彼方のボーダーライン 作:丸米
個人ランク戦を行って。
防衛任務を行って。
帰り道の夜を歩く。
──この道を歩くことがそんなに好きではなかった。
崩壊した家屋が立ち並ぶ、警戒区域。
──まあ好きだという人間は、ボーダー隊員になるような人間にはいないだろうけど。
「....」
記憶は褪せていく。
新しい記憶で塗り潰されていく。
大規模侵攻があって。
防衛任務もあって。
両親の記憶だってもう思い出せない。
──何で今になって思い出そうと思ったんだろう。
思えば。
自分の記憶と向き合う機会が非常に多かった気がした。
ざ、ざ、と。
舗装されていない道を歩き続ける。
いつもなら真っすぐに寮まで帰って、次の試合の対策でも考えていた所だっただろう。
次の相手は二宮隊だ。
道草している余裕なんてないはずなのに。
それでも。
加山雄吾は、寮から離れた地点へと歩いていく。
ニ十分ほど歩いて。
辿り着いた場所は──。
「.....まだ、あったんだ」
そこは。
崩壊した家屋であった。
救助活動の後であろうか。
崩れた鉄骨や木材がのけられて、そのまま脇に積みあがっている。
家屋を囲む石垣は、所々崩れながらまだ残っていた。
そこにあったのは。
──加山、の表札。
「....」
自身はこの家で死にかけて生き残って。
そして父親はこの家で死にかけて病院で死んだ。
ああ、と思う。
思い出す。
思い出せる。
思い出させられている。
映像が記憶と音声と色を再生していく。
地獄を。
あの日の地獄を。
「...」
どっかの愚か者の記憶を受け入れて。
別の地獄を思い知った。
だから──思い出そうと。そう思ったのかもしれない。
そして。
何となく予感していた。
こうして感傷的になって珍しい行動を取るたびに。
高確率で節介をかけてくる男の事を。
「──今度は何の用ですかね、迅さん」
「よ。ぼんち揚げ食う?」
何処でこの未来を見たのやら。
サングラスの男が──月を前に立ち塞がっていた。
※
「....俺から話す事はありませんよ」
「だろうなぁ」
この男とはずいぶんと長い付き合いのように感じる。
知り合ったのもまだ精々数年程度だろうに。
──かなり深い所で、自分の中で理解と共感が存在している。
「別に、今の状況がどうとかそういう意味じゃなくて。──もうなんか十分に迅さんの事を理解できた気がするんです」
「おお。嬉しい言葉じゃないか」
「だからこそ。これからどれだけ話したところで──別に俺と迅さんの関係は変わんないよなぁ、って」
その理解と共感がいっているのだ。
もうお互いに立ち位置は変わらないのだと。
「そうかもなぁ。お前が変わらなければ、そうかもしれないな。──でもお前は変わっていってるじゃないか」
「....それは。まあ、はい」
「うんうん。いい事だ」
自分の中の変化は、自分でも認識している。
「──俺はエネドラの記憶を継ぎました」
「うん」
「その結果として、エネドラの記憶を基にした別人格が生まれました」
「だな」
「何でかな、って考えていたんです。──あいつは言っていたんです。俺とエネドラに共通項が出来たからだ、って」
その共通項は。
──他者に憎悪を抱いてしまったこと。
「振り返って思ったんです。そもそも誰かに憎しみを抱くのって、何でかなって」
「....」
「それは──自分の幸せを邪魔している人や状況があるからなんですね」
それは転じて。
──自分は自分の幸せを願ってしまっていたのだと。
そういう自身のエゴが発生した事を、理解してしまった。
「クソです」
本当に。
クソだ。
──俺は、器だった。
──生きる目的を詰め込んだだけの、器。
なのに。
その器の中に別のものが次第に投げ込まれていった。
自分の周りは、思った以上に素晴らしいものに囲まれていて。
その素晴らしさに、何とか──自分なりの誠意を返そうと努力をし続けて。
そうして。
ああなって。
こうなった。
今の自分の姿は何だろう。
「なあ加山」
「はい」
「弓場隊は、本当にいい所だよなぁ」
「...」
「弓場は勿論の事。藤丸も。帯島も。外岡も。皆お前を一人の人間として認めていて。お前に誠意を伝えようとしている」
「ですね」
「影浦隊と最近仲いいみたいだな。影浦もいい奴だろう。俺なんかよりよっぽどキツイ副作用しているのに、それでもいい奴なんだ」
「...」
「人は鏡だぞ、加山。お前がやってきた事が返ってきた結果がお前の周りにいる人間だ」
なあ、加山。
そう迅は笑いかける。
「例えばこの先弓場隊が皆不幸に陥ろうとしているとしたら。お前は止めるだろう」
「止めますよ」
「それはさ。以前のお前もそうしていたんだろうけど。それはどっちかというと自罰的な目的の方が大きかっただろう。生き残った責任の為に自分が不幸を背負うべきだ、って。でも──今は違うよな」
「....」
「純粋に、弓場隊が好きだからだろ。──転じて、弓場隊に幸せでいてもらいたいからで、弓場隊に降りかかる不幸が憎くて仕方がないからだろ」
「.....そうかもしれないっすね」
「その──弓場隊に対するお前の感情は、クソか?」
仲間の幸せを願う。
転じて、仲間に降りかかる不幸を憎む。
憎悪とは──こうして巡っていくものでもある。
「...」
「お前の幸せなんて、お前を幸せにしてくれる存在がいなければ成立しないものだぞ。お前みたいに真面目な奴なら猶更だ。──安心しろ。お前の憎悪は、ちゃんとお前自身の善意と誠意で作られている」
迅は、加山の目を真っすぐに見る。
「俺は──ヒュースを遠征に連れていく事は、俺が守りたいと思っている人たちの幸せに繋がると確信している」
「.....だから、見逃せと?」
「いいや。見逃す必要はない。十二分に戦ってくれ。──何度も言うが。お前にとって俺は敵でも、俺にとってお前は敵でもなんでもない。幸せになってもらいたい奴の一人だ」
「よく言う....! だったら、アンタは三輪先輩と、三輪先輩のお姉さんの幸せは願っていなかったのか!」
その言葉を言い終わって。
加山は──自分の吐いた言葉に、愕然としてしまう。
「すみません。...何でだよ。そんな事を言いたかった訳じゃなかったのに....!」
最近。
本当に自分自身がおかしく感じる。
それでも。
迅は笑ったままだ。
「その言葉もさ。以前のお前ならきっと言わなかった事だろ? ──やっぱり変わっていってるのよお前は。理屈では理解していても。それでも三輪と、三輪のお姉さんへの共感が理屈よりも上回ったんだ」
「....俺は、迅さん」
「うん」
「....近界を滅ぼしてしまえば。もうあんな事は起こらないって思っているんですよ」
「...」
「....その為に、俺は」
「やっぱりさ。俺はお前の言う”滅び”がゴール地点として受け入れる訳にはいけないんだよ」
「──それは、迅さんが旧ボーダーの人間だからですか?」
「それもあるけど。一番はやっぱり──お前がそれをなし遂げた時に確実に不幸になる奴が出てきてしまう事かな」
「...」
「加古さんに言われたんだろ? ──逃げるなって。俺は、お前がせめてその事実に対してしっかり向き合って結論を出さない限りはお前の考えを支持することは無いだろうな」
つい昨晩の事を思い出す。
B級2位に浮上して──隊の皆が喜んでいた姿を。
──認めるしかない。もう自分は、自分だけで完結している存在ではないのだと。
「俺は──お前は遠征に行くべきだと思う。そして、そこで生きている人たちを実際の目で見てほしい。そこで普通に生きている人がいる、って事もお前は頭では解っているんだろうけど。それでも──やっぱり、理屈と感情は別物だからさ」
「...」
「お前がここに来たのも──お前の今の変化が逃げだと感じたからだろ。それは違うぞ加山。その過去に戻ろうとすることが、今のお前にとっては逃げだ。お前を変えてくれた人たちに対して目を背けている事と同じ」
「....迅さん」
「ん?」
「俺がエネドラの記憶を引き継いだ日から。こうなる事を読んでいましたよね?」
「.....うん」
「はぁ~」
加山は一つ溜息を吐いた。
時々、この男と話していると──こちらが本気で馬鹿に思えてくる。
こちらの感情も思惑も別に関係ない。
未来が見えるこの男にとっては──その感情や思惑すらも読み切って掌で転がすだけだ。
「以前も言ったが──エネドラの記憶を引き継いで苦しんでいたお前は、以前のお前なんかよりもずっと人間らしかった」
「...」
「そして──今のお前はまさに人間そのものだ。善良で、真面目で、悩み苦しんでいる若者以外の何物でもない」
「これが迅さんの言う青春ですか」
「青春だぞ」
「──絆されるつもりはないっすよ。玉狛は全力で叩く」
「それでいいよ。盤外戦術はウチのメガネ君がかなーり好きにやってくれたからね。お前がやっても、文句は言えん」
さいで、と加山は呟き。
迅と向かい合う。
「まあ俺も──心の底では、玉狛が遠征に行く事になるんだろうな、って思っていますよ」
「まあ、そうだろうね」
「それでも。俺がやるべき事だと思ったことをやらないままに受け入れる訳にはいかない。やるからには、後悔はしたくない」
だから、
「──ぶっ潰してやる」
※
迅との長い会話を終え、彼がこの場を去った後も。
加山は表札のある石垣を背もたれ代わりに地面に居座り、空を見上げる。
「....」
死の絶叫が轟いていた記憶の上に。
ここで──迅と会話した内容が上塗りされていくのを感じていた。
記憶は褪せていく。
新しい記憶で塗り潰されていく。
「いや」
そうじゃない、と加山は呟いた。
塗り潰されるんじゃない。
ただ過ぎ去った記憶として背景になっていくだけだ。
消えはしない。
でも──新しく出来た記憶の方が前面に押し出されるだけ。
決して忘れまいと思った記憶すらも。
背景になっていく。
それと等価と思えるほどの価値ある記憶によって。
忌々しくも。
今こうして迅が伝えた言葉の一つ一つが──加山にとって非常に価値のある言葉だったのだと。
そう自覚して。
受け入れて。
ただ、空を見上げていた。
――俺は、今。何者なのだろうか。
そんな疑問を、頭に浮かべながら。