彼方のボーダーライン   作:丸米

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その心、淡い色彩に塗りつぶす黒

「――成程」

「まあ、一理あるといえばあるのぅ」

 

その日。

加山雄吾は忍田本部長と鬼怒田室長にアポイントを取り、資料を用いてプレゼンを行っていた。

 

それは、C級隊員へのテキスト配布に関しての資料だ。

「ボーダーが十代くらいの中高生を対象に人を搔き集めている組織ってのは理解できてるんですよ。だから、現代の軍事組織のノリを持ち込む訳にはいかないってのも。キチキチの上下関係作って統一された訓練を繰り返すような組織にするわけにはいかないってのも。――でも、やっぱり軍事組織ですから。最低限の情報共有は行うべきであると思うんです」

 

だから、テキストです。

そう加山は言う。

 

「テキストで情報を知る、って行為は学生のノリに一番近いものがあると思うんです。教科書配布して、それぞれの科目に応じて座学で学べる機会を与える。この流れだったら、自然に情報の共有が出来ると思うんです」

 

攻撃手、射手、銃手、狙撃手。

それぞれのトリガーにどのような特性があり、どのような戦術的役割があり、どのような人間に適性があるのか。

テキストデータとしてそれらを共有し、C級に配布する。

 

「一番最初の段階で、C級はどうしようもなく能力で格差が付きます。こればかりはしょうがない。でも得られる情報さえも格差が生じるというなら、大きくモチベーションに関わると思うんですよ。情報さえ出来上がれば特段のコストもかからないでしょうし、テキストの配布ってのは一番効率よく情報の共有が出来る手法だと思うんです」

 

「とはいえ、座学が合わない者もいるだろう」

「合う人もいるんです。合わない人は別の方法を取ればいい。俺が提案したいのは選択肢の増加です。情報を知るための手段が人から入れるという従来の方法に、テキストを読み込む方法も加える。そりゃ人から教えてもらって指導してもらいながら身体の動きを覚える方が効率的ですよ。でもそんなありがたい立場になれるのなんてただの一握りでしょう。まずは情報を仕入れて、そこから動きを覚えるという選択肢があってもいいと思うんです」

「ふむん-------」

鬼怒田は、珍しく特段の反論を行わずジィっと加山の弁説を聞いていた。

 

「当然。所詮はまだ実戦経験も薄い中坊のガキの資料ですから。これ自体に価値があるとは自惚れちゃいないっすよ。でもこんなのでも有難がられる現状があるんです」

 

以前。名前は何だっけな、

メガネかけた同い年のレイガスト使いのC級隊員が、レイガストの盾モードすら知らないとのたまっていたもんだから。自分で纏めたレイガストに関する資料を与えたら、滅茶苦茶感謝された。特別な才能も人間関係もなければ、C級隊員なんてこんなもんだ。情報が入ってこない。

 

「自分で考える事の重要さも理解できていますよ。だから、本当に基本的事項だけでいいんです。通常共有されるべき情報を、知る方法を与える。俺が提案したいことはそれだけです。他の方法があるなら当然そっちで全然構わないっす。俺が考えた中で、最善がこれだったというだけで」

 

 

「――鬼怒田さん。どうですか?」

「どうもこうもないわい。B級隊員がボーダーを思って提案をしてきたんだ。理屈も別に間違ってはおらん。採用の可否は別問題として、当然上には話を上げる。――とはいえ、コスト面は大したことはないが、資料を作るとなるとやはり人の手が必要だからな。データを渡すだけなら簡単だが、今回の提案はあくまで”基本情報の共有”となっておる。何処まで情報を削り、何処までを与えていい情報とすべきか。その辺りの監修にかかる人の手をどうするかだな」

「ええ。その分には私も何も異論はないのですが。その、提案者のB級の子に関して」

「------加山雄吾か。奴は、確か両親が」

「ええ。亡くなっていますね。――C級時代は、色んな噂が立っていました」

「-----」

 

――警官の父親が、近界民の襲来のどさくさに紛れて発砲し、略奪し、息子を助けた。

 

その過去は、彼がボーダーに入隊してから徐々に徐々に広まっていった。

その噂によって彼は次第にC級で孤立していき、その中で交流と言える交流があったのは同期の木虎くらいのものだったという。

それでも彼は不断の努力を積み重ね、ここにやって来た。

そして、――こうして組織の改善提案までしてくれるほどに、この組織に尽くしてくれている。

これは、喜ばしい事だ。

 

「-----鬼怒田さん」

「ん?」

「あの子に------そこまで責任を負う必要がない、と言ってしまうのは軽率でしょうか?」

「------」

鬼怒田は、ジッと地面を見る。

一つ目を瞑り、そして言う。

「間違いなく――わしらが言える事ではないだろうな」

「------」

「わしらは-----本来抱える必要のない責任感を煽って、子供たちをここに集め、組織を運営しておる。その中で、あまりにも度が過ぎる程の責任を感じている人間がいたとしても――それを利用している側が、言っていい言葉ではない」

 

忍田は、確信している。

恐らく。

もし――門が閉じられ、平和な世界が訪れたら。

きっと彼は空っぽな人間になる。

 

将来も、自分が持っている可能性も、その全てをボーダーという組織にかけている。それが目に映る。

 

「大なり小なり、わしらは子供たちの時間を奪っておる。本来庇護されるべき年齢の子たちを集めて、責任なんて感じる必要もない子たちに市民を守る事を要請して。――そんな我々が、どうやってああいう子に偉そうに肩の荷を下ろせなんて言える」

 

「だが------」

 

きっと。

加山雄吾は、責任を感じているのだ。

自分が、生きていることに。

父親に、生かされたことに。

 

でも。それは元を辿れば――あの侵攻を食い止められなかった、大人たちの責任であるはずで。

 

あの侵攻が無ければ。きっと彼と彼の父親には別の人生があったはずで。

 

それを思うと――忍田はどうしても、言葉をかけたくなる。

君の責任ではない。

自分たちの責任だ、と。

 

「君と同類だよ。あの子は」

「------」

解っている。

自分に降りかかる事全てに、自分の中に抱えて、自分の責任として処理をしてしまう人間。

 

忍田をはじめとした旧ボーダーの人間も――そして加山雄吾も。

結局は同じ人種だったというだけの話だ。

 

「――この提案、城戸司令まで持っていく。わしから話は付けておこう」

「頼みます」

 

 

「疲れた------」

 

ボーダー本部の休憩室に、加山は座る。

ここ最近寝れていない。

ただでさえ普段からあんまり寝れない体質なのに、上層部の資料作りとプレゼンの緊張でロクに寝れてなかった。

 

「------」

 

どうだろうなぁ、今回の提案。

通ればいいけどなぁ。

まあ、通らなければ通らないで、別に資料の配布は自分でやればいいだけって話ではあるけど。

でも、ボーダーという組織が絵図を作って、それを配布する事にやはり意味があると思うのだ。

 

もっと。

もっと大きくなってもらわなければ困る。

そうでなければ、成し遂げられない。

 

「-------」

ヤバいな。

ぐるぐると、色が混ざり合う。

気分が悪くなると、こういう感じになる。音の聞こえが歪んでいって、色が混じり合って行く。

 

重たくなる瞼の動きに逆らう事叶わず、――加山は、目を閉じた。

 

・     ・     ・

 

「起きたか?」

「あ-----」

 

聞こえてきた声に、思わず耳を傾ける。

そこには、

 

「-------」

「三輪、先輩?」

 

三輪秀次。

A級部隊、三輪隊隊長。

 

身体を沈ませたソファの目の前のデスクには、湯気立つコーヒーがあった。

 

「------」

「このコーヒー、三輪先輩が?ありがとうございます」

「いや、いい」

 

三輪はかぶりを振りながら、そう声をかける。

 

------ゆっくりと彼は据わった目を少し緩め、こちらを見やる。

 

「加山。お前C級の育成環境に関して提案をしたらしいな」

「はい」

「何故そんな事を?」

「俺が、やるべきだと思ったからです」

 

やるべき。

加山にとって、あらゆる全てが、このべき論で片付けられる。

やるべき事が眼前にある。

それは「近界を滅ぼす」という最終目標に至るまでの、構築。

 

それを、しなければならない。

 

「そうか。――だが、無茶はするなよ」

「大丈夫ですよ、三輪先輩。――死ななきゃ、無茶じゃない」

 

死ななけりゃ、大丈夫。

これは、加山雄吾にとっての紛れもない本音であった。

 

加山は、一つ誓っていることがある。

三輪秀次に対しては、絶対に嘘をつかない――と。

 

 

偶然だろう。

きっと偶然なのだろう。

そうであろう。

そうであろうと、信じたい。

 

親父が死に目に言っていた言葉。

女の人を見殺しにした、と。

その傍には泣きじゃくる少年がいた、と。

 

 

三輪秀次は大規模侵攻で姉を亡くしたと聞いたとき、頭が凍り付いたかと思うほどに、思考が止まった。

 

ああ、と。

彼の姉が父が見殺しにした人物かなんて、解らないけど。

 

でも。

それでも、そういう事なのだと思う。

 

――今ここで自分が生き残っていると言う事は、そういう事なのだと。

 

誰かの命の上に、生かされている。

屍の山に埋もれ、生贄に捧げ、生き残った命。

三輪秀次のような誰かの幸せな日々を殺して、その命を吸って生き延びた存在。

 

それが、加山雄吾という人間だから。

 

「加山。――何度も言うが、無茶をするなよ」

三輪は、立ち上がる。

 

「俺は大した力になれないかもしれないが-----それでも、手伝える事なら手伝う」

 

言いたいことはそれだけだ、と呟き。

三輪は席を立ちあがり、去っていく。

 

「------」

三輪は優しい人間だ。

それは、間違いない。

でも。

情深い人間が故に、囚われる心もある。

 

「うめぇ----」

角砂糖が溶かされたコーヒーを口に付ける。

疲労した体に、実に心地よかった。

 

いつか。

三輪秀次に憎まれる時が来るかもしれない。

 

その時が来るならば、受け入れようと思う。

その覚悟ならば――出来ている。

それでも、進み続けよう。

あんな人間が出てこないように。

自分は、自分が出来ることを。ひたすらに。

 

そう――加山雄吾は、また一つ今日も心に誓う。


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