彼方のボーダーライン 作:丸米
メイン スコーピオン ハウンド シールド ダミービーコン
サブ スコーピオン ハウンド シールド バッグワーム
エスクードもメテオラも拳銃も外し、スコピとハウンドで戦うオーソドックスな万能手スタイルに。
「あ...」
緊急脱出した後に。
ベッドに叩きつけられる背中の衝撃を自覚した時──。
一瞬だけ、思考が真っ白になった。
加山雄吾は、綿密な対策を基に雨取千佳と対峙していた。
近接戦に不慣れな雨取千佳が、ハウンドとシールドを軸に引く戦術を使用してくることも。
それ故に──シールドの間隙を突けるスコーピオンに装備を変えて、拳銃使用のブラフを活かし前にシールドを拡張させて──背中からスコーピオンを通し、雨取千佳を撃退した。
そして。
──あの言葉。
雨取千佳に向けられた、あの言葉。
あの言葉は──今まで千佳が加山を頼り、そしてその本質を見抜いていたからこそ、出てきた言葉だ。
あの言葉を放てば、千佳が動揺する──それが理解できていたが故に、放たれた言葉。
三雲修の声までも使って放った、意識の揺らぎを誘発する言葉。
──覚悟していたつもりだった。
他人が自分を責めるかもしれない、という恐怖。
それを自覚し、乗り越えたからこそ──今の自分がある。
しかし。
実際に言われた時──自分の中で決断した意思だとか、覚悟だとかが。
サッと潮が引くように攫われてしまって。
みっともなく動揺してしまった。
──加山は本気だ。
心底からの本気で玉狛第二と向かい合っている。
勝つために。
これまでの加山は、ランク戦の意義や方針に則った上での本気を以て戦っていた。
言わば、手段を選んでいた。
戦術の研究や立ち回り含めて──部隊としての強さや出来る事に真摯に向き合い、ある種平等な力で以てこれまで戦ってきた。
それは加山の本質の部分が、ランク戦というものを尊重し、実力同士の戦いを行う事を念頭に置いていたからであろう。
だが。
今回のあの顔と、放たれた言葉を見て──確信した。
手段を選ぶ事なく、加山は玉狛第二と戦っている。
対峙した時から理解していた。
あの加山雄吾は、──全てをかなぐり捨てて戦っている。
怒りに満ちた目でこっちを見て。
こちらが傷つく事も容赦なく口にして。
怒り混じりの狂気のようなものが、あの加山雄吾にはあって。
それが──以前自分の相談に乗ってくれた加山雄吾との差異に愕然としてしまった。
「.....千佳ちゃん、大丈夫~?」
宇佐美栞の声が聞こえてくる。
その声に、一つ頷く。
今は勝負だ。
落ちたとしても──それでもやれることはやらないといけない。
※
「──チカが落ちたか」
「....みたい、だな」
その時。
ヒュースと修は既に合流が終わっており、行動を共にしていた。
「.....カヤマはスコーピオンを使ってきたか。器用な奴だな」
千佳からの報告で、加山はスコーピオンを用いているという事が判明した。
その練度も高く、千佳の虚をつき地面を通し背中側から刺したとの事。
「近接戦も視野に入れているとなると、恐らくフルガードも出来るようにしているだろう。──既存の武装のどれが使えなくなっているだろう」
「さあな。だがカヤマの一番の強みは高速の合成弾だ。そこを捨てることは無いと仮定して、射手トリガーは少なくとも二つ積んでいるだろう。スコーピオンも二つ。シールドも二つ。そしてバッグワームもつけて....となると、大方の戦い方は見えてくる」
「な、成程...」
ヒュースはあくまでも冷静に、戦況を見る。
「とはいえ。ここでチカが落ちたとなると──大量得点によって遠征の条件を満たす事はかなり厳しくなった。誰か四人を倒した上で、生存点を稼ぐ方針で一貫しなければならない」
「....だが。そこで問題になるのが」
──東春秋。
──加山雄吾。
この二人を倒さなければ、生存点は絶望的。
今までほとんどの戦いを生存している駒が二つある状態。自部隊以外の全滅でもって得られる生存点の獲得は、普通に考えれば非常に厳しいものがある。
「──アズマが問題だな。カヤマの生存率が高い理由ははっきりしているが、アズマに関しては単純に奴自身の思慮が深いから生き延びられている。純粋に戦場を見る目がずば抜けている」
これまでの東春秋の戦いを見て──ヒュースは、かつての上官であるハイレインを想起した。
最善の策が通らない場合に備え次なる次善策を用意している。
策謀の質も数も全て備えており、戦術どうこうが通用する相手ではない。
「──わかった。ならぼくにも考えがある」
「どうする?」
「闇雲に点を取る方針は変える。──生存点を取る為に、東さんを倒す事にまずは集中する」
「口に出すほど簡単ではないぞ」
「ぼくらだけで不可能だという事は解っている。だったら、加山君と同じことをすればいい」
「....解った。どのみち今の状況だと袋小路だ。お前のオーダーに従おう。──だが、その前に頭を下げろ」
ヒュースはそう呟くと膝を曲げ、上体を下げる。
修もその動きに従い頭を下げようとするが──動作が遅れるため、ヒュースが襟を掴んで引き摺り倒す。
その瞬間。
自身の左右。そして背後。
鋭い一閃が、鋭い風のように吹き抜け──周囲の家屋一帯を斬り裂く旋空弧月が襲来する。
「ええ反応してるやん」
その建物の屋根に立つは。
光だった。
丁度太陽光が直接当たる場所で。
その上立っている建物がガーデニング用の為か、ガラス張り。
反射した光がさんさんと男を照り付け、ついでに身に付けたゴーグルからピカピカ光らせ──その上視線の一切をぶらす事無く、男は真っすぐにヒュースと修を見つめていた。
生駒達人──。
「うわ。ガラス張りやから下がもろに見えるやん。こっわ。──あ」
ヒュースは無言のまま、屋根の上の生駒に突撃銃を向け。
自らの周囲にバイパー弾も纏わせ。
引金に指をかけた。
「ちょ、ちょ、ま」
襲い来る弾丸が生駒の周囲を飛び交い。
ついでに足元まで破壊し尽くし。
ばりばりと音を立てて砕け散るガラスが砕け散り──そのまま建物の下に落ちていった。
ヒュースは無言のまま突撃銃を放ち続けながら生駒との距離を詰め。
修は生駒から距離を取りつつ、周辺にスパイダーを撒く。
「やるやん」
そして。
距離を詰める傍から放たれる──更なる旋空弧月。
今度は足元から伸び上がる軌道。
生駒は──屋根を崩され落ちたガーデニングスペースの土煙を纏いながら、旋空を放っていた。
ヒュースはそれを飛び上がり回避。
回避動作に合わせ、突撃銃を仕舞い、自らの背後にトリオンキューブを置き。
着地と同時──弾丸を放つ。
放たれた弾丸は生駒の眼前に真っすぐ放たれ、その幾つかが途中で左右に曲がりつつ側面を突き刺す軌道を描く。
「おお。スゴ。まるで水上の頭みたいにもさもさしとる」
細かい弾道のそれを散らしたシールドで弾きながら、生駒は前進する。
──前に出てくれたか。
よし、と一つ呟き。自らもまた弧月を手に生駒と斬り結ぶ。
「う...」
鍔競り、生駒のゴーグルがヒュースの顔面を捉えた瞬間。
苦しげな声を上げた。
「おい見ているか隠岐.....お前を超える逸材が、ここにいるのだ──」
「....」
言っている意味はさっぱり解らなかったが。
何やらあやしげなので、生駒の股間に膝蹴りをして鍔競りを終わらせることにしたヒュースであった──。
※
「加山ァ。もう壁作りはいいな?」
「うっす弓場さん。トリオン大丈夫ですか?」
「三分の一くらいは減ったなァ。もうあの規模の壁を作るのは無理だぜ」
「了解です。後はまあ、戦闘時に使えそうなら使ってみてください」
弓場は自分の手持ちのトリガーの中でバイパー弾丸の拳銃を一つ取り外し、エスクードを装着していた。
前回の戦いと同じだ。
自分たちの対が積み上げてきた楔を、利用する。
エスクードとダミービーコンを併用した戦術を使うのは加山雄吾だ──という意識を逆手に取り。
加山の位置を隠蔽し、雨取千佳の撃破に繋がった。
「あ、それと。──多分そっち側に空閑君来ていると思うんで。気を付けておいてくださいね。──藤丸先輩。俺が弓場さん付近にハウンド撃ちますんで、そのタイミングに合わせて新しいダミービーコンを一個起動してください」
加山はハウンドを視線誘導に切り替え、弓場がいる付近に放つ。
細かく分割した一部だけを。
それを迂回させ、建物に着弾させる。
その瞬間。
その建物内に存在していたダミービーコンを一つ起動する。
そうすると──。
「来ましたね。どうします?」
そのダミービーコンを──ハウンドの襲撃によってバックワームを解いた敵だと反応し──空閑遊真が向かってくる。
「マップ中央なんて敵にいつ襲撃されるかも解らねぇ場所でバトるのは避けてぇ。俺はこのまま帯島とここを離れる」
「了解でーす。──俺はちょっと東側を迂回しつつポイントを稼いでいきます。あと二点ですからね。頑張りましょう」
現在加山は、雨取千佳を討ったことで敵部隊に位置が晒されている。
それでいい。
雨取千佳を討ったことで、もう八割方加山の仕事は終わっている。
あと二点──さっさと稼げばもう上位残留は決まるのだから。
──いやぁ。中々どうも、吹き抜ける風のようだ。
にこやかに加山は思う。
今、加山は──加山とは異なる感覚質を受け入れていた。
戦いが楽しい──という感覚を。
以前の自分ではありえない。
かつて自分が恐怖と嫌悪感と共に行使していた行動が。
今の自分は達成感や多幸感と共に行使している。
世界が、色づいている。
今自分の中には、自分が受け入れた世界がある。
──さあ。切り替えた脳味噌で、加山雄吾として戦おう。
加山の脳内には、ずっと頭の中で渦巻いている記憶がある。
その記憶は──自分ではない誰かのもの。しかし、ずっと向き合い続け、自らの手中に収めたもの。
人は。
根付いた記憶によって。根付いた感覚質によって。人格が形成される。
加山は。
自らの中にある記憶を紡ぐ中──二つの記憶と、感覚質を持った。
不思議だ。
──きっと。この戦いが終わって、このスイッチを切った時。俺は凄まじい後悔を胸に刻むことになるのだろう。
──俺はあの女の子に言ってはならない事を言った。勝つために。玉狛という宿敵を倒すために。奴等の目的を粉々に打ち砕くために。
──近界民でも何でもない。ただ自らの兄と、親友を取り戻したいと願う女の子に。ただ己の目的の為に。
でも。
今は不思議と何も感じない。
ただ、あの怪物を倒しきった達成感だけが渦巻いている。何も感じない。罪悪感も何もかも。
そう。
決めたのだ。
──俺は。要るものはすべて利用し、要らないものは全て切り捨てる覚悟を持った。
紡ぐも、捨てるも。全ては自由だ。
加山雄吾としての意思がある限り。ただ自由だ。
切り捨てたものは。加山雄吾に巣くう戦いを恐れる感覚質。自らの脳裏に刻まれた悔恨の記憶と罪悪感。
その代わりに取り入れたものがある。
──俺のものとなった記憶。
──俺のものとなった感覚質。
そう。
かつて──エネドラと呼ばれていたものの残骸だ。
「まだ力を借りるぞ、
エネドラが好きだったものを、好きなものと認識し。
戦いにおけるモチベーションとインスピレーションを徹底して研ぎ澄ます。
加山が持つ良心や信条ゆえに一線を引いていた代物を。
この戦いにおいては──余すところなく捨てる。
エネドラがエネドラとして培った記憶と感覚質と──その全てを受け入れ。
加山はエネドラに寄せ、戦う。
「──さっさとぶち殺してやる。来るなら来やがれ」
笑みが浮かんでくる。
繕った笑みではない。
徹底して本心からの笑みで。
これがエネドラの感覚なのだな、と何処か他人事のように眺めながら。
加山雄吾は──レーダーに映る敵の姿目掛けて、走り出していた。