彼方のボーダーライン   作:丸米

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14歳の責任

 影浦は頭を掻きながら加山を見ていた。

 

「あー」

 

 何を言うべきか。

 影浦は少々困っていた。

 

 影浦隊が誇るパワー系軍師こと、仁礼光によって連れ込まれた加山雄吾はひたすらに困惑の感情を浮かべていた。

 先程ランク戦の時に叩きつけられたような殺意は、一切感じない。

 やはり──あれは戦闘時にしか浮かび上がらない感情なのだ。

 

「.....悪ぃな。ウチの馬鹿が余計なことしやがって」

「あぁ?」

 

 馬鹿呼ばわりされた仁礼光。影浦を睨みつける。

 怒りの感情も伝わるものの──やはり心配の感情の比重が大きい辺りにこの女の本懐がある。

 

 別に、戦闘時は──彼自身が『クソ副作用』と吐き捨てている自身の性質を活かして戦っている。

 だからこそそれを打ち破らないと様々な手段を用いる事が間違えている事とは思えない。

 故に、影浦自身に加山に対してどうこうという感情は無かった。

 

 影浦は粗暴であるが理不尽ではない。

 

「.....おい」

「何だよ」

「お前等、ちょっと作戦室から出てけ」

「何でだよ!」

「うっせーな! あっちは一人で、こっちが四人だったら平等じゃねぇだろうが!」

「.....解った。ユズル、ヒカリちゃん。行こう」

 

 そんな意図はサラサラないのだろうが。

 この状況は加山を一方的に責めているような構図に見えてしまう。

 

 そうではない。

 こうなったからには単純に加山と話をしたいからこそ──影浦は他のメンバーを作戦室から追い出す事にした。

 

 ヒカリは最後までぶつくさ言っていたが、結局は指示に従って出ていった。

 

 残されたのは、加山と影浦のみ。

 

「──まあ二人になった事だし。単純に俺がお前に聞きたい事を聞かせてもらうわ」

「今日のランク戦の事ですかね」

「おお、そうだ。──お前、俺に何か殺したいほどの恨みでもあんの?」

「ないっすよ」

「まあそうだろうな。──じゃああの時にお前が俺に対して向けた感情は、ありゃあどうやったんだ」

「....」

「話したくねぇってなら、別に話さなくたっていいぞ」

「いえ。まあ一言で言うと──俺には心から殺したい奴がいます」

「へぇ」

「そいつを頭の中で思い浮かべて、影浦先輩の姿に重なるように思い出して──そのまま影浦先輩を見た。それだけです」

 

 成程な、と影浦は呟く。

 

「殺したい奴か.....。いいじゃねぇか」

「いいでしょう?」

「そいつは近界民か」

「近界民ですね。それも人型の」

「成程なぁ」

 

 影浦はその答えを聞いた瞬間、何処か晴れやかな表情を浮かべていた。

 

「.....こんな所に連れてこられてご愁傷様だ。ま、あのバカに悪気はねぇんだ。許してやってくれ」

「うっす」

「それと」

 

 ニカリと笑みを浮かべて。

 影浦は自身のスマホを渡す。

 そこには、連絡先が表示されてあった。

 

「──都合がいい時にはこっちに連絡入れろ。暇だったら個人戦位付き合ってやる」

「いいんですか? アレ、大分不愉快だったんでしょう?」

「なーに。──俺のクソ副作用をすり抜けられる奴は貴重だ。慣れりゃ俺としても面白い勝負が出来そうだ」

 

 影浦に促され、加山は連絡先を登録する。

 

「今日は悪かったな。もう帰っていいぜ」

 

 

「....という事が今日ありましてね」

「それはそれは、楽しそうじゃないか。──あ、そのお肉焼けているよ」

「あざます。いただきます~」

 

 少し焦げが入っているカルビを一つ摘んで、タレに漬けて口の中に放り込む。

 

「取り敢えず、二位浮上おめでとうユーゴー」

「ありがとうございます。少しだけ安心しましたね」

「とはいえ油断はできないだろう。──ふふん。どうやら僕の予想は当たったみたいだね」

「御見それいたしました」

 

 ヒュース・クローニン。

 

 その名前が──本日よりC級の名簿に刻まれ、活動を開始したという報告を聞いていた。

 

 現在瞬く間にC級の攻撃手を粉みじんにしながら大躍進を進めているのだという。次のラウンドまでにはB級に上がっているだろう。

 髪型と髪色を変え(銀髪になった)、メガネを装着している(恐らくは宇佐美の趣味)その姿はぱっと見インテリ外国人にしか見えないものだろう。

 

「今日は個人戦でマスターランクの攻撃手相手にも勝っていたみたいだね。あの時に使っていなかった近接武器においてもそれだけ強いんだ。本当、あちらでもエリートだったんだね」

「みたいですねぇ」

「次のラウンドで是非ともその強さを見たいところだね。また一緒に観戦する?」

「次は二宮隊の対策を練っておかなきゃいけないんで、ちょい時間が取れるかどうか解んないですね。まあ、その時に余裕があれば...」

 

 会話を続けていくと。

 ガラリ、と戸が開けられる音がした。

 

 そこには──。

 

「あ」

「あ」

 

 メガネをかけた、特段の特徴のない男──三雲修。

 その背後から──次々と人が入り込んでいく。

 

「あ、王子と──げ、加山」

 小南桐絵。

 

「ほうほうここが焼き肉屋──お、カヤマ」

 空閑遊真。

 

「わ~王子先輩だ~。それに加山君も久しぶり~」

 宇佐美栞。

 

「あ、えっと.....お久しぶりです」

 雨取千佳。

 

 なんとなんと。

 偶然にも──玉狛の面々がここに集結してきたのであった。

 

 

「それで──なんでアンタ達二人がここにいるのよ。仲良かったの?」

「ユーゴーと僕は親友だよ。ね? ユーゴー」

「王子先輩、アンタ友達のハードル低くないっすか?」

「そうかな?」

「初対面であだ名で呼ばれた時は久々に顔面がどんな表情すればいいか混乱してましたよ」

「今日はねユーゴーと賭けをしていたんだ。今回のランク戦、二宮隊か玉狛か。どっちが勝つかってね。──そうしたら玉狛に賭けていたユーゴーが勝ったからね。僕がこうして焼肉を奢る事となったんだよ」

 

 へぇ、と小南は言う。

 

「やるじゃない加山」

「まあ、俺も王子先輩も雨取さんが撃てる、ってところまでは確信していましたからね。ただ、撃てた上で二宮さんを超えられるのか、って点で意見が分かれていた」

 

 その言葉を聞き、一番驚いた表情をしていたのは修であった。

 

「そ、そうだったのか...」

「そうだよ」

 

 肉を放り込む。

 

「しかしカヤマ。おれも今回の試合見てたんだけど、よくかげうら先輩に勝てたな」

「あ。それ私も思った~。単発の拳銃で影浦先輩に攻撃通すのめっちゃ難しいのに」

 

 どうやら、玉狛勢は千佳の初解説という事もあり、心配で全員観戦していたとの事。

 過保護にも程がある。

「タネはあるけどランク戦終わるまでは話さないっすよ。──そもそも以前のランク戦で空閑君こそ影浦先輩葬っていたじゃん。背後からの不意打ちで。アレもどういう理屈だよ」

「ん? どうもかげうら先輩がいうには、俺の攻撃は何の感情も乗らないんだと。だから不意打ちが初見では成立したという事らしい」

「....」

 ──空閑君も、東と同じく害意なしで攻撃できるとんでも人間か。

 まあ遊真に関しては納得できる部分もある。実際の戦場を歩いてきたというのだから、攻撃に対しての感情を消す事も出来るような気がしている。

 普通に玄界で暮らしてきた東が出来る事自体がおかしいというだけで。

 

「それで──玉狛の所の()()()はどんな感じ?」

 加山がそれとなく、その話題に斬り込んだ。

 

 その話題を提示すると──得意げに小南がふふん、とない胸を張った。

 

「覚悟しておきなさいよ。アンタらが二位になったところで三日天下で終わるんだから」

「わざわざあんな変装までしちゃって。誰だよクローニンって」

「クローニンはうちの技術者よ」

「成程ね」

 

 恐らくはその人も近界民かな、と思った。

 

「とはいえ現状五ポイント差がある。ヒューストンを追加したとしても、残り二戦で五ポイントを埋められるだけの駒になるかな?」

「ヒュ、ヒューストン.....?」

「気にするな三雲君。この人はこういう人だ」

 

 至極当然のように、王子はあだ名を炸裂させる。

 本当に。何がどうなって初対面どころかまだ顔も合わせていない人間に対してあだ名をつける思考回路になったのだろうか。

 

「まあ──ここからは序盤の、まだ敵同士が食い合っていない場面でどれだけアマトリチャーナが点を稼げるかどうかにかかっているだろうね」

 

 王子の目線は、雨取千佳に向かう。

 かつて王子と雨取は──大規模侵攻という修羅場の中で共に戦っていた。

 当時の千佳はC級で、戦う義務はなく逃げる義務だけが存在していて。

 その中で──王子に背中を押され、周りの人間を救うために銃を手にした。

 

 今度は。

 部隊を助けるために、銃を手にしている。

 

 出来るか、と。そう王子はその目で尋ねているような気がした。

 

「──はい」

 

 千佳は。

 迷いなく頷く。

 

「私の力で、そして部隊のみんなの力で──絶対に遠征の条件を満たしてみせます」

 

 あの時。

 怯え半分に戦っていた頃の眼ではなく。

 

 純然たる意思だけが宿った眼を──王子に、はっきり向けていた。

 

「──成程。それはとても怖いね」

 

 その顔を見て。

 王子は嬉しそうに目元を歪ませて、微笑んだ。

 

 

 ──あの時。

 

 加山に相談をした後に、千佳は自分の心を整理していた。

 

 ──私は、撃てない人じゃなくて、撃ちたがらないだけ。なら撃ちたがらない理由は何だろう。

 

 それは。

 きっと昔に、友達が攫われたことにあるのだと思う。

 子供のころからトリオンが多くて、その所為でトリオン兵に狙われていて。

 その怖さを打ち明けて、一緒に登下校をしてくれた友達が攫われて。

 

 怖い、と思った。

 

 自分のせいだから。

 自分のせいで友達が攫われたから。

 

 責められるんじゃないかな。

 怖がられるんじゃないかな。

 

 だから。

 自分は弱者でなければいけなかった。

 弱いから責めないで。

 そう──周囲にアピールしなければいけなかった。

 

 

 それが根底にある。

 結局は──自分の心を傷つけたくない一心で、これまで部隊の足を引っ張ってきた。

 

 この部隊も。

 兄を探したい、という自分の我儘が因果となって出来たものなのに。

 

「──修君」

 

 ランク戦が始まる前。

 千佳はこう、皆の前で言った。

 

 ”今回──私は、私が撃つべきだと思った時に。普通の銃を、撃つ”。

 

 それが。

 千佳の覚悟であった。

 

 加山は、修はもう「割り切っている」と言っていた。

 それも正しいのだと思う。

 でも実際の所──修は、千佳がやりたくない事をやらせたくない、というのが根底にあるのだと思う。

 

 修は、優しくて、甘いから。

 その優しさに、自分で甘えていたから。

 

 だから──修の指示ではなく、あくまで自分の意思で弾丸を撃つ、と。

 そう千佳は宣言したのだ。

 

 

 その結果として。

 千佳は二宮を、フルアタックでもって沈めることが出来た。

 

 

 

「──いや、驚いたな。まさか加山君と王子先輩がいるなんて」

「王子先輩面白い人でしょ~」

「面白いというか、変人でしょアレは」

 

 焼肉を食べ終えて(千佳は白米しか食べていないが)、それぞれがそれぞれ、楽し気に話しながら帰り道を行く。

 

 その後姿を見て。

 自分もまた──その一人になりたいのだと、やっぱり思う。

 

「修君」

「うん?」

 

 こういう事をあまり言わなかった。

 何故だろう。

 きっと──自分が責任を負う事を無意識に怖がっていたからだろう。

 

「遠征。絶対に行こうね」

 

 本当は。

 自分が率先して言わなければいけない事だった。

 自分が誰よりも努力しなければいけなかった。

 

 甘えていた。

 責任から逃れていた。

 

 でも──もう、逃げない。

 もう自分の意思を曲げる事はしない。

 

 雨取千佳は空を仰いだ。

 

 星空の中に──自らの兄を一つ思い浮かべて。

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