彼方のボーダーライン 作:丸米
弓場と帯島は、モール上階から加山との合流に向かっていた。
「チっ。急いで行ってやりてーが」
「村上先輩と辻先輩がバッグワームで隠れましたね...」
暗闇に包まれたモール内。
弓場と帯島はモール上階を目指していた。
犬飼が外岡を狩りに向かい、加山が二宮に捕捉された状況。
急いで合流に向かわねば──下手すれば二枚落ちで二宮隊と対峙しなければならない状況に陥る可能性もある。
急ぎ合流せねばならない。
しかして、ここで焦って下手にショートカットすれば──村上と辻に位置が捕捉され、奇襲を受ける可能性もある。
現在モールの電気系統は二宮に吹き飛ばされ、暗闇に包まれている。
暗視が入り周囲の状況把握に困ることは無いが、それでも視界の奥行きは狭まっている。
遠くの状況が見にくいため、仮に見つかれば即旋空で襲撃される可能性がある。
それは相手にとっても同じであり、弓場と帯島に見つかり一方的に襲撃されればひとたまりもあるまい。
それ故に──このモール内にいる限り慎重に動かざるをえない。
互いに。見つかれば終わり──という状況であるから。
「このモールは最上階から外の駐車場に通路がある。そこから下に降りて合流するぞ」
報告は乱舞している。
ここ数分の間に──加山は二宮相手に逃走を成功させ外岡への援護まで行ったものの。
目当ての犬飼は仕留める事は出来ず、外岡は倒された。
──急がなければいけない。
最上階まで駆け上がり、屋上まで行く。
ソーラーパネルが設置されてある区画を抜け、駐車場に入り込む。
その時。
「.....」
「......成程なぁ。先回りしていた訳だ」
駐車場から外へ向かう為の螺旋道路の入り口。
その途中にて──村上鋼が佇んでいた。
「まあ。俺と帯島との2対1か、二宮隊と加山がバチってる所にちょっかいをかけるか。どっちが生き残ってポイント稼げるかと言うとこっちだろうなァ」
弓場は笑った。
笑って──さぁて、と言った。
「──帯島ァ。お前は加山の所に行け」
「え...」
「
その宣言に。
村上もまた、笑った。
「俺としてはとても助かるんですが....いいんですか?」
「なぁに。問題ねェ。勝てばいいんだよ。勝てばなァ」
二丁を構え。
弓場は村上を見据える。
「──行けェ!!」
弓場の一喝を受け、帯島は一つ頷き駐車場を駆けだしていく。
「....」
「....」
月光と、彼方から見える建造物の光が駐車場の空間内に入り込む。
弓場拓磨。
村上鋼。
互いの全身の輪郭を視界に収めるには、あまりにも暗い。
しかして。
互いのその挙動だけは──闇の中、ゆらめいて見えた。
両手首が返り、拳銃の引金に指をかける動作と。
左手にてグリップを跳ね上げ、盾を前に掲げる。
その挙動だけは──不思議と。
明瞭な輪郭をもって互いの視界に映った。
きっと。
「──よく見えるぜェ、村上ィ」
「──俺もです」
幾度となき繰り返された記憶が。
暗闇の中にあっても──その姿を思い浮かばせたからかもしれない。
銃声が響き渡る。
※
加山雄吾は、モールに向けて走っていた。
──可能な事はすべてやった。
すべてやったうえで、犬飼に見抜かれていた。
結果。
犬飼を仕留める事は出来ず、こうして逃走を行っている。
「げ」
細い路地を逃げ込んでいる、その最中。
弧月を構える辻新之助の姿。
「.....そうかぁ。まさかそこまで読まれていたか」
恐らく、犬飼だろうなと加山は思った。
あのタイミング。二宮は完全にこちら側の意図を読み違えていたはずだ。
それなのに──ここに辻を先回りさせているのは、あまりにも手際が良すぎる。
「──隊長。加山君を捕捉しました」
そう辻が報告するとともに。
ハウンドがこちらに降りかかってくる。
「ここで沈んでもらうよ、加山君」
「あいにく、まだまだお陀仏する訳にはいかねぇんですよ!」
白刃の切っ先が加山の眼前を通り過ぎると同時。
加山もまた──背に死の気配を感じつつ、その切っ先に飛び込んでいった。
※
「──どこも、かなりギリギリの攻防になっていますね」
東春秋はじっ、と戦況を見ながらそう呟いた。
「現在、戦局が二つに分かれていますね。弓場と村上の一対一の勝負。そして二宮隊に囲まれている加山。両方乗り切れなければ弓場隊の勝利の可能性はかなり低くなるでしょう」
「序盤で二宮隊が見に徹していたのがここで効いてるな―。あの電源オンオフ作戦、やりようによっては二宮隊の方も十分に削れるだけの特殊性があったばかりに」
「二宮隊は当初から、鈴鳴第一がモールを選んだ理由が不透明でしたからね。二宮が一番モールから遠い区画に転送されたこともあって、ある程度の狙いを定めるまで手を出さなかった」
「その結果──弓場隊は序盤に鈴鳴の二人を仕留めることが出来て、二宮隊はあの暗闇合戦の被害を受けずに済んだ。その分──やろうとしていた作戦をやりかえされた鈴鳴は早々に厳しい立場に追い込まれてしまった訳ですが」
それにしても、と東は続ける。
「解っていた事ですが、犬飼が非常に厄介ですね。基本的に加山の狙いは二宮隊に通っているのですが、犬飼のリカバリでそれらが全部ひっくり返されている」
「それは俺も思いましたね。加山は二宮さんの思考をかなり読んでいて、対応も出来ているんすけど。犬飼先輩がすぐに加山を追い詰める形で舵を切れている」
「ほうほう。やはりそれは、加山君が犬飼先輩に待ち伏せされたのと、その後外岡先輩が仕留められた場面ですか?」
「ですね。あの二つの場面です。加山にはあの時、それぞれに狙いがあったはずです」
「加山は合成弾で二宮さんの足場を破壊した後に、即座に外に出た。これは二宮隊の二人に囲まれている状況から脱する為であるんだけど──あの時犬飼先輩は、他二人がモール一階で攻撃している時、外へ向かっていたんですよね。そんで、電気室の裏手にある壁を見ていた」
そう。
加山が暗闇の中村上と共に二宮隊の二人と攻防を繰り返していた際。
犬飼は非常階段から出口へと出て、即座に電気室の裏手へと向かい──加山の脱出口を確認し、それを他の部隊員に報告を行っていた。
その為。
脱出路が解った二宮は、そこに狙いを付けられる位置に置き弾を設置することが可能となり、自身の位置を偽装できて。
犬飼の待ち伏せと合わせて外岡の位置を炙り出し、加山を一気に窮地に追い込むことが可能となった。
「その後の加山の動きも見事でした。自身が有利を取れるモール側に引くことを諦め、敢えて弓場・帯島の二人から遠ざかるルートで逃走を行った。これによって合流時間は遅くはなったものの──外岡を狩りだしに向かった犬飼を仕留める好機が出来た」
加山は一旦外岡側に逃走を行い、二宮を撒くことが出来た。
そこから外岡のダミービーコンも合わせ犬飼側に近寄りつつモール側に引き返し──置き弾の連携を以て犬飼を撃破せんと、仕掛けた。
「あの時も。加山は二宮の思考は読んでいるんですよね。モールから加山が離れた判断を”外岡を援護しようとしたためだ”と思わせて通り過ぎさせる。しかし、その後辻が加山の逃走経路上に移動させ、犬飼自身も加山の援護を読み切って外岡との連携をしのいでいる」
「加山は二宮さんの戦術の部分だけじゃなくて、性格もきっちり把握している感じがするな~。特に二宮さんから逃げ切った部分とか。合理的に最善を選択する事を読み切って、多分加山は敢えて最善から一つ外した行動をしている。それが効いて逃げ切れたが──加山が二宮さんの性格を読んでいるように、犬飼先輩も加山の思考を読んでいる気がする」
「現在、弓場はリスクを取って村上と一対一で相手をして、帯島を合流に向かわせている。──合流が果たされるまで生き残れるかが勝負になるでしょうね」
「あそこで迷わずタイマンを選べる辺りが、最高に弓場さんって感じっすね」
「あれは戦術的判断が半分、弓場自身の性が半分という所でしょうね。──アイツは挑まれた勝負はとことん買う男ですから」
しかし。
「.....成長しているじゃないか」
加山は、着実にここまでで成長している。
あの時。
黒トリガー争奪戦で東と争い合った後、東は加山に言った。
人はそれぞれ合理基準が違う。
自分だけの合理性だけではなく──相手にとっての基準を考えなければいけない、と。
東があの時にアドバイスした事が、今の加山には出来ている。
加山は今、二宮にとっての合理基準を理解し、それに基づいた作戦を行使し切り抜けている。
──加山は、ある種の思い込みがあった。
──自身はどうしようもない弱者で、その為に勝てる条件を整えなければ勝利を手にする事は出来ないという思い込み。
豊富なトリオン能力を持ちながらも。
生来の運動能力の低さや、元々人を撃つ事さえ抵抗感を持つ精神性も合わせて。
自身に対する能力に対する自信のなさが、勝利を手にする為の過程を積み上げ条件を整えていく戦い方への選択を取るに至ったのだろう。
トリガー構成や戦い方は──恐らく加山にとっての最終目標とも強く結びついているのであろうが。
その戦い方を選択した部分に、自分は戦えない側の人間であるという意識が根付いているから──という部分もあるのだと思う。
加山は自分が相手に対応する、という意識よりも。
相手を自分に対応させる、という意識が強かった。
不利な条件を積み上げ、相手の動きを制限させて戦う。自身が相手に対応できるだけの実力がない、という思いが。ある種卑屈なまでに偏った戦術指向を持たせる事でこれまでの加山雄吾という隊員を形作ってきた。
そうして積み上げた加山雄吾としての戦いの中で。
エネドラという近界民の記憶と経験が混じり合った。
その中で。
加山は相手に対応する方法もランク戦を通じて少しずつ学ぶようになってきた。
その結果として。
ここまでの隊員に、化けることが出来た。
今──加山は、このボーダー全体の中においても誰とも重ならない才を持っている。
弱者であり、凡人であるという思考から積み重ねた経験と。
エネドラという強者の記憶から得られた強者としての経験。
奇怪な道筋の中で見つけたその才をもって、今ここまで上り詰めた。
──だが。
それでも。
──二宮は、それでも圧倒的な強者だ。
二宮は、生まれながらの強者だ。
優れたトリオン。優れた技術。優れた戦術観。
全てを備えた人間だ。
──お前が、二宮という完成された強者をどう打倒するのか。楽しみに見せてもらう。
東春秋もまた。
少々の感慨を胸に抱きながら──その戦いの行方を見守っていた。