彼方のボーダーライン   作:丸米

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ランク戦最終ROUND ⑩

 今の自らの状態はどんなものだろうか。

 思考そのものは冷静なのだ。どう戦うか。どう相手は動くか。その構築も想定も、湯水が溢れるように湧き出てくる。

 

 だが。

 今──ヒュースを眼前にして。

 加山は自分の思考の方向性がガッチリとロックされた感覚を心底から味わわされていた。

 

 これが。

 これが──闘争に自らの感情を処理する人間の感覚なのか。それを自覚して、加山雄吾は身震いした。

 

 身体が。

 精神が。

 もしくは、己の魂が。

 

 この戦いから逃れるを許さない。

 眼前の男を叩きのめさずにはいられない。

 脳髄を突き抜け背骨を通り心臓を叩き腹の底に下っていく、昏く熱く迸る火花。

 

 

 その火花が散った瞬間。

 全身がその心に指令を与えていく。

 

 

 殺せ、と。

 

 

 これはただの敵ではない。

 お前の記憶の奥底にある地獄を作り出した怨敵で。

 その怨敵が怨敵のままこの場に存在する矛盾すらも抱えて。

 お前の眼前に立っている。

 

「ははっ」

 

 今まで。

 弱者のインスピレーションと共に戦ってきた思考が。

 別物の何かを携えてここにある。

 

 あの時、エネドラの如き何者かが与えられた別人格とは違う。

 エネドラという存在を火種に、間違えなく自らが自らの為に作り出した在り方。

 

「やってやるさ」

 

 弧月を構える男を前に。

 加山は笑みを浮かべる。

 

 

 ああ。

 成程。

 

 よく理解できた。

 

 自身の感情を火種にした戦いというものは──こんなにも楽しいんだって。

 

 

「──さあて、どうなるか。楽しみだな。まあお前としては楽しむ余裕もないか」

「まあ、そうですね」

 

 観客席。

 その一画にて──鳥丸京介と出水公平がいた。

 

「まあ普通に考えればヒュースが有利だろうけどな。──トリオンの量もあるし、やっぱり近接戦での経験に分厚い差がある」

「ええ。俺もそう思います」

 

 これまで見てきた戦いぶりを見てきて。

 前回のラウンドで香取と影浦に囲まれながらも対応し、二人ともを仕留めたヒュースの単騎での力は図抜けている。

 

「でもなぁ。──加山が勝算なく戦いの場に現れる訳もない、って確信もある」

「.....」

「まあ、あの場で戦いの択を取る事自体アイツらしくない、ってのはあるけどな」

「まあ、こちらとしてもそこは本当に助かりましたね」

 

 この場で一番嫌だったのは。

 加山が時間切れまで潜伏する選択を取る事であった。

 

「まあ潜伏は潜伏でリスクがある。東さんレベルになれば話は別だろうが、今の加山にはエスクードがない。ヒュースのメテオラの爆撃と突撃銃の掃射で虱潰しに探す中を壁も張れずに逃げ回る泥仕合を──残りニ十分か。それくらい続けられるかっていうと結構厳しいものがある。弓場隊としては順位も決まっているし、ここは気持ちよーく一騎打ちで....ってのも十分考えられる。ただ──」

「ただ?」

「こういう時──嬉々として泥試合を選び取るのが加山だったよなぁ、とも思うからよ。意外だなとも思う訳だ」

「.....ですね」

 

 加山はこういう時に泥仕合を平気で選べる人間だ。

 それというのも加山の基本思想の中では──自分に可能性を積み上げていくよりかは、他者の可能性を虱潰して行くほうが勝算が高いと判断していた人間だったから。

 

 自分のカードと相手のカード全てを出し切って戦うよりも。

 自分のカードも相手のカードも大きく制限させて戦う方法を好んでいたからで。

 

 

「今までの戦い方を捨てたんだ。──正直、ちょいと楽しみにしている」

 

 どんな顛末であろうと。

 ここで加山は──今までの自分を捨てて、全く新しい戦い方をしているのだ。

 

 

 ヒュースの斬撃が行使されると同時。

 加山は──身を捻りそれを避けつつ、スコーピオンの一撃。

 

 回避動作から、流れるような刺突動作に──ヒュースは少しばかり違和感を覚える。

 

「お前の太刀筋は、エネドラの記憶にあるんだよ」

 

 加山の斬撃は、ヒュースの首を通る軌道の腕先から──突如ヒュースの手首を斬り落とさんとする軌道へと変化し、襲い来る。

 ヒュースはシールドにてその斬撃を防ぐ。

 

 そして。

 加山のスコーピオンを斬り上げにより弾き、距離が出来た瞬間にバイパーの置き弾を作り出そうとして。

 

 その動作をした瞬間。

 加山もまた──それに倣うようにハウンドの置き弾を作り出す様を見て。

 シールドを手放すのは悪手であると、即座に判断した。

 

「気付いたか?」

「....」

 

 苦々しくヒュースは表情を歪め、加山に対峙する。

 

 ──そう。この正面からの戦い。ヒュースに分があるように見えて、実のところ加山に大きな有利が存在している。

 それは。相打ち狙いが加山には可能で、ヒュースには出来ないという差異の存在だ。

 ヒュースの強みは──優れたトリオンコントロールと近接戦での強みが両立している事だ。

 近接戦での差し合いの中、バイパーの置き弾の二段攻撃によって相手を仕留める。

 

 この動きが、封殺される。

 ヒュースが置き弾を使うと同時に加山もまた置き弾を用意しヒュースとの差し合いの中で使用する。

 

 加山の置き弾の分割は六分割と非常に大きい。

 恐らくは、自身ごとヒュースを確実に仕留める為に作成した弾体だ。

 

 バイパーの置き弾を使用しての弧月による斬撃は、当然それを行使する際はフルアタックとなる。

 防御が存在しない状況である事を察知すれば──加山は間違いなく相打ちを狙ってくる。

 

 相打ちになれば玉狛は生存点が取れないため、二位に上がれない。

 そこを見越しての──加山の戦術であった。

 

「──相打ちに対抗する為に、お前は俺と距離を取っている状況じゃなければフルアタックは使えない」

 

 ヒュースが加山に明確に有利を取れる部分は、角によって増幅されたトリオンと近接での戦闘能力。

 加山はその部分を最初から理解していたため──ヒュースが近接戦を「取りにくい」状況を作り出す。

 

 

 加山の置き弾が、発射される。

 

 

 大きく分割され──更に速度も絞ったその弾丸は、置き弾との二段攻撃を仕掛けようと足を止めたヒュースの前方及び左右を囲うように飛んでいく。

 

 速度が絞られているため、空いた後方に飛びずさり回避するのは容易い。

 

 しかし。

 ヒュースは一つ舌打ちした。

 

 

「──お前は俺が逃げられないように焚きつけたつもりだろうが、お前も同じだ。俺が何処に行こうが、お前は追うしかないんだよ」

 

 ヒュースが後方に飛び去った瞬間。

 加山はバッグワームを着込み、ヒュースに背中を見せその場から去っていく。

 

「逃がすか.....!」

 

 ヒュースは即座にバイパーをセットし、加山の背中目掛け弾丸を撃ち出す。

 

 加山は、バイパーの軌道から逃れるように細かい路地に入り、住宅地に入り込みながら、ハウンドを撃ち出す。

 

 ハウンドは、

 住宅地を迂回しつつヒュースの側面に向かうもの

 高所に打ち上げ誘導率を起動時間の終盤に強めたもの。

 ヒュースの正面に撃ち放ち、一点に集めたもの。

 

 正面と側面で二分割したシールドを作る必要を生じさせるとともに、時間差で放たれるハウンドに更に足が止まる。

 

 そうしてヒュースが足を止めるうち。

 加山が入り込んだ集合住宅からポツポツとトリオン反応が生まれていく。

 

「.....そうか」

 

 こちらが東を討たんと大きく動いていた時。

 加山は不思議な程静かだった。

 

 ──あの時間を使って、ダミービーコンの仕込みを行っていたのか。

 

 偽装トリオン反応が生まれてきた──という事は。

 

 住宅地の様々な区画からハウンドが撃ち出される。

 ビーコンを撒いた場所に置き弾を仕込み、順次撃ちだしていっている。

 ヒュースと対面した後も──しっかりと足止めする為の準備は怠っていなかったのだ。

 

 

「──行くしかないか」

 

 あの言葉は、加山の思考をこちらとの戦闘に向ける事には成功したが。

 ──やはり加山の中にある狡猾さに関して奪うまではいかなかった。

 

 撃ち出されるハウンドにシールドを張りながら。

 ヒュースは──加山が待つ集合住宅区内に足を踏み入れる。

 

 

 その地域は、八つの集合住宅が集まった区画であった。

 七階建ての同じ形をした団地が八つ。区画の中央には滑り台やブランコ、ジャングルジムといった遊具が存在する公園があり、周辺は砂利が敷き詰められている。

 

「....」

 

 それぞれの団地同士の距離は二十メートル程。

 それが四つずつ二列に並び、存在している。

 

 ──七階建てで縦に広い建造物が七つ。マップで間取りを見る限り、狭い部屋がひしめきあっており、通路や階段もかなり狭い。

 

 それはつまり。

 加山が遊真に使っていた低速弾道の戦術が通りやすく。

 スコーピオンとハウンドを使う加山が、弧月を使うヒュースよりも相対的に有利を取れる。

 

「....あまり悠長に構えるわけにはいかない」

 

 このまま刻々と時間が過ぎれば不利になるのは自分だ。

 時間切れになったとしても加山の勝利だ。

 

 団地の通路に設置された置き弾のハウンド弾が、吹き上がるように発生し──ヒュースの周囲に降りかかる。

 

 ──虱潰しに行くしかないか。

 

 ヒュースは放たれていくハウンドの置き弾の弾雨をシールドで防ぎながら。

 

 突撃銃を構え、団地に足を踏み入れていった。

 

 

 

 

 一方。

 加山としても──有利は取れはしているが、決定力がさほどないとも考えていた。

 

 ヒュースはビーコンの反応を虱潰しに探していくつもりだろう。

 その間加山は置き弾の配置→移動→発射というサイクルを回しつつヒュースに一方的に攻撃が出来る状況ではあるのだが──いかんせんヒュースがハウンドのみで崩せるほど容易くない。

 

 どれだけ戦闘技術が高かろうと、押し返せない程の物量で攻める事で跳ね返せていた今までの相手とは違う。ヒュースは、恐らく”角”の効果によって二宮以上のトリオンを持っているはずだ。

 こちらも高いトリオンを持ってはいるが。

 その部分で言えば明確にヒュースは格上であり、下手すれば二倍近くの差があってもおかしくはない。

 

 ──団地で戦う状況に入ると。確かに有利が取れる状況は作れる。とはいえ現状ヒュースには突撃銃という手札がある。

 

 低速弾道で戦おうとすれば、あの突撃銃が迎え撃ってくる。

 密室内での戦いであっても壁越しに銃撃を放てる。

 

 下手すれば──ヒュースのシールドをもってすれば、威力に振ったハウンドであっても強引に突破できない可能性すら存在する。

 

 加山にとって厄介なのは、何よりもその防御能力であった。

 

 単純にシールドが硬い。

 その単純な硬さを持ちながら、近接戦も射撃戦も全て高レベルで纏まっている。

 

 ──総合力で言えば、間違いなくB級で最強の駒だろう。

 

 だからこそ。

 勝つためには──自らの能力以上のものを突き詰め、積み上げ、立ち向かっていくしかない。

 

 ──勝負をかけるなら、このハウンドの置き弾以上の何かをぶつけられる環境を設定した時だ。

 

 ハウンドとビーコンで意識を散らせて。

 必殺の一撃を叩き込む。

 

 ──ここで仕留める。

 




中途半端なところで切ってすみません。
多分次で決着まで行けると思います。多分。
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