彼方のボーダーライン 作:丸米
玉狛第二は、第三ラウンドにおいて雨取千佳によるエスクード戦法により大勝利を挙げ、上位進出を果たした。
されど。
ここから続く第四、第五ラウンドではすぐさまに攻略をされる事となる。
第四ラウンド。
影浦隊の爆撃によりエスクード地帯が爆破されていく中で影浦が突貫。隊長の三雲が落とされると同時に千佳の位置が炙り出され生駒隊射手水上により仕留められる。
その後空閑遊真が一人気を吐き影浦をはじめとする三人を仕留めることに成功するも、最終的には影浦隊が生存点含め六ポイントを奪取しトップに立ち、終わった。
雨取千佳は人を撃てない。
その弱点があるが故に、遠隔からのスナイプによる爆撃という対抗手段を持っているにもかかわらず何も出来ない。
爆撃をする相手を狩るための手段が、現実として空閑遊真を派遣する事しかない訳であるが。そうしてしまうと雨取千佳は完全に孤立する羽目となる。
千佳を見殺しにしてでも点を取りに行かせることが出来れば、もっと得点が奪えた可能性もある。
しかし──玉狛第二にはその手段を取ることが出来なかった。
その後の第五ラウンド。
ここでは二宮隊、影浦隊の双方と相手をする事となる。
既に攻略法が割れている上に、二宮すらマップにいるこの戦いは、まさしく凄惨を極める展開となった。
北添の爆撃に乗じるように二宮も合成弾にて爆撃を行使。
二部隊による爆撃が降り落ちた玉狛は最早陣地すら敷くことも叶わず空閑遊真・三雲修両名が落とされ──残るは雨取千佳ただ一人、という状況まで追い込まれた。
雨取千佳は。
追い詰められていた。
状況に。
そして──精神的に。
前回のラウンドにおいて。
千佳は爆撃を行う北添を撃つ事さえ出来ていれば、十分に勝利できる好機があった。
しかしそれは出来なかった。
出来なかった所為で、敗北した。
気にするな、と言われた。
玉狛の皆から。
でも。
誰が一番の原因かだなんて、自分が一番解っていた。
解っていた、のに。
そしてこのラウンドで。
二ポイント以上取らなければ──部隊が中位に落ちる、というタイミングであった。
同じことをした。
同じことをしている間に。
二人とも、倒された。
私の所為だ、と。
そうまた──頭の中で言葉がリフレインした。
緊急脱出しろ、という修の指示が出される。
しかし、もう遅い。
追手はもう間近に迫っていて、自己緊急脱出できる距離ではなくなった。
あと、二ポイント。
その意識だった。
彼女は、
「──ハウンド!」
追い詰められた彼女は。
ハウンドを──追い詰めにかかる二宮隊辻新之助に放った。
半ば衝動のようなものであった。
意識にもなかったその一撃が──辻の表情を大きく驚きの色に満ちさせ、仕留められた。
続く犬飼に対しては広域のシールドを張りながら、メテオラにより周囲一帯を吹き飛ばすダムダム弾の如き爆撃を引き起こし、撃破。
その後、爆撃に紛れて放たれた二宮の合成弾により仕留められ脱出するものの──中位落ちギリギリの境界線上で、何とか生き残った。
半ば、衝動のような行動であった。
雨取千佳は──緊急脱出し、支部のベッドに投げ出されて。
自身が衝動的に行った行為を自認し──ただただ、呆然としていた。
※
──雨取さんは分類で言えば人を撃ちたくない人になります。
ラウンド5の試合を終えた後。
ずっと、千佳の頭の中にはかつて加山から投げかけられた言葉がリフレインしている。
そうだった。
自分は撃てた。
撃ててしまった。
あの時。
自分は仲間を全員倒されてしまった。
自分のせいで。
──何なのだろう。
自分は。
仲間を倒されて、そしてあと二点で中位に落ちるという場面になって──人を撃てるようになった。
それはどうして?
点を取らないと中位に落ちる。
中位に落ちたら、残りのラウンドでまた上位と点を離されることになるかもしれない。
だから撃てたのか?
いや。
そんな殊勝な心を持っているのなら、最初から点を取る為に動かなければいけなかった。
どれだけ修が、遊真一人に負担がかかるチーム編成をどうにかしようと奔走していたのか。自分は知っていたはずだ。
自分が撃てるようになれば、それは解決できることだった。
──自分は、甘えていたんだ。
そもそも。
修は自分の兄を探すためにボーダーに入って。
その目的に乗っかるように、自分もまたボーダーに入隊して。
そのくせ。
まだ甘えているのか。
次のラウンド。
撃つことが出来るのか。
ぐるぐると、疑問が沸き立って──。
「.....」
「......あの」
「それで。何があったんですかい」
「は、はい」
個人ランク戦ブースにいた加山と、弓場隊作戦室で話す事となった。
※
狙撃訓練を終え、ブースにいた遊真と玉狛支部に戻ろうとしていた時。
ここ最近あまり本部でも見かけることのなかった加山がいた。
.....千佳は、ヒュースとの『取引』について、修から聞かされている。
加山も納得したうえで取引に応じたことは解っている。
それでも──内心、快く思っていないだろうな、とも。簡単に推測できた。
──どうしよう。
千佳は。
加山と会った時に、どうしても話しておきたいことがあった。
それでも──今までの事があって、どうしても声をかけられずにいる。
そうして。
何度か加山の方に向かおうとしては、二の足を踏む行為を続け──
「おぅ。玉狛の嬢ちゃん。ウチの加山に何か用か?」
加山に同伴していた、弓場に声をかけられた。
「あ、いえ....」
弓場拓磨。
以前遊真と一緒に何度も記録で見かけた姿だ。
最初のランク戦でこちらを敗北に追い込んだ相手であり、ここまで上位においても躍進を続けている相手。
とはいえ。
当然、こうして直接顔を合わせるのははじめてで。
「.....おい! 加山ァ!」
ブースから出て茶を啜っていた加山に、弓場が声をかける。
いきなり大声で声をかけられ、胡乱気に加山は顔を向ける。
そこには
「.....雨取さん?」
「こ、こんにちわ...」
おずおずと、そして深々と。
頭を下げる雨取千佳の姿があった。
その後。
「それで──俺に話ってのは?」
割と深刻そうな様子だったので、今は誰もいない作戦室まで弓場と共に千佳を連れてきた。
「この前の話の続き? 撃てたじゃないの、前回のランク戦」
「あ...」
加山の一言に。
サッと、潮が引くように顔色が蒼白になる。
「....」
加山は。
表情に疑問符を浮かべながら弓場の方を見る。
「いて」
小突かれた。
「ウチの馬鹿の考えなしの言葉は気にしなくていい。それで、何を聞きたいんだ?」
「は、はい...」
雨取千佳は。
──加山雄吾の目を、真っすぐに見る。
「この前....加山先輩は、私を”人を撃ちたくない人間”だと言いました」
「言いましたね」
「──その通りでした。私は、結局撃ててしまいました....」
撃ててしまった。
この事実をもって。
雨取千佳は、どうしようもなく”撃てない”人間なのではなくて。
ただただ、撃ちたくなかったから撃たなかった人間なのだと──それが理解できて。
「加山先輩は、その上で.....どうしてランク戦で私が撃つことが出来ないのか。それを聞き出そうとしていたと思います」
「うん」
「もし....その理由が解ったら、私は、.....人を撃てるように、なるのでしょうか...」
吐き出すように、雨取千佳は喋っていた。
その目を。
加山雄吾は──あの時と変わらぬ視線で、雨取千佳を見ていた。
「さあ。それは俺には解らない」
「....」
「そりゃ、撃ちたくない、と撃てない、は。改善の余地が多少でもあるかないかで大きな違いはあるけど。それでも撃ちたくない、を矯正するのはそれでも大変な事じゃないですか」
「.....そう、ですね」
「両足がない人にマラソンやれ、ってのはそりゃ出来ないってなるけど。やりたくないって言っている人ならやる事は出来るじゃないですか。俺は何で雨取さんがやりたがらないかの理由を聞き出そうとしただけです。足が遅くてやりたくないなら足が速くなるような走り方を提案するし、体力がなくてやりたくないなら心肺機能を上げるための提案をする。ただそれだけです」
「....」
やりたくない、からやらない。
これは──ただただ、怠惰なのだろう。
「....そして。理由が解ったというなら。相談するべき人間は俺じゃない」
その言葉に。
──雨取千佳は、俯いた。
「....おい、加山」
その様子に、弓場が加山を止めようとする。
が
それを──千佳自身が、手で制した。
その様子に──加山と弓場は目を合わせ、一つ頷く。
「俺は諦めるって悪い事じゃないと思うんですよ。俺だって、まともな方法で強くなることは諦めて今の戦い方を学んだ訳ですし。諦めって言い方が嫌いなら割り切りでもいい」
「....」
「三雲君は──雨取さんの事ははっきり言って割り切っている。トリオンがあるけど人は撃てない。そして保護対象として見ている。今の部隊に足りない戦力の穴埋めを雨取さんの強化ではなくて──近界民のヒュースの追加という荒業で行おうとしている。見事な割り切りだと思う。正直、俺からすれば信じられないくらい邪悪な行為だけど。それでも理解はできるし共感も出来る。──目的達成の為に雨取さんではなくヒュースを選んだんだ。三雲君は」
割り切りは、
諦め。
故に──三雲修は雨取千佳を諦めている。
加山は──わざとそういう言葉選びをしていた。
理解はしている。
修は割り切っているのではなくて。
修自身も雨取が無理に撃てるようになる事を「望んでいない」というのが正しい。
王子が言うように。恐らく修が撃てと言ったら、撃つのだ。雨取千佳は。
でもやらない。
ある意味で──修の行動もまた、千佳の逃げ道を塞いでいる。
「修が命令したから撃った」と言い訳できる逃げ道を塞いでいる。
今、彼女は。
自らの意思で撃つ以外の方法が無いのだ。
だからこそ。
加山はその逃げ道があるように思わせない。
恐らく。
雨取千佳は欲しがっている。
自分が──自分の意思をもってトリガーを引ける切っ掛けを。
それを欲しがるならば。
半端な逃げ道は提示しない。
「雨取さんはどうしたい? 諦めるのか。それとも──自分の意思で撃つのか」
「....」
「諦めることは悪い事じゃない。一番いけないのは──目標に目を背けて、その方向に向かって努力もしていないのに望む事だ」
木虎辺りが言いそうな事を口に出している自覚がある。
言われると腹が立つけど、言う側の立場になるともっともだと思うあたり。やっぱり奴は正しくはあるのだと思う。
「そして。雨取さんがまず最初にするべき努力は──自分がやりたい事と自分の本心を、部隊に打ち明ける事だと俺は思う。三雲君の諦めを、覆す努力をする事。──それがまずもって、必要な事だと思う」
その言葉に。
一つ彼女は頷いた。
※
何度もお礼の言葉を述べた後に、雨取千佳は作戦室を去っていった。
「....なあ」
「どうしました、隊長」
「....どうして、あの子の背中を押すようなことをしたんだ?」
「すみませんね。ライバル強くするような事をして」
「俺はいいんだよ。俺じゃなくて、お前だ。....お前としては、玉狛には遠征部隊入りなんざしてもらいたくないんじゃねーの?」
「行きますよ。連中は」
加山は。
断言した。
「三雲修はどんな手段を用いても遠征に行きますよ。それはもう俺の中で確定事項です」
「....」
「そうなると、近界にとって金の卵である雨取さんが人を撃てないままで遠征に行くのは、俺としても困る。俺もまた──この遠征に行く。これもまた確定事項だ」
「....やれるか? お前の話を聞く限りじゃあっちの国のエリートまで玉狛に参加するんだろう。その上で、あの子まで人を撃てるようになって」
「.....隊長にとっちゃあ、望み通りじゃないですかね」
「.....む」
「元々。上のレベルに挑みたいのがモチベーションでA級目指しているんでしょう、隊長。よかったすね。A級に行く前に──とんでもない化物に挑めますよ」
その言葉に。
──弓場拓磨もまた、一つ笑んだ。
「言うようになったじゃねぇか。──勝算はあるのか?」
「さあ、どうでしょうね。──ま、取り敢えず次のランク戦を見ましょう」
──ランク戦、ラウンド6昼の部
玉狛第二、二宮隊、香取隊の三つ巴戦。
誰もが二宮隊の勝利を疑わないこの組み合わせにおいて。
──二宮隊は、今季初の敗北を喫する事となる。
追加メンバーであるヒュースもまだ参加していない玉狛第二によって。
お気づきかも解らないですが、本作におけるランク戦編のラスボスは玉狛第二です。