外できるチャンスだった訳だ。何故証言を拒否した?」

「.....取引をしたい」

「ようやく本音が出てきたな。──で? 何だ取引ってのは」

 

 よかった。

 こういう展開の方が、安心できる。

 

「俺は、これからタマコマに入るつもりだ」

「....」

 

 ──王子先輩。アンタの読み、完全に当たっていたな。

 

「それで?」

「俺がアフトクラトルの人間であることを知られるわけにはいかない。──俺はお前の事を黙る。その代わり、お前も俺の事は黙っておけ」

「──それで。お前は玉狛の一員としてこっちの遠征艇に乗り込んで、最終的には裏切ってアフトに帰還する腹積もりなわけだな」

「....」

「まあ。迅さんが大丈夫と判断しているんだ。お前の所為で船が落ちて死人が出るような事態には陥らないんだろう。そこは信用している。──まあ、いいや。その取引には乗った。俺もお前を不正に殺そうとしたのは確かだ。確かに正当で、足し引きキッチリ割り合っている取引だ」

「....」

「だが。──お前が遠征に行くというなら。俺も必ずそこにいる。お前が裏切った瞬間。絶対にお前をぶち殺す。今度は、完全なる俺の意思で」

「.....成程」

「それだけだ。じゃあな」

 

 加山は椅子をデスクの中に収め、そのまま部屋を去っていく。

 

 そこには。

 冷や汗をかきながら──扉の前にいた三雲修の姿があった。

 

「よう」

「....あの。ありがとうございます」

「いいよ。これはちゃんとした取引だ。──あ、あと」

 

 加山は手に持っていたバッグの中から、ノートを一つ取り出し、修に渡す。

 

「あの、これは....」

「ヒュースらしき姿を覚えていたと言っていたC級連中の名簿だ」

「.....!」

「一応、証言の内容も纏めてある。──もう俺にとっちゃ要らないものだ。好きに使ってくれ」

 

 また一つ溜息を吐いて。

 修の礼の言葉を背に受けて──加山は支部から出ていく。

 

 

 支部から本部までの道すがら。

 もう茜色は去り、夜が訪れる。

 

 

 誰もいない、荒れ果てた警戒区域。

 

 

 

 

 加山は。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ふざけんじゃねーぞ!! この野郎!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と。

 ただ、叫んだ。

 

 

 

 それは。

 ヒュースが加入する、という現象に対するものでもあり。

 

 そして。

 

 そんな事態を許してしまった──自分の行いの甘さに対するものでもあった。

 解っている

 取引に応じた時点で、自分がそんな事を言う権利なんざない事も

 それでも

 それでも――誰もいないこの場所でくらい、ただ叫びたかった。

 

 

「.....いいだろう。だったら。絶対に、絶対に....」

 

 遠征に行かなければいけない。

 これは自分の壮大な目的とはまた別だ。

 

 ヒュースが遠征に向かうというのならば。

 自分もまた──何としてでも必ず遠征に帯同しなければいけない。

 

 

「──ぶっ殺す」

 

 

 かつての加山では、そう易々と言えるはずもなかった言葉。

 

 その言葉の裏側には──きっと変質した自己もあるのだろう。

 

 

 ──この為に、自分に戦う覚悟を持たせてくれたというのならば。俺はエネドラに感謝する。

 

 ただそう思い。

 加山は本部までの道を──両足を引き摺るように、歩いていった。

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