彼方のボーダーライン 作:丸米
──加山と二宮が、対峙する。
加山がモールの壁から足場代わりにひり出したエスクードから飛び降りると同時。
加山は引金に指をかけ。
二宮はハウンドのキューブを作成していた。
撃鉄音と共に、弾丸が二宮に真っすぐに向かい、加山の側面から二宮の弾丸が向かい来る。
互いの弾丸が、互いのシールドで防がれる。
加山はモールから大通りを渡りながらも二宮から照準を離さず撃ち放ち、二宮もまた加山を仕留めんとアステロイドを放つ。
撃鉄の音と、弾丸の破砕音が淡々と響く中──仕掛けたのは、加山であった。
大通りを渡り切り、オフィスに囲まれた路地に足を踏み入れた瞬間より──加山は仕掛ける。
「エスクード」
拳銃を解除し、エスクードを装着。
二宮の四方を囲むように壁を作り出す。
そして、上空から降り注ぐ──加山のハウンド弾。
「......ふん」
二宮は自らの正面に張り込まれたエスクードを破砕しつつ、真っすぐに加山に向かう。
頭上から降るハウンドを一瞥し。
──エスクードによって遮られた軌道から背後から向かい来るハウンドにも視線をやりつつ。
二分割したシールドを以て防ぐ。
防ぎ、足を止めることなく加山へ向かう。
「読まれるか。──それもそうか」
二宮は尊大であるが傲慢ではない。
これまで使ってきた手は、当然に頭に入れているはず。
「だが、まだまだこれから。──つぎ込める手は、徹底して注ぎ込ませてもらいますよ」
加山はダミービーコンを生成しつつ、通りの左右に存在する建造物それぞれに投げ込む。
窓ガラスを同時に突き破りビーコンが建物の中に入り込むと同時、加山はバッグワームを着込む。
ビーコンを投げ込んだ地帯を中心に、両方の建物の出入り口を塞ぐ。
「....」
この行為によって、二宮の中で加山の所在について三択が生まれる。
①加山は左手側の建物に潜伏している。
②加山は右手側の建物に潜伏している。
③双方を囮に別区画へと逃走している。
当然。
左右の部屋はエスクードで空間を仕切り、置き弾を中心とした罠も数多く設置されているのだろう。
三択の可能性を潰しながら、時間を稼ぐ。
そういう方策のように、考えられるが。
が。
ここで。
二宮は──ここで一つの推測をかける。
本当に、加山は時間つぶしの為だけにこの手札を切るだろうか。
弓場・帯島との合流を目指すのならば、モールの中に逃げ込んだ方が効率的だったはずだ。彼等はモールの中にいて、加山もモールを背にしていた。
何故加山はモールから大通りに出て、小細工を弄しながらも逃亡しているのか。
──加山は外岡を諦めていない。
現在犬飼が追っている、この戦場における唯一の狙撃手である外岡一斗。
その援護を行うべく、加山はモールから離れ二宮を引きはがしつつ外岡を援護。犬飼を排除した後に、弓場・帯島と合流に向かおうとしているのではないか──と。
故に。
二宮は──加山は③を選択したものと判断する。
左右の建物の反応を無視し、──二宮は走っていく。
※
「....」
最善が。
常に最良であるとは限らない。
「.....撒けた」
加山は。
二宮が通り過ぎていった路地の端で身を潜めていた加山は、一つ息を吐き出した。
──感謝します、若村先輩。
今こうして加山が逃げ切れたのは、紛うことなきかつて犬飼を討ち果たした若村のおかげであった。
二宮だから。
戦術レベルが極めて高く、優秀な隊員だから。
合流を目指しているはずの加山が弓場と帯島から離れる矛盾に気付き、仕掛けの裏にある思惑を読んだ。
加山が外岡の下へ向かった──という読みを行ってくれるものと。そう確信を持っていたから。
かつて若村が犬飼の優秀さ、読みの深さを逆手に取り撃破を果たしたあの時と同じだ。
あれと同じことを、加山も行った。
行動から読み取れる最善。
しかし──優秀な人間ほど、最善の行動を読み取り、先に手立てを打っていく。
最善が常に最良とは限らない。
今──間違いなく加山は最良を選び取った。
「.....急ごう」
※
「....」
外岡一斗は、息を潜めていた。
報告は全て聞いていたし、状況も理解できている。
もう間もなく、犬飼が自分の首を狩りにこちらに来る。
「うん」
外岡一斗は──悪い意味はなく、いい意味だけを煮詰めたマイペースな男だった。
自己主張するような性格でもなく、主張する内容もさほどない。だから人の話を聞くのが中々どうも上手いらしかった。
他人といるのも嫌いではない。
でも一人でいる事もまた好きだった。
他者の存在で、あまり自分を変えるという事をいい意味でしていなかった。
普通で普遍的な優しさを持ち合わせているうえに、確かな努力と、その努力に裏打ちされた狙撃手としての技量を持ち合わせた上で、変わらない自分を持っている。
悪い面はない。
良い面を煮詰めた、マイペース。
「──藤丸さん」
だからこそ。
自分でも意外なような気がした。
自分が──他者から影響を受けて、何かを取り入れるという現象が。
「──ダミービーコン。起動お願いします」
どうせ死ぬのならば。
精々嫌がらせして死んでやろう。
※
外岡一斗が現時点で発動させたダミービーコンは、8つ。
自身が先程犬飼に向け弾丸を放った場所から、自身の走力を考慮し潜伏が現実的に可能な建造物を選び事前に仕込んだダミービーコン。
そこから八つのみをピックアップし、発動させた意図は一つ。
現在──二宮隊が”加山がバッグワームで潜伏しつつ外岡の援護に向かっている”と誤認している状況下であるために。
”加山が外岡の援護に向かいつつ、ダミービーコンを発動させ犬飼を釣っている”というその誤認を更に強化する状況を作り出す事。
加山の先程の行動により、二宮と犬飼。その双方が外岡に向かってきている。
とはいえ。実際に孤立している外岡の姿が露見した瞬間にその誤認は解けてしまう。
その為。
加山が序盤にモールまで向かうまでの間に仕込める現実的な個数で、かつ外岡の援護の為に発動させた──と相手に思わせられるビーコンだけをピックアップし、発動させた。
──これで。ビーコンの反応を二宮隊は無視できない。その分だけ自分が生き残れる時間も稼ぐことが出来る。
「....後は、犬飼先輩と二宮さんの分断さえ出来れば」
自分の命を引き換えに。
──犬飼澄晴を仕留めることが出来るかもしれない。
「......藤丸先輩。ビーコン、犬飼先輩側にある分のコントロール権を下さい」
※
外岡によるダミービーコンがマップ上に現れた瞬間。
加山もまた行動を開始していた。
二宮が通り過ぎていった区画から、弓場側に移動しつつ──ハウンドキューブを地面に落としていく。
「それじゃあ外岡先輩。──おさらば!」
「うん。後は頼んだよ」
──その時。犬飼もまた、思索を巡らせていた。
「さっすが加山君。二宮さんから逃げ切ったか」
およそB級ランク戦の現環境において、相敵イコール死の構図が成り立っている二宮相手に──加山は小細工を交えつつしっかりと逃げ切ったのだ。
二宮からも加山を見失った旨が報告され、犬飼を狙っている可能性があると警告を受けた。
「....」
犬飼は、加山を知っている。
知っているが故に──違和感を覚えた。
ここで、弓場との合流の手札を捨て、外岡への援護に向かう判断を加山がするであろうか。
外岡の潜伏個所に二宮まで引き込んでしまったのだから、外岡はここで離脱してしまうであろう。
その駒損を惜しみ、自身を危機に陥らせてでも──生かす価値が外岡にあるのか。
犬飼は、はじめてランク戦で弓場隊と戦ったROUND4を思い出していた。
似ている。
あの時──加山は敵を引き込みつつ自身は危険区画から逃れる策を講じていた。
現在。
二宮と犬飼がモールから離れている状況。加山自身は二宮から撒くことが出来ている。
弓場・帯島と合流に向かうにはうってつけのタイミング。
戦いの中での判断の一つ一つに、本人の思考や性格が出てくる。
ここで。二宮を撒けたタイミングで合流を目指すのか、それとも追手の犬飼を仕留めようとするか。どちらが加山らしいか、と考えると──合流に向かう方が、加山らしいと犬飼は考えていた。
「二宮さん」
「どうした?」
「一応──加山君が弓場さんと合流する可能性も考慮して、辻ちゃんにモールへの通路を先回りさせるのはどうですか?」
ふむん、と二宮は呟く。
「お前は、加山がモール側に向かっていると思っているんだな」
「俺も、加山君のこの行動を見ていると外岡君を援護している動きに見えるんですけど──二宮さんをここに引き付けさせて逃げる策をとる方が加山君らしいかなって」
「....」
二宮は数秒だけ思索を行い。
「辻。今から指定する場所に向かえ」
犬飼の提案を受け入れた。
「ふふん。──俺はちゃんと反省できる人間でね。加山君」
そして。
犬飼は──警戒を強めつつ、歩いていく。
仮に。
加山がモールに向かっているとして。
何を自分に出来るのかを考えていた。
加山は銃手であり、射手だ。
仮に──事前の想定通り、外岡側に潜伏し追手である犬飼を排除しようとしているのならば、外岡の狙撃と合わせてハウンドと拳銃のコンビネーションで犬飼を仕留める行動を取るだろう。
そうなれば自身はそのまま離脱するほかなくなるが、代わりに二宮に外岡が捕捉され仕留められることとなり──加山は狙撃手が死んだことでフルアタックの枷を外した二宮から逃げる必要が出てくる。
ひとたまりもあるまい。
無論──加山自身にフルアタックを解禁した二宮を相手取る策を用意している可能性もあり得るが、通用するかどうか不透明な策を前提として動く事はないだろうと。そう犬飼は思っていた。
犬飼から見た加山は、勝てる環境が整うまで勝負に出ない駒だ。
環境を整えるために、排除できる駒は排除し、自身に有利な条件を着々と作っていく。
──勝負をかけるのは、きっとまだなはずだ。
レーダー上に位置するダミービーコン。
自身の位置から、建物を挟んだ向かいにあるそれが、自身の背後側──モールに向かって進んで行く。
ダミービーコンは、その動きは何処までも一定だ。見れば、それが人であるのかダミービーコンであるかは理解できる。
しかし。
そのダミービーコンの動きに人間側が合わせる──という事は可能だ。
レーダーを見ると。
犬飼を囲むように──八つのビーコンが動いてきているのが見える。
「....」
そして。
先程、自身の背後を通り過ぎていった、向かい側の反応。
その反応が、モールに近い路地に辿り着いた瞬間。
──路地から、弾丸が放たれた。
「──やっぱりね」
犬飼は予想していた。
同じだ。
あの時と。
合流路を辿りながら──置き弾を使ってのアタック。
その攻撃と合わせ放たれる──外岡の狙撃。
そこまで見えた犬飼は、機関銃を解除しフルガードを選択。
「....!」
犬飼は──ハウンドに対し、最小限のシールドをもって対処した。
頭部と、心臓部。膝を折り両腕を畳み前に屈んで被弾個所を最小限にしつつ──狭めたシールドで処理を行う。
背中と左腕、そして足先も削れる。
そして。
同時に放たれる外岡の狙撃に対し──頭部に対しての集中シールドをもって防ぐ。
犬飼は──外岡の狙撃地点を読んでいた。
それ故に、彼は外岡がいるであろう方向に体軸を背に向け、体勢を変え心臓部を隠す。
隠した心臓部位よりも、屈んだ際に前に突き出した頭部を撃ちたがる心理を読み──心臓と頭部。この二択の内、頭部に撃たせるように心理誘導させたのだ。
犬飼澄晴。
手足含めた複数個所に被弾したものの──加山と外岡の連携を見事乗り切った。
その代償に。
「──ごめん。仕留め切れなかった」
外岡は静かにそう呟くと共に。
二宮が放ったフルアタックのハウンドを全身に受け──緊急脱出した。