彼方のボーダーライン   作:丸米

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最後に笑うのは

「──成程。そういうやり取りがあったわけですね」

「全く。玉狛の面々にはいつも困らされる」

 

 加山雄吾は、雨取千佳との相談を終えた後──その足で根付室長の下へと向かっていた。

 要件としては──先日のヒュースとの「取引」の件。

 

「意外と言えば意外だったんですよね。根付室長辺りはヒュースの入隊は絶対に反対すると思っていたので」

「私は本音を言えば今でも反対だよ」

 

 狐目を閉じて嘆息するその様子に、内心加山も「だろうな」と呟いていた。

 

 根付メディア対策室長。

 

 この男は恐らく上層部の中で最も一般人に近い感覚・感性を持ち合わせている人間であろう。よく言えば注意深く慎重。悪く言えば疑り深い。

 というのも、文字通りメディア対策を行う部署のトップなのだから。この感性はもって然るべき代物であると言える。

 メディアを利用し、時に対決しつつ、ボーダーのイメージを常に向上させることを責務としている彼にとって──ボーダー内部の事情よりも外部の事情を優先して思考する。

 

 そういう人間にとって。

 ヒュースの入隊なぞ、頭痛と胃痛のタネ以外の何物でもない。

 

 彼の中ではぐるぐると「人型近界民の存在が市民にバレるかもしれない」「それを隠し立ててあろうことか部隊に編入している事実」「更に遠征まで着いてくる可能性がある」「そもそもヒュース大規模侵攻の襲撃犯だけどボーダー内部でその存在がバレたらどうするのか」等々。

 彼の存在によって増えていく自身の仕事とリスクにきっと頭を抱えているだろう。

 

 だから。

 彼の下へ訪れた。

 

 ヒュースを取り入れるリスクを誰よりも重く捉えている彼だからこそ。

 玉狛と上層部との間で交わされた取引について過大評価も過小評価もせずに聞かせてくれると思ったから。

 

「つまるところ。遠征艇の拡張の為に雨取さんのトリオンが必要で。玉狛が遠征に行くための条件を満たそうが満たすまいが彼女を遠征に借り受けさせる事を条件に、ヒュースを入隊させることを認めた訳ですね」

「そういう事になるね」

 

 遠征艦は、基本的に乗組員のトリオンを採取しながら運航を行う。

 最初に積んでいたトリオンがなくなると、乗組員のトリオンを少しずつ使用。それでも足りなくなれば近くの近界国家に停泊し補給。この繰り返しで遠征は行われる。

 

 しかし。

 雨取千佳の莫大なトリオンがあればこの補給の時間の縮小が可能で、そして艦のスペースを拡張させ遠征に向かわさせるメンバーを更に追加させることが可能となる。

 

「成程。今回は公開遠征の都合上、A級昇格試験が行われないという事情も相まって──猶更玉狛はB級2位以内を目指さざるを得なくなったわけですか」

「そういう事になるねぇ」

「そもそも雨取さんを貸し出さなければメンバーの拡張も行われずに、彼等は参加できないんですよね。それでもヒュースを追加する意図は?」

「近界の他の国家のガイドをヒュースは行える。その有用性も同時に三雲君が提示したからだね。そして、単純に彼等と揉めている余裕がこちら側にない」

「.....成程」

 

 エネドラの記憶で行えないか、と探りをかけるが。

 ──他国家の調査に関してはエネドラは行っていない。その役割を奪う事は不可能らしい。

 

「そして。ヒュースはアフトクラトルに辿り着くまでは絶対に裏切ることが出来ない。──着いた後に関してはどういう取り決めが?」

「何も取り決めちゃいないさ。──唐沢君曰く、アフトクラトルに着いてから始末すればいいとの事だったが....」

「恐らく。──ヒュースもそこは解っている。解ったうえで遠征に行くつもりなんです。アイツもアイツなりに何かしらの手は考えていると考えるべきでしょうね」

 

 アフトクラトルの星系に入り込んだ瞬間に拘禁させるか。薬物で眠らさせるか。それとも──艦から投げ捨てるか。

 それか直前の近界国家に置き去りにするという方法もある。

 アフトクラトルに辿り着くどころか──現状よりもより状態が悪くなることもある。

 それでも、行くと決断をしているのだ。

 きっと何かしらの手立てがあるはずだ。

 

「奴が逃げることで最悪の事態になるとは思っていませんけどね。──どうせこの件、迅さんが裏で手を引いてんでしょう? だったら安心感はある」

「まあねぇ。あまり彼に依存するのも駄目だとは思ってはいますけどねぇ」

「あんな便利な能力、使えるのならとことん使った方がいいんですよ。──ちなみに、ヒュースに俺と交渉させたのは、上層部の指示ですか?」

「まあ、そういう事になるねぇ。君が一番、ヒュースの事を知っている。他言されてはね、私が一番困る事になる」

「そりゃあまあいいんですけど。でも、割とアイツC級に外見見られていますよ。大丈夫ですかね?」

「そこは対策をすると言っていたよ。目の色。髪型と髪色。そして角の除去。後は眼鏡かなんかつけていればバレることは無いだろう。これらをトリオン体に反映させれば特に問題はないだろう」

「中々徹底していますね。.....まあ当然か」

 

 加山は会話の幾つかをメモに走り書きをして。

 根付の目を見る。

 

「割と──あの時に俺がヒュースを殺せていれば、と根付室長は思っていたりしますか?」

「.....馬鹿を言うんじゃない」

 

 細めた目に、少々の憤り。

 .....根付室長にしては、かなり珍しい表情。

 

「私は、私の仕事が楽になる為に人の死を願う人間じゃあない。それも、隊員が捕虜を殺してほしいなんぞ思ってはいない。そこは私の中で一つ引かれた一線だ」

 

 うっすらと。

 彼は加山を睨みつける。

 

「私とて....この組織が存在する意義や意味を見失っているわけではない。ただ、私の仕事は主にその外にあるというだけだ」

「.....失礼なことを言いました。本当にすみません」

 

 上層部の思惑というか、ヒュースに対する評価を探るために投げかけた言葉であったが。

 何と言うか、かなり意外な答えが返ってきて....自身の浅はかさを、また一つ思い知った。

 

 そうだ。

 この人だって──ボーダーの為に、近界の脅威から市民を守るためにここにいるんだ。

 その目的は同じなんだ。

 その手段が他者と大きな観点から導き出される代物であるというだけで。

 

「今日はありがとうございました。また相談があれば連絡します」

「.....これ以上私の頭痛の種を持ち込まないでくれよ?」

 

 加山は──次の予定を頭に浮かべながら部屋から出ていった。

 

 さあて。

 次は──

 

 

「....」

「....」

 

 

 加山は思う。

 自身はどうも一番悪い可能性を引くことに関して定評があるようだ。

 

 眼前には

 

「突っ立ってないで座れよ、加山」

 

 ほら。

 自分で作戦室に呼び出した人間に対して、この台詞選びをすることに一切の疑問を浮かべない男ですよどうなんですか本当に。

 

 加山は──二宮隊作戦室をノックをする際に様々な可能性を頭に浮かべた。

 

 作戦室の中に

 二宮以外の隊員がどれだけいるのか。

 

 二宮以外の隊員が多ければ多いほど非常に気が休まる。

 少なければ少ないほど胃が痛む。

 

 加山は顔を引き攣らせながら作戦室をノックしていた。

 

 その時──何の反応もなかった。

 

 その時。

「お、今二宮隊全員不在かー。そうかー。残念だなー」と言葉にしながらも、心中天に拳を大きく掲げていた。

 確かにその時加山は「根付さんとの用事を終わらせた後に来る」とだけ伝えていたので。

 正確な日時指定を行わなかった。実際に根付さんとの話し合いは予定よりも長く行われていて、二宮隊が他の用事や訓練に向かったとしても責めることはできない。むしろ仕方がない。こちらが悪い。にっこり笑って回れ右して作戦室に戻って帯島さんちのみかんでも食おうかと思ったら。

 

 にこにこ回れ右したその背後。

 

「.....」

 

 二宮が──ペットボトルのジンジャーエール片手にそこにいたのでした。まる。

 

 

「今日お前を呼んだのは──ランク戦ROUND4に関しての事だ」

「ああ! あの試合ですね! いやー、激戦でしたね!」

「....」

「....」

「とぼけるつもりか? 何故お前は辻を倒すことが出来た? そして、辻を倒した後に何故緊急脱出をした?」

「そりゃあまあ話してもいいですけど。言ったところで信じてもらえそうは無いんですよね」

「....」

「....」

 

 こうなる事は解っていた。

 会話のキャッチボールというのが、この場面において成立しない関係が、加山と二宮である。

 

 話せ、と要望を出し。

 今度は加山が投げかけられたボールをポイ、と捨てた。

 

 意趣返しだ。

 

 こうなった時。

 二宮は基本的に「そうか」と言って言葉が終わる。

 

 されど。

 今回ばかりは引くつもりもないのだろう。

 無言のまま、加山を見ている。

 

「──取引をしませんか?」

「取引だと....?」

「うす。──ただまあ、俺の話は信じられないものだと思いますし、その話が正しいのかどうかの証明も出来ません」

「正しいかどうかの判定は俺がやるだけの話だろが。何の問題もない」

「とはいえ──ただ話すとなるとこちらにメリットがないので。交換条件と行きましょう」

「なんだ?」

「──この前のランク戦。玉狛の雨取さんに犬飼先輩と辻先輩がやられたじゃないですか」

「....それがどうした?」

「アレ、二宮隊長的にはどういう判定をしているのか。知りたいんですよね」

「判定?」

「うす。──アレは人を撃てるようになったから出来た事だと捉えているのか。それとも偶然か事故のどちらかだと考えているのか。正直な感想をお聞かせいただければ」

「....そんなもの、知ってどうする?」

「それじゃあ二宮さんはあの時の俺の変化を知ってどうするつもりなんですか?」

「.....」

「.....」

 

 よしよし。

 入隊当初から恐怖の対象であった二宮に、取り敢えずここまでは渡り合えている。

 

「俺は玉狛第二が危険だと思っているんですよね」

「....あいつらがか? 所詮は空閑頼みの部隊だろ」

「そこに爆殺トリオンモンスターが入ってきたらどうします。空閑はエースもサポーターも出来る駒だし、三雲は初見殺しの戦術を多用してくる。──本当に、油断ならない。だから、実際に爆殺された二宮隊が雨取さんをどう見ているのか、聞いてみたいんですよ」

 

 加山の中にある雨取千佳と。

 実際に戦って「撃たれた」二宮隊。

 

 その認識に差異がないのか。

 加山は知りたがった。

 

 

「....それが取引という訳か」

 

 二宮は問い、

 加山は頷く。

 

「そうです。──是非とも教えて頂ければ」

 

 このランク戦。

 目指すはB級2位以内。

 

 その中に入り込むためには──加山は手段を選ばない。

 

 

 

 今期の遠征は是が非でも行かなければならない。

 何故ならば──あの男が遠征艇に乗り込む可能性があるから。

 

 上層部すらも説得し、公然と奴が乗り込むことが確定しているから。

 

 ──奴を監視し、必要とあらば始末する為に。

 

 何が何でも──勝たなければいけない。

 

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