彼方のボーダーライン 作:丸米
「試合終了~! 試合は一挙8得点を取った弓場隊の勝利になりました~」
「いやー。強かったねぇ弓場隊。ねえ雨取ちゃん」
「....は、はい」
ガチガチと緊張する雨取千佳の横で、にこやかに犬飼は笑う。
「じゃあ、総評だね。雨取ちゃんが考えていた話題を取る訳にはいかないから、まずは雨取ちゃんからどうぞ」
「わ、私から....? は、はい。解りました...」
千佳はあたふたと一度周囲を見回すと、一度呼吸を落ち着け──話し始めた。
「そ、その....私はずっと、各部隊の狙撃手視点で見ていて....」
「狙撃手かー。今回、どの部隊も狙撃手がいたもんね」
「はい。なので.....どの部隊も、自分の所の狙撃手を見つからないように、そして敵の狙撃手の位置を把握する為に動いていたと思うんです」
狙撃手という、遠くから一方的に攻撃を仕掛けられる駒が存在すると。
基本的に多くの行動が制限されることになる。
狙撃手は、居所が割れていない初撃が一番強力な攻撃になる。
それは逆説的に、狙撃手の居所が割れない限り、その脅威に怯え続けなければならない。
「その中で....北添先輩と加山先輩の爆撃の応酬があって、中央での影浦先輩との戦いもあったところで、隠岐先輩と日浦先輩の二人が落とされた所で一気に戦局が動いた気がします」
序盤の動きにおいて。
北添の爆撃によって中央地帯の爆撃が行われ、その後に加山の合成弾による爆撃返し。──そこから加山の位置を割り出した影浦によって、加山と帯島が襲い掛かられる事となる。
「あの一連の動きで、生駒隊の隠岐君と那須隊の日浦ちゃんが落とされてから、一気に戦局が動いた感があったね。──そこで狙撃手を生き残らせる事に成功した弓場隊、影浦隊が1位2位だったことを考えても、かなり重要な局面だった気がするね」
じゃあそこに関連させようかな、と犬飼は続ける。
「今回の戦いって。完全に弓場隊の立ち回りが上回った結果だと思うんだよね」
「ほほう。立ち回りかね?」
「そ。立ち回り。一言で言うと、強力な駒を如何に敵に処理させるかって部分。──序盤で言うと、加山君がカゲを那須隊にけしかけた部分。後半だと、ユズル君の狙撃地点にイコさんを行かせた場面。攻撃手界隈でトップクラスの使い手のこの二人を他の駒に処理させて、残りの駒を狩ってポイントを稼いでいた」
「.....強い人であっても、倒して一点なのは変わらない」
犬飼の言葉に。
彼女の師匠である木崎レイジの言葉が、不意に千佳の口から零れた。
「そうそう。強い奴を倒しても、弱い駒を倒しても一点は一点。弓場隊はそれをしっかり心得ていて、相応の立ち回りが出来ていた。その上で、強い奴を倒させて──さっき雨取ちゃんがいっていた”狙撃手の居所”ってカードを相手に切らせた所も上手かった」
影浦を那須隊に倒させることにより、加山は那須隊の連携と日浦茜という狙撃手の位置を割り出した。
生駒をユズルに撃たせることで、ユズルの狙撃地点を弓場は割り出した。
この情報により──加山と帯島の二人で那須隊を壊滅させ、弓場は狙撃で落とされる難を逃れる事となった。
「前回の戦いだと、加山君の戦う能力が向上した分今まで担っていたサポーターの仕事が出来ていなかったように感じたけど。今回はしっかり今までの仕事もこなせていたね。それでいて素の戦う力も向上しているから、余裕が出てきている。──大分もう隊員として完成されてきている気がするね。いやはや恐ろしい」
「ほうほう。具体的には何処の場面かな?」
「特に那須さんとの戦いなんか見てみると。やられちゃ嫌だろうな、って行動のオンパレードって感じだったね。日浦ちゃんと反対方向に向かって引きつつの交戦。序盤はお互いにフルアタックを封じさせたうえで時間稼ぎ。那須さんを焦らせる戦いを続けさせて、最後は家屋に釣りだしての撃破。──那須さんの心理を読み切ったうえでの完璧な立ち回りだったと思う。嫌がらせの上手さに磨きがかかっている」
「こらこら。嫌がらせって言い方は感じが悪いでしょ犬飼君~」
「いやまあでもほら、文字通りの嫌がらせだからね。──加山君は他の隊の研究もかなり熱心に行っていて、しっかり分析もしているんだろうけど。その分析が割と心理面での妨害に活かされている感じがするんだよねー」
加山は部隊の戦術面での分析とは別に。
各部隊の心理的な作用も重視している。
そう犬飼は見ていた。
今回の那須隊や、以前戦った部隊で言うと鈴鳴のような──部隊が勝利する事以外に何かしらの行動指針を持つ部隊に対して、その心理を利用した策を躊躇なく用いる。
「あれで今回は──弓場隊長との連携っていうあの部隊最強のカードを切っていない。次に当たる時が怖いけど──結構楽しみだね」
「おお。そうかねそうかね。そんな犬飼君に朗報だよ~」
「お、なになに?」
「次、二宮隊に当たるのは──」
そうして。
国近が──次回ランク戦の相手を告げる。
「弓場隊と、鈴鳴第一。──弓場隊も入っているよ~」
次回ランク戦、夜の部。
弓場隊は──二宮隊と、今回の試合で那須隊と入れ替わりで上位に進出してきた鈴鳴第一とぶつかる事になる。
「今回の結果で弓場隊が二位に浮上し、影浦隊は三位に後退。そして玉狛第二が生駒隊と同率の4位にまで上がっているね」
「と、なると昼の部は──玉狛、影浦隊、生駒隊、香取隊の四つ巴戦かー」
「だね。こっちのカードも、四つ巴で四人部隊の生駒隊もいるから得点のチャンスが多い。一気に一位二位まで届く可能性も十分にある。──うわぁ。ウチもあんまり安泰じゃなくなってきたなぁ」
ニコニコと笑みを浮かべ。
そう犬飼は呟いた。
※
「二位浮上.....!」
加山は、信じられぬ面持ちでその順位を見ていた。
「...」
「や、やったッス!」
「....もう、そんな所まで来ていたんだね」
はあ~、と一つ息を吐き。
加山はドサリとソファに腰かけた。
「喜ぶのはいいが、まだ終わっている訳じゃねぇぞお前等!」
「ッス」
弓場の声が作戦室に響く。
「....次の試合までしっかりと時間がある。きっちり二宮隊研究して──どうせなら連中も引き摺り降ろすぞ」
「──了解!」
現在、二宮隊は38得点で弓場隊は35。
三点差。
次の直接対決に勝てば、十分に逆転が可能な点差だ。
「ランク戦も、今回は8戦までしかねェ。ここから二回勝ち切れば俺達は遠征行きのチケットを無事手に入れられるわけだ。──気張っていくぞ!」
ッス!
気を引き締める為の言葉であろうが。
皆どうしようもないほどに、言葉が浮いていた。
──ああ。
──俺にとっては。元々弓場隊も、上位入りも、手段に過ぎなかったのに。
遠征に行くための手段。
自身の目的を果たすための手段。
目的ではない。
それなのに──やっぱり、どうしようもなく、この瞬間が嬉しい。
自分が成し遂げたことに対する感情じゃなくて。
隊の皆が喜んでいる姿が。
何とか自制しようとしても、顔がどうしようもなく綻んでいる帯島や。
そんな帯島に肩を組んでぐらぐら揺らしている藤丸や。
その光景をちょっと引いたところから見つつ、でも笑みを隠せていない外岡や。
頭を掻いて、呆れたようにその様を見ている弓場や。
──ここが自分の居場所なんだ、という確信が芽生えているからこそ。
──こうして他者との感情を共有できている。
その事実をしっかりと受け入れて。
噛み締めた。
──間違いなく。
──加山雄吾はこの時に、生きる事の喜びを感じていたのだから。
.....ああ、そうか。
.....変わる事は、悪い事じゃない。
エネドラの記憶を受け入れる事も。
今こうして誰かと喜びを共有している事も。
等価だ。
同じ変化だ。
──俺は加山雄吾だ。
その確信さえあれば。
どれだけ変わろうとも──自分は自分なのだと。
そう確信をもって、生きていくことが出来る。
だからこそ。
今は。今だけは。
色んなことから目を背けて──ただ喜ぶ事にしようと、加山は思った。
※
その頃。
影浦隊作戦室。
「.....カゲ。おい、カゲ。大丈夫か?」
「大丈夫だっつてんだろうが。心配しすぎだ」
作戦室のベッドで横になっている影浦を、隊の皆が囲んでいた。
「本当に? ゾエさんでよければ医務室まで運ぶよ?」
「要らねぇよ!」
「.....その。何があったの?」
少し戸惑い気味にユズルは影浦に尋ねる。
その視線から流れ込んでくる──純粋な心配や不安の感情に刺さって、少しばつが悪そうな表情で影浦は告げる。
──影浦隊は、その全員が影浦の副作用の辛さを理解している。
それ故に、──その副作用故に影浦が何かしらの傷を負ってしまったのならば、どうしようもなく心配してしまう。
三位に陥落した事などより、
影浦の調子の方が余程重大な事であった。
「....今まで感じたこともねぇ感情が刺さったんだよ。アイツから」
「アイツってのは.....加山君の事?」
「ああ。──こう、皮膚を通り越して、心臓を握りつぶされるような、とんでもねぇ悪意みたいなのを感じた。多分、ありゃあ殺意だ」
「さ、殺意...」
「おう」
さしもの北添も。
その影浦の告白には、少々戸惑った。
「え? カゲ加山君になんかした?」
「さあな。したのかもしれねぇな。別に直接手出しした覚えはねぇが、恨みだったら幾らでも買ってるからな。.....だが、腑に落ちねぇ事もある」
「何....?」
影浦は頭を掻きながら。
本気で戸惑いを刻んだ表情で、告げる
「──ランク戦じゃあ、どう頑張ったって俺を殺す事は出来ねぇだろ」
「....そうだね」
「なのに....殺す事も出来ねぇ俺に、あれだけの殺意をぶつける事は出来ねぇだろ?」
「ああ~」
影浦に個人に対して殺意を籠めるには。
当然──影浦を殺害できる状況でなければ、それは生まれないはずで。
「それに。奴はその感情のオンオフが出来るみてぇだった。普通の攻撃するぞ、って感情もしっかり伝わってきた時もあって、常時それが来ていた訳じゃねぇ。ふとした時に来ていた。──だから、慣れねぇし、そんな風に感情を切り替える得体の知らねぇ奴も見た事ねぇから。ちょい調子を崩しただけだ」
「....」
影浦の報告に、残る三人は互いに顔を合わせ、そして首を傾げた。
「....感情って、そうそう簡単に切り替えられるものかな?」
「いやいや。ふつう無理だろ。しかも、そんな殺してやる、って殺意なんざ消したり発生させたりなんか...」
「....うーん」
全員が、黙りこくった。
解らないから。
そうと決まれば──。
「よし」
仁礼光が、そう呟いた。
※
「という訳で──」
その後。
「連れてきたぜ!」
作戦室でパンを食べていた加山が──困惑の表情を浮かべながら、影浦隊作戦室に引き摺られていた。
突如弓場隊の作戦室に入り込んできた仁礼光は、弓場隊長に断りを(一方的に)告げ、その襟口を掴んで加山を引き摺り込んできたのであった。まる。
「それじゃあ──事情聴取のお時間だ」
眼前には。
同情の視線を向ける北添に。
無表情のままこちらに視線を向けるユズルに
面倒くさそうにこっちをみる影浦に。
そして。
何故か仁王立ちする──仁礼光がいた。
「....何事?」
加山は。
混乱しつつ──そんな事を呟いていた。