彼方のボーダーライン   作:丸米

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ランク戦ROUND7 ⑦

「帯島。こっちが指示を出したタイミングでバッグワームを解いてくれ」

「了解ッス」

 

 この戦い。

 加山は──二宮隊に勝つ事のみしか考えていない。

 

 それだけだ。

 本当に、それだけ。

 

 いつもと同じだ。

 ──勝つためならば、何もかも利用する。

 

「加山! 村上の反応がロストしたぞ!」

 藤丸の声が聞こえてくる。

 村上は──恐らくレーダー上の自らの反応を消し、奇襲をかけられるようバッグワームを装着した。

 

 辻との戦いの中、加山はエスクードで路地を封鎖しつつハウンドを放っていく。

 旋空とハウンドがそれぞれ交差し、乱立するエスクードが斬り裂かれていく。

 

 ──ここで俺が落とされれば、全てが水泡に帰す。

 落ちるわけにはいかない。

 そうでなければ──帯島が、弓場が、楔を断ち切り繋がれた好機を失う事となる。

 瀬戸際だ。

 ここで二宮隊の脇二人を仕留められれば、勝機がようやく生まれる。

 

 加山はギリギリの状況であった。

 背後からの弾雨をしのぎつつ、辻の攻撃を捌いていく。

 しかし。

 本当にギリギリな状況だからこそ──加山の行動の裏にある意図が隠せている。

 

 ──辻先輩も、そして背後の二宮さんと犬飼先輩も。俺は弓場さんと合流しようとしていると。そう思っているはずだ。

 

 加山は現在辻に追われつつ、モール側に移動をしている。

 外岡との合流叶わず、モールに潜伏している弓場との合流を果たすべく、そちらに向かっているのだと。

 

 

 だから追う。弓場と合流される前に加山を仕留める為に。

 

 それ故に。

 逃げる加山とそれを追う辻という構図が出来上がり。

 加山が身を隠すために作成するエスクードを斬り裂き追うというパターンが定着し、反復させている。

 

 だからこそ。

 このパターンの中に──加山はとっておきを隠しこんでいる。

 

「今だ」

 

 加山が指示を出すと同時。

 帯島ユカリが姿を現し──その手にハウンド弾を生成する。

 

 帯島が潜伏していた場所は、加山の逃走路の軌道上にいた建造物の中。

 

 加山を追う中で過ぎ去っていた辻の背中に向け、帯島はハウンドを放つ。

 

「──そう来るのは解っていた」

 

 辻は努めて冷静に、加山の追跡を止め、帯島の位置と逆方向に移動を開始する。

 途中で帯島の位置がロストした瞬間から、二宮隊はこの動きを想定していた。

 

 加山と帯島が合流し二宮隊と真正面からぶつかる──という方法ではなく。

 敢えて加山を浮かし、二宮隊に加山を追わせ──その背後から帯島をぶつける作戦であろうと。

 

 

 この最終局面。リスクを取ってでも点を取りたいが故に──逃走と攪乱が得意な加山で釣りを行う作戦に変更したのだと。

 

 辻は想定していた。

 だからこの行動がとれた。

 

 帯島のハウンドの射程外に逃れるという行動を。

 

 

 加山は。

 逃げる辻を追う事はしなかった。

 

 その逆。

 辻が移動した逆方向に向かっていた。

 

 

 そして。

 辻の周辺区画にエスクードを作成し、通路を塞ぐ。

 

 

 その時だった。

 

 

 ──帯島を避け、移動した路地。

 

 その眼前に、村上鋼がいた。

 

 

「......まさか」

 

 

 辻はその瞬間に理解できた。

 ──加山が、自らを浮かしてまで辻の背中を刺させようとしていたのは。

 

 帯島ユカリではなく。

 彼女の行動によって弓場とのタイマンが打ち切られ──モールからバッグワームを着込んで向かってきた、村上鋼。

 

 村上を視認した瞬間。

 加山は辻にハウンドを放つ。

 

 細かく刻んだ弾雨が辻の頭上に降りかかり、思わずシールドを拡げた瞬間。

 

 ──村上の旋空が辻の半身を斬り裂いていた。

 

 

 

「──俺は勝つことしか考えていませんよ」

 

 

 加山は村上が辻を仕留めた光景を見た瞬間──帯島に指示を出す。

 

 

「帯島。お前が一番犬飼先輩に近い。──二宮さんとの分断は俺がするから、犬飼先輩を抑えてくれ」

「了解ッス」

「その後だが。──申し訳ないが死んでくれ」

「了解ッス! 生き残る可能性は限りなく低いですが──役目は必ず果たします!」

「頼んだ!」

 

 現在。

 

 二宮と犬飼は合流することなく、東西に離れた位置関係にいる。

 これは、辻に追われていた加山の逃走範囲を狭めるべく、それぞれ広く位置を取り援護を行っていたから。

 

 それにより。

 現在──足を削られた犬飼がぽっかりと浮く事となる。

 

 

 とはいえ。

 ダメージを負っているとはいえマスターランクの銃手。

 帯島一人で速攻で倒せる駒であるとは微塵も思っていない。

 

 

 それでも。

 それでも──帯島と弓場が己の楔を破ったことで、得られたカードがある。

 

 

「抑えるだけでいい。──そうすれば」

 

 加山はそれを一瞥する。

 

 

 バッグワームを解き、弧月とレイガストをそれぞれ構える男の姿を。

 

「後は、村上先輩がやってくれる」

 

 ──上位に上がるには失点よりも得点。

 

 この言葉は何処までも正しい。

 

 今。この状況でなければ。

 ランク戦が残り二試合。そして三部隊のうち二つが1位と2位。

 この状況でなければ。

 

 

 1位の二宮隊の得点逸失は事実上弓場隊にとっての得点である。

 

 どれだけこちらが得点を稼ごうと。

 同じだけ二宮隊が得点を稼がれては意味がない。

 

 逆に言えば。

 こちらの得点が削られようと──二宮隊の得点機会を奪えば、それだけでこちらが得点するも同義。

 

 

 

 そして。

 鈴鳴第一にとっては、この試合が上位に残れるかどうかの瀬戸際でもある。

 

 こちらはひたすらに点を取りたい。相手の得点どうこうはどうでもいい。取れる点をひたすら取らねばならない。なのに、事前に立てた作戦は見破られ、利用され、得点を奪えず

 

 

 

 ここで。

 一つ、利害関係が生まれた。

 

 

 

 二宮隊の得点機会を奪いたい弓場隊。

 一ポイントでも得点をしたい鈴鳴の村上。

 

 

 

「成程」

 

 

 帯島から放たれるハウンドを処理し、撃ち返す犬飼もまた──弓場隊の意図を理解した。

 

 

 帯島は犬飼をハウンドで撃ち、二宮と合流せんとする犬飼の動きを阻害する。

 

 そして。

 レーダー上の加山の立ち位置を見る。

 

 

 帯島から東に離れた位置。

 その場にて──合成弾を作成し二宮に放っていた。

 

 

 自身の背中側で響き渡る爆撃音を聞きながら、

 

 背後から迫りくる気配に振り返った。

 

「やっぱりね」

 

 帯島に足を止められ。

 そこに現れるは──鈴鳴第一の村上鋼。

 

 

「──得点の好機を逃してまで、漁夫の利を()()()()。いい方法だ」

 

 撃ち放つ弾丸を全てレイガストにて叩き落し──村上の刀身が犬飼の首を刎ねる。

 

 犬飼を屠り。

 村上の視線は、犬飼とたった今交戦していた帯島に向かう。

 

 帯島はふー、と一つ息を吐き。

 加山の言葉を思い出す。

 

 ──すまないが死んでくれ。

 

「了解ッス」

 

 帯島は村上が迫る中──走り出した。

 

 その場所は。

 ──二宮が向かう場所に向けて。

 

「──そうか。そこまでするのか」

 

 村上は逃げる帯島を追う。

 帯島は背後をチラリ振り返り──鉛弾オプション付きのハウンドを、夜の暗闇の中放つ。

 

「.....!」

 暗視がついているとはいえ、暗闇。そして保護色となった黒色のハウンド。それも──細かく刻み、全方位に散らして撃っている。

 防ぐ方法はレイガストしか存在せず、弾道に集中するべく足を止めるほかない。

 

「村上先輩!」

 

 そして。

 

「──勝負ッス!」

 

 暫く走り続けて──途中で、逃げる帯島が振り返ると、そう言った。

 弧月を構え、片腕を背中において。

 

「....」

 

 ──ここまでやるか。そう村上は思った。

 敵の駒だけでなく。

 自らの部隊の駒までも、勘定に入れて。

 

「面白い」

 

 いいように利用されているのは解っているが。

 それでも──こうしてポイントを献上してくれるのは何処までもありがたい。

 

 帯島が弧月にて斬りかかる。

 村上は──それをレイガストではなく、弧月にて受ける。

 

 ──帯島の身体の背後に置かれた、ハウンド弾が見えていたから。

 

 村上は弧月での差し合いの中、刃を返し帯島に蹴りを叩き込む。

 帯島との距離を空け、──目前に迫るハウンド弾をレイガストにて防護を行う。

 

 レイガストがハウンドの防護に空いた瞬間を見計らう、帯島の旋空。

 足元に向かうそれをステップで避けたと同時──返しの旋空。

 

 身を屈め回避したと同時。

 

「....!」

 回避した瞬間に──目前にはレイガストが視界を埋め尽くしていた。

 スラスターの推進力で放たれたそれは、帯島の身体に叩きつけられる。

 

 そして。

 

 吹き飛ばされ、路地の壁に叩きつけられた帯島に──二撃目の旋空が走る。

 

「.....後は、任せました」

 

 供給器官を失った帯島は緊急脱出。

 

 村上はレイガストを再生成し、背後を振り返る。

 

「──不意打ちしてくるものと思っていましたが」

「不意打ちを誘っている奴に仕掛ける義理もない」

 

 そこには。

 両手をポケットに突っ込んだ二宮の姿が映る。

 

 帯島の狙いは、これだった。

 村上と二宮をぶつけ合わせる事。

 

 犬飼を仕留めさせ、その一番近くにいた自分を村上が取りに来ることも織り込み済みで。

 鉛弾で足を止めさせつつ自分を追わせて──そして村上と戦い、自分を仕留めさせた。

 

 二宮とぶつけ合わせたいが、自分が二宮にやられるわけにはいかない。

 だから二宮が到着する前に、村上に挑み仕留めさせた。

 徹底している。

 二宮隊に点をくれてやるくらいなら──という思考が、本当に徹底している。

 

 二宮のアステロイドが村上に放たれる。

 現在加山も弓場も姿をくらましている。特に加山の高速合成弾を警戒しなければならない状況の為、フルアタックは出来ないであろう。

 

 アステロイドを防ぎ。

 旋空を放たんと弧月を振りかぶった──その瞬間。

 

「悪いなァ」

 

 背後に、気配。

 

「こいつは──俺のポイントだ」

 

 テレポートした弓場が──村上の背中に拳銃を突きつけ、心臓を撃つ。

 同時に。

 

 二宮の横手にある路地から放たれたハウンドが上空から降り注ぐ。

「....」

 

 二宮は弓場に意識を払いつつ。

 シールドを放つよりも前に、アステロイドを生成し路地に放つ。

 

 ハウンドの射出と同時に拳銃を持ち飛び出さんとした加山に対し、戒めの弾丸。

 

 加山の足を止め──二宮は上空のハウンドを悠々とシールドで防ぐ。

 

「──よゥ。二宮サン。後はもう俺達だけだな」

「....」

 にこやかに、弓場が眼前に佇んでいた。

 

 その横手から、路地で転げアステロイドを避けていた加山が土埃の中現れる。

 

「ROUND4のリベンジ──果たさせてもらうぜェ!」

 

 

 

 ──盤面がひっくり返った。

 

 外岡を落とされ、加山が二宮隊に囲まれ、合流を目指していた弓場と帯島は村上に結果的に足止めされ──追い詰められていた弓場隊が。

 

 村上というカードを巧みに操り、二宮隊のサポーター二人を仕留めた。

 

「──これは」

 出水は驚愕に顔を引き攣らせ。

 東は真剣な表情で画面を見ていた。

 

「──弓場隊が、村上を利用して二宮隊の排除にかかりましたね」

 

 状況としては。

 帯島が苦境の加山を放置してまで姿をくらまし、潜伏するという状況からスタートする。

 反応を消し、加山の援護を行っている様子もない帯島を村上が意識し──その間に、弓場が自ら挑んだタイマンから逃れる。

 

 その後。

 加山は自らを追う辻に対し「帯島による急襲」を意識させたうえで──村上による襲撃を行わせて、辻を排除。

 その後帯島は犬飼に対し足止めを行い、またしても村上が犬飼を排除しやすい状況を作り出し、狙い通り村上に倒させる。

 そして。

 この場面。

 

 二宮と村上を相敵させての、弓場と加山の急襲。村上を落とし──二宮との二対一の状況にまで追い込んだ。

 

 当初。加山の戦術を次々打破し、追い込んでいたはずの二宮隊が。

 急転、サポーター二人がシームレスに落とされ窮地に陥っている。

 

 

「....」

 

 最初から狙っていたわけではないのだろう。この状況が転がり込んできたから、利用したに過ぎない。

 

 ──しかし。

 この状況を形作ったのは。

 

 弓場隊全員が──このラウンドで一貫した方針の下動いていたからであろう。

 

 ──相手に根付かせた楔を、自ら打ち破る。

 

 積み重ねてきたものを崩し。

 相手の思惑と想定までも崩す。

 

 

 積み重ねを崩す行為の積み重ね。

 その積み重ねが──最終局面で、盤面そのものの破壊となって結実した。

 

 

 

「....」

 

 

 さあ。

 後は──弓場と加山が、二宮を超えられるかどうか。

 

 

 ──現状じゃあ、やっぱり厳しいというのが東さんの見立てなんですね。

 

 

 弓場隊に入隊したての時。東は、加山が入隊したとしてもやはり二宮隊・影浦隊の上位二隊の牙城を崩すのは難しいだろうと想定していた。

 

 それでも。

 加山は手段を選ぶ事なく自らを成長させていく──見事、ここまでたどり着いた。

 

 

 ──結末を見せてもらおう。

 

 

 全てを崩し、全てを賭けて──好機を掴んだ。

 このまま掴み切れるのかどうか。しっかりと見届けようじゃないか。

 

 


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