彼方のボーダーライン 作:丸米
「それじゃあ──弓場隊の暫定一位を祝して、かんぱ~い」
「かんぱ~い」
という訳で。
先輩方に混じって食事する事となりましたとさ。
「つーか、加山。お前はもっと食わんかい。なんだそのとん平焼き。お好み焼き屋に来たならお好み焼き食えよ」
「俺の胃袋の寒々しい状況は荒船パイセンも解っているでしょうよ。ほっとけ」
「見れば見るほど風が吹けば折れそうなみみっちい身体してんなァ、オイ」
「ええそうですとも。子供の頃アバラが折れて入院してくしゃみしてまた折れて再入院ですよ」
「ええ...」
とん平焼きをちみちみとつつきながら、加山は焼いたお好み焼きを押し付けてくる荒船を迷惑そうな顔で見ていた。
「大体、なんでその量しか食えないのにお好み焼き屋に来ちゃってるのよ」
「そりゃ俺じゃなくて後輩食わせに来たので。な、帯島?」
「先輩はもっと食べてください」
帯島に話を振ると即座に加山の取り皿に手に焼きそばを取り分けてきた。
「...」
加山は無言のままそれを箸に取り、ちびちびと食い始めた。
「──次、お前等玉狛かぁ。ありゃあきついぞ」
「何を他人事みたいに...」
「あの白チビだけのチームかと思いきや。爆撃砲と謎の外国人まで追加されちゃってまぁ。ご愁傷様~」
「ふん。見ていればいいですよ。目にもの見せてやる」
「お。言ってくれるじゃねぇか。──ところでよ」
「はい?」
米屋が突如として加山の肩を組む。
「聞いてねぇぞ加山。──お前何でいきなりあんな別人みたいに動けるようになったんだよ」
「あ。それ気になってた。ゾエさん解説の時に、いきなり別人みたいに動きがキレキレになってて」
あー、と加山は呟いた。
そりゃそうだ。
事情を知らない人間からすれば、突如として動きが三段階も四段階も動きが向上している訳で。
実際──トリオン体を動かす事が苦手で戦闘センスも然程ない人間が、突如として近界の軍事エリートを遜色ない動きが出来るようになっているのだから、疑念は生まれて然るべきなのだろう。
「ひたすらな訓練の繰り返しですよぶはは」
「おうおうそれが通じるとでも思ってんのか、加山ァ?」
米屋はにこやかに組んだ肩を左右に揺らす。
「米屋。そこまでにしておけ」
「おう。別にいいじゃねぇか理由なんざ。こいつが戦ってて楽しい駒になった、って事だけが重要だろうがよ」
その光景を見て。
副作用持ち二人──村上と影浦が止めに入る。
「ちぇ。それもそうか」
米屋は納得したのか、すぐに引き下がった。
「....」
何というか。
──やっぱり村上先輩はあの時の事を気にしているのかな、と加山は思った。
村上もまた加山の変化の理由を問おうとして──聞くことが出来なかった。
あの時の事をまだ引き摺っているのかな、と。
影浦は──単純に、加山から発せられていた感情を読み取って、止める方向に行ったのだろう。
やっぱり優しいなぁ、と。加山は思った。
※
その後。
加山に飯を詰め込ませたのちに、先輩方は帰っていった。
加山と帯島の勘定まで払った後に。
「結局俺も奢られてやんの」
「....はは」
加山も帯島も、互いに笑いながら帰路についていた。
「誘ってくださって、ありがとうございます。加山先輩」
「まあ、時々はね」
普段先輩らしいことをしているかと言うと。
自分に出来る範囲でしているつもりであるが、そのつもりは弓場隊長というザ・先輩の草葉の陰に蹴り出され三途の川に沈められている現状であるのだ。ごめんね頼りない先輩で。
なので。
まあ、時々は──せめて唯一の後輩として、こういう機会を作ってやろうかと。
「まあお前も普段他の人の前で話せないこともあるだろうし。──何か不満でもあるのなら、この機会だ。言ってもいいんだぞ。この辺り、人もいないしな」
「....」
帯島は。
言おうかどうか少しばかり逡巡して。
──口を開く。
「自分は、この隊が大好きッス」
「....ん?」
そりゃもう。心底から知っている事だけど。
「弓場隊長も、藤丸さんも、外岡先輩も。みんな本当に自分によくしてくれて。加山先輩も、途中入隊で色々大変で余裕もなかっただろうに自分の世話をみてくれて。──大好きだからこそ、恩義も感じるからこそ、自分も何かを返したいと思うんです」
「....」
「加山先輩。加山先輩はどうですか? ──この隊に来て、よかったと思いましたか?」
ああ。
何となく、帯島が言いたい事が理解できた気がする。
この時に理解が及んだのはこれまでの積み重ねがあったからだろう。
頭に浮かぶのは──弓場隊の面々と過ごした日々であり、引っ越し直後にやってきた加古の言葉であり、染井華が自分に打ってきた楔であり。
そして。
自分が歩いてきた足跡でもある。
それは自分を変色させたもの。
色づく事を許さず、ひたすら無色のままいようとしていた自分自身に。
どうしようもなく染められていった諸々の色。
自分の中に閉じ込めていた色。
他者から与えられた色。
この問いは、こういう事だ。
今──代わっていく自分の心を、加山自身は是としているのか。
「....」
自分の内心を言葉にするという事は、
パズルをはめ込むようなものだと思う。
ピースを見てなんとなく理解している事と。実際にそれをパズルとしてはめ込んで出来上がった絵を見るとでは何もかも違う。
言葉にしてしまえば。
それを嘘とする事は出来ないし、見て見ぬ振りも出来ない。
「....思っているよ」
結局の所。
そう思っているに違いないのだから、そう言う他ないのだ。
「楽しかったよ。入隊する前より、ずっと」
最初は、遠征に向かうための手段でしかなかった。
入隊なんて。
そこから広がった人間関係や経験が──自分にとっての糧としての用途以外に。
自分の心を色づかせて。封じた人間性を取り戻す切っ掛けになるなんて思ってもいなかった。
──いや。
──ちゃんと加古さんが言っていたじゃないか。人の感謝を受け取る事で、俺は変わるって。
やっぱり。
自分は色々な事から目を背けてきたのだろうな、と。そんな風に思えてしまう。
「よかったッス」
帯島はただそう答えた。
「──自分は。加山先輩と同じ隊に入れてよかったと、そう心から思っているッス。最初はただストイックな人なのかな、と思っていましたけど.....運動が苦手で、対人関係に鈍くて、とぼけている人で。一人の人間として向き合う中で凄く面白い人だと思うようになっていったんです」
「後半悪口じゃねえかな?」
「でも事実ですから。──加山先輩」
帯島は、自身の堰を切るかのように、一気に言葉を繋げた。
「自分はこの隊の皆が大好きッス。勿論加山先輩も。──もしこの先、加山先輩にいなくなられたら、自分は泣きますから」
「....」
「自分だけじゃなくて。多分藤丸先輩も泣くと思います。外岡先輩は泣きはしないでしょうけど、多分内心で自分を責めると思います。それは隊長も同じ。──加山先輩は、もうそういう存在なんだと覚えておいてください」
言いたい事は、これで全てです──そう帯島は言うと、そのまま加山と分かれ帰路についた。
「....」
多分。
何となしに帯島は──加山の目的に気付き始めたのかもしれない。
──構築した人間関係もまた、一つの楔。
その事をまた自覚して、少しだけ目を細めてしまった。
※
「....次の相手は、弓場隊、生駒隊、そして東隊か」
玉狛第二もまた、次の対戦相手が伝えられていた。
「....これは。かなり難しい戦いになりそうだな」
そう、修は呟いていた。
「何でよ。皆千佳の爆撃と砲撃で吹き飛ばせばいいだけでしょ」
小南は、ふんすと息巻きながらそう呟くが、即座にヒュースから反論が飛んでくる。
「アズマがいる。奴はこれまで中位戦中心で戦ってきたこともあるのだろうが、今期一度も落とされていない。──現在二位の二宮隊が何点取るかは解らないが、少なく見積もっても俺達は5、6点は取らなければならない。どうしても生存点を稼ぐことが必須となるが、その難易度が飛躍的に上がってしまう」
「それと、弓場隊の加山君もだね。これまでの戦いで敵に落とされたのはROUND5で東さんに落とされた一回だけ。──東さんと違って、こっちはかなり目立つ動きをしているのにそれでも倒されていない。生存能力だけで言えば、東さんよりよっぽど厄介かもしれない」
「──あずまさんもカヤマも、両方とも生存率が高い理由は共通していると思う。二人とも、敵位置の把握と足止めが上手い」
東は狙撃を行った後の逃走があまりにも神がかっている。敵の追跡ルートを恐らく逃走時に全て割り出しているのだろう。──狙撃位置を割り出して追手を差し向けるだけで倒せる駒ではない。
加山は狙撃や急襲に対しての警戒力の高さ、そして戦闘時の立ち回りの上手さによって高い生存率を維持している。居所を掴んで襲撃をかけた所でエスクードとダミービーコンでの妨害に併せて戦う事になるため、一方的に損害が与えられて逃げられることが多い。
「そもそも、前回のラウンドで二、三回二宮さんに捕捉されてそれでも生き残れているから。──単独で落とせる駒と考えるのはダメかもしれない」
生存能力が極めて高い駒が二つ存在している。
最終ラウンドで多くの点を取らなければならない玉狛にとって──この最終戦の組み合わせは大きな頭痛のタネとなっていた。
「そして。──もう一つ懸念しなければならないことがある」
「なんだ?」
ヒュースはうっすらとその対戦表を見渡し、
「──弓場隊と、東隊。この二部隊は事前にこちらへの対策を共有する可能性がある」
え、と。修は呟く。
「以前──オレはカトリとカゲウラの二名に完全に連携を組まれて付け狙われたことがあった。恐らくカヤマが事前に俺の情報を渡し、連携を促したのだろうとオレは考えている」
そして、
「カヤマとアズマは──オレに対する噂を流した時もそうであったように、恐らく繋がっている。この二部隊の間で互いの戦術を共有し、こちらを叩こうとしている可能性が、オレはあると思っている」
「....」
そんな事はしないだろう、と。
そう否定するのは簡単だが。
しかし──以前の戦いのときに感じた違和感。そしてヒュースに対する噂を流した時のように。
加山は、こちらを叩き落すためならば手段は択ばないであろうと。そうも思っている。
「う~ん。だけど東さんはそんなことしないと思うけどなぁ。確かに、あの人はヒュース君の事情も知っているけど、あくまで訓練の場でしかないランク戦で、裏で手を組むような立場の人ではないと思うよ」
宇佐美栞がそう言うと、ヒュースもその言葉には頷く。
「ああ。オレもアズマが直接的な交渉に応じるとは思えないし、カヤマがそうするとも思っていない。──ただ、互いの部隊の初動を見て、こちらを潰すために即興で戦術を共有する可能性があると思っているだけだ」
「あー。成程...」
今回。
戦術レベルが高い部隊であればある程──まずは玉狛を削らなければ勝負にもならない、という意識が芽生えているはずだ。
そして。
その共通認識を互いに持ったうえで、序盤の動きが開始されると──加山と東は互いにその意図を汲む可能性があるということ。
「警戒するに越したことは無いと──そう俺は思っている」
「成程....。よし、解った。東隊と弓場隊の動きに関して、もう少し明日作戦を詰めていこう。それじゃあ、もう夜も遅いから解散。また明日会議をするから、各々記録を追ってくれ」
隊長の三雲がそう言うと、それぞれ支部の部屋へと戻っていく。
ヒュースもまた、自らの部屋に戻っていった。
部屋の戸を開け、閉める。
暗がりの中ベッドに横たわる。
ヒュースは生身であると角が邪魔してうつ伏せでしか眠れないため、就寝時もトリオン体である。
毛布をかけ、目を瞑る。
暗闇の中。
声が聞こえてくる。
――許さねぇ
その声は耳鳴りのような音声で、曖昧でぼやけている。
次第に肉声となり、小さく、小さく響いてくる。
――許さねぇ
「....ふん」
あの時。ガロプラの襲撃があった時から。
加山の肉体に収まったエネドラのような何かと戦った時から──ずっとこうだ。
「お前も、しつこいな」
ぼそり、ヒュースは呟いて、
──許さねぇ