彼方のボーダーライン 作:丸米
濁流の中。
壁が作り上げられていく。
雨取千佳は上層の住宅街の、やや東よりにいた。
彼女は砲撃で地滑りを引き起こすと同時、エスクードにて壁を作り出していく。
「.....濁流で流れる水をエスクードでせき止めているね。君の戦術をよく研究しているじゃないか」
「.....成程なー」
エスクードでせき止められている地点を見る。
水嵩が増した通り道の足元。
そこには──三雲修が巻いたスパイダーが隠れている。
濁流は上層に向かう敵の移動経路を制限すると同時に。
上層に到達した後の移動経路の制限でもある。
「スパイダーを濁流に隠しているのか....」
「土砂が混じった濁流は結構色があるからね。薄い色のスパイダーはまず間違いなく見えなくなるね」
上層の地形を見る。
雨取千佳の砲撃によって中央に近い家屋が濁流にのみ込まれ地滑りを起こし、大量の水が勢いよく流れる危険地帯。
家屋が流れた中央から左右の通路は、雨取千佳のエスクードが壁となっている。
エスクードで溜められた水は通路を浸水させ、中央の地滑り地帯へと流れていく。
その通路上にせっせと三雲修が作成したスパイダー地帯。
「....釣りですね」
「だね」
更に。
下層から上層に至る為の経路までも、雨取千佳のエスクードが塞いでいっている。
下層から上層。
そして上層から雨取千佳に至る為の経路。
その全てに、足を止める為の手段がある。
この状況を──変える為の一手を、二宮隊は持っている。
前回も、前々回も行使された方法。
二宮による、爆撃である。
「爆撃さえ行えば、エスクードで塞がれている地点も破壊することが出来る。諸々の仕掛けも全部ご破算にできる。──そして、玉狛はよく釣りの戦術を使う」
「そう」
あの仕掛け諸々が。
二宮の爆撃を誘う為の釣りだとしたならば──。
「....そして爆撃を行えば、二宮さんとアマトリチャーナが上層と下層で撃ち合う事になる。仮にアマトリチャーナが撃てると仮定すれば──この勝負は射角も取れて威力も数段上のアマトリチャーナが有利だ」
現在二宮と合流できているのは辻だ。
仮に犬飼と合流できていたのならば、射撃戦でサポートも得られたのだろうが──犬飼は上層にいる。
「前回は撃てない、と確信していたから合成弾での爆撃が出来た。──なら、今回はどうだ」
上層への道は濁流とエスクードで塞がれている。
二宮隊が上で動かせる駒は犬飼しかいない。
「──さて。二宮さんはどう動くかな」
※
「──着々と上層が要塞化していますね。どうしましょうか」
犬飼は何処か楽し気にその様子を見ていた。
まさしくそれは──要塞であった。
雨取千佳を中心にエスクードが乱立し、濁流の方向をコントロールしながら経路を塞いでいく。
その範囲は、ひどく広大であった。
棚田状の地形の上下を埋めるように。
そして上層と下層を結ぶ中央の広い道路への道を塞ぐように。
上層では濁流が溜まり、それは中央に空いた地滑りの地点から流れていく。
そして。
「.....来たか」
広域のシールドを張りつつ。
大型のキューブが空に浮かび、細かく分割され散っていく。
その弾丸は二宮のいる位置に向けて飛んでいく。
距離はひどく離れている。
本来の雨取千佳ならば、狙撃での攻撃が自然となる距離感。
そこを。
ハウンドが埋めに来る。
降り注ぐハウンド弾が周囲の建造物を叩き壊しながら、二宮と辻の両者に降りかかる。
ガ、ガ、ガと不協和音を奏でる破砕音と、シールドと弾丸が叩き込まれる音の双方が響く。
四枚に分割した二宮のシールドはそれぞれ降りかかる五発分のそれを防ぎ切り、辻のシールドは砕けたたらを踏んで付近の建造物に逃げ込む。
──この距離で、この威力。
この距離を届かせるために、威力を大きく削り射程分にトリオンを割いているはずだ。
それでもこの威力である。
辻のトリオン量では、防御すらままならない。
雨取千佳の第二射が発射されるよりも速く。
「犬飼──合わせろ」
通信先からの「了解」の声を聞き。
第二射が放たれるよりも速く二宮のハウンドが千佳に向かい放たれる。
二宮の弾丸が頭上に降りかかると同時。
犬飼のハウンドもまた、側面から雨宮の背後に抜けて向かってくる。
「──千佳! 背後からも弾丸が来ている!」
「──!」
修からの指示が飛び、即座にシールドを背後まで伸ばす。
第二射を放とうとした動きが、止まる。
その隙に二宮・辻は建物の裏手側に回る。
二宮は建物の裏に回ったまま諸手にトリオンキューブを生成し。
辻は天井に飛び視界を確保する。
辻の視界には。
新たに生成されるエスクードと、それに隠れるように上層へ向かい空中を駆ける──空閑遊真の姿が目に映る。
「──犬飼。下層から空閑がやって来ている。掃射の準備を行え」
キイイン、というどこか機械的な音と共に。
二宮は二つのキューブを合わせる。
辻の目には。
犬飼向けて真っすぐに向かいくる空閑遊真の姿と、背後へ引きつつ空閑に向け突撃銃とハウンドを放つ犬飼の姿。
そして。
空中からグラスホッパーを用いて掃射に対して回避を行った空閑に向けて時間差で放たれる、トリオンの軌跡。
「──ホーネット」
ハウンドとハウンドを組み合わせ放つ──合成弾であった。
※
「....これは」
マズイ、と遊真は思わず呟く。
奇襲位置がバレて犬飼に迎撃され、
その回避の為にグラスホッパーを使用したタイミングで放たれた、二宮のハウンド。
──気を付けて! アレ多分合成弾だから!
オペレーターの宇佐美から警告が入る。
現在自分は、空中にいて。
グラスホッパーを使用して方向転換が行われている。
追尾軌道を描きながら自身に来ているあの弾丸は、ハウンドと組み合わされているものだろう。
となれば、二択。
ホーネットか、サラマンダーか。
──アレだ。カヤマを追い詰めるのに使っていたあの合成弾だ。
追尾機能を強め、何処までも追いかけてくるあの弾丸。
半端な追尾性能ならば、グラスホッパーで幾らでも回避ができる。空中にいる自分に面攻撃する意味もさほどない。
あと数秒もすればあの弾丸がこちらに来る。
即座の思考が、遊真の頭に巡っていく。
──フルガードでアレを防ごうとすれば、恐らくいぬかい先輩に撃たれる。下手すればそこで緊急脱出の可能性もある。
ホーネットは以前、加山の足を動かし辻で仕留める運用で行使されていた。
今回は、仕留め役が辻から犬飼に代わっているというだけだろう。
と、なれば。
やるべき事は空中からグラスホッパーでさらに距離を空け、犬飼を切り離してあの弾丸を防御する事か。
──いや。ここでおれが浮くのもマズい。もう場所は割れている。にのみや先輩といぬかい先輩がこっちに弾幕をぶつけてくる可能性もある。
ここまでの判断を下し。
遊真は、判断を下す。
犬飼から離れる、ではなく。
犬飼側に向けて、グラスホッパーを生成。
それに足をかけ、高速移動を行う。
「いい判断だ」
ポツリ犬飼は呟く。
遊真は犬飼から逃れるのではなく、即座に対応が出来るよう、その位置を把握できる場所へと向かう事を判断したのだ。
地を這う蛇のようにうねりを纏った曲線で、弾丸は遊真に向かう。
遊真はグラスホッパーを器用に操り、千佳の大砲で崩され、開かれた地形に降り立つ。
迫り来る弾丸が、遊真の正面から襲い来る。
「──頼むぜ、相棒」
その地帯の裏手側。
「──スラスター!」
身を潜めていた──三雲修が目前に迫る弾丸に向け、盾モードのレイガストを飛ばす。
弾丸の半分ほどを受け止め、消し飛ぶレイガスト。
そして──修と空閑のシールドを合わせ、残りの弾丸を防ぐ。
防ぐと同時に、開かれた地形を嫌い二人は背後へと引いていく。
「──成程。メガネ君もそこにいたか」
その動きに合わせ、犬飼も始動する。
突撃銃の照準を、シールドを張れていない側面部に向け、射角を取るべく移動を行う。
その為に、足を踏み出した──その瞬間だった。
バシュ、という音と共に。
自らの足先が削れたのは。
「お」
最早反応すらも許されぬ程の速度を持ったそれは。
犬飼の視線の、更に先に存在する高層建築物の中層から放たれたものだった。
「.....やるじゃないか」
その先。
ライトニングを構えた雨取千佳の姿が、そこにあった。
──頭を先に突っ込ませていたら死んでいたな。足ですんでよかった。
狙撃の気配を感じ、防護を行うよりも速く到達したその弾丸は。
トリオン体によって拡張された反射神経すらもすり抜け、犬飼の足を穿った。
──成程。こちら側に飛んできたのは、追撃に対処する為ではなく、雨取ちゃんの射線に俺を入り込ませる為か。
最初からホーネットで追い込みをかけて犬飼が攻撃を仕掛ける作戦を読んで。
犬飼が攻撃を仕掛けてくる地点に──千佳の狙撃が通るように。
「二宮さん」
確定だ。
玉狛第二は、明らかに
「──雨取ちゃんは撃てますね。間違いなく」
──雨取千佳が、”撃てる”事を前提に動いている。
※
「──ったく。ふざけた戦いをしているわね」
香取葉子は、舌打ち混じりにそう呟いた。
轟々と流れ込む濁流。
高々とそびえたつ壁。
そして──その間を交差しては破壊音を鳴り響かせていたハウンドの応酬。
それら全てを隠れてやり過ごした末に、思わずそんな言葉が零れてしまった。
あんな光景、ランク戦で見かけた事なんて無かった。
二宮と真正面からの撃ち合いを仕掛けて、それでいてここまで拮抗している事自体が。
「──雄太。麓郎。次に撃ち合いが始まった時がスタートよ。解ったわね?」
「だ、大丈夫かな...」
上下を挟んだ地帯から繰り広げられた戦いは、まさしく戦術兵器同士の砲撃対戦であった。
その中に、──香取隊が殴り込みをかける。
三浦雄太は、先程の光景に少しばかり不安げな声を漏らす。
ふん、と鼻を鳴らして。
香取は言う。
「今しかないの。二宮隊の下の二人は、意識が
互いが互いに、意識を割かざるを得ない状況。
だからこそ──意識外からの殴り込みに勝機が生まれる。
香取は諸手に拳銃を握り。
二宮がいる地点を睨みつける。
「──その偉そうな横っ面。今度こそ吠え面かかせてやる」