彼方のボーダーライン   作:丸米

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ランク戦最終ROUND ⑧

 煙の中。

 銃手と攻撃手が向かい合う。

 

 互いの姿は揺らめいて見える。

 それでも──互いが互いに、その姿をしっかりと見据えていた。

 

 ──来る。来る。アレが来る。

 

 弓場拓磨の両指が引金にかかる。

 銃口が向けられ。

 一瞬でも動きを止めれば──即ち、死。

 

 その銃口に視線を向けつつ──空閑遊真は左足を踏み出した。

 

 銃撃に突っ込む気か──そう弓場は判断しかけるが。

 踏み込んだ左足から右足にかけて向かう──のではなく。

 踏み込んだ左足から右足を後方に回す体捌きを、その瞬間空閑遊真は行使していた。

 

 すると。

 弓場拓磨と向かい合う体勢ではなく。

 弓場拓磨から斜めの体軸を維持し、左腕を前に突き出すような体勢となる。

 

 ──成程な。銃撃に対して正面を向くと弾丸を受ける面が大きくなるから、斜めに向かって弾丸との接地面を小さくしている訳か。

 

 正面から向かい合うと、自身の胴を晒す事となる。

 そうではなく、晒すのは左肩から左足の細い側面部位。

 

 心臓を左腕で隠し。

 弾丸から胴を庇うような体勢。

 

 

 

「──おもしれぇ」

 

 弓場は。

 その空閑遊真の体勢変更を行使した瞬間──銃弾を横に幾らか散らしつつ、遊真に向けて弾丸を放つ。

 

 弾丸が放たれる。

 その刹那。

 射程を犠牲に威力と速度が上乗せされたそれを──完全に避けきる事は不可能であると遊真は判断していた。

 

 それは。

 1ROUND目で加山との連携の前に敗れた時。

 その早撃ちの技巧を実際に目の当たりにした時から理解できていた。

 

 弓場は強い。

 その強さは、今まで戦ってきたどの強者とも重ならない強さ。

 村上のような強固な防御能力を前提とした強さとも。

 影浦のような苛烈さと柔軟性を併せ持った強さとも違う。

 

 一瞬のうちに全てを壊し尽くす──極限まで研ぎ澄ました刃物のような、強さ。

 

 相手よりも先に

 自らの全力を叩きつける。

 その一瞬に全てを燃やし尽くすスタイルにこそ、弓場拓磨という男の強さが籠められている。

 

 その一瞬を。研ぎ澄ました一瞬を。無傷にて切り抜けられるなどと判断する方がそもそもの傲慢に違いない。

 

 だから。

 銃弾が放たれた瞬間。

 

 遊真は──斜めに向けた左足を膝から折り、地面に向け自らの身体を投げつけるように倒れ込む。

 

「ほォ」

 

 斜めの体軸から、身体を倒れ込ませることで。

 弾丸の的を極限まで小さくする。

 

 それでも倒れ込むスピードよりも、遥かに弾丸の方が速い。

 

 空閑遊真はフルガードによるシールドを更に自らの急所に絞り更に自身の左腕を犠牲にする事で──地面に倒れ込むまでの時間と、トリガーの切り替えにかかる時間の二つを確保する。

 

 遊真が地面に倒れ伏したその瞬間。

 その身体に誘導されるように銃口を向けようとして。

 

 弓場拓磨は。

 かつての経験を思い出していた。

 

 以前のランク戦。

 香取葉子と相対し、あと一歩まで追い込まれたあの時の事を。

 

 あの時。

 弓場拓磨に対し──香取葉子は弓場の拳銃の銃口を動かし、照準を定める僅かな時間を稼いだうえで追撃の弾丸を逃れていた。

 

 その経験と記憶が──「空閑遊真の動きを観察したうえで、その動きに銃口をなぞる」という動きを否定した。

 直線行動に入れば、機動型の攻撃手はこちらが照準を構えるよりも早くこちらに肉薄する。その事実が自身の記憶に刻み込まれているが故に。

 

 ──なぞるんじゃねぇ。

 

 弓場の銃口は、現在の空閑遊真の位置をなぞることなく、

 

 ──想定しろ。あの体勢から俺に肉薄できる手段なんざ、グラスホッパー以外ありえねぇだろうが! 

 

 その想定に至った瞬間。

 弓場は、拳銃の一丁を捨てた。

 

 そして行使するは。

 

 

 ──自身の眼前にエスクードを設置する、という択であった。

 

 

 倒れ込んだ体勢から、グラスホッパーによる直線行動を開始した空閑遊真の眼前。

 

「そう来るか」

 

 壁がせりあがる。

 

 遊真の想定では──弓場の初撃。そこをしのげれば十分に好機があると思っていた。

 想定は、甘かった。

 

 ──だがそれはそれで。まだまだやりようがある。

 

 エスクードという区切りを、弓場は、自身と遊真の間に作った。

 

 ならば。

 

 

 遊真はグラスホッパーに自らの身を千切れた左腕側からぶつかると、即座に身を捩る。

 エスクード越しに放たれる弓場の銃撃が、即座に回避行動をとってなお遊真の脇腹を抉る。

 

 それでも。

 遊真は──グラスホッパーを、弓場の周囲に撒く。

 エスクードを背後とした弓場の正面に向かって、十分割したグラスホッパーを。

 

 そして。

 

「──!」

 

 弓場の眼前に──手裏剣型の遊真のスコーピオンが通り過ぎる。

 

 円回転と共に迫りくるそれを、弓場は身を屈め避ける。

 

 避け、通り過ぎた手裏剣スコーピオンが向かうその先には、グラスホッパーがある。

 スコーピオンとグラスホッパーが衝突し、そして反射し、向かう先。

 

 そこは──弓場拓磨の背後にある、エスクード。

 

 突き刺さった手裏剣を一瞥し。

 弓場拓磨は──眼前に現れた空閑遊真に照準を向け引金に指をかけ。

 

 そして。

 

 空閑遊真はその照準から逃れるように地面にしゃがみ込み。

 そして。

 

 地面に手を付けた。

 

 

 その動作に。

 弓場拓磨が積み上げてきた経験と記憶の全てが──警告音をうるさいくらいに鳴らしていた。

 

 

 そして。

 

 

「あ....が!」

 

 エスクードに突き刺さった、手裏剣スコーピオン。

 その刃先が崩れ、変形し。一陣の刃となって弓場拓磨を突き刺していた。

 

 

 ──ミスディレクション。

 

 

 空閑遊真はエスクードの背後。つまりは──弓場の視界に遊真が映っていない状態から、グラスホッパー陣を敷いた。

 

 この時。

 弓場は即座に──遊真が分割したグラスホッパーを”乱反射”に使用するつもりなのだろうと想定した。

 

 遊真の機動力と弓場の早撃ちの技術を考えれば──多角行動を取りながら攻撃を叩き込める乱反射は最善の行動であろう、と。

 しかしエスクードという壁が弓場の背後にある関係上。

 エスクードで直線行動が取れない遊真は、エスクードの背後までグラスホッパーの陣を敷くことが出来なかった。だから弓場の正面にだけ陣を敷き──正面からの攪乱行動で弓場の首を刈り取るつもりだ、と。そうも弓場は想定していた。

 

 しかし実態としては、スコーピオンの投擲とグラスホッパーによる反射による二段構えの作戦で。

 自身の身体をグラスホッパーで飛ばすのではなく。

 スコーピオンをグラスホッパーで飛ばして弓場を仕留めようとした。

 

 しかし、遊真の動きに着眼し動きを想定していた弓場は──手裏剣型のスコーピオンの投擲という動作を察知した事で、遊真の初撃を避ける事が出来た。

 

 ここで。

 弓場は──遊真の身体の動きに着眼し、そこから得た情報によって攻撃を避けることが出来たという記憶を刻み付けられた。

 

 それ故に。

 初撃を避けてもなお集中を切らす事無く、弓場は遊真の動きから目を離すことは無かった。

 

 

 故に。

 遊真が──地面に手を付け、その手よりスコーピオンがエスクードの背後を通り、弓場の弾丸によってこじ開けられたエスクードの穴を通過し、突き刺さったエスクードの手裏剣型のスコーピオンに接続した事実に最後まで気付かなかった。

 

 ”エスクードがあるから遊真はグラスホッパーを弓場の周囲に展開させた”

 

 この事実から、弓場はエスクードに背を預ける形で常に立ち回りを行っていた。

 

 ”遊真の身体の動きに着眼していたから、初撃を避けることが出来た”

 

 この事実から──遊真の身体の動き以外に対する意識が削られた。

 

 これにより──遊真は弓場をエスクードの傍に釘付けすることに成功し、意識を自身の肉体に着眼させ、ミスディレクションによって弓場を仕留めるに至った。

 

 

「.....ったく。情けねぇなァ」

 

 

 弓場は、微笑んだ。

 全く。上手くいかない。

 

 この眼前の少年を引き入れる為に行った黒トリガー争奪戦では、最後の最後に太刀川に敗れ。

 そして最終戦。自身の矜持に従い挑んだ戦いにも、また敗れ。

 締まらない。

 どうにも、締まらない。

 自らが挑戦したタイマンは──どうにもうまくいかず負け続けている。

 

「まあでも。──こんな無様晒しても、隊は上に行ったからな。ありがてぇ話だ」

 

 エースとしての働きが充足できなくとも。

 それでも自らが率いる隊そのものは上に行くことが出来た。

 

 エースとしての喜びは、最後に味わえなかったが。

 隊長としての喜びは、この胸に刻み込むことが出来た。

 

 それだけで今は十分だ。

 

 だから。

 笑った。

 

 

「あばよ、空閑ァ。──楽しかったぜ」

 

 緊急脱出の音声が響くと同時。弓場は静かに目を閉じ、その身体を崩壊させた。

 

 

 その姿を見届け、

 

 

 

「おれも──楽しかったよ、ゆばさん。恐ろしく強かった」

 

 

 決着まで、およそ一分もかかっていないこの戦い。

 一つ間違えれば──凶弾に倒れていたのは、間違いなく自分だった。

 

 エスクードによって閉じられた空間。かつ弓場の間合いから襲撃されたという状況下。次に同じように勝利を掴めと言われれば、間違いなく無理だと断言できる。全ての手札を晒しだして。そして幾つかの軌跡も絡んで。手繰り寄せた勝利。

 

 その勝利を実感しつつも──遊真は即座に切り替える。

 

「すまない。ゆばさんは仕留めたから──おれもあずまさん狩りに参戦する」

 

 

 ──東は。

 

 ヒュースによる区画爆撃と銃撃の雨あられにあいながらも。

 

 生き残り続けている。

 至極当然のように。

 

 時にダミービーコンで自身の位置を偽造し。

 時に区画から区画へ移動し、ヒュースの意識を散らしながら。

 

 普通ならば。あらゆる奇跡が重なって行使できる遁走術を幾度となく行使しながら。

 

 

 東はひたすらに隠れ、そして逃げ続ける。

 

「やはり。──理解していたが、純粋な火力による面制圧ではアズマを仕留める事は難しいようだ」

 

 ヒュースは、そう口にしつつも信じがたい思いを抱えていた。

 トリオン量でも。実際の火力でも。そして機動力でも。

 自身は東よりも上であるのに。

 

 その自分が全力を以て、たった一人の狙撃手を仕留めようと動いているにもかかわらず。

 それでもまだ仕留めることが出来ていない。

 

 

「──ヒュース。空閑が弓場隊長を倒した。こっちに合流できる」

「よし。ならば後はお前が立てた作戦通りに事を運ぶ。──確実にアズマを仕留めるぞ」

 

 

 その瞬間。

 ヒュースは──爆撃の仕方を変える。

 ヒュースは現在高層ビルの中腹より、東の反応を追いつつ爆撃を行っていたが。

 西の方角から東にかけて、順繰りに爆撃を行う方向へと変更する。

 

 

 そして。

 爆撃により建物が消し飛んだ”穴”の地点を意図的に作り出し──そこからメテオラからバイパーに変更し、狙撃手の隠れ場所に順繰りに銃弾を走らせる。

 

 そして。

 

 ヒュースは建物より降りると──修に指示を出す。

 

 

 修は。

 その瞬間、バッグワームを解き──その姿を晒した。

 

 

 

 東春秋は。

 現在点を取ろうとしているはずだ。中位落ちを免れる為に。

 

 だからこそ。

 ──たとえ、ヒュースから逃走をしている現状の中であっても。修の位置が判明すれば即狩りに来るはずだ。

 

 

 あの爆撃の中だ。

 狙撃地点に易々とつくことはできない。

 

 仮に──修を狩りに来るとするならば、高所からの狙撃ではなく、互いが相対したうえでの射撃になるはず。

 

 それでも。東の技術ならば──十分に修に勝つことが出来る。

 それさえ出来れば、四得点。

 上位を維持するには、十分な得点だろう。

 

 

 だからこそ、だ。

 

 

 ──来た。

 

 

 東のアイビスの弾丸が──修の場所にまで飛んでくる。

 

 

 その瞬間。

 

 

 ──移動してきたヒュースのフルガードが、東のアイビスを防ぐ。

 東は。

 爆撃によって崩れた瓦礫の山に身を隠し、そこから修に向けて弾丸を放っていた。

 

 

「....ほう」

 

 感心したように東はそう言うと、されど東は次弾を修に向ける。

 

 ここまでも東にとっては想定内。

 むしろ、ここでヒュースがフルガードを選択したという事は──ヒュースからの攻撃はないと考えてもいい。

 

 修は。

 アイビスを構える東に向けて──キューブを射出する。

 

 その動きを見て。

 東は即座に回避動作に入る。

 

 三雲修が持つトリガーはアステロイド。彼の技術では──この相対距離内で、互いが位置を把握している最中で相手を正確に撃ち抜ける技術はない。

 

 

 しかし。

 

 

 避けたはずの弾丸は──途中でその軌道を変え、東の足下へ。

 

「.....!」

 

 東春秋の右足の幾らかが。

 修の──アステロイドに偽造したハウンドによって、削れることとなった。

 

「やれやれ.....。加山に次いで、三雲もこの土壇場でトリガーを変えてきたか」

 

 少しだけ微笑み。

 東は削れた足でもって──近場にあった、オフィスビルの中に入り込む。

 

「とはいえ。まだまだ俺の想定の外に飛び出ているわけではない。まだまだ、俺の想定の中で働かせてもらおう」

 

 東は。

 

 オフィスビルに入り込んだ瞬間──自ら、バッグワームを解いた。

 

 

「な....!」

 

 足を削られ、更に機動力の落ちた東春秋は。

 僅かな可能性に賭けて──オフィスビルに逃げ込んだ。

 

 そう判断したヒュースと。そして合流した遊真はそれぞれ上階と下階から挟み込む形で東を仕留めんと動き出し。

 

 そして。

 東が自ら──バッグワームを解くという行為に走った。

 現在バッグワームを解いた東春秋は、オフィスビル三階から徐々に窓際に近付いていっている。

 

 

「....まさか!」

 

 

 修は。

 その東の行動を見た瞬間に──ヒュースと遊真に、その意図を伝える。

 

 

「──東さんは、加山君か隠岐先輩に自分を()()()()つもりだ!」

 

 と。

 

「なに? それはどういう──」

 

 ヒュースはそう呟くと同時。

 気付く。

 

 

 ここでだ。

 仮に東が加山か隠岐に狩られたと仮定する。

 

 そうすると。

 自身の部隊の得点は2得点。

 

 そうなると残りの得点を──生き残った加山と隠岐を仕留める事で稼ぐしか、遠征の道は残されない。二人倒し、そして生存点まで稼いでようやく6点だから。

 

 

 更に。

 その状況下であり得るのは──加山が隠岐を隠れ蓑に逃走を開始し、敵勢から60メートルの距離を離すまで逃走し、自ら緊急脱出する可能性も十二分に存在する。

 

 

 そうなれば。

 現在弓場隊は順位を確定している状態で。

 

 そして──加山が緊急脱出すれば、玉狛第二が取れる点は生存点含め5点以上は望めない。

 

 

 ありえる。

 加山の目的を鑑みれば──十分にあり得るシナリオだ。東を他勢力に狩らせ、加山の緊急脱出を促進させる。

 そうすれば。

 玉狛第二の遠征行きの条件は──達成不可能となる。

 

 

「──急げユーマ! お前の方がアズマとの距離は近い! 外からの攻撃でアズマが仕留められる前に!」

 

 恐ろしい事に。

 この状況まで想定したうえで東春秋は行動していたのだろう。

 あの状況で──修を仕留められなかった場合。そこまでも考えに入れた上で。

 

 遊真は階段を真っすぐに下りながら、東がいる部屋へと走っていく。

 そして。

 東がいる部屋は、幾つものデスクと椅子が立ち並んだ、会議室であった。

 

 そして。

 

「....成程ね」

 

 遊真の眼前には。

 煙が吹き荒れていた。

 

 東はオフィスビルを駆けあがりながら、幾つかの消化器を手に取っていた。

 それを会議室に配置し、銃底で叩き壊し、部屋に充満させていた。

 

 白煙の景色の中でも。

 

 東春秋の反応はある。

 デスクと椅子で邪魔され、視界も消化器の白煙で見えない。

 

 それでも──東の反応目掛けて、遊真は向かう他ない。

 

 

 その瞬間だ。

 

 

 パリン、と窓が割れる音がして──レーダーに、ビルから降りていくトリオン反応が見えた。

 

 

「──間に合え!」

 

 遊真はグラスホッパーで窓枠まで移動し、即座に窓の外に出た。

 

 

 そうして見えたのは。

 

 

「.....あ」

 

 

 起動した、ダミービーコンが外に向け真っすぐに落ちていく様。

 

 

 そして。

 頭上を見上げると。

 

 ──バッグワームを着込んだ東春秋が、空閑遊真に向けアイビスを向けている光景であった。

 

 

 

 

「──ここまでだな」

 

 空閑遊真を撃ち抜き。

 東春秋は一つ息をついた。

 

 

 そして。

 

「はじめまして、でいいかな。──ヒュース」

「...」

 

 消火器の白煙も晴れ。

 東春秋はヒュースと向かい合っていた。

 

 

「さあ。──仕留めるといい」

 

 東はそのままヒュースに笑いかけ、

 ヒュースは──突撃銃を構えていた。

 

 幾つかの銃声が響くと同時。

 東春秋もまた──緊急脱出した。

 

 

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