彼方のボーダーライン   作:丸米

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血色の王冠を掲ぐ者達

「という訳で、よろしくねー」

「よろしく」

 

なんと。

次の一回のみ、二宮隊の二人が相手になるという。

 

犬飼澄晴。辻新之助。

 

二宮隊の両輪を担う、名サポーター二人。

ポジションも、銃手と攻撃手。奇しくも、若村と三浦と同じ。

成程。

手本を見せる、というのであればこれ程適任な人材はいないだろう。

 

「それじゃあ、次の一回だけオペよろしくね、染井ちゃん」

「------了解です」

「辻ちゃん、喋ったことのない女の子だからって固まらないでね」

「------だ、大丈夫です」

辻は顔を赤くしながら下を俯きながら、ぼそりとそう呟く。

 

「いやー、うちのろっくんを鍛えてくれているみたいでありがとうー」

「いえいえー」

「うちの隊長も、実は君の事結構気に入ってるんだよ?」

「え?」

 

えー。

嘘だ―。

 

「だとしたら二宮さん、ちょっと感情表現が苦手とかそういうレベルじゃないっすよねぇ。何で音声解説持っていったらあんな機嫌悪そうにしてたんですか」

「あの人にとって感情は表現するものじゃないんだ。出力がそもそもされないから仕方ない仕方ない」

「ナチュラルに面倒くさい-----!」

 

まあ、いいや。

 

「じゃあ、次の相手は二人って事でいいっすね。――こりゃ完全に逃げに徹しなきゃ無理っすね」

「まあ。そんなに甘くするつもりはないからね。――ね、辻ちゃん」

「うん」

 

相手は射手の王たる二宮匡貴を支えるマスタークラスのサポーター。

今度は、こちらが挑戦者だ。

 

「ルールは変わらないで。十分間逃げ回るか、どちらか倒せば君の勝ち。君を仕留めたら俺等の勝ち。これでいいかな?」

「うっす」

「それじゃあ、やっていこうか」

 

 

「二日続けて付き合わせてすみません、三上先輩」

「ううん、いいよ。大丈夫。――それよりも、気を付けてね。先輩二人とも、本当に強いから」

「解ってますよぅ。負けるつもりでやるつもりはないですけど、正直勝算は薄いっすね。まあでも頑張りますわ」

「うん、私も精一杯サポートするから。頑張ろう」

笑顔のまま、彼女は脳内に直接言葉をかけていく。

一つ一つの言葉に、何だかすさまじい安心感が。

 

いやぁ。

何というか。

――モテる。これは絶対にモテるはずだ。特に女子には絶対にモテる。何だこの人ありえねぇ。

本心からの気遣いの言葉を、何も偽らずに真っすぐに投げかけられる素直な人でかつ、何事も手を抜かない真面目な性格という完璧人間。ヤバい。この人ヤバい。たった二日間だけの付き合いだけど、心から不浄が消え去るような気さえしている。基本的に(たとえ変人であろうとも)しっかりしている人間が多いボーダーの中でも、この人の人間性の出来具合は間違いなく突出している。

 

「取り敢えず仕込みますので。――俺から離れたビーコンのコントロール頼みます。出来れば、ビーコンが切れそうな時は事前にアラートしてくれると凄く助かります」

「うん。了解。――配置についたね」

「うす。丁度仕込みの時間も終わりですしね。――バッグワーム、機動」

 

こうして。

追いかけっこ訓練が始まった。

 

・   ・    ・

 

「東南方向、ビーコンの反応アリ」

「了解。――辻ちゃん、頼むね」

「了解」

エスクードに囲まれた路地を辻が斬り裂くと同時、犬飼が辻の足元にしゃがみ込み、銃を構える。

左右と周囲の建造物を手早く辻と共にチェックし、ビーコンを見つけると同時にそれを破壊する。

 

「染井ちゃん。ビーコンの位置からアステロイドの射線が通っていない区画をデータで送って」

「了解です」

「こういう時は、横着しないことが大事なんだよね。ビーコンが設置されている場所は手早く調べておかないと」

 

エスクード。

ダミービーコン。

それを用いた、加山の奇襲行動。

 

その対策は実に簡単。

犬飼が奇襲ポイントに予め目配せをしつつ、辻がエスクードを処理していく。

まずはエスクードよりも上のポイントに目配せをし、エスクードを斬った後は、エスクードに視界が遮られていた区画を二人でクリアリングする。

それだけ。

――予めどのポイントに奇襲できる場所があるのかを知っているか、知っていないか。知った上で手早く目配せを行う。一連の行動が恐らく数秒もかかっていない。

やっていることは単純でも――それは、戦術的行動が身体に沁みつくほどに繰り返している犬飼・辻両者だからこそ出来る事なのだ。

 

二人は手早く路地を走り、ビーコンの場所を次々に明らかにしていく。

足並みを揃わせ、時々は射線に身を躍らせ「釣り」を仕掛けながらも。

淡々と、手早く、索敵を行っていく。

 

 

 

 

――いやぁ。すげぇわやっぱり。

 

加山は感嘆の息を吐く。

射線を正確に読み、その上でこちらがハウンドを撃つのを待っているかのように動いている。

常に両者がカバーできるギリギリの距離を保ちながらも、広く視野を持ちながらこちらを索敵し続けている。

ここで安易にハウンドを撃ってしまえば、片方がカバーに入りそれを防いだうえで、連携してこちらを炙り出し仕留めるのだろう。

 

若村・三浦のコンビはこのバランスを持っていなかった。

互いが互いをカバーできる範囲。

そして、クリアリングすべきポイントと、常に広げるべき視野が。

それが成立するだけでも、索敵のスピードは何倍にも上がる。

 

とはいえ。

それだけの能力を持っているのは十分に理解できている。

 

「三上先輩。東西のビル群に仕掛けた奴のコントロールを幾つか下さい」

「どうするの?」

「ちょいと揺さぶりをかけつつ、ビーコンの設置を増やしていきます。これは三上先輩の見込みでいいんですけど、既存のビーコンであとどれくらい時間が稼げると思いますか?」

「あと、3~4分だと思う」

「うす。あとそれにプラス1、2分は稼ぎたいんですよね。じゃなきゃ逃げ切れん」

 

三上から加山は、ビーコンのコントロールを受け継ぐと、両者のクリアリングが終了した区画から幾つかビーコンの反応を消し、そして時間差で仕掛けた新たなビーコンを起動させる。

 

「こうして、消えた反応の中に俺がいると思ってくれれば上々なんですけど、まあそこまで甘くないのは解ってます。それよりも、これからビーコンの反応が増えていくのは『予め仕込んだものを発動させた』って思わせたいんですよね」

 

新しいビーコンの反応が増える。

そうすると、その増えたビーコンの周囲に、加山がいると犬飼・辻は判断するだろう。

 

だが、予め仕込んだ場所に起動していないビーコンを混ぜることにより、新しくビーコンを増やしたのではなく、予め仕込んでいたものが起動したのだと。そう思ってくれれば上々。

 

加山は逃げ回りながら周囲にビーコンを撒いていく。

そして、起動していく。

 

起動しつつ、予め起動させたビーコンの反応を幾つか落とし、そして更に別のビーコンを起動させていく。

どの方向に加山がいるのか。これで幾らか混乱してくれるはずだ。

 

「最終的には――あの廃学校に二人を引き摺り込む」

 

加山が走る前に、今にも崩れそうな木造建築の学園がある。

 

「上手く行くかは五分五分かなぁ。まあでもやるしかない。――だから少しでも迷ってくれよぅ、お二方」

 

 

「ビーコンが消えたり増えたり忙しいね。予め起動させていないものも幾つかあの中に仕込んでいたっぽいね。――あと何分くらい残っている、染井ちゃん」

「残り5分弱ですね」

「まあ、でも大体居場所は解ったよ。辻ちゃん、行くよ」

 

犬飼と辻は、西に向かい走りながら、ある場所を目指す。

 

「加山君は、恐らく屋外戦よりも屋内戦が得意な駒だね」

「でしょうね」

「今西南のビル群と、逆側にある小学校の周辺でビーコンの反応が出たから、どっちかだと思うけど。――多分俺が加山君なら、待ち構える場所としてはこの学校を選ぶと思うんだよね。屋内戦の方が遥かに俺と辻ちゃんを分断させやすそうだし」

「――成程」

「学校に行くよ」

 

二人は、足早で学校に向かう。

 

「じゃあ――エスクードで分断される可能性が高いから、ここからはあんまり距離を離さずにね」

学校の正面から入ると同時、両者はビーコンの反応を無視し手早くクリアリングをしていく。

 

「上階に繋がる階段は――やっぱりエスクードか。辻ちゃん、メテオラ注意ね」

「はい」

辻は予めシールドを張りつつ、距離を取り旋空でエスクードを斬り裂く。

その背後には――大きなメテオラキューブがその刃先に当たり、爆発した。

 

「じゃあ二階に行こうか。――ビーコンの反応もそろそろ消えかけてきたし」

そうして、二階に踏む込み、周囲を見渡す。

 

「多分、こっちだな」

残り2分30秒。

 

犬飼は二階の大教室――エスクードで補強されたその場所を辻に斬らせ、踏み込む。

そこには、

 

「さあ追い込んだよ。加山君」

 

加山が、いた。

 

「いいや。――仕掛けられたのは、アンタらだぜ。お二方」

加山は、一言ぼそりと呟いた。

 

「メテオラ」

 

そう呟いた瞬間。

 

「――お」

 

床面の下から。

 

地響きのような音が響いていく。

 

「建物って、それを成り立たせるためのポイントってのがあるんですよ。それは床であっても同じ」

 

建物は爆破の衝撃が響くと同時――階層が、崩れていく。

 

「お、おお!マジか!」

 

床面がはがれるようにめきめきと崩れ、足元が崩れていく。

 

そうして下の階に落ちていく二人を――壁に生やしたエスクードの上に立ち、

 

ハウンドと拳銃を犬飼に浴びせていく。

犬飼は右手を削られながらも、何とか射線から逃れる。

そして――体制を整えた辻が、エスクードの根元を斬り裂く。

 

加山もまた、落ちる。

そしてそれを斬り裂かんと、辻が更に旋空を放つ。

 

しかし。

落ちながらも――加山はまた、エスクードを生やす。

壁際から生やしたそれを自分の身体にぶつけ、旋空の起動から自らを逃がす。

 

ぐぇ、と反対側の壁にぶつかり、落下。その瞬間――犬飼と辻の間にエスクードを、更に生やす。

 

――今この状況なら、タイマンで犬飼先輩に勝てる。

左腕が削れている。

距離も悪くない。

 

エスクードで射線を封じて行けば、犬飼を倒せる。

 

しかし。

 

「――ぐお」

ぶしゅ、と右腕からトリオンが噴出する。

 

生やしたエスクードのうち一つが、生やした瞬間にはもう斬り裂かれていた。

 

――読まれてたか。

 

それから辻は足元に旋空を放ち、そして削れた右腕側に移動をしていく。

辻の旋空で足止めされているうちに、犬飼が左側に移動し、突撃銃を構える。

 

――まだ。まだやれる。

犬飼側にエスクードを生やし、ハウンドを辻にぶつける――とみせかけ、背後を振り返りエスクード越しの犬飼に向かわせる。

 

袈裟で上半身が斬り裂かれると同時。

そのハウンドは――。

 

「うお」

犬飼は予想外ではあったが、準備だけはしていたのだろう。急ごしらえのシールドを生成し、一部を防ぐ。

左足と脇腹が抉れたものの――生き残った。

 

訓練は。

犬飼・辻コンビの勝利と終わった。


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