彼方のボーダーライン 作:丸米
「――という訳で、あそこまでの動きが出来れば二人ともこの訓練を乗り切ることが出来ます。頑張ろう」
「------」
「------」
犬飼がにっこりとそう言うと、――若村・三浦は両者とも呆気にとられたように口を閉ざしていた。
「まあ。具体的に出来そうな部分は、取り敢えずお互いがカバーできるギリギリの範囲を知る事かな。二人いるんだから、当然二人分の視野は出来る限り持っておいた方が索敵はやり易いでしょ?」
「-----はい」
「連携そのものの練度や、クリアリングの速さ・正確性に関しては数を重ねて行くしかない。――そして、一番重要なのはそもそも何をするべきかを判断するための知識を備える事かな」
若村と三浦は、頷くように項垂れる。
その通りであった。
犬飼と辻は、設定された状況下での動きに、両者とも解答を出していた。
・ダミービーコンが散りばめられた状況下において何をするべきか
→素早くビーコンの周囲を回り、使用者がいるかどうか横着せず一つずつ確認していく。
・奇襲対策はどうするのか
→常に互いにカバーに入れる位置を守り、むしろ奇襲させることで釣り出す。
・エスクードでの分断にはどのように対策を取るのか。
→エスクードの発生地点を予測し、即座に破壊できる準備をしておく。
常に自身が置かれている状況下での最適解を選び、それを実行できる能力を持っている。
それは犬飼・辻だけではなく、その相手をしていた加山もだ。
自身も相手も最適解を選びながら、その中でひり出される解答同士をぶつけ合わせ――その結果として、犬飼と辻が加山を上回った。
メテオラによる床面の崩壊という予想外の手も打ち、その上で犬飼と辻は即座にその対応を行った。
「最適解」を互いに理解しているが故に、実力同士での戦いという境地にまで行きつけたのだ。
実力で言えば、若村と三浦は連携すれば加山を倒せる。
だが、――そもそも自身が何をすれば、その実力同士で競い合う土俵に立てるのか。その部分が欠落しているのだ。
「まあ、これからだねろっくん。一応俺はろっくんの師匠だし。ろっくん自身が自身の弱点克服の為に方針を示して、足掻いているなら。俺もその方針に沿った教え方をするよ」
「犬飼先輩-------」
「頑張っていこうか」
「はい!」
「じゃあ。――こっちにおいで。三浦君も」
「え?」
犬飼は微笑みながら、若村・三浦のコンビに手招きをする。
「まあ、まずは戦術的行動を教えようかな」
「あの、何処に向かうんですか---」
若村が、若干不安げに犬飼に尋ねる。
犬飼は背中を向けたまま、言い放つ。
「ん?うちの隊室」
「え」
「うちには――元A級一位部隊のエースだった人がいるからさ」
背中が、凍る。
「頑張ろう?」
※
「――負けたァ」
加山は一つ溜息をつきながら、ブースを出た。
「負けるのは想定内だけど、あんまり刺さらなかったなぁあの作戦。――床がいきなり崩落してもきっちり旋空で足場を斬る判断できる辺り、やっぱりA級はとんでもねぇや」
加山は、現在――鬼怒田室長に頼み込み、建築関係の蔵書を持ってきてもらい、お勉強中である。
建物の基幹となる部分や。
どのようにして建物はバランスを保っているのか、とか。
――何処を爆破すれば、建物は崩壊してくれるのか、とか。
要するに。
加山は――メテオラを使用しての建物そのものの崩落を引き起こす手段を勉強しているのだ。
「奇襲としては、あの二人の反応見る限り上位には通用しないっぽいなぁ。やっぱり床面だけじゃなくて、天井部分まで崩壊させないと対応はされやすいか。――となると、メテオラキューブを二段階、三段階くらいで爆発させる位の手間をかけないとちと難しいかもねぇ。――予め小規模な爆撃で基幹部分の鉄骨をぶち抜いておいて、置きメテオラで一気に力を加える感じで。エスクードで衝撃逃がさないようにしたらもうちょい手間の省略も出来るかね?ちょっと色々試してみようかな」
別に建物の崩壊に巻き込まれようが、トリオン体ならば死にはしない。
だが、仮に狙撃手の味方などがいたら、敵を障害物のないまっさらな地平に敵を投げ出させる手段にもなるだろうし、邪魔な建物を破壊する事で狙撃手の射線を通す事も出来るかもしれないし、何より近界に攻め込んだ時に建築関係の知識を知っていれば色々便利そうだし――戦術の一つとして、加山は本気でメテオラによる建築物の破壊という手段を極めんと邁進していた。
「――まあ、これからこれから」
ふわぁ、と一つ欠伸をする。
ばっさばっさとぶった斬れる才能があるなら、こんなに悩む必要もなかったんだろうが。
無いものねだりしたって仕方あるまい。
「あれ?若村先輩と三浦先輩は?」
「犬飼先輩に連れていかれたわ」
そう、染井は言った。
あの動きを見た上で、まだ続けるつもりかどうか聞くつもりであったが、もう既に師匠に連れられどっかに行ったようだった。
「あ、そうすか。じゃあここまでっすね。三上先輩に礼を言わねーと」
「もう私が言っておいたから大丈夫よ。――それと、これ」
「ん?――お。ポカリ-----と」
そこには、メモ用紙も貼り付けられていた。
――お疲れ様です。A級二人相手によくあそこまで頑張りました。こんなのしか無かったけど、ごめんね。
と。
「-------」
ここ最近。――多分加古さんと比較しているからだろうけど。ここまで気遣われると逆に何だか恐縮してしまう。
それも、本心からやっているんだろうなと解る分、尚更。
「それと。――私からも。ありがとう、加山君」
「どういたしまして。――まあ、あの二人だけでも足りない所を自覚してくれたならまあ収穫でしょ」
「ええ」
「――でも、ぶっちゃけこれで香取隊がいい方向に行くと思いますか?」
「-------」
染井は、閉口する。
「ぶっちゃけ。――今の香取隊の強みって良くも悪くも皆が香取隊長についていくって形に最適化しているからこそでもあるんでしょうし。そこからあの二人が余計な頭を回すようになるなら、多分今度こそバラバラになってもおかしくねーと思いますよ」
「そうね」
染井は一つ、息を吐く。
「解っている。------その原因は、私にだってあるもの」
「ん?」
「私は諦めが早い人間だし、頑張らない人間に”頑張れ”って言うのも、無駄だと思うの」
「俺もその意見にはおおむね賛成です。――で、その頑張らない人間が、香取隊長って話でしょ」
「うん。――でも。最近、ちょっとだけ思い違いがあったんじゃないかなって考えるようになったの」
「思い違い、ですか?」
「あの子は-----頑張らないんじゃなくて。頑張り方を知らないだけなのかな、って」
染井華は、呟く。
「葉子は才能があるから。才能で能力を伸ばす以外の方法を知らないの。――加山君とは、真逆の人間ね」
「失礼な。俺には才能がないとでも」
「ごめんなさい。――でも戦っている時、自分が才能ある、って自信持ってる顔付きじゃないもの。加山君」
「どんな顔つきですか」
「常に追い詰められているような感じ」
「消費者金融業者から逃げているパチ狂いの多重債務者みたい?」
「多重債務者がどんな人なのか解らないけど、そんな感じ」
「あっさり肯定しますね----」
「ねえ、加山君」
染井は、常に一定の色の声で話している。
凪ぐ海のように、安定した青色の声。
ここで、少しだけ凪が揺らぐような感じがした。
「――加山君は、どうして頑張れるの?」
多分。
この人は多弁な方ではないのだろう。
それでも、ここまでこんな人間と会話しているのには、何か明確な意図があるのだ。
その意図は、恐らくこの会話の中にある。
頑張る理由。
頑張る理由、か。
「うーん。俺の場合、責任感かもしれないですね」
「責任感?」
「あの侵攻で、生き残っちゃったんで」
息を飲む、そんな音と色を感じた。
そうか。
この人も――あの侵攻の被害者だったんだ。
ならば。
嘘はつけない。
絶対に。
「-----生き残る事に、責任があると考えているのね」
「はい。――親父も、そのせいで死んじゃったし」
「------」
多分。
全てを言葉にせずとも、伝わったのだと思う。
加山はそれ以上を話すつもりもない、という事と。生き残った事の責任、という言葉の意味も。
「そう、ね」
染井は、ぼそりと呟いた。
「私にも――あの子を助けた、責任があるもの」
その声は。
ほんの少しだけ――震えていた。
※
「葉子」
「んー?どうしたの、華」
香取隊、隊室。
現在若村も三浦も、二宮隊の隊室に連れて行かれ誰もいなかった。
「少しだけ、お話をしていい?」
「どうしたの、改まって」
香取はソファに腰かけ、スマホを弄っていた。
何かゲームでもしているのだろうか。
「――葉子は、私と隊を組むことになった時、言っていた言葉を覚えている?」
「-------」
――アタシ等が組めば、楽勝よ――
そう言っていた時期もあった。
センス抜群の自分。
その自分にないものを全部備えた、華。
組めば無敵と思っていた。
思っていた、のに。
「ボーダーがそんなにあまいものじゃない事も、解っている。上には上がいるっていう事も」
でもね、と染井は続ける。
「私は。やっぱり自分の信じたことに、責任を持ちたい」
あの時。
確かに思ったのだ。
きっと。
きっと。
葉子と組めば、上に行ける。
そう、思っていた。
「どれだけ現実に打ちのめされても。――私はやっぱり、葉子と上に行きたい」
「------」
「何年かかってもいい。少しずつでもいい。――二人も、少しずつだけど、上に行きたいと思って頑張っている」
後輩に頭を下げて。自分たちにないものを必死に探して。
若村も三浦も、少しずつ。
「葉子。葉子の本音を聞かせて。今のままでいいと思う?」
攻撃手も、銃手も。
上級者の壁――そう香取自身が語る代物に打ちのめされてきた。
打ちのめされ、打ちのめされ。
飽きっぽい自分の性格を言い訳に、その壁を前にして膝を折った。
「――よく、ないわよ」
でも。
どうすればいいのだ。
やり方も解らないんだ。
どうすれば自分がこの上を行くのか。
だって。
工夫なんかしたことない。頭なんか使った事もない。
全部、全部全部苦手だもん。
「でも――どうすればいいか、解らないもん!」
それが、本音。
どうすればいいか、解らない。
どの方向に、自分が進めばいいのか。
「――ありがとう、葉子」
ここで――ようやく、染井は笑うことが出来た。
ちょっとぎこちない笑みだけど。
だって。
頑張り方が解らない、だったら。その方法を知ればいいんだ。
それだけだ。
それだけで、いいんだ。
「じゃあ。一緒に考えよう。麓郎君も、雄太も、一緒に。それでも解らなければ、他の人に頭を下げて聞こう。プライドが邪魔をするなら、私も一緒に頭を下げるから」
――責任。
いつの間にか。
自分も。そして香取葉子も。
忘れていた。
自分たちが放った言葉を。信じた事も。
現実と対面して。上には上がいることを知って。自分たち二人の世界から一つ足を踏み出した現実の広大さを思い知って。
でも。
それでも。
染井華には、香取葉子を助けた責任があって。
そして、香取葉子にも助けられた責任があった。
それだけだ。
「――これから、一緒にまた進んでいこう」
失敗したっていい。
行き詰ってもいい。
そのままでいなければ。
進み続ける意志さえ、もっていれば。
それさえ、あれば