彼方のボーダーライン   作:丸米

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同盟の結び

 次のランク戦が最終戦となる、という事は。

 次の対戦相手以外に、特段自身の戦術や戦略を秘密にする必要がなくなる事を意味する。

 よって。

 仲の良い他部隊所属の隊員との訓練がやりやすくなる期間でもある。

 

「という訳で。たのもー」

「....」

「....」

 

 香取葉子は、とても訝し気に加山雄吾を見て。

 影浦雅人もまた、何処か居心地悪そうにそこにいた。

 

 現在。

 香取隊作戦室には、二人のよそ者がいた。

 

 加山雄吾。

 及び、影浦雅人。

 

 

「....おい。雄太。なんで影浦先輩がいるんだ?」

「お、オレに聞かれても」

 

 ひそやかに、香取隊戦闘員二人は言葉を交わし合う。

 そもそも自分たちの作戦室で、何故声をひそめなければならないのか。

 

「....」

 

 そこに影浦雅人がいるからだろう。

 二人にとっては、彼は先輩であるが、それほど交流がある訳でもない。そういう人間からすれば、影浦がこの場所にいる事自体が完全なる異常事態なのだ。

 

 

「....」

 染井華は、変わらず真っすぐに二人に視線を送っていた。

 加山が作戦室に入室した時、変わらぬ無表情のまま手を軽く振っていた。

 

 .....ミュージックプレーヤーを手にしながら

 

「何の用?」

「あと二日でランク戦最終戦が始まりますね」

「....それがどうしたの?」

「弓場隊、影浦隊、そして香取隊。合同で訓練しませんか、という提案っす」

 

 にこやかに加山はそう言った。

 

「.....中位落ちしたアタシ達に声をかけている余裕なんかあるの? アンタ達次の相手玉狛でしょ?」

「だからこそですよ。──ヒュースと直接対面した二人だからこそ、俺は一緒に訓練したい。そんでもって、俺は次のランク戦でトリガー構成変えるので、そのお勉強の意味でも」

「.....勉強?」

 

 香取がそう反芻すると、加山は一つ頷いた。

 

「トリガー構成。変える部分は多くありますけど。一番大きな変更点が──スコーピオン二本差しで行くつもりですので」

「....マジ?」

「マジマジ。今までスコーピオン使ったことはありますが、両方に入れる事ははじめてでしてね。これまで影浦先輩に指導いただいたのはありがたい話ではありますけど。部隊戦できっちり使えるかどうかまで試してみない事には実戦投入できないので。──香取先輩のご助力を得られたら、と」

 

 香取は、何やらとても訝し気な表情をした。

 

「影浦先輩から指導って、アンタまさか...」

「そのまさか。──マンティス教えてもらいました」

 

 にこりと笑って、加山は言う。

 

「──本当なの? 影浦先輩」

「.....ああ」

 

 影浦は面倒くさそうにそう答えていた。

 

「とはいっても、バチバチの斬り合いの道具に使用するつもりはサラサラねぇっすけどね。奇襲と遠隔攻撃に使うだけ」

「.....で。この戦いでアンタはスコーピオンの精度を上げたい訳ね」

「そういう事になりますね。あっはっは」

「──それで。アタシ達がそれに付き合わなきゃいけない理由イズ何?」

「部隊での実戦経験を積める、だけじゃ不足ですか?」

 

 加山はそう呟いた。

 

「この局面で中位に落ちたのは、見ようによっては大きなチャンスですよ香取先輩。中位戦で頭一つ抜ければ、上位の入れ替えで最終順位に追いつける可能性が高い」

「....そうね」

 

 香取隊は、前回のランク戦で得点を一点しか取れず東隊との入れ替えで中位に転落。

 前々回の二宮隊、前回の玉狛。それぞれに叩きのめされた形だ。

 

「香取隊の次の相手は、柿崎隊と王子隊と那須隊。那須隊は影浦隊の編成に似ていますし、王子隊は狙撃手を抜いたら割と弓場隊に近い。──俺は、香取隊は王子隊さえ攻略できるなら十分に上位入りが狙えると考えています」

「....」

「王子先輩は強敵っすよ。まず間違いなく香取隊の対策はカッチリ組んでくる。──でもカッチリ組んでくるからこそ、想定しているレベル以上のものを見せることが出来れば攻略することが出来るかもしれない」

 

 王子一彰と加山は互いに親交があり、それ故に加山は王子についてはよく理解している。

 彼もまた、相手の戦術レベルを着実に想定し戦ってくる。

 その上で勝つには──その想定を超えるしかない。

 

「どうです? やりません?」

 

「....」

 

 香取は何やら渋い顔をしている。

 この顔の渋さは、素直に申し出に首肯したくないというひねくれた感性によるものであろう。

 

 いわば。

「お前には一緒に訓練してくれるような仲のいい部隊なんていないだろうから誘ってやっているんだ感謝しろ」と、究極に悪意的に解釈すれば、そう言っているように聞こえなくもない。

 

 ──とはいえ。

 

「葉子」

 

 背後からの声。

 

「やろう?」

 

 張っている意地も、この声一つで氷解してしまう。

 染井華が、ぎこちなく浮かべた笑みと共に放たれる言葉だけで。

 

「.....解ったわよ」

 

 憮然としつつも。

 そう言って──香取葉子は了承した。

 

 

 ──それから、弓場隊、影浦隊、香取隊による合同訓練が開始された。

 ランク戦最終試合まで、残り二日。

 

 

 三部隊はそれぞれの作戦室に赴きながら、部隊戦と訓練を繰り返していた。

 

「間の詰め方があめぇぞ若村ァ!」

「....! はい、弓場さん!」

「ビーコン使って釣りだす戦術は前々回のランク戦でタネが割れてんだ! 警戒されてんだよ! 何度も同じ手が通用すると思うな!」

 

 

「置き弾を発射するタイミングが少し早い! それだと切り返しの間に余裕で避けられるわよ」

「.....はい!」

「弓場さんのフォローに入る時はそれでいいかもしれないけど、想定してるのは玉狛のチビとのタイマンでしょ? タイミングドンピシャに合わせとかないと一瞬で首狩られるわよ。もっとシビアに段取りしなさい」

 

 

 合同で戦いつつ、それぞれ技術的な立ち回りを教える。

 交流会的側面を持ち合わせた訓練となっていた。

 

「みんな凄い熱心だね。ねぇ、カゲ?」

「ケッ」

「そこで舌打ちしないのカゲ先輩。寂しいんですか?」

「んなわけあるかボケ!」

 

 そんな光景を。

 影浦、北添、加山は遠巻きに見ていた。

 

「暇ならタイマンしますかカゲ先輩。俺との戦績どんなもんでしたっけ?」

「20本やってカゲが十二本だね。おお、加山君四割勝ててるじゃない」

「タイマンじゃ全然勝ててねぇっすね」

「四割勝ててるだけでも儲けもんだろうが。舐めんじゃねぇぞ」

 

 うーむ。

 やはり戦いが繰り返されるごとに、タイマンでの戦績は悪くなっていく。

 まあ、それもそうだろう。

 影浦の副作用の仕様を逆手にとって以前のランク戦では追い詰めることが出来たが、影浦も当然その辺りをしっかり対応してくる。

 とはいえ──こちらも影浦との戦いの中で掴んだものが存在していた。

 

「ヘイ、帯島。ちょい交代してもらっていいかね」

 

 丁度香取に首を刎ねられていた帯島にそう声をかける。

 

「ちょっと。アンタの相手なんて嫌なんですけど」

「うわ。つめたっ」

 可愛い後輩に敬意を払われつつ指導できる時間が終わらされ、かなりご不満のようだ。対人欲求と自己承認欲求が深い人間にとっては帯島は中毒性の高い麻薬のようなもので、ついうっかり接取してしまった結果、大層気に入ってもらえたようだ。

 

「帯島が取られたからって不機嫌にならないで下さいよ」

「は? アタシはいつもこんなですけど」

「そりゃいつもそんなですけど」

「....」

「....」

 

 加山は今、すっくと足を上げ、敢えて地雷原に踏み込んだ。

 踏んだ地雷は足元で今、破裂せんとじくじくとした熱を運び込んでいる。

 

「──上等よ。コテンパンにしてやるわ」

「──了解。あの頃と同じだと思っていたら痛い目見ますぜ」

 

 的確に地雷を踏めば個人戦をやってもらえるのだ。

 こんなにも楽なことは無い。

 

 

 市街地の中。

 加山と香取は相対し──互いの得物を向け合う。

 

 大通りの開けた場所から、加山はオフィスが乱立する地帯へと逃げ込む。

 ──加山の手札には合成弾がある。それ故に、建物の影に隠れられ隙を作る訳にはいかない。

 その為、香取は加山を追う以外の選択肢がない。

 手札の多さは、それだけで相手が取れる選択肢を奪っていく。

 追って来るであろう──そこまで読んだ上での、加山の挙動であった。

 

 加山はスコーピオン。

 香取は拳銃。

 

 放たれる弾丸の間を縫うように、加山は香取との相対距離を詰めていく。

 

 ある程度の距離を加山は詰めると。

 その諸手から、スコーピオンを消し、足を止める。

 

 その瞬間。

 二丁拳銃を構えていた香取の足下より、スコーピオンが現れる。

 

 足元からの急襲に足を動かしたその瞬間。

 加山は左手側の建物に入り込みながら、スコーピオンの解除と共にハウンドを装着。

 

 細かく分割したそれを、香取に向け放つ。

 

「....鬱陶しい!」

 

 香取はハウンドの幾つかをシールドで防ぐと同時、グラスホッパーにて一気に建物の中に入り込む。

 加山はその姿を見ると即座に上階へと続く階段へと逃げていく。

 

「──遅い!」

 

 香取はその後を追い、階段へと走っていく。

 そこには──。

 

「.....!」

 

 ふわふわと浮かぶ、弾頭があった。

 恐らくハウンド弾であろう。

 

 速度を極端に落とし、射程も恐らく切り詰め全てを威力に振った超低速弾道。

 

「....クソ!」

 

 ふわふわ浮かびながらじっとりと香取を追い続けるそれを突破する事は出来ず、香取は別ルートを選択。

 天井部を拳銃で撃ち抜き、蹴り壊し、侵入する。

 

 しかし──ここで加山はバッグワームを着込み、姿をくらます。

 

「逃げ足だけは速いわね」

 

 そして。

 

 香取のレーダー上。

 複数のトリオン反応がぽつぽつと浮かび上がってくる。

 

 あ、と香取が呟いたその瞬間。

 

 ──うねうねと蠢きながら、奇怪な軌道を描く弾丸が眼前に迫ってくる。

 

「──ホーネットか!」

 

 香取は即座に、通路から部屋の中に入り窓ガラスをぶち抜きグラスホッパーにて逃走を開始する。

 

 グラスホッパーによる高速機動と曲線での逃走経路を描こうと、構わず加山のホーネットは香取を追っていく。

 加山との相対距離を十分に稼ぐと、香取はフルガードによりホーネットの弾丸を防ぐ。

 

 しかし。

 加山から香取の位置は捕捉されている。

 

 次は、天空から雨のように降り注ぐハウンドが行使される。

 

「クソ....!」

 

 香取はグラスホッパーにてハウンドの軌道から逃れる。

 

 ハウンドが曲がり、追尾力が落ちるタイミング。

 そこから一気に高速機動をもって逃れる。

 

 

 ここまで香取は、加山のハウンドに対してシールドで防ぐという選択ではなく、グラスホッパーによる回避という選択を取っている。

 それは今までの経験上──加山の攻撃に対して足を止める、という択を取る事がとことん悪手になってきたから。

 

 攻撃に対しては足を動かし加山から距離を取る。

 

 その中で──加山に対して明確に勝っている機動力と近接からの密着攻撃でもって仕掛けられる隙を探す。

 

 

 そういう方策で現在香取は戦っている。

 

 が。

 

「──こんちゃす」

 

 

 香取がグラスホッパーにて移動したその先。

 加山がいた。

 

 その手には。

 ──円輪刀のような形状をした、スコーピオンを手に取って。

 

 香取は──即座にグラスホッパーを解除し、シールドを装着する。

 

 

 周囲は、建物に囲まれた狭い路地。

 加山と香取の相対距離は十五メートル程。

 

 

 加山は円輪刀じみたそれを振りかぶって投げる動作を行使しつつ──ハウンド弾を生成。

 

 速度を低速にしたハウンドが、周囲に散っていく。

 

 

 ──読み合いだ。

 

 

 あの円輪刀のようなスコーピオンは──この低速の弾丸を対処する際の攻撃用として用意されたものだろう。

 この低速弾道の中掻い潜りつつ肉薄するなら、あれを投げて仕留める。

 迂回するようなら、迂回する時間内でハウンドのキャンセルを行い別のトリガーに切り替え攻撃する。

 正面突破を図るなら、あのスコーピオンが投擲される。

 

 ──ここは焦らない。

 

 香取はトリガーを拳銃に切り替え、加山に向ける。

 

 ──ここからチクチク撃たせてもらうわ。

 

 加山はハウンドとスコーピオンの双方を装着している。シールドを張ることが出来ない。

 

 加山に銃口を向け、引金を引く。

 

 その時。

 加山は──低速で浮かぶハウンド弾の中、前進。

 

 幾つかの弾丸に身を削られながらも──加山は香取に肉薄していく。

 

 そして。

 投げられたスコーピオンは香取の胸元に向かって行く。

 

 それを避けんと左手側にステップを踏んだ瞬間。

 

 眼前のスコーピオンも。

 低速のハウンドも──消える。

 

 そして。

 

 加山は香取が回避した逆側へと動き──その側面を取る。

 

 

 香取がステップから着地した瞬間。

 その横手の壁から──加山のスコーピオンが、香取の頭部を貫いた

 

 かくして。

 一本目は加山の勝利。

 

 

 その後。

 

「……はじめての勝ち越しっすね」

 

 加山は10本中6本を取り、香取葉子に勝利した。

 

「……まだ時間はある。明日覚悟しときなさいよ」

「へいへい。──それじゃあ、今日はお開きにしますか」

 

 時刻は既に夜になっている。

 そろそろ帰宅の時間だ。

 

「……」

 その時。

 加山は──染井華と目が合った。

 

 その目は特段なんらかの感情を浮かべていたものではなかったが。

 抗えぬ力がそこにあった気がした。

「……送っていきますよ、染井先輩」

 

 加山は軽く手を振って。

 小声でそう呟いた。

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