彼方のボーダーライン   作:丸米

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怒りし者⑤

「──影浦先輩と香取先輩は倒した。なら」

「うん」

 

 残る敵は。

 影浦隊の絵馬ユズルと北添尋と、香取隊の三浦。

 

 狙撃手が一人残っているが、それでももう四点を取っている。

 ここで消極的になる理由はない。

 

「千佳。ビルから降りてくれ。──ここからは攻めていく」

 

 そう修が指示を出すと、雨取千佳はバッグワームとアイビスを解除する。

 

 そして。

 

「エスクード」

 

 自身の周囲一帯。

 およそ半径百メートル近く。

 

 自身の爆撃によって散々に開かれた地形の中を、壁が吹き荒れる様に作成されていく。

 

「ハウンド」

 

 その作業を終えるとその一帯にハウンドを振り落とす。

 

 巨大なキューブを細かく、細かく、千切って。

 天高くに打ち上げる。

 

 そうして──壁の間の細々とした空間に降り落とす。

 

 

 たったそれだけで──その空間内にバッグワームを着込んでいた北添尋の姿が浮き上がる。

 隠蔽を不可能と悟りシールドを装着した北添の姿を捉えると。

 

 千佳と北添の直線状にあるエスクードが引っ込むと同時。

 その作業と並行して自身の周囲に纏わせていたアステロイドが引っ込む壁の間を通り過ぎていく。

 

 威力を半減させ。その分を速度に転換させたそのアステロイドは。

 

 北添との相対距離およそ六十メートルの間を瞬時に駆け抜け──その巨体を斬り裂いていった。

 半減せども──ハウンドでシールドを削られていた北添を仕留めるに辺り十分な威力を持っていた。

 

 

「....」

 

 狙撃の好機を探り続けていたユズルは、非常に厳しい状況の中にいた。

 

 あの波状攻撃があるが故に、基本的に狙撃は最低百メートル。射手の応用性を考えれば百五十メートルは欲しい。

 この時点で──アイビスが封じられる。

 

 しかしイーグレットで狙おうにも、千佳はとにかく硬い。

 周囲はエスクードで囲まれ射線は少ない。特に攻撃を仕掛けるときには、まずエスクードの乱立地点からシールドを固めた上でハウンドでの攻撃が基本となる。攻撃を仕掛ける瞬間という一番狙撃が通りやすいタイミングが潰されている。

 

 ただでさえ少ない射線。ようやく見つけ出せた狙撃地点からも、糸を通せるほどの距離しかない。

 

「──ユズル! 後ろ!」

 

 仁礼光の警告から背後を振り返る。

 そこには。

 

 スコーピオンの光が、眼前に迫っていた。

 

 

 ──もう残されているのはオレだけだ。

 

 香取隊三浦雄太は、二つの幸運が重なりここまで生き残ることが出来ていた。

 

 一つ。──現在玉狛の得点のほとんどを占めている雨取千佳とヒュース、それぞれから最も遠くに転送されたことによりその攻撃から逃れられたこと。

 二つ。玉狛からは大きく離れることに成功したが、その代わりに生駒隊からは近い位置であったのだが──その生駒隊が雨取千佳の猛攻により早々と壊滅した事。

 

 この二つの幸運に恵まれ、生き残る事は出来た。

 が。

 同時に──倒すべき敵が早々に壊滅し、さりとて玉狛を狙う訳にもいかず宙ぶらりんの状態で隠れる羽目になっていた。

 

 合流のオーダーに従い向かう先。

 若村も香取もヒュースに仕留められ。

 

 そのまま「隠れろ」のオーダーに従ってここまで生き残れたが──。

 

 それもここまでだろう。

 これから爆撃による炙り出しが始まる。

 

 

 

 ──三浦は、自身の事を何も変わらなかった人間だと思っている。

 

 

 香取隊を見回すと。

 まず香取が変わった。

 以前と見違えるほどの成長を遂げて、名実ともに香取隊の隊長として部隊を率いてきた。

 

 その変化は、恐らくは自分の親類である華によるものだろう。彼女自身の考えの変化が、香取との対話を生み出し、部隊が変わっていった。

 

 そして、若村。

 彼は──恐らくこの部隊でいっとう惨めな思いをした人間だと思う。

 香取に変化を要請していた彼自身が。

 ──本当に変わらなければならなかったのは自分の方だったのだと突きつけられた人間だったから。

 

 香取が変わって。

 今度は彼自身が──実力不足の分際で香取のスタンスに批判していた過去が脳天に叩きつけられて。

 変わらなければならない、という現実と。上手くいかずに今度は香取に叱責され続けている現在と。その狭間で──きっとその惨めさに、何度も涙を流したのだと思う。

 

 

 なら。

 自分はどうだろう。

 

 惨めさなんて、心の中にない。

 自分は若村とは違う。

 ずっとずっと、あのままの香取に従順だった。

 

 だから噛みつくことも無く。

 なあなあで済ませて。

 まあまあと仲裁にもならぬ仲裁をし続けて。

 

 

 そして。

 何も変わっていない。

 

 香取も、若村も。

 惨めさを糧にどんどん先に進んで行っているのに。

 

 

 なあなあのままの自分は。

 なあなあのまま、ここに存在している。

 

 

「.....」

 

 ──雄太。ここまでよく生き残ったわね。脱出しなさい。

 

 香取の声が聞こえる。

 

 このまま。

 何もなく脱出してもいいのか。

 

 きっと。

 そう命じられれば、そうだねと一言呟いて緊急脱出していたのだろう。

 

 

 でも。

 今自分は──。

 

「ごめん。葉子ちゃん」

 

 言う。

 

「まだ、諦めたくない」

 

 はじめてかもしれない。

 こんな事を言ったのは。

 

「──考えがあるの?」

「ある。.....ある!」

 

 その声は。

 今までにない程の、必死さがあった。

 

 

 同じ状況におかれて。

 若村は──自分の師匠を倒したんだ。

 

 ならば。

 自分もまた──最後まで足掻きたい。

 

「オレは──あの雨取ちゃんを、倒す」

 

 三浦は。

 ただ一筋の思考の果てに──そう宣言した。

 

 

 残り一人。

 今までまだ姿を現していない、三浦雄太。

 

 

 ──当然の如く、周囲に爆撃とハウンドの雨が降り注ぐ。

 

 しかし。

 三浦はバッグワームを決して解くことなく、弧月を外しシールドを張って進む。

 

 爆撃の余波。そしてハウンド。

 シールドは幾度となく破損し、そのたびに身体が削れていく。

 

 意地でも。

 意地でも、まだ姿を晒さない。

 

 崩落する建物の間を通りながら。

 時に視界を欺くたび匍匐しながら。

 

 動く。

 動き続ける。

 

 一つ間違えれば犬死の結果のみが残される道を。

 三浦雄太は、動く。

 動き続ける。

 

 未曽有のトリオンによる災害のようなそれらを。

 敵が作り上げたエスクードの間をおっかなびっくり縫うように。

 

 動く。

 動き続ける。

 

 視界の隅にこちらを探し続ける空閑遊真の姿が映るたび、心臓が止まりそうな冷たさを感じた。

 

 それでも。

 

 それでも。

 

 

 ──ここからだ。

 

 

 三浦雄太が目標の地点に着いた時。

 なにもしていないのに──もうトリオンの三分の二が喪われていた。

 

 顔面は顎部分が削れ、シールドが無かった時に積極的に盾代わりにした左腕はもう千切れ飛んでいる。脇腹も胸部も散々に削れている。

 

 この広大な範囲を”炙り出す”攻撃だけでこんな風になるんだ。

 本当にとんでもない。

 

 勝負は、一瞬。

 もうここにかけるしかない。

 

 

「──やるよ、葉子ちゃん」

 

 そう目を見開き。

 一つ呼吸をして。

 

 

 ──三浦雄太は、バッグワームを解いた。

 

 

 その瞬間。

 雨取千佳のレーダーに、新たなトリオン反応が生まれる。

 

 三十メートル先のエスクードの背後。

 

 

 ここから。

 当然──先程の動きを再現する。

 

 アステロイドを分割し周囲に置き。

 同時に──三浦が隠れ蓑にしているエスクードが引っ込む。

 

 

 その時。

 三浦の姿は──そのエスクードの先には無かった。

 

 雨取千佳は目を見開いた。

 そうか。

 三浦雄太は、カメレオンを持っていた。

 

 

 エスクードを引っ込ませその先に誰もいなかった光景を見た時。

 アステロイドを放とうとした雨取千佳は、一瞬動きを硬直させていた。

 

 その時三浦はカメレオンを解き、今度は──雨取千佳の直線状にあるエスクードを斬り裂き、肉薄する。

 

 

 

 

 

 ──もう隊で遠征行く目はほとんど残っていないけど、私も私で遠征に行く目的が出来たわね

 

 

 ──ごめん、葉子ちゃん。

 

 遠征に行きたかったんだ。

 それなのに、不甲斐なくてごめん。

 

 個人選抜で選ばれるにしたって──隊の順位も重要な判断基準になるはずだ。

 

 

 だから。

 

 

 ここで。

 

 

 ──怪物(雨取千佳)を、ここで倒して──。

 

 

 

 雨取千佳の姿が視界に映る。

 ここだ。

 

 距離は十分届くはず。

 旋空で斬り込めれば。

 

 エスクードの操作の為に地面に手を置いている。

 あれならすぐに動く事は出来ない。自分の技術でも、十分に旋空は届く。

 

 

 届け。

 

「──届け!!」

 心中の思いは。

 偶然にも──作戦室の仲間とも重なった。

 

 倒す。

 怪物を──倒す。

 

 切っ先を振り下ろさんと、

 喉から声を絞り出して──踏み込む足にありったけの力を──! 

 

 

 

 

 

 

 瞬間

 

 壁が、せりあがった。

 

 

 

 その壁は自身の視界を完全にふさいで。

 

 振り上げた弧月の切っ先が、壁に埋まる。

 

 

 

 あ、と声を上げる間もなく。

 

 

 ──エスクードごと三浦を撃ち砕く、アステロイドの横殴りの弾雨が貫き去っていった。

 

 

 千切れかけの脇腹を千切り倒し。

 三浦の上半身は──彼方まで吹き飛んでいた。

 

「....」

 

 身体が崩壊していく。

 

 あと一歩。

 

 その一歩が──まるで遥か彼方かの如く、遠く見えた。

 

 この一歩を埋めるべく積み上げてきたものの差だと。

 そう感じ取ったから。

 

 好機を掴むべくこの戦いで実践してきたことは。

 相手にとっては──あと一歩の状況であろうと打倒できるものだったのだ。

 

 この好機を掴むには。

 まだ備えが必要だった。

 

 その備えが、なかったのだ。

 

 ──好機を掴み取る権利は。より備えたものにのみ与えられる。

 

 ただ、それだけの話。

 

 

 

「くそぉ....」

 

 

 三浦雄太もまた。

 この時──ほぞをかみ、そう呟いた。

 

 

 

 

 試合は玉狛第二が生存点含め九得点を取り、圧勝の結果に終わる。

 

「終わってみれば圧勝だったわね」

「.....だな」

 

 それでも。

 この戦いを見た事は無駄ではなかったと。そう思った。

 

「──それも。貴方の盤外戦術が予想以上に効いた上での九得点だから。かなり重い。あそこで影浦先輩が香取先輩にわざと倒されなければ十点よ」

「だよなぁ」

 

 玉狛第二は、間違いなく現B級最強の部隊だ。

 今なら──二宮隊よりも明確に上だとはっきり言える。

 

 今回。

 7得点の内──二得点がヒュースで、四得点が千佳だ。今まで得点源であった遊真は絵馬ユズルを取った一点どまり。

 

 これは今までまぎれもないエースであった空閑遊真がサポート重視の立ち回りをしていたからであり──本来遊真の役割だった敵エースを相手する役割も、ヒュースが果たしていた。

 

「あの絵馬君を仕留めた空閑君の動き....あれ、狙撃地点への釣りだしだったよな」

「でしょうね」

 

 広くエスクードを敷きながら。

 その実──玉狛はわざと射線の空きどころを作っていた。

 

 意図的に作った射線上の穴に釣りだされた狙撃手を。

 空閑遊真が狩りに向かう。

 

 

 雨取千佳という強大な存在によって、狙撃手すらも釣りだされてしまう。

 

 

「射程外からの狙撃手での撃破──ってのも難しくなってきているな」

 

 考えれば考えるほど。

 穴がない。

 

 雨取千佳単体ならば幾らでもつけいる隙が見つかる駒だが。

 彼女の戦術的効果を身に纏った玉狛第二のメンバーが、その穴をせっせと埋めていく。

 

 中距離で追い込みもかけられ、エース相手であろうとも真正面から圧倒できるだけの実力を持つヒュース。

 機動力と判断力に富み、その上でサポート重視の立ち回りも非常に上手い空閑遊真。

 

 それぞれ別方向の強みを持つエースがいて、彼等が戦術兵器に近い雨取が十分に暴れられるように環境を整えている。

 

 今回、各部隊考えうる対策は十分に打っていた。

 

 広いマップを選択し雨取千佳の影響を相対的に小さくした。

 開幕からバッグワームで身を隠し、合流も固まることなく距離を置いた。

 

 

 それでも──彼等はこの戦いで9得点も分捕ったのだ。

 

 

「....それでも」

 

 それでも

 

「──まだ、付け入れる部分はある」

 

 まだ。

 加山は──その打倒を、諦めていなかった。




ヒュースは強いんだ(*^○^*)

マジでどうすればいいんだ༼;´༎ຶ ۝ ༎ຶ ༽
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