彼方のボーダーライン 作:丸米
──次のランク戦において、弓場隊が考慮しなければならない事項は二つ。
加山は。
二宮隊、鈴鳴第一の三つ巴戦において弓場隊が大量得点できる可能性は著しく低いと考えていた。
──二宮隊、鈴鳴共に3人部隊。どれだけ理想的な試合運びをしようと生存点含めて5,6が限界だろう。可能性として一番高いのは3〜4。
──マップの選択権は鈴鳴にあり、きっちり戦術を決めて鈴鳴は仕掛けてくるはず。そして三つ巴戦の中、当然二宮隊よりも弓場隊を優先して狙いに来るはず。
二宮は、言うなれば即死ギミックだ。
タイマンで向かい合えば死が待っているギミック。
その為、二宮と戦う為には合流することが大前提となる。
その為──序盤、鈴鳴は二宮隊を避ける形で戦いを進めるはずだ。そうなると序盤のうちに弓場隊と鈴鳴が食い潰し合う可能性が極めて高い。
──生存点は望み薄。しかし序盤の間にポイントを取れる好機はある。生存点があれば5,6点。無ければ3,4点。何もかも上手くいかなければ1,2点。何もかも上手くいかない可能性も十分にある。
考慮しなければならない事第一。
こちらが大幅な得点が出来る好機は少ないという事。
そして第二。
──玉狛が大量得点する可能性である。
前回のランク戦で玉狛は、雨取千佳というカードの強力さを存分に示した。
全員がその対策に注力する中に──ヒュースという隠し玉が導入されればどうなるのか。
加山は──玉狛は7〜8得点する可能性が十分にあると考えていた。
加山の目的は。
玉狛を3位以下に落とすことにある。
──ヒュースを遠征に連れて行きたくない。
雨取千佳の件も。
空閑遊真の件も。
知っている。知っているからこそ、応援してやりたいとも思う。
しかし。
彼等を連れて行く為にヒュースを使うと言うのならば話は別だ。
アフトクラトルに着いた瞬間に裏切りが確定している男を、遠征に連れて行きたくない。
加山は。
きっと玉狛は遠征に行くことになるのだと思ってはいる。
それでも──打てる手は打っておきたい。
──俺はヒュースとの取引で、奴が近界民である事を口外する事は出来ない。
しかし。
加山は思う。
自身だけが口外しないだけで、果たしてヒュースの存在を隠すことが出来るのか、と。
C級の中には、距離が離れていたとはいえヒュースを直接見ている人間もいる。その中には取り立てて記憶力もいい人間もいるだろう。人相の識別が上手い人間もいるかもしれない。
トリオン体でいくつかの変更を行ったところで──ヒュースの正体を見破れる人間がいるのではないか。その可能性を否定できないのではないか。
加山は。
以前──ヒュースの事を覚えていたC級の人間の幾人かに、さりげなく聞いてみた。
そういえば部隊表が更新されて玉狛に新人が入ったらしい。そいつの印象はどうだ、と。
そうすると。
──いや、あいつマジで強いよ。この前普通に緑川とやり合っていた。新人がだぜ?
とか。
──訓練生も1日で終わりやがった。空閑といいあいつといいなんで玉狛ばっかり。
とか。
──元々玉狛第一に入隊予定だったらしいなあのカナダ人。つええはずだよ。
とか。
──東さんもあいつの強さは買ってるって話だぜ。
とか。
成程と加山は思った。
加山が修に渡したあの名簿を元に、ちゃんと対策を取っている。
東を起点として玉狛第一入隊予定のエリートである、という体裁の噂を流す。奴が近界民である可能性を、東のネーミングパワーをもって叩き潰す。そういう対策を行なっているのだ。
「──と、俺は推測しているんですけどどうですか東さん?」
「正解だ」
東隊作戦室。
東春秋は──ニコリと微笑み、頷いた。
「お前の名簿を見た三雲が危機感を持ったらしくてな。根付室長に相談して対策を考えて貰ったわけだ。ただでさえ新人離れした空閑がいる部隊だ。そこにヒュースも加われば疑いの目も向けられるだろう。だから事前に対策をしたわけだ」
「成程。──上手い仕込みですね。流石は根付さんだ」
噂を流す。
それによりヒュースの正体を隠す。
──根付さんも、本音ではヒュースの加入は反対だろうに。仕事はちゃんとするあたり本当にデキた大人だ。
「──腹立たしいか?」
「いいや。むしろチャンスです」
「チャンス?」
「そう。チャンス。──今ヒュースへの噂は広まりやすい。ならば俺はそれに乗っかって、今の風潮をさらに強化する噂を流します」
「ほう。お前も噂を流す手伝いをしてくれるということか」
「そうですね。──お」
その時。
「戻りました〜」
ドアが開かれると同時。東隊の小荒井と奥寺が作戦室の中に入ってくる。
「お疲れ様です先輩」
「お、お疲れ加山。今日も東さんに何か話しがあったのか?」
「今日は珍しく世間話をしてたんですよ。ほら、あの玉狛の新人かつ外国人」
「ああー、あいつかー」
小荒井は頭をかいて、少し拗ねた表情。
「あいつマジで強かったからなー。スカウトしたんだけど、先約があるって断られちまった。そしたら玉狛に入ってる。くそう、あいつら本当に手が早い」
そう恨み言を小荒井が言うと同時。
加山は──密やかな笑みと共に、
「──でしょうね。あいつは強いですよ。俺もよく知ってる。なにせ知り合いですからね」
「え、マジ? お前知り合いなの?」
「そうなんですよ。何度か手合わせもやったことがあって──」
「そうなん? なあ、あいつってどんな奴なの?」
「そうは言っても、手合わせしたことがあるだけですよ。人格的なことは全然わかんないです。ただ──」
一つ笑って。
加山は言う。
「──とにかくトリオンコントロール能力がヤバくて。あいつ多分やろうと思えばリアルタイムでバイパー引けますよ」
と。
それを見て。
東もまた──小声で成程、と呟いた。
※
加山の作戦として。
東が流した噂に乗っかり協力をする体裁で、──ヒュースの手もまた明かすという手法を取った。
その来歴から近界民排斥派と思われている加山がヒュースと手合わせを行ったという噂が広まれば、ヒュースが近界民であるとバレる可能性は低くなるだろう。
そして。
加山はあくまで。そう、あくまで。手合わせをした際の印象として、トリオンコントロール能力が素晴らしく、ヒュースは那須さんや出水先輩と同様の技術を持っている可能性が高いという噂を流す。
これで。
ヒュースに関しての話題のタネが、ヒュース自身の正体よりも、ヒュースがどういう戦い方をするのかという流れになりやすい。
ヒュースの正体を隠す協力は行う。
が。
──玉狛のヒュースの運用に関しては妨害を行う。
恐らくヒュースは射手トリガーを積む。
攻撃手であると思わせて──射手トリガーで奇襲をかけて得点を取ろうとする。
そうはさせない。
玉狛の真骨頂は、初見殺しにわからん殺し。
ヒュースの正体を隠す体で。
奴の戦い方を一部でもバラして妨害する。
それが。
加山の──玉狛対策の一つであった。
ヒュースの正体についての噂からヒュースの実力についての噂へと話題を変えさせ。
──ヒュースの射手トリガーへの対策を各部隊にとらせる。
噂程度の話題であれ。
一度耳に届いたからには意識はしなければならない。
その上で、この噂に関しても加山の名前も付いてくる。
玉狛が噂を流したならば
こちらもそれに乗っかってやろう。
──お前たちがヒュースを引き入れるために全力を尽くしたと言うなら。
──俺もまた、お前らを妨害するために全力を尽くす。
加山は──笑みを浮かべて、また別の場所へと向かった。
※
「こんにちは〜」
加山が次に向かった先は、影浦隊作戦室であった。
仁礼光によって無理矢理に作戦室に引きずり込まれたあの日以来、加山は概ね影浦隊と良好な関係を築いている。
影浦と北添はもとより、仁礼光は帯島さんちのみかんによる買収を行い、また絵馬ユズルはちょっとした取引を、仁礼光を介して行ったことより仲良くなった。世の中ギブアンドテイクである。
「おお〜加山ぁー。早かったな〜」
そういってデバイスに向き合っている仁礼光は、恐らくは先ほどまでコタツで眠りこけていたのだろう。寝癖そのまま、眠気を宿した眼そのままダボついたジャージもそのまま。色々と大丈夫なのだろうかと思うものの多分大丈夫なのだろう。知らないけど。
「影浦先輩は?」
「訓練室にもうスタンばってるよ〜」
ありがとうございますと言葉を投げかけ、訓練室に入る。
そこには、影浦の姿があった。
「よお」
「どうもどうも。今日はすみません影浦先輩」
「で、何の用だ?」
そう影浦が聞くと、
加山は笑みと共に返す。
「少し訓練したいことがありまして。影浦先輩のお力を借りたく」
「訓練だぁ?」
「そうです。──きっと影浦先輩の力にもなると思いますので」
早速始めましょう、と加山が言うと。
憮然としながらも、影浦は構えた。
※
「──成程な。確かに、これは結構うぜえ戦い方だな」
「やはりですか」
加山と影浦は、3本程組み手を行った。
それは一つの実験。
──影浦は、置き弾に対して副作用が発動するかどうか。
ハウンドの置き弾を影浦の側面に置き。
正面からの射撃と合わせて多方向から射撃を行使。
これを三度行い、三度とも影浦に確かなダメージを与えられた。
「影浦先輩でも、正面と側面両方から射撃受けると流石にシールドで防ぎきれませんか」
「反射でシールド貼るとやられるな。射撃の方向を読んだ瞬間には回避動作やっておかねーと。で」
「はい」
「──なんで敵のお前が、わざわざ俺に手の内を見せに来てんだ?」
ごもっとも。
「近々、多分これと同じ手を使ってくる奴がランク戦で現れます」
「……」
「その時に──しっかり影浦先輩には対応してもらいたいんです」
「余計なお世話だボケ」
影浦は、そう言った後。
加山の眼を覗き込む。
「ケッ。──この前言っていた、殺したいほど憎い記憶ってのと関係あるのか」
「……」
加山もまた。
影浦をジッと見た。
そこに突き刺さる感覚で──影浦もまた、理解した。
「──こういうのは、利用されてるみてーで、本当は好きじゃねーんだよ」
「……すみません」
本当にその通りだ。
次回のランク戦──影浦隊は玉狛に当たる。
その中で新しい駒であるヒュースが、影浦対策に行うであろう戦術が、この置き弾戦法だ。
その対策を伝える為に──こうして加山は影浦と訓練を行った。
影浦隊にとってはデメリットはない。
それでも──影浦隊を強化することによって自らの目的の為に利用しようとしている事は間違いないのだ。
「まあ、利用してやる気満々で来てたらぶん殴ってやるところだったが」
影浦は、笑った。
「──切羽詰まってる感情がバシバシ刺さってきやがる。まあ、だから特別に許してやるよ」
影浦は。
一つ笑った。
「なら。しっかり対応できる訓練しとかねぇとな。まだまだ付き合ってもらうぜ」
※
「──いやー、よかったね。ヒュース君が近界民じゃないかって噂は今のところ立っていないみたいだね」
一方、玉狛支部では。
宇佐美栞が──東を端とする噂の広がりについて修に報告していた。
「本当に良かったです……」
「ただねぇ。──ヒュース君の戦い方に関して割ともう話題になっているんだよね」
「え?」
「ほら、うちの方針として……孤月使いと思わせて、射手トリガーをヒュース君に使わせて2,3点取れればなーみたいな話をしていたと思うんだけど」
「は、はい」
「ヒュース君は攻撃手としてではなくて、射手としてもすごい使い手だって噂も流れてて、そっちに話題が取られた感じなんだよね。ヒュース君の出自に関しての噂からそっちに流れたから、嬉しいといえば嬉しいんだけど……」
「で、でも……ヒュースはボーダーの公式戦で一度も孤月以外つかっていないですよね? なんでそんな事──」
「それがね。──その噂を流したの、加山君だって」
「な……!」
その報告を──ソファに座るヒュースもまた、聞いていた。
「──成程な。確かに、俺とカヤマが取引した内容は、俺が近界民である事を黙っておく事は約束していたが。それ以外のことに関しては特に縛りを入れていなかった」
ヒュースは、得心あり気に頷いていた。
「それも──俺がアフトクラトル出身であるとする噂を上塗りできる内容でもあり、上層部としても、そして俺たちとしても文句が言い難い内容だ。こちらの妨害をする内容であると同時に利にもなる」
加山はヒュースの能力について知っている。
トリオンコントロールが肝要となるランビリスの使い手であり、その能力の延長線として射手トリガーを使う事は容易に想像できたのであろう。
「そうか……」
「心配するな。確かに多少やりにくくはなったが、その程度で動じる必要はない。俺はしっかり仕事する」
ヒュースは特に動揺することなく、そう言い切った。
「ただ、カヤマはそういう戦い方も出来る奴だという事は頭に入れておけ。この先、こちらも警戒しながらランク戦に向かうぞ」