彼方のボーダーライン 作:丸米
「帯島」
ランク戦ROUND6を終えた後。
加山は帯島に話しかけた。
「ッス。どうしましたか、加山先輩」
「ああ。少しお願いがあってな」
「お願いですか」
「そ。──ランク戦もそろそろ終わるだろ」
そうですね、と帯島は言った。
「そして、俺達は今A級に上がれるかどうか瀬戸際な訳だ。ここで踏ん張り切れば、晴れて俺達は昇格できる」
「....ですね」
正直な所。
どうなるのだろうと思っていた。
かつて弓場隊は、隊長の弓場と神田、そして現王子隊の王子と蔵内がいて。
王子と蔵内が抜けて、代わりに自分と外岡が入隊して。
その後大学受験の為に神田が抜けて、代わりに加山が入って。
流動が激しい部隊で。
その中でまだ──弓場はA級へ上がる事が出来なかった。
しかし。
今、最大の好機が巡ってきている。
「──帯島。俺はこれから、今まで積み重ねてきた事を、楔として利用しようと思う」
「楔、ですか」
「そ。良くも悪くも。弓場さんも俺も、戦い方も戦う際の姿勢も、かなり独特なんだと思う」
「そうッスね」
弓場拓磨も。
加山雄吾も。
「だからこそ。──相手も俺達の事を想定し、対策をしてくる。特に、この終盤になるとどの部隊も点稼ぎに躍起になる」
だからこそ、と。
加山は言葉を続けた。
「今まで積み重ねてきた事が──楔となる。今までとは異なる判断。異なる戦い方。これをするだけで相手の想定を裏切れる可能性が生まれる」
「....成程。確かに...」
「対策や想定は、そのまま先入観として働く事にもなる。──この先。今まで打った楔をどれだけ利用できるかで、取れる点数が変わってくる。だから──お前もまた、打った楔を利用できるものなら、徹底して利用してくれ」
「それは.....隊長の方針ですか?」
そう帯島が尋ねると。
加山は──笑みを浮かべて、言った。
「当然」
と。
※
──楔を利用する
その言葉が、帯島の心中に渦巻いている。
──考えろ。
弓場は帯島に加山の援護に向かえと。そう言った。
そうして、村上とのタイマンを行う。
らしい。
まさしく──弓場らしい動きだと、そう思う。
自部隊である自身であってもそう思うのだ。きっと眼前にいる村上もまた、その動きに違和感を覚えることは無い。
それは弓場拓磨という男が。
これまで鬼のように個人戦を重ねてきた男であり。
ランク戦であっても、挑まれたタイマンから逃げずに立ち向かってきた男であり。
そして部下を気にかけるタイプの隊長であるから。
加山という隊員の危機に、せめて帯島だけでも送り込むという行為も。
その為に村上とのタイマンに挑むという行為も。
弓場らしい。
何処までも弓場らしい動きだ。
──それは。
──弓場拓磨、という楔が誰にも打ち込まれているからではないか?
「....」
走りながら続けていた思案。
その最中から抜け出し──帯島は思う。
二宮隊の三人は加山を囲んでいる。そして村上もその姿を現した。現在自分は誰にも狙われる事なく、比較的安全な立ち位置にいる。
いいのか。
このまま、ただ加山の援護に向かうという行為だけを行って。
──いや。
──隊長の命令は、加山先輩と合流する事だ。その結果に至る過程まで命令を受けていない。
「帯島」
思索の最中。
加山の声が、通信越しに聞こえてくる。
「──楔をぶち破れ」
ただその一言。
その一言だけで──帯島の脳内に、血が巡るかのように自らのやるべき事が浮かび上がってきた。
──そうだ。
打ち込まれた楔は弓場拓磨だけではない。
加山と。
外岡と。
そして自らも。
──ここまで戦ってきたのだ。
打ち込む楔に刻み込む名もまた一つではない。
仕留められた外岡もまた──打ち込まれた自らの楔を取り払った。
ならば。
出来るはずだ。
──これが、自分が出来るありったけだ。
※
闇の中。
二つの光が、弾けるように煌めく。
二丁が弾く閃光と。
一刀が伸ばす光塵と。
──弓場さんの戦い方は、もう何度も目にしている。
村上は、その戦い方を熟知していた。
──だからこの場所なのだ。
現在。
弓場と村上がいる場所はモール上階の駐車場出入口。
螺旋状の通路がその先にある。
──この場所において、弓場拓磨は大きな不利を背負う事となる。
村上は、螺旋状の車用の通路の後方を走っていく。
十メートルもすれば、螺旋状の通路が巡り、互いの身を隠す距離感となる。
──二十メートル以上の距離感では、螺旋通路の性質上村上の姿を捉えられない。
これがただのタイマンならば、弓場もまた螺旋通路から引くことで膠着状態を作ればいい。
しかし。
これは──現在帯島が加山と合流するべく浮いている状況である。
膠着状態から村上が脱し──そのまま帯島を狩りに行っても別段構わないのだ。
ROUND6において加山が那須に対し、日浦の存在をチラつかせて自身のペースに追い込んだように。
村上もまた、帯島を追う選択肢を弓場に突き付けている。
故に弓場は。
村上を視線に収めなければいけない。
故に、攻撃手相手に本来取れるはずの弓場の射程上の優位を──放棄せざるを得ない。
「いいぜ、村上。喧嘩ってのはこうでなくちゃいけねぇ」
それでも。
弓場は笑う。
弾丸と刃が交差し。
レイガストに埋まる弾痕と、肩口を通り斬り裂く刀身。
黒々とした煙が自身の視界に映ろうとも──弓場拓磨の表情は変わらない。
「個人戦ならいざ知らず。ランク戦で平等な条件での戦いなんぞ望むべくもねぇ。当たり前のことだ。──だからこそ、やり甲斐がある」
「.....」
そうだ。
こういう男だ。
弓場拓磨は。
側面から背後へと向かう軌道のバイパーと同時。もう片腕から射出されるアステロイド弾。
バイパーでレイガストの防御を動かし、その隙間をアステロイドで通す。弓場の早撃ち技術が成せる脅威の二連発。
されど。
村上はそれを知っている。
覚えている。ランク戦において、この技を弓場は幾度か使っている。
「その技は知っています」
村上は側面から迫るバイパーの軌道を無視し、レイガストを前に突き出し──弓場に対し距離を詰める。
詰めた距離だけバイパーが村上に到達する時間は長くなり──そして、必殺のアステロイド弾が到達する時間は短くなる。
正面の弾丸を防いだ後。
後方から迫るバイパー弾を身を沈ませ避ける。
沈ませた体勢から捻りを入れた腰先。村上は弓場の足下に向け斬撃を走らせる。
弓場は──その斬撃に対して後方に避けるのではなく、むしろその効果範囲に足を踏み入れる。
村上が腰を捻る予備動作を入れている時から始動している右足は地面から離れ──斬撃に突き出す右肩を蹴り飛ばす。
沈ませた体勢から蹴り飛ばされ転がる村上に。
弓場の銃口が村上を捉える。
放たれる銃弾。
そして。
それでも──膝立ちの状態からかろうじてレイガストで銃弾を弾く村上。
「別に俺は旋空の範囲外から撃つだけが芸の人間じゃねぇぞ」
「ええ。知っていますとも。──それでも俺の有利は揺らがない」
「へぇ。──まあ今のところダメージ受けてるのは俺だけだからな。だが問題はねぇ」
弓場は、──この不利な状況下においても、泰然とした態度を崩さない。
「──さて。帯島は今何処にいるんだろうなァ」
そう弓場が呟く。
その時。
オペレーターの今から、警告。
帯島が、バッグワームを着込み反応がロストした事。
そして。
加山の周辺区画に、特段の動きがない事。
「.....?」
加山の合流に向かう中途までは、自らの反応を見せていたのに。
突如としてバッグワームで自身の位置を隠した意味。
その意図を──村上は読めずにいた。
「じゃあな」
弓場はそう言うと──アステロイド弾を村上に放ちながら、回廊を上に上がっていく。
その行為の意味に対して。
村上鋼は──こう結論を下した。
帯島ユカリは。
加山の援護に向かうフリをして──こちらに戻ってきているのではないのか、と。
その結論を補強するように。
弓場拓磨は弾丸に足を止められている間に回廊の壁の上に飛び、村上を見下ろしていた。
このまま背後から落ちれば、モールの外に出る事となる。
つまりは。
弓場拓磨が──己が挑んだタイマンを放棄する事と同義。
「俺は、タイマンは好きだぜ。それは紛う事なき、俺の本心だ」
トっ、と。
そのまま背後に向かい──後方へ飛ぶ。
「──だからこそ、こいつが楔になる」
後方へ飛び、弓場の身体が外に投げ出された瞬間。
村上は旋空で斬りかかっていた。
剣先の軌跡の上。
弓場は消えていた。
どうやら──外に飛びながらテレポーターで別の場所に移動したらしい。
「....」
──確かに。楔だと村上は思った。
挑まれたタイマンから逃げることは無い。
自らが挑んだタイマンならば、猶更。
それは先入観、というレベルではない。
弓場拓磨の習性と言い換えてもいい。本能として刻まれた、彼自身の性だ。
──その本能を封じ込め、彼はタイマンを捨てるという選択肢を取った。
刻み込まれた──弓場拓磨という名の、楔。
それを彼は──自ら打ち破った。
「....」
読めない。
弓場隊の意図が。
しかし──弓場がタイマンを捨ててまで打った一手だ。
意味がない訳がない。
「.....」
村上は思案をし続けながらも、次にとるべき行動を探す。
点を稼がなければならない。
まだ──隊は得点できていない。どんな形でもいい。点を取らなければ、せっかくの上位進出も水泡に帰す。
村上は一つ息を吐き、走り出した。
※
そして。
加山雄吾は──しぶとく逃げ回っていた。
背後からは二宮と犬飼のハウンドが飛び交い。
それと連動するように、辻が襲い来る中。
無傷で、逃げ回っていた。
「おっと」
横薙ぎの旋空が迫る。
加山は刀身の軌道から逃れるべく、足元よりエスクードを生やし自身の足下を隆起させ、避ける。
足場のエスクードが崩されると同時、背後へと逃走しつつハウンドを辻に向け放つ。
「...」
相対する辻は──強い違和感を覚える。
元々の加山を知っていて。
そしてランク戦の研究を怠ることなく続けているからこそ。
その違和感が強くなる。
辻に真っすぐ向かう軌道から──その背後の二宮・犬飼にハウンドが流れた時。
僅かな隙を見つけ適当な屋内に入り合成弾を作成した時。
そして──何よりも目前で行われている身のこなしを見た時。
ROUND4において。はじめて弓場隊と当たった時に──何かに憑かれたような豹変が行われ、加山は辻を倒した。
あの時に刻まれた違和感が、再び相対した今でもまだしこりのように残っている。
戦う中でも理解できる。
加山は成長している。
二宮を。出水を。これまで得てきた経験の全てを──喰らって。
だからこその違和感。
この男に──成長できるだけの才があったのか。
トリオン体における才能とはすべからく先天的なセンスが全てだ。
同じ身体能力。同じスペックの換装体を如何に操れるのか。反復により身体が成長することは無い。ただ技術を得られるだけ。新たな技術を体得できる才なくば、後は頭打ち。
トリオンと同じくらい──センスというのは、残酷なまでに不平等に現実を突きつける。
だからこそ思う。
加山は現実離れしている。
誰から見ても才がない男が。
今──比類なき才を携えて、眼前に立っている。
常に後方からのハウンドを警戒しシールドを装着し。
逃亡の為にエスクードを多用しつつ、少しの隙を見つけて──攻撃をねじ込む。
この動作が出来ている現在が。
辻の中で違和感を覚えさせている。
──あの時の記憶が残っている。
辻を一瞬で仕留めたあの動き。
ハウンドで全方位にシールドを張らせ拳銃で仕留める──あのフルアタック。
行使されれば、死ぬ。
だから踏み込めない。
二宮の援護と合わせ踏み込んでも、完全に対処される。
──見抜かれているんだ。こちらが踏み込むタイミングを。
こちらの心理も、察知している。
「....!」
加山はここで。
はじめて辻にダメージを入れた。
後方からのハウンドの光が見えた瞬間──加山は手を地面につけ、辻を見た。
エスクードだ、と。そう頭に刻まれた瞬間に辻は踏み込んだ。
その一瞬であった。
踏み込んだ瞬間に──地面につけた手が跳ね上がり、背後に忍ばせた拳銃を引き抜き心臓目掛けて撃たれたのは。
どうにか体軸を傾け回避したものの──続く二射目にて辻の左腕が吹き飛ばされる事となる。
──エスクードをブラフに、拳銃弾で攻撃。ハウンドに合わせて踏み込んできた攻撃に、合わせてきた。
辻はそれでも冷静に、加山を追う。
──ここで生き残らせるわけにはいかない。確実に仕留める。
※
「.....まだだ。まだ、生き残らなければ」
加山は。
「──帯島と弓場さんが打った手を活かすには、まだ死ねない。生き残れ,,,,!」
帯島の反応が消え。
弓場が村上との交戦区域から離れた。
後は──自分が生き残れば、勝機が見える。
「──ここまで来たら、絶対に勝つ」
そう。
ここまで来たのだ。
自分が積み上げてきたものと──そして弓場が、帯島が、外岡が、藤丸が、それぞれ積み上げてきたもの。
それら全てが一つの山となり。
未だこんこんと積み上げている。
──俺がとちって崩されるものは、俺だけのものではない。
ギリギリの中で。
それでも加山は見えていた。
──さあ。全てを賭けろ。
か細い。か細い。
蜘蛛の糸が。