彼方のボーダーライン 作:丸米
眼前に迫るホーネットから逃れるように教室の外を飛び出した空閑遊真は、判断を迫られていた。
校内に留まるか。
校外に出るか。
「──ここであの合成弾を撃ってきたって事は....」
確信を覚える。
ここには、弓場拓磨がいる。
見える。
廊下の曲がり角から──こちらに迫ってくる眼鏡の男が。
遊真は即座に──廊下側の窓から飛び降りることを選択する。
その後何が起こるのか。
遊真には理解していた。
加山から逃れ。
弓場から逃れ。
外に出たその先には──何物にも遮られない空間だけが存在していて。
そこから先。
彼方から放たれる──弾丸があるはずであると。
遊真は。
空に手を伸ばす動作を行う。
その動作と同時にこちらに向かい来る弾丸を察知し
「──おっと」
フルガードにて、防いだ。
「──うわ。マジか....。ごめん防がれた」
遊真は。
空中に手を置く仕草をすることで、空の手でグラスホッパーを発動させ地面へ高速移動をする──というブラフを行い。
そのブラフにより──グラスホッパーによる高速移動前に仕留めんと外岡から放たれた弾丸を、フルガードにて防いだ。
これにて。
不明であった外岡の位置は判明した。
その後、遊真はスコーピオンとシールドに持ち替え、地面へと降りる。
そして。
その校舎裏。
「おびしまちゃん」
焼却炉の裏手に身を潜めていた帯島のアステロイドが放たれる。
「──空閑先輩! 勝負ッス!」
空閑遊真は。
その勝負、という言葉に──少しばかりの嘘の気配を感じ取った。
アステロイドは遊真の足を動かすための牽制。
足を動かした先に斬り込む帯島の弧月──も牽制。
その背後。
いつの間にやら校舎内に増殖している偽装トリオンに紛れて放たれる──加山のハウンドが、こちらを仕留める為の本命。
「.....!」
遊真は。
スコーピオンを収め、グラスホッパーをセット。
そのまま──斬り込んでいく帯島の足下に一つ置く。
その手を帯島は知っている。
こうして斬り込んでいく足元にグラスホッパーを置き、空中に飛ばすのは──このランク戦の中、幾度となく遊真が行ってきた手法だ。
だからこそ。
それを防がんと、踏み込みが止まる。
その止まった一瞬の隙を見て。
遊真は──加山から放たれるハウンドのフルアタックから逃れる為、反対方向に逃げていく。
「逃がさないッス.....!」
その背を。
帯島は追っていく。
理解しているのだ。
──ここで逃がしてしまえば、外岡の首が刎ねられるという事を。
※
その時。
一気に事態が動いていく。
空閑を仕留め損ねた外岡は、当然狙撃地点より逃走を開始する。
と、なれば。
彼は追って来るであろう空閑遊真を振り切れる可能性の高いルートを構築し、走っていかなければならない。
外岡の位置は、加山がいる中学校跡地のグラウンドに近いマンションの屋上。
彼は即座に学校の反対側からマンションを飛び降り、そのまま学校の反対側から逃げていく。
──その経路上。
外岡は当然他の狙撃手が生きている事も念頭に入れ、逃げていた。
その時だ。
100メートル程走った先。
自らの背後から──トリオン反応が浮かんでくる。
たった一つ浮かんできたそれは。
こちらの逃走経路を先回りした何者かの姿であろうか、と外岡は思った。
──空閑君の指示で、ヒュース君がこっちに来ているのか?
こちらの狙撃と逃走経路に関して、先回りできるのは──空閑と情報を共有しているであろう玉狛だ。
丁度この距離も。
ヒュースの突撃銃が一方的にこちらを襲える間合い。
その為外岡は背後を振り返りその姿を見ようとして──。
──上体を斬り裂かれるかの如き一撃を、彼方から受けた。
その射線の先。
「....東さんか!」
ダミービーコンを起動させ、外岡の足を止めた上で──狙撃を敢行した東春秋の姿。
──先回りしていたのは、ヒュースではなくこの男であった。
それから東は幾つか部隊に指示を出し。
即座にその場を離れる。
東の頭の中には、マップ上の脅威全ての全てが入っている。
例えば彼は──外岡が落とされたという情報を基に、真っ先に東を探し回る事になるであろう空閑がどういうルートでこちらに迫ってくるのか、という想定や。
現在こちらを炙り出そうとしているヒュースが潜んでいる大まかな場所も。
「これで二点だが──あと一点は取っておきたいな」
上位残留の為には、二点では心もとない。
あと一点──どんな形でもいいから取らなければならない。
※
「──ごめん。東さんにやられた」
緊急脱出後、外岡はそう部隊に伝えた。
その声は──少しだけ悔しさが滲んでいる。
「了解。外岡先輩落とされたのはきついすけど、ここから玉狛が動きそうですね」
玉狛の狙いは解っている。
東春秋の排除だ。
空閑を撃ち、その位置を絞り込んでいた外岡を東が狩った。
当然──その周辺区域に東春秋がいることを想定して動き回る事になるだろう。
「探し回っている背後からぶっ刺しましょう。あと一点ですぜ」
「おゥ」
玉狛の動きはおおよそ予想がつく。
生存点獲得の一番の障害である東春秋を排除せんと、ここから動き出すだろう。
「俺と帯島は二手に分かれて仕掛けていく。加山はその背後について、援護しろ。この場のお前は外岡の役目も担ってもらう」
「了解」
弓場隊は──東を探し回るであろう玉狛に狙いをつけ、動き出す。
※
「──雨取隊員が落とされてから、やはり部隊の動きが活発になりましたね」
実況ブース内。
武富桜子がそう言った。
「そりゃそうよ。防御はともかく回避に関しては絶望的な爆撃や砲撃がいつ降ってくるか解らない状況でしたもの。それがなくなったとなれば、大手を振って動けるってもんよ」
「上位戦久しぶりだろうに、東さんは相変わらずですね」
「実質雨取ちゃんを仕留めた黒幕だもの」
「く、黒幕....」
さて、と迅は呟く。
「その東さんを仕留めようと玉狛第二が散開しつつ索敵。その背後から弓場隊が迫ってきていますね」
「弓場隊は玉狛の意図が解っているでしょうからね。動きが想定しやすい玉狛を狙うのは合理的だわ」
「そして、やはりというか。”待ち”に徹した加山隊員は強いですね。今まではどうしても得点を狙う為に攻めに行かなければいけなかった訳ですけど。今回は待つ動きも取り入れている」
雨取千佳を倒したのち、東側の中学校跡地に籠城した加山は。
東隊の奥寺・小荒井と空閑遊真の襲撃に遭いながらも、これをほぼ無傷で追い払い、そして小荒井を仕留め一点を捥ぎ取った。
「狭い通路に、区切られた空間。そして上階までの高さが低い天井に薄い壁。──あの場所は加山君が有利を取る為の条件が全部そろっていたわ」
「ですね。狭い通路で低速弾道を撒いて相手の動きを制限して、自身は広い空間から迎撃しつつ位置を変える。──そして木造の校舎で壁が薄く、音を拾いやすい環境も相まって常に立ち回りで優位を取っていましたね。──だからこそ、あの場所に入って逃げ出し、弓場隊全員のおおよその位置を把握できた空閑隊員の対応力も素晴らしかった」
遊真は結果として。単身加山が待つ校舎内に入り込み、弓場隊の全員の位置をあの場に集め、その位置情報を持ち帰ったのだ。
「奥寺君は東さんの逃走を助ける為かしらね。東さんの逃走経路を外回りしてますね」
「ただ──そっちに行ってしまうと」
奥寺が向かう先。
そこには──動き出した生駒隊の影がある。
「──生駒隊の射程に入ってしまいますね」
※
奥寺の側面から。
「アーステロイド!」
と叫びながら。
ハウンドが飛んでくる。
生駒隊、水上の得意技。トリガー名を偽装しつつ別の弾丸を射出するいつもの手口。
もう慣れたものでシールドを張りつつ弧月を手に取り──水上に肉薄する。
その時。
「あ....!」
張ったシールドの上側から──狙撃が敢行される。
──迂闊だった! 射手の水上先輩がわざわざ姿を晒したのは、こちら側に近寄らせたうえで隠岐先輩の射線におびき寄せる為だったのか。
「ようやく一点取れたわ」
「ですねぇ。──あ」
「どした隠岐?」
「水上先輩。逃げて。超逃げて。──合成弾がひらひら飛んできてますわ」
奥寺を処理した後。
タイミングを完璧に見極めたかのようなホーネットが、水上の頭上から襲い掛かる。
「おおおお! マジで勘弁してくれ!」
水上はシールドを展開し防ぎつつ、襲い来るホーネットの襲来を防ぎつつ逃げる。
路地を回り、建造物の先を超え。待ち受けるは──。
「げ」
「.....ッス」
弧月を構えた帯島ユカリであった。
上段から振り下ろされた弧月の一撃と弾丸の板挟みになり──水上は緊急脱出した。
帯島はその瞬間。
当然自身の位置を知ったであろう隠岐からの狙撃を警戒する。
その為、隠岐が奥寺を仕留めた軌道から外れる場所を辿ろうとして
「──あ」
既に別の狙撃地点へと移動していた東のアイビスが、その身体を貫いていた。
「....」
東隊。
これにて──弓場隊と並び、トップの三得点目を獲得。
※
「──東さんが弓場隊を攻撃した! 今だ!」
「了解」
東が帯島を撃ち、その位置を判明させたその瞬間。
ヒュースは突撃銃を手に取り、その周囲にトリオンキューブを身に纏わせ。
その区画に対し──その全てを叩きつける。
突撃銃の駆動音と合わせ。
メテオラキューブの爆撃音もまた同時に響き渡る。
破砕、爆砕、その全てが輪唱となって辺りに響き渡る。
──逃がしはしない。
その意志を持って撃ち放っているものの。
しかし、この純粋な火力を持ってしても仕留められる駒でもない。
もう一つ。
もう一つの要素が必要だ。
そのもう一つの要素を構成するにあたり、必要なのは。
「──ヒュース」
そのメテオラの爆炎の中──東の捜索に向かっていた空閑遊真は、一つ報告を行う。
「どうした?」
「すまん。──捕まってしまった」
巻き上がった煙の中。
一人の男がそれらを纏いて、現れる。
それは。
銃手として、そして一人のエースとして。生きてきた過程によるものか。
男が纏う煙全てが──硝煙に思えた。
「よゥ、空閑ァ」
そして。
エスクードの壁が、遊真の周囲を囲む。
煙と共に──空閑遊真は、壁に閉じ込められた。
その距離は。
弓場拓磨の拳銃の相対距離。
「お前らは東サンとやりたいんだろ? 好きにしろよ」
白煙に切りとられたかのような笑みと共に、弓場拓磨は呟く。
「俺たちは3点を取った。加山はどうかしらねぇが、俺としては──この隊を上位につけるという目的は果たした」
弓場は加山を引き入れる際に隊に約束していた。
必ずや、この隊を上にあげると。
その目的はもう果たせた。
「後は──純然たる俺のモチベーションの為に戦わせてもらう。お前というエースと、サシの勝負だ。さあ、東サンと戦いたけりゃ、俺をぶっ殺さなきゃ始まらねえぞ、空閑ァ!」
「──いいね。こういうのは、嫌いじゃない」
壁を越えようとすれば撃たれるだろう。逃げられない。
そもそも東を追うために、この男から逃げながらというのも不可能に近い。
そして。
勝負は一瞬で着く。その予感が、全霊で理解していた。
「やってやるさ」
煙と壁に囲まれた、空間の中。
蜃気楼のような二人の両手が、揺らめくように跳ね上がった──。