彼方のボーダーライン 作:丸米
「旋空──弧月!」
「おお」
一方。
空閑遊真は転送位置からヒュースとの合流地点へ向かおうとしていた途中で、生駒達人の襲撃を受けていた。
バッグワームを解き、グラスホッパーを装着。
その瞬間──自身の真横から旋空が襲い来る。
それは、速く、長かった。
横薙ぎに放たれたその刃は幾つもの家屋を叩き斬りながら、空閑遊真の真横を通り過ぎていく。
横薙ぎの斬撃に対して、遊真は身体を翻しジャンプを行う事で回避。
回避行動の最中。
その旋空を放った者の姿を垣間見る。
ゴーグルをかけ、弧月を振りぬいた姿の男であった。
「すまんな。君をあの新人君の所に向かわせるわけにはいかんのや。ここで止めさせてもらうで」
「へぇ。それは面白い」
──起動時間0.2秒。最大射程40メートル。
この男にしか使えない、神業。
生駒旋空。
「──やっぱり。凄いな、その旋空」
そして。
空中で翻る遊真の身体目掛けて。
──弧を描くように自身に向かってくる弾丸。
ハウンド。
空中にいる遊真に、自らのトリオン反応を追尾する弾丸を回避する手段は二つに一つ。
一つ。シールドを展開し防御を行う。
二つ。グラスホッパーによる回避行動。
遊真は、後者を選んだ。
グラスホッパーを自身の右手側に展開。手に触れて、地上へと即座に帰還する。
恐らくは、射手の水上が生駒と連携しこちらに弾丸を放ってきたのだろう。
「──千佳の対策かな」
生駒隊は、それぞれの隊員が一つどころに集まる合流の仕方ではなく。
それぞれが一定の距離を保ちつつ、それぞれが別方角から連携を取るような合流の仕方をしている。
恐らくは、千佳の攻撃により纏めてダメージを与えられることを防ぐためであろう。
「...」
この方法であると。
本来であるならばサポートを主とする水上が狩られやすい布陣となる。
あのハウンドの軌跡を追ってその首を叩き落すのは簡単であろう。
しかし。
それは相手も読んでいるだろう、という戦術レベルの信頼もある。
読んだ上で──水上に仕掛ける空閑遊真へ対処できる方策があるのだと。そう思える。
それでも。
以前のチーム状況であるならば、遊真は突っ込んでいっただろう。
危険よりも、得点を取る事を重視して。
しかし。
ここで遊真は引くことを決意する。
それは。
──現在苦境に追いやられているヒュースからの指示を、遊真もまた聞いていたから。
グラスホッパーを展開し、生駒からも、水上からも、距離を取っていく。
その逃げる方向には。
──現在、ヒュースの援護を行うために移動を行っている雨取千佳がいる。
「オサム。こっちに千佳が援護することが出来るか?」
「ああ。やれると思う。──千佳。頼めるか」
「うん」
その一言で。
雨取千佳の片腕には──度し難いほどの大きさのキューブが生れ落ちる。
「ハウンド」
細かく分割すれど、まだ十分な大きさを内包したそれらが──生駒隊目掛け、降り落ちていく。
そう。
今の遊真には──この手段がある。
雨取千佳という、とびっきり優秀な援護役が。
「げ」
その異変に気付いたのは──狙撃手の隠岐であった。
「まずい! ──雨取ちゃん、あのエスクード陣からこっち側に距離詰めてきてた!」
巨大キューブが地上から生まれ落ち、そして空高く打ち上げた後に──全方位に向けて弾丸が雨のように降り落ちていく。
「──全員! シールド! 早く!」
その広大な範囲から逃れるすべのない生駒、水上はフルガードによる防御を選択。
そしてグラスホッパーを持っていた隠岐・海はそれぞれ弾雨から逃れるべくグラスホッパーにて逃亡を行う。
これにて。
隠れている生駒隊の総員の居所が判明した。
「千佳」
「うん」
空閑遊真が千佳の傍に立ち、カバーに入ると。
千佳は近場のビルの上に立ち、レーダーを見つめる。
「メテオラ」
バッグワームを解き。
その手にアイビスを手に持ち、体にはメテオラを身に纏わせる。
メテオラが──生駒隊の各員に襲い来る。
周囲の建造物ごと吹き飛ばすその爆撃に視界が塞がれ。
そしてアイビスにより地形そのものも崩されていく。
これにて──生駒隊を守る障害物も、地形も、その全てが取っ払われた。
「嘘やん」
その中で。
フルガードにより爆撃を耐えていた生駒達人が、アイビスの砲弾に貫かれ緊急脱出。
そして。
グラスホッパーにより必死になって逃げていた南沢海の姿がレーダー上に見えた。
その地点は。
雨取千佳から、半径40メートル以内の地点であった。
「あ」
その事に気づいたのか。
海はすぐさまその場を去ろうとするが──。
もう遅い。
「アステロイド」
グラスホッパーを展開し逃亡できる範囲すらもカバーする──細かく、広大で、そして異様なまでの速度を誇るアステロイドが海に襲い来る。
「ハウンド」
そして。
シールドでそれらを防いだ後に──襲い来るは、弾速が遅く大きく分割されたハウンド。
それらが自らの全身を押し潰すように叩き込まれた。
──雨取千佳による、必殺のフルアタック。
これにより──玉狛第二は三ポイント目が入る。
※
そして。
その後三十秒も経たずに、生駒隊は全滅することになる。
狙撃手の隠岐はグラスホッパーによる逃亡の最中、影浦隊狙撃手絵馬ユズルにより頭部を撃ちぬかれ。
水上は北添の機関銃の弾雨により撃破される。
共に──雨取千佳の爆撃によって発生した煙に紛れ位置取りを行い、雨取千佳の標的となった生駒隊の二人を速やかに始末した。
「──ここからカゲの方に引いていくよ」
「うん。ここでカゲさんを生き残らせて、あの新入りの人を処理できれば──こっちにも勝機が生まれてくる」
当初、北添が千佳に襲い掛かり、シールドを張らせたところで別角度からユズルが狙撃を行う戦術を考えていたが。
しかし、空閑遊真が雨取千佳と合流しそのカバーに入ったことで実行が難しくなったため、戦術の変更を余儀なくされた。
その為──雨取千佳の攻撃に紛れて生駒隊からポイントを取る戦術に切り替えた。
「──雨取ちゃんの追撃が来る前に、はやくカゲを助けに行こう」
そして。
二人は──影浦との合流を目指し、走っていく。
※
影浦・香取との二対一の戦いを行っているヒュースは。
それでも冷静であった。
──カゲウラには、置き弾のトリックは見破られている。
近接戦を餌にして、別角度から置き弾で攻撃を行う。この連携によって影浦の持つ感情受信体質の副作用を切り抜けんとする戦術は──現時点では実行不可能であった。
影浦はヒュースの近接戦に乗っかってこない。乗っかるとしたら、香取の攻撃によりシールドを展開してきた場合のみ。
置き弾を強く警戒しているのだ。
香取が高機動力を生かした多角的な攻撃を仕掛け、その対応の為にヒュースがシールドを張る。
その瞬間でなければ影浦は仕掛けてこない。
──こちらの択が潰されているのに。敵には一方的に攻撃を通す選択が幾つもある。
左手が吹き飛ぶ。
香取の拳銃弾がヒュースに叩き込まれていた。
チ、と一つ舌打ちをして。
それでもヒュースは移動していく。
「──オサム」
「ヒュースか。どうした?」
「チカを俺の援護の為に動かしているな? ──俺はいい。ユーマの方を援護しろ」
ヒュースは移動しながら、そう言った。
「俺の周囲にはカトリとカゲウラの二枚しかない。チカをわざわざ動かしてまで取るべきポイントはこっちじゃない。──ユーマとチカで他の敵を炙り出せ」
その指示により、遊真は千佳に援護を依頼し、そのカバーに入り。
千佳は爆撃と砲撃により二ポイントを取った。
──ここまで、三ポイント。
現在、2位の弓場隊が35ポイント。一位の二宮隊が38.
そして──玉狛第二は現状、29ポイント。
最低でも6ポイント。
出来るならば、8ポイントは取りたい。
点を。
点を取らねばならない。
「──この局面は、俺自身で切り抜ける」
ヒュースはそう断言した。
その断言に、修は「任せた」と一言返した。
──この状況。分が悪いのは確かだが、そこまで悪くもない。
強い駒二枚に粘着されているこの状況そのものは悪いが。
その中で、バイパーの置き弾を警戒して影浦の攻撃が消極的なのは好材料。
──オレを倒すのに、時間をかける方針で来ている。
ヒュースは逃げるように移動している。
ここで移動する方向が雨取千佳の方角ならば──きっと二人は死力を尽くして止めに入ったのだろう。
しかし、ヒュースが逃げていく方向はその真逆。雨取千佳から離れていく形になっている。
だから、この移動を止めようとしない。
それこそが、ヒュースの狙いであった。
「ここで仕掛けるのかよ」
ヒュースは狭い路地の間に入り込むと、影浦に斬りかかった。
──成程。せめー路地に入る事で、俺と香取の連携を分断するつもりか。
だが。それは──影浦にとっては歓迎すべき事態だ。
──こういう場所での斬り合いなら望むところだ。
ヒュースの斬撃を防ぐと同時、影浦はマンティスをその喉元に走らせる。
ヒュースはそれを回避すると同時。影浦に走らせた斬撃にて横手の建物の壁を斬り裂く。
斬り裂いた壁から、ヒュースはその建物の中に入り込む。
「──このまま逃げられるとでも思ってるのかよ」
当然。
影浦もまたその後を追う。
その動きと連動するように──香取はその建物の逆側に移動し、ヒュースの逃走経路を潰していた。
「──邪魔だ」
ヒュースはそう呟くと。
壁の裏手側にいる香取に向け──旋空を叩き込む。
壁越しから襲い来る防御不能の斬撃に身を屈める瞬間──ここでヒュースはシールドを解除し、バイパーをセットする。
セットと同時に生成し、大きく分割し影浦に放つ。
それはヒュースの視線と共に放たれ──当然影浦は副作用によって弾道を予期し、回避を行う。
ここで。
香取と、影浦。双方が回避動作を行い、攻撃の手が同時に止まってしまった。
この隙を、ヒュースは待っていた。
「バイパー」
弾体を生成。そして分割。
それを建物の中に放置しながら──ヒュースは影浦に斬りかかる。
初撃。
袈裟からの斬撃を、影浦はバックステップで回避を行う。
二撃。
袈裟斬りから転化した横薙ぎの一撃。この隙にマンティスによる斬撃を行使したくなるが──置き弾の発射を警戒し、シールドを装着していた影浦は、これも回避を行う。
そして。
二度の斬撃を回避した影浦の視線を横切る、バイパーの弾丸。
「──こんなもん」
喰らうか、と。
回避したその先。
「──あ?」
身体が。
回避したその先から動かない。
そこには。
「──スパイダー.....」
そうか、と影浦は思う。
──この新入りはあのメガネが張ったスパイダー陣に向かって逃げていたのか、と
「置き弾も。スパイダーも。──お前の副作用には引っかからない」
襲い来るバイパーをシールドで防ぐ様を見届け。
ヒュースは──スパイダーに背を預け、逃げ道の無くなった影浦雅人に、
「これで──終わりだ」
三撃目を、叩き込んだ。