彼方のボーダーライン 作:丸米
影浦の副作用は、感情を読み取る。
それ故に彼は、彼を攻撃しようとする害意を正確に読み取り、攻撃を避ける。
このメカニズムについて、加山は一つ仮説を立てた。
これはある種、人間の精神的な防衛機能ではないかと。
ランク戦で影浦と対峙する人間のほとんどは。
影浦そのものに敵意を持っているわけではない。
ただ、ランク戦という状況下──敵を倒してポイントを稼がなければならないという環境の中。
敵意も持っていない人間に、攻撃を仕掛けなければならない。
ランク戦という環境の中で、敵意のない人間に攻撃を仕掛ける覚悟を持つために、害意を抱くという流れで影浦を攻撃している。
だから、その害意を影浦が読み取る事と、影浦に攻撃を仕掛ける事がセットになる。
なぜならば攻撃をするために害意を心中で発生させるのだから。
攻撃をする気がないのなら害意を発生させない。
だからその害意が発生する事=影浦に確実に攻撃を仕掛ける事にも繋がる。
だが。
影浦は、影浦自身に向けられる悪感情も普段の生活の中で読み取っている。
影浦自身の粗暴さや噂に対して悪感情を持つ者たち。
彼等は別に影浦に害意を持っているわけではない。攻撃を仕掛けようとしている訳じゃない。ただ影浦の存在を不快な代物として認識して、その認識のまま彼に視線を向けているだけだ。
それでも彼はそれを読み取る。
──つまりだ。
──影浦を攻撃する為に発生する害意を影浦に向けるのではなく。
──純粋な敵意や悪意。もしくは殺意。そういうものをただ影浦にぶつけることが出来るのならば、きっと影浦はそれに反応してしまう。
その為には。
加山が影浦の存在そのものに対して不快感を得なければならない。
しかし加山には影浦に対して特段の悪感情を持ち合わせていない。
ならば不可能なのだろうか?
それでも──加山の脳味噌の奥底に、それを発生させるための武器がある。
目を閉じて。
0.1秒で、今や自分の中で同一化した記憶を回帰させる。
それは。
誰かに利用された記憶であり。
その果てに棄てられた記憶であり。
そして──最後に自らを殺害した憎き女の記憶であり。
影浦を視界に収め。
その記憶を思い出し、感情を捻出し。
影浦にミラの姿に投影して──視線を向ける。
「──!」
影浦は。
突如として発せられた、非常に強烈な殺意をその身に受け取り──思わずその場を飛び去った。
「な....!」
しかし。
攻撃は来ない。
飛び去り、宙に浮く自らの身体。
そこに銃口を向ける加山の姿。
今度は、純粋な害意を感じる。
しかし空中にいる自分に避ける術がない。
「ぐ....!」
何とか心臓部にシールドを張り、その上で更にスコーピオンを纏わせた左手でもって銃撃の盾とする。
拳銃弾は易々と影浦のシールドを撃ち砕き、その奥にある左手まで吹き飛ばす。
「テメェ.....! 何しやがった....!」
──影浦雅人は強い。なぜなら彼は人の感情を読み取れるから。
それでも。
エネドラの記憶を継いだ加山雄吾には。
自身の中にどうしようもない記憶と殺意を持ち、それをいつでも思い出し殺意を思い浮かべられる人間であるならば。
その副作用すら、戦術に利用できる材料である。
※
「──おお~。加山君がここでカゲ君にダメージを入れた~」
「へぇ...」
犬飼は少し驚いたように、その光景を見ていた。
「今の、結構珍しいね」
「ほうほう。どういう部分が?」
「カゲ、撃たれる前に回避行動取ったじゃない。大抵あの動きをする時って、カゲに向かって攻撃が飛んでくるときなんだけど。特に何の攻撃もなかったんだよね」
長くランク戦を続けている人間ほど。
攻撃が何も発生しなかったにも関わらず影浦が回避行動を取ったという事態が、如何に異常なのかを理解している。
「今までも、東隊長の狙撃みたいに”避けられなかった”って事はあったよね」
「うん。避けられない、だったり、避けるのが遅れた、というなら解るんだけど。あれ、完全にフェイントに引っ掛かっている感じなんだよね。カゲがフェイントにかかるのって、本当に珍しい」
影浦の副作用は、一つ一つの攻撃動作の真偽判定にも強い。
敵意のない攻撃行動か、敵意のある攻撃行動か。
その二つに一つを迷いなく判断できる能力が、影浦にはある。
今回は。
その判断に狂いが生じたという事でもある。
「....面白いね」
犬飼はまた。
ジッと試合の行方を見つめることにした。
※
──段々、からくりが解ってきた。
加山、帯島と交戦して数分が経過したころ。
影浦も先程通された攻撃のからくりが解ってきた。
──どういう理屈かは全然解らねぇが。あのチビは二種類の感情をこちらに向けている。
こちらに攻撃をするために向ける感情。
そして──それとは異なる、純粋な殺意。
影浦自身を純粋に憎んでいるかのような、激しく、こちらの心の臓を掴みかかってくるかのような激しく鋭い殺意。
そして。
影浦にとって何より重要なのが。
この後者の感情が向けられた瞬間──攻撃をする、しないの二択が発生している事だ。
あの殺意を向けられて、回避行動を取る。その後、そこに追撃をかけるというフェイントに近い使い方と。
フェイントを疑いそれを無視すると普通に銃弾が飛んでくる。
現在影浦はステップによる回避行動が行えない。なぜならばフェイントに引っ掛かってしまうと追撃の隙を見せてしまう事になるから。
その為──現在影浦は体軸を変更しての、最小限の動作による回避行動を行っている。
これで追撃をされた場合においても回避が可能となったが──当然、回避する為の動きが小さくなるため、小さなダメージが積み重なる事になる。
影浦の動きが小さくなると同時。
加山と帯島は、転じてハウンドによる面攻撃を中心とした連携に切り替える。
大きな動きを抑える事により足を止められた影浦は。
ハウンドによる全方位からの攻撃が通りやすくなる。
「このまま削り殺すぞ、帯島」
「──了解!」
このまま。
影浦を仕留めんとするその瞬間。
「──加山! 左手側からバイパーが来ている!」
オペレーターの藤丸の声。
ハウンドをシールドに切り替え、シールドを張る。
「──那須さんか」
視線の先には。
ビルの上で弾を構える、那須玲の姿。
「──くまちゃん」
「.....うん。やろうか」
結局彼女等は、
この中央を取る為に──加山・帯島と影浦がいる区画へと急襲をかける事とした。
「....」
影浦は、
その様を──何処までも不愉快な視線を向けていた。
※
──まあ、随分時間をかけてしまったから横槍が入るのもまあ理解はできるが。
それにしても、こちらにわざわざちょっかいをかけてきたという事は。
こちらと影浦に対して何らかの対応策があるという事であろうか。
「帯島。一旦距離を取る」
「....いいんですか? 影浦先輩をここで仕留めなくて」
「むしろ他の部隊が割り込んで戦況がごちゃったら、影浦先輩が有利になる。ここは那須隊と影浦隊長をぶつけて、適当に横槍入れてポイントをかっぱらうぞ~」
加山はメテオラで周囲を爆破すると同時、爆炎に隠すようにエスクードを作る。
エスクードの裏手側から、視線に映った熊谷に向けてハウンドを放つ。
「──どうぞやってくだせぇ影浦先輩」
加山のハウンドにシールドで防御を行う熊谷の姿は。
当然影浦の視界にも映る。
攻撃手としての本能か──影浦の眼には、熊谷が如何にも点を取りやすい駒として目に映っている事であろう。
影浦が熊谷に肉薄すると同時。
那須は影浦に対し、鳥籠を放つ。
ビルから放たれるそれを視認し、影浦は即座に背後へのステップと同時にシールドを張りバイパー弾を弾く。
弾き空白地帯となった空間にその身を投げ出し、鳥籠から悠々と脱出を果たす。
そして。
「──そこよ、茜ちゃん」
身を投げ出した影浦に。
北側の高層ビルの一角で好機を伺っていた日浦茜が──構える。
それは。
普段彼女が愛用している速射性の高いライトニングではなく。
威力に富んだ、アイビスであった。
日浦と影浦との間には。
その射線上に、木造の建物がある。
それのおかげで──彼女の視線は、影浦には届かない。
それを、放った。
「──なーるほど」
その一連の動きを見た加山は。
「理解できた」
影浦の三包囲に、エスクードを囲んだ。
丁度──狙撃の通り道以外
アイビスの射撃が影浦に向かう。
しかし日浦の技量では、当然壁越しの狙撃で完璧に影浦の身に当てることはできない。
だからこそ。当たらないことが前提。
この狙撃に対して回避動作や防御動作を行ったと同時に──那須がその隙に叩き込むバイパーのフルアタックが本命。
そして。
回避動作を行使しようとしたその直後、──その逃げ道を塞ぐような加山のエスクードが目に映る。
回避を諦め、防御のためフルガードで鳥籠から身を守るが。
──その、横側。
エスクードを挟んだ、その側面から。
──壁越しの旋空が、影浦に叩き込まれた。
それは。
那須隊攻撃手、熊谷から叩き込まれたものであった。
「畜生が...!」
建造物越しのアイビス。
鳥籠。
そして──加山のエスクード超しに放たれた熊谷の旋空。
これらの合わせ技により──影浦の腹部が大きく斬られ、トリオンの漏出により緊急脱出した。
その直後であった。
「──くまちゃん!」
「あ....ぐ!」
熊谷の背後から飛来するハウンド。
それに対応するようにシールドを張ると同時に、別方向から叩き込まれる──アステロイド弾。
正確に熊谷の頭部と心臓部を貫いたその弾丸は──加山雄吾から放たれたもの。
一連の那須隊の行動を予見していた加山は、エスクードを張り那須隊の援護をすると同時、決めの役割を担うであろう熊谷に目を付け奇襲の準備を行っていた。
「....」
「久々ですね、那須さん。ROUND3以来ですかね」
悠々と熊谷を仕留めた加山は、堂々とした足取りで那須玲の前に立った。
「....色々、成長したのね。加山君」
「はい。おかげ様で」
那須の眼から見ても。
今の動きを見るだけでも──加山の成長は目を見張るものがあった。
あの時。逃げ回りながらもこちらの隙をついて自身を撃破した時よりも。
動きも、余裕も、段違いにある。
「──そうそう。今、帯島は日浦さんを仕留めに向かっています」
「....」
「さっさと俺を倒して向かわなきゃ──お仲間全滅ですよ」
こうした挑発的な言動も。
ここで那須を仕留める、仕留められる、という意思と自信の顕れなのだろう。
ここで那須という強大な駒を前にしても──この駒を潰し貪欲にポイントを取得する腹積もりなのだ。
「いいわ。──すぐに倒してあげる」
「そうそう簡単に潰せるとは思わない事っすね。那須さん」
バイパーとハウンドが、互いに煌めいて。
加山と那須の戦いもまた、開始された。