彼方のボーダーライン 作:丸米
自分が撃てない理由、というものは何なのか。
ずっと、目を背けていたのかもしれない。
撃てない、という事実だけをひたすらに信じて。
そこにある原因に目を向けようともしなかった。
──雨取さんは人を撃ちたくない側の人間です。
そう加山雄吾に言われて。
自分の浅ましさを思い切り叩きつけられたかのような衝撃があった。
撃てないと撃ちたくない。
その間には夥しいほどの差がある。
出来るのにしない、という浅ましさや怠惰。
したくないからしない、という感情を優先する姿勢。
.....諸々。
.....すべからく、自らのエゴが優先されていたという事実。
修がボーダーに入ったのも。
遊真が協力してくれるのも。
その全てが、全部自分が原因だというのに。
修がどれだけ頑張っているのか。
遊真がどんな状況に立たされているのか。
自分が始めた物語に、彼ら自身が賛同して引っ張ってくれた。
そんな想いを。
自分は、自分のエゴよりも小さく捉えていたのだという──そんな、事実に。
自分を、強く、強く、責めた。
その果てに。
加山雄吾の姿が、本当に恐ろしいものに見えた。
そんなつもりなど一切ないと頭で理解できているのに。
──まるで加山雄吾が「撃たない」雨取千佳を責め立てていると。そんな風に思ってしまったから。
雨取千佳は。
自分の行為が他者に及ぼす影響をネガティブに捉えていく。
人を撃てば、きっと怖がられるのだろう。狡いと思われるのだろう。
──きっと自分を責めるのだろう。
かつて。
雨取千佳には、親友がいた。
莫大なトリオンを持つ雨取千佳は、ボーダーが出来る前からトリオン兵につけ狙われていた。
誰に相談しようとも誰も信じてくれない。
そんな中──その言葉を真摯に受け止めて、一緒に下校してくれた友達がいた。
その友達が失踪して。
自分が周囲に主張していたことが次第に信じられるようになった。
信じられて。
どうなるのか。
──もしかしたら。親友の失踪は雨取のせいだと、そんな風に思われないかばかり信じていた自分の心を自覚してしまった。
自分は、青葉の失踪そのものよりも。
自分が、青葉の失踪の原因だと責め立てられないかばかりを、恐れていた。
誰かに責め立てられたくない。
だからずっと──自分は一人だった。
誰かに責め立てられたくない。
だから、誰かが危機に陥った時は引金を引けた。責め立てられたくないから。
誰かに責め立てられたくない。
だから。
撃てなかった。
自分が責められるかどうか、という部分に対して。
あまりにも雨取千佳は、想像力が働いた。
その想像力が。
雨取千佳を縛っていた。
誰かに責め立てられたくないという思いが。
常に自分に言い訳を用意させた。
自分を知らない誰かに対して。
そして修や遊真に対して。
自分は頑張っているんです。
弱いながらも、頑張っているんです。
撃てないながらも、それでも部隊の為に頑張っているんです。
こんな弱い自分なんです。だから──私を、責めないでください。
そうやって、弱い自分を演じて誰にも責められないようにただただただただ。
自分のエゴを隠しながら、通していた。
なんて。
なんて──浅ましい人間だったのだろう。
「私は.....結局は...」
自分本位な人間なんだ、と。
そう言った。
「....」
眼前には。
修も、遊真も、宇佐美栞もいた。
「自分の事しか、考えていなかった.....!」
ああ。
自分に足りなかったのは、こんな単純な事だったんだ。
自分の浅ましさを。
自分の弱さを。
──恐れながらも、誰かに伝える決意。
それだけが、きっと。
※
雨取千佳が、こちらを撃てるという前提ができた事により。
犬飼の行動が一気に制限される事となる。
先程までのハウンドによる面攻撃だけであるならば、二宮の援護があればどうとでも対処できる範囲内であった。
しかし──対象を狙い撃つ狙撃までそこに加わるとなると、話が違ってくる。
雨取千佳は少なくとも二種類。アイビスとライトニングの二種類の狙撃銃を持っている。
障害物で隠れようともアイビスとハウンドで炙り出せる。
それを恐れて下手に動き回れば──回避不能のライトニングが飛んでくる。
二宮のサポートの為にその身を晒したことで、犬飼は一気に危機に陥った。
「.....上が一気に危険地帯になりましたね。一回退却した方がいいですかね?」
「.....仕方がない。こちらも東へ迂回しつつ上に行く。合流路を氷見から伝える。退却しろ」
「了解....お」
その瞬間だった。
──彼方から、直線に飛んでくる何かを捉えた。
それは雨取千佳の片腕から十六分割し、犬飼と二宮、双方向に飛ばされたものであった。
──ここで爆撃か。
犬飼は瞬時の判断を求められる。
フルガードによる固定シールドで爆撃をやり過ごすか。
突撃銃とハウンドによる迎撃で爆撃を打ち落とすか。
──フルガードで処理しきれる保証がないし、脚が削れている今障害物まで真っ新にするわけにはいかない。
犬飼は、迎撃による処理を選んだ。
突撃銃を構えつつハウンドを生成。
十六分割すれど、そのあまりにも巨大な弾体は狙い撃つには容易であった。
銃声と共に──爆撃が空を覆い、爆音が周囲につんざく。
その音に紛れて
「.....!」
犬飼はレーダーに即座に生まれたトリオン反応に気付き、即座にその方向を振り返る。
しかし──視界範囲内に誰もいない。
「やあ、ろっくん.....!」
カメレオンによる透明化を解いた香取隊の若村の銃撃が、犬飼に襲い掛かる。
軽快な音が響く弾丸の幾つかが──犬飼の腹部に突き刺さる。
「....」
その様を見やり、歯を食いしばりながら、若村は一つ息を吐いて。
自らの師匠たる犬飼を見据えた。
「いいタイミングだ。成長したね、ろっくん」
犬飼は現在。
玉狛の雨取の圧力により、撤退し合流を図ろうとしているタイミングである。
その脱出路に──若村が立ち塞がっている。
犬飼の行動を的確に阻害するポイント・タイミングでの見事な襲撃。雨取千佳の爆撃を迎撃し、シールドを解除した状態である為防御すらできない犬飼の背中側から放たれた、若村渾身の銃撃であった。
その渾身すらも──犬飼は至極当然の如く対処した。
ガードを解いていたのに。いや、解いていたからこそだろうか。爆音で足音も聞こえにくい中、周囲に気を配っていた。
「....このチャンスは、逃さねぇ!」
壁際に寄り、頭部をシールドでカバーしながら。
若村は犬飼に銃撃を浴びせていく。
犬飼は若村の銃撃に対して。
背後に逃れることはできない。
何故なら、背後には玉狛がいる。
──香取隊も、かつてやられた事をやり返している。
かつて。
加山と二宮隊によって挟撃され逃げ場を遮断された。
それと同じ。
玉狛と若村に挟み込まれている事で──犬飼の逃げ場が塞がれている。
とはいえ。
この距離ならば──十分に二宮の援護が受けられる。
「──報告。隊長が香取隊の襲撃を受けている」
「....了解」
氷見からの報告で、全てを察する。
二宮からこちらへ援護を受けることも──今は叶わない。
「.....いいね。結構な修羅場だ」
さあて。
どうやって生き残ってやろうか──。
※
──流石。気づくのが速い。
バッグワームを解き襲撃をかけた瞬間には、二宮も辻も行動を開始していた。
二宮がこちらにハウンドを放ち。
同時に辻が動き出す。
──二宮さんがこっちの足を止めて、雄太を辻先輩が迎撃する動きをしているのだろう。
咄嗟の行動でここまでの連携が染みついているのは、憎たらしいが本当に部隊として格上の相手だと思い知らされる。
だが、読めてさえいれば。
二宮のハウンドの軌道を読み、辻が移動している経路を先回り。
ハウンドを携えながら──辻の眼前まで移動を行う。
左右に高い壁が反り立った、細い路地。
直線の道しか存在せず、左右の回避が不可能なこの経路。距離があるのならば、縦に旋空を放てる弧月使いが有利な地形である。
「....う」
でも知っている。
辻は、女性隊員相手には何もできない。
スコーピオンを手に、距離を詰める。
既に迎撃ではなく防御態勢を取る辻の首目掛けて、跳躍。
首元に向かう刃を弧月で防がせ、空いた片腕に生成したスコーピオンで腹部を突き刺す。
「ぐ....!」
辻はなんとか弧月で香取を押し返し、弾き飛ばす。
その動きに合わせ香取は背後へ向かいながらトリガーをスコーピオンから拳銃に切り替える。
──ここで仕留める。
その引き金を絞ろうとした瞬間。
自らの左側の壁が、爆ぜた。
その数瞬前。
香取は舌打ちしつつ、グラスホッパーを起動して上へ逃れる。
爆ぜた壁から──ポッケを両手に佇む二宮の姿。
「.....本当に、想定通りにはいかないわね」
上へ逃げ、住宅の天井部に着地した香取。
狙撃を警戒し、雨取千佳がいる上層部に目をやった瞬間であった。
直線に飛んでくる。
白いキューブ。
「──雄太! 固定シールド! 急いで!」
犬飼に投げかけられたものと同じ。
雨取千佳によるメテオラが、振り落ちていく。
それが叩き落された瞬間。
周囲一帯を包み込む、炎のような爆撃が──香取の視界いっぱいに広がっていた。
足元は崩れ落ち、周囲一帯に張った固定シールドも軋みを上げて限界を伝えていく。
──ギリギリを見極めて、脱出する。
爆炎を恐れてこのまま二宮に捕捉されても、自分は死ぬ。
ならば、可能な限り早くここから脱出を果たし──こちら側から二宮への襲撃をかけなければならない。
白煙に塗れる中、シールドを解き。
バッグワームを身に纏い、走る。
「....葉子ちゃん、ごめん!」
バシュ、と隊員の三浦が緊急脱出。
二宮隊に一ポイントが入ったという報告も同時に聞こえる。
爆炎の外側にいた辻が、ガードを固めていた三浦に旋空で仕留めに入ったのだという。
──慌てるな。
まだまだ。
まだまだだ。
仕留めに行ったのは辻で、更にこの爆撃範囲外にいたという事は。
今──二宮は単独だ。
玉狛からの攻撃に意識がある為、フルアタックは出来ない。
煙で周囲が見えず、近くに寄る事も容易い。めぼしい障害物も、そのほとんどが爆撃で消えている。
──ここで、仕留める!
煙に紛れて。
視認した二宮の姿目掛けて、突っ込む。
二宮もまた香取を認識し、──ポッケから手を抜き、指差す。
攻撃手に寄られた際に、二宮がアステロイドにて迎撃する為に行う仕草だ。
香取は確認ついでに拳銃を一発二宮に放つ。
シールドで防がれる。
──やっぱり。フルアタックは出来ない。
ならば。
あの指差しからの直線攻撃を避ける事さえ出来れば──二宮を、狩れる。
出来るだろうか。
自分に。
──いや、出来る。
集中しろ。別に当たっちゃいけないわけじゃない。致命所にさえならなければ。腕でも足でもなんでもくれてやる。その代わり──二宮さんはここで仕留める。
しかし。
指差しからの攻撃は──いくら待てども行使されない。
あと一歩で二宮の心臓に刃を突き立てられる場所にまで肉薄しているのに。
まだ、放たれない。
「──終わりだ」
二宮がそう呟くと同時。
二宮の指先からではなく。
「....あ、が」
「....」
──指差しは、ブラフ。
視認した瞬間に、香取に向けて指差しをしたのは。
二宮からの直線攻撃に意識を向けさせるため。
その回避の為に意識を割かせ──白煙の中に隠した、アステロイドの置き弾の攻撃にて仕留めさせるため。
「....く、そぉ....!」
見事にブラフにかかり、身体を穿たれた香取の斬撃は。
微かに二宮の腹部を掠るだけで終わった。
香取が緊急脱出し──二宮隊に2点目が入る。
「....」
一つ息を吐き。
二宮は──犬飼との合流に向け、走り出した。