彼方のボーダーライン 作:丸米
その瞬間。
完全な静寂が一瞬だけあった。
息を呑む一瞬。
勝負が決まるその瞬間を見届けんと前のめりになったその瞬間に。
若村が──背後からの犬飼の襲撃に成功していた。
固唾を溜め、飲み込む一瞬の時間すらも忘れ。
呼吸音すらも聞こえない。
そんな時間が確かに存在していた。
その心境は。
観客席に座っていた加山も、王子も、また同じ。
「やられたね」
「はい。──完全にしてやられましたね」
新トリガー二つ。
ダミービーコンとハウンド。
この二つを──完全に撒き餌に使い、犬飼を見事若村は討ち果たした。
「空閑君の存在を匂わせての撃破.....手段としては理解できますけど、実際にあの場面にいて簡単に出来るのかというと」
何せ、かなりのリスクだ。
あれだけのビーコン地帯を敷けば、本当に空閑遊真があの地帯に入り込んで若村を倒しにかかる可能性もあるのだ。
「いや、ユーゴー。少なくとも──あの場面のジャクソンにとって、その可能性は限りなく排除しても大丈夫なはずだ」
「.....そうですかね? 今玉狛はなりふり構わず点が欲しい場面でしょう。犬飼先輩は絶対たる抹殺対象なのは間違いないすけど。まずは取りやすい若村先輩を仕留めた後に、犬飼先輩を取りに行く可能性もあり得なくないですか?」
「玉狛は点が欲しいと同時に、二宮隊の得点も防ぎたいんだ。──ジャクソンの点をスミ君にとられる事。これがまずもって一番嫌なはず。だからこそクーガーは.....ビーコン地帯を抜けた
空閑遊真は、ビーコン地帯に入り込むことはせず。
バッグワームで紛れながら──ビーコン地帯の先で犬飼を待ち構えていた。
「玉狛の思考としては、あの場面スミ君はアマトリチャーナの狙撃で足が削れているし、部隊との合流を最優先に動いているだろうからジャクソンに大きく近づいて仕留めることはしないと踏んでいたんだろうね。だから、真っすぐに合流路にスミ君が向かうならそのまま襲撃していたし。ジャクソンと距離を取っての撃ち合いをするならその隙にスミ君を取っていた」
「多分犬飼先輩は距離を取って撃ち合いをするなら空閑君が襲撃をかけてくることは読んでいましたよね。──だからこそリスク承知で若村先輩との距離を一気に詰めてスピード重視で仕留めにかかったわけですし」
「それとスミ君はジャクソンの手の内を知っているというのも大きい要素だろうね。だからこそそのリスクも回避できるものと読んでいたんだ」
考えれば考えるほど。
犬飼の立ち回りに間違いがないことが理解できる。
ビーコンの意図も、空閑遊真の意図も、若村への対応も。その全てに完全な正当を選びきっている。
ある意味で。
若村も若村で、弟子として犬飼の意図を読み切っていたのだろう。
絶対に正解を選びきると。
だからこそ──正解の道を絶対に選びきる確信があって、最後の仕掛けが活きた。
「加えて、犬飼先輩は香取隊よりも玉狛第二に点を与えたくない意識があった。だから──最後のダミービーコンの仕掛けにも引っ掛かってしまった」
あの──ダミービーコン起動の場面。
ダミービーコンの反応を空閑として認識した瞬間。当然犬飼は若村への警戒も解いてはいないはずだ。
それでも尚、突如として現れたトリオン反応へと振り向いたのは──その場面で若村に仕留められるよりも、空閑に仕留められる方が嫌だったから。
既に二枚落ちの香取隊と、全員が健在の玉狛第二。
自らが死ぬと仮定して──誰に殺されるべきかという計算も犬飼にはあったはずだ。
だからこそ、自らの死角側にいると推測できる若村よりも。
空閑遊真に化けたダミービーコンの方に反射的に反応してしまった。
「自分の戦術的価値の小ささ、そしてジャクソンがスミ君の弟子である事──それら全て戦術に嵌め込んだ奇跡の一点だよ。だからこそ、やられた」
──自身の戦術的価値の小ささ。
そうか、と加山は思った。
戦術レベルの高低を正確に測る事さえ出来れば。
──弱い事こそすらも、充分な武器になるのだと。
加山は。
再度──若村の姿を見据えた。
「....ありがとうございます」
そして。
あの時に若村に出会う事ができた事を、心から感謝した。
よかった。
本当に良かった。
今、加山の中に。
また新たな戦術のタネが生まれ始めていた。
※
「──なに一ポイント取って呆けているのよ。さっさと動け」
犬飼澄晴を撃ち、緊急脱出へ追いやった若村に、隊長の声が響き渡る。
「あ、ああ.....。それで、次はどうする?」
「どうするもこうするもないわ。これからアンタは玉狛から離れて、緊急脱出するの」
「な....! ここでか!?」
「当たり前でしょ。アンタ、もうトリオンカッスカスじゃない。誰が来たって死ぬわよ。だったら自ら餌になる必要もないわ」
「だが...」
若村は、諦めきれなかった。
確かに、あと一度撃ち合いをすればもうトリオンが尽きるだろう。
それでも、──微かでも、可能性はまだ残っている。
上に行くには、失点よりも得点が重要だ。失点のリスクを嫌ってここで諦める訳にはいかない。
そう、思考が巡りそうになるが。
「──麓郎君」
落ち着いた声が響く。
染井華が、静かに、諭すように。
若村に言葉を紡ぐ。
「今の私たちがやる事は、何より自分の立ち位置を知る事だと思う。──ここで分が悪い勝負に手を出すのは上策じゃない」
自分の立ち位置を知る事。
....ああ、と若村は思う。
今犬飼澄晴を倒せたのは、はっきり言って自分だけの力ではない。
ダミービーコンとハウンドを使う事を提案したのは確かに自分であるが。
それを利用し犬飼を嵌める戦術を立案したのは染井華で。
そして同じ高機動型の攻撃手という立場から空閑遊真の脅威を利用する方策を考えて、ダミービーコンの設置場所を指示したのは香取。
自分は──部隊の力を借りて、ギリギリ師匠である犬飼を倒せたに過ぎない。
その部隊が、これ以上はもう限界だと伝えているのだ。
なら、自分がやるべきことは──自爆上等の特攻ではない。
「.....解り、ました」
彼は悔し気に口元を噛み締めて──その場から離れ、自ら緊急脱出を行った。
かくして。
香取隊は全滅した。
されど。
この──二部隊にとって完全なる想定外であった「若村麓郎が犬飼澄晴を倒す」という結果が。
それぞれの部隊の運命を変える事となる。
※
香取隊に加え犬飼澄晴が消え。
二宮隊は──自部隊の勝利の可能性が大きく低減した事を自覚した。
「....」
仮に。
犬飼澄晴を仕留めたのが空閑遊真ならば。
幾らでも手があった。
犬飼と交戦している中に援護を与える事が出来れば、足ぐらいは削ることが出来ただろう。そうなれば後は、合成弾を降らせてやれば──空閑遊真を仕留める事は出来たはずだ。
そうなれば、近接戦においてジョーカーとなりうる空閑遊真を排除した状態で玉狛との戦いに望めた。
──二宮は心の底の部分で、認めていた。
人を撃てる雨取千佳は、脅威だ。
その脅威は爆撃の最中で十分に理解できた。
周囲の建築物が次々と破壊され、爆撃を防げる場所が次々と失われていっている。
放たれるメテオラ弾帯に関して、先程まで犬飼と合同で撃ち落していたものの──香取隊の襲撃により連携が分断され、犬飼は既に落ちてしまった。
二宮隊の基本戦術は、リスクを徹底排除したうえで二宮という巨大兵器でもって地均しを行う事である。
自身を排除できる駒や状況を犬飼・辻と合同で叩き潰し、後半にかけて圧殺する。
しかし。
──眼前には、自分以上の破壊力を持つ巨大兵器がある。
受け入れろ。
──この脅威を。
だからこそ。
二宮は──リスクを取る。
メテオラの爆炎に紛れ。
二宮は──辻のシールドを全身に纏いつつ。
「──サラマンダー」
ハウンドとメテオラを掛け合わせ、──上層への爆撃を開始した。
※
爆撃は、主にエスクードによって封鎖された地帯に向け放たれた。
エスクードによって貯蔵された水溜まりが、一斉に流れていく。
──玉狛第二は今のところ無得点。そして二宮隊は二得点。玉狛の勝ち筋は、結局辻と二宮の双方を仕留めて生存点を勝ち取る以外に方法がない。
爆撃で空いた穴から濁流が流れる。
濁流を迂回し、雨取千佳に向かう道には──空閑遊真が待ち構えた上で、雨取千佳の射線が通る。
それ故に。
二宮はエスクードが張り巡らされた地帯とは別に──上層と下層を繋ぐ中央部の大通りに爆撃を行う。
爆炎に隠れたその場所に置かれたメテオラは、射程も弾速も切り詰め威力に全振りした代物。
二宮と辻が雨取千佳の爆炎を掻い潜り上層へと足かけした瞬間に、それはけたたましい爆音を上げながら上層の地形を崩す。
崩された地形に濁流は拡がり跳ね落ちていき、その勢いは拡散し弱まる。
そうして。
二宮は。
玉狛が作り上げた待ち伏せ地帯ではなく。
濁流によって悪くなった足場を踏破する事を選んだ。
爆煙に紛れ、視界の悪い中。
それでも──雨取千佳の狙撃の射線を切ることが出来る場所を。
その選択に対して。
玉狛は──二宮隊の通り道の前後を砲撃にて崩すという選択を行う。
二つ鳴り響いたアイビスの砲撃で。
二宮は──この煙から晴れた時、もう自らと雨取千佳との間に遮るものがない事を確信する。
つまり。
この煙が晴れた時に──雨取千佳との撃ち合いが始まるのだ。
煙の中。
小さな弾丸が降り落ちていく。
「辻」
「はい」
当然の如く辻がシールドでカバーすると同時、弾丸の方向に向けて辻が向かい来る。
その先に──三雲修の姿がある。
脆弱な威力の弾丸を掻い潜り──修へと肉薄する。
掻い潜った弾丸のうち。
そのいくつかが──辻の足元にばら撒かれていた。
「スパイダー...」
自らの足と地面とが、スパイダーによって繋がれている。
辻はあくまで冷静に、足先に弧月を振るいその拘束を解き。
──空中から襲い掛かる空閑の襲撃を受ける。
「....よ、っと」
修は辻の左手側に移動しつつスパイダーを変わらず足元に撒く。
辻は、今度は足先を動かしそれを避ける。
避ける動きに連動するように、空閑が辻の足元を掻い潜り、スコーピオンを振るう。
「く...!」
足元を動かされながら、空閑の攻撃に意識を取られていた辻は──同時に、足元に撒かれていたグラスホッパーを見落とす。
それを踏み抜いたその先。
無防備なまま──空へと打ちあがる。
何も塞ぐもののない空の上。
砲撃が自らの身体を貫いた。
「....」
固唾をのみながらも。
それでも雨取千佳の眼には、まだ戦意が消えていない。
そして。
晴れかかった煙から──二宮のアステロイドが空閑の横側から襲い掛かる。
グラスホッパーを装着し、シールドの切り替えが間に合わなかった空閑は身のこなしのみでそれから逃れんとするも──避けきれず、体の節々が弾丸に貫かれる。
「空閑!!」
三雲修はたまらじと、レイガストを構え空閑と二宮との間に自らの身を割り込ませる。
されどそれすら意に介さず、二宮はレイガストごとアステロイドで三雲を撃ち砕く。
三雲が緊急脱出する中──空閑遊真はグラスホッパーをもって、雨取千佳側に向かって逃走を開始。
「──逃がさん」
二宮は。
雨取の爆撃、ハウンド、または狙撃。
その全てに警戒を割きながらも──空閑を仕留めんと向かって行く。
空閑を追い。
雨取千佳と二宮との相対距離が近づいていく。
その時であった。
「エスクード」
二宮の周囲一帯が。
大量のエスクードによって取り囲まれる。
空閑の逃走幇助か──そう思考した二宮は、雨取千佳の方向を見やる。
そこで見た光景は。
両手を左右に拡げて。
あまりにも巨大なトリガーキューブを二つ掲げた──雨取千佳の姿。
二宮匡貴のフルアタックは。
相対した相手に対して、細かく分割したアステロイドと大きく分割したアステロイドを以て防御不能の攻撃を叩き込む。
対して。
雨取千佳のフルアタックは。
「.....!」
無言のまま。
二宮はそれを見た。
相対距離は大きく離れている。
それなのに。
細かく分割したキューブが──ビルの上から二宮に降り注ぐ。
それはエスクードで囲んだ地帯に雨の様に降り注ぐ。
射程と弾速に大きく振ったのだと思われる。
それでも──二宮のフルガードを、軋ませるほどの威力がそこにある。
そうして。
時間差で──もう片方のキューブが解放される。
それは先程のアステロイドと比べ随分と速度が落ち、大きく分割されたハウンド。
されど。
速度が遅くとも──降り注ぐ高速アステロイドの雨によってその場より動くことは叶わない。
大きな弾帯のまま叩きつけられたその弾丸は。
シールドごと──二宮のトリオン体を粉々に砕いた。
──雨取千佳によるフルアタック。
それは。
細かく、速いアステロイドを敵に浴びせ足を止めシールドを削り。
大きく、威力のあるハウンドで防御ごと相手を押し潰す。
二宮のフルアタックが相対した相手に対する必殺技として機能するものだとするならば。
雨取千佳のフルアタックは──こちらの攻撃が一方的に通る状況下において必殺となる。
その距離感に二宮をおびき寄せるべく。
三雲は自殺覚悟の特攻をかけ、空閑を逃がした。
空閑を追う二宮に──このフルアタックを浴びせる為に。
「試合終了です.....」
アナウンスが流れる。
「生存点込みで4ポイントを獲得し.....玉狛第二の勝利!」
そうして。
またもや──辺りは、静寂に包まれていた。
ラスボス千佳ちゃん爆誕。
倒し方?知らね~