彼方のボーダーライン   作:丸米

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アンケートは197対185という大接戦の果てに草壁早紀ちゃんに決定しました。
次の話くらいから出てくると思います。


白色を染める/白色に染まる

 目の前に、乗り越えられない壁があった時。

 どうしようもなく、自らの両腕で登り切る事が不可能だと。そう思ってしまった時──。

 

 草壁早紀は、聡明であった。

 その聡明さゆえに、理解できてしまった。

 

 己の才覚。己の実力。その全てを用いても──眼前にそびえたつ壁を乗り越えられぬと。

 聡明故に気付けたことが故に、一度の敗北で思い知らされた。

 これからどれだけの時間を費やそうとも埋められぬ彼我の差。

 

 されど。

 彼女の自尊心が、その現実の前に折れる事を許さなかった。

 理解できてなお。

 ただ負けて終わる結果を受容する己のあり様は、どうしても──

 

 

 そうして彼女は、戦闘員としての姿を捨て、スーツを身に纏い、オペレーターとなった。

 己の才覚。己の適正。その全て、己が一番理解できている。

 己のプライドの為。

 彼女は最善を選びきった。

 

 

「一応、正式なルールはこんな感じらしいっすね」

 仮想空間内。

 加山は、東から送られてきたメールを読み上げる。

 

 ・マップは市街地B。ただし通常のランク戦で使われるマップよりも広めの設定。

 ・試合開始と同時、各部隊まとまって転送される。各部隊同等の距離を置いてのスタート。

 ・時間が十分進むと、マップの収縮範囲が決まる。更に十分が進むと、一定の速度でマップの収縮が始まる(おおよそ一分で収縮完了)。十分で収縮範囲の指定→そこから十分後に収縮開始。これを繰り返す。

 ・収縮範囲完了後の外側のマップには、残存した場合に不利となる事象が発生する。その事象の内容は当日に公表。

 ・最終的な勝敗はポイント制。敵の戦闘員を倒すごとに1ポイント。生存点は部隊数の多さをふまえ、通常のランク戦より倍増しての+4点とする。

 ・制限時間はなし。最後の一部隊が決まるまで試合は続行される。

 

「今の段階で解らないのは、一度の収縮範囲がどれくらいか、ってことと。収縮範囲外にいることのデメリットの内容だな」

「収縮の範囲にもよるでしょうけど、収縮範囲の内側に入れるかどうかがとても重要になりそうね」

「収束地点は、東さんが戦況を見ながら決めていくらしいっすね。──何を基準にするのやら」

 那須玲はスマホの画面越しにうーん、と首を傾げ。

 

「.....生存点4点は、かなり大きいですよね」

「大きいよなぁ。それに制限時間なし、最後の一部隊になるまで戦うって事は──生存点は必ず何処かに入る事になる訳だ。通常のランク戦よりも”生き残る”事がクッソ重要になるな」

 黒江はルールにしみじみとそう呟き、

 

「.....とはいえ。結局の所ポイントの取り合いって事は、生き残れば勝ちって訳でもないのか」

「だなぁ。隠れまくって最後まで生き残ったところで、他の部隊が四点以上取ってたら負けちまう」

 遊真はふむん、と呟いた。

 

「で──隊長。これからどういう訓練をするんだ」

「隊長はよしてくれやい」

「だって隊長だろ?」

「隊長だけどさぁ」

 

 遊真はにこやかに、加山に方針の提示を求めた。

 

 ──まあ、勝負はもうここから始まっているのは確かだ。

 

「今回の戦い。俺としてはこの三つが重要だと思う。──まず一つ。マップの収縮地点が判明する前にはぜっっったい戦闘しない事」

「.....何でですか?」

「戦闘するって事は、バッグワームを解くことになるだろ。バッグワーム解いたら他の部隊に位置が知られる事になるだろ。俺たち以外六部隊──それも、俺達の部隊に匹敵できるレベルのメンバー全員に位置が知られてみろ。よってたかってリンチで死ぬかもしれないし。収縮マップの外側にいたら移動している所をバカスカ撃たれる。地獄」

「確かに.....あまりそれは考えたくないわね」

 

 今回のランク戦。”移動する”事が強制されるルールとなる。

 なので序盤に位置が知られた状態から、時間に追われ移動が強制される状況になると──”安全圏から待ち構えられる”というあまりに恐ろしい状況に陥る羽目となる。

 

「収縮地点が判明して、移動する必要が出てきた時、場所が割れてたら先回りして潰されるのがオチ。特に銃手射手に囲まれたら本当に最悪。序盤の内は戦闘を避けなければならない。ぜっっったい」

 

「なるほどなるほど。他の二つは?」

「二つ。危険地帯から安全地帯へと向かう際の戦術。三つ。安全地帯から危険地帯の敵をぶっ殺す為の戦術。この二つを最低限用意しておくこと」

「.....と、いうと?」

「多分このランク戦の基本的な戦闘は三つに分類される。安全圏内での戦い。安全圏から危険地帯に対する戦い。そして危険地帯から安全圏内の部隊との戦い。──そして基本的に二つ目の戦いで如何に点を取って。三つ目の戦いで駒を落とさないかが重要になってくる」

 

 マップの収縮によって、その安全圏内にいる事が決まった部隊は。

 間違いなく、その外にいる部隊へ攻撃を仕掛けてくる。

 収縮が繰り返されマップが狭くなるごとに、この戦いは熾烈を極める事になるはずだ。

 

十分で収縮が始まり一分程度で収縮が収まるという事は、おおよそ十一分で安全圏に入らなければいけないという事になる。

 

「──という訳で。基本的に俺は安全圏から外の敵へ攻撃を仕掛ける時は、こういう方法を取ろうと考えています」

 

 加山は。

 地面に手を付けると同時──エスクードを広域に展開する。

 

「エスクードでマップの境界線上を埋めつつ、背後から弾丸を降らせていく。幸い俺はハウンドがメインで那須さんもバイパー使いとあって、エスクードの射線封じが全く問題にならない。──なので、俺はこの戦術の訓練を行うと同時」

 

 加山は、遊真と黒江を交互に指差し、

 

「二人は──俺のこの防壁を乗り越えつつ連携して俺を殺す。ひとまずこの内容で訓練してみよう~」

 

 加山はエスクードを張った裏側から二人に攻撃を仕掛け。

 遊真と黒江は、エスクードを乗り越え、その背後にいる加山を仕留める。

 

「攻撃手の二人は特に、安全圏内への移動の時に積極的に狙われる駒だろうから。そこも二人でカバーしながら戦ってもらおうと」

「.....成程」

「いいね。楽しそうだ」

 

 遊真と黒江は、両者ともに頷くと。

 

 

「それじゃあ、互いに五十メートル位離れて──」

 

 加山はエスクードの上からハウンドの用意を行い。

 遊真と黒江は、互いの得物を握って。

 

「はじめ」

 

 訓練が開始された。

 

 

 ハウンドの弾幕の中。

 小柄な二人が、その身を捩り駆けていく。

 

「クロエ。あの高速移動の奴で、一気にエスクードを乗り越えよう。カバーする」

「了解」

 

 ハウンドの弾雨による上空からの面攻撃が降り注ぐ中。

 両者は左右に散る。

 

「──韋駄天」

 

 黒江はサイドステップによる回避動作から、即座にエスクードの上側へ向かい韋駄天による直線行動を開始。

 遊真のシールドにより軌道上のハウンドは消滅し、黒江はエスクードの上を取る。

 

「──もらった!」

 

 間髪入れず、黒江は移動先から韋駄天を発動する。

 ここで少しでも時間を与えれば、軌道上に攻撃を置かれてしまう。

 少しでも、時間を切り詰め攻撃を行わなければならない。

 

 ──そうして、韋駄天の発動が行われると同時。

 加山の右手が跳ね上がり、拳銃が構えられる。

 

「.....ぐ!」

 

 弾丸が放たれ、黒江の弧月が加山を斬り裂くよりも早く、その身を弾き飛ばす。

 

 

「狙い自体はそこまで悪くないんだけどなぁ。韋駄天使って安全圏に入ろうとするなら空閑君が先行してからでも遅くはないでしょ」

「なかなかむずかしいですな」

「ただ連携そのものの息は滅茶苦茶合ってる。後は、もうちょい空閑君が前に出よう」

「....」

 

 ──息が合っているのは、間違いなく空閑先輩があたしの行動に合わせているからだ。

 

 攻撃手同士の連携は、非常に難しい。

 攻撃の速度と密度、そして何より互いの距離の問題により。攻撃手同士の連携は、どのポジションのそれよりも難しい。

 

 しかし。

 空閑遊真は至極当然のように、黒江の意図を汲み取り、合わせていた。

 高速移動による斬撃という、これまた特殊な技能を持つ黒江の特性を理解しカバーリングを行っていた。

 

 ──空閑先輩はただ強いんじゃない。視野が広くて対応力が高いんだ。だから自然とサポート役に収まった。

 

 即席で連携を取らなければならない状況の中で。遊真は自分がサポートされるよりも、黒江のサポートをする方が効率的であると判断したのだろう。だから、基本的には黒江の後ろにつき、その動きに合わせていた。

 それに対して、加山は遊真に前に出つつ黒江のサポートをしてほしいと言っている。黒江よりも前に出て、その上で黒江の動きを読んでサポートをするという非常に難度の高い要望だ。加山はその程度当然に出来るだろう、と遊真に信頼を置いていると同時。遊真と黒江の二人のうちどちらかが重い負担を負う必要があるなら、遊真に負わせるべきだと判断しているのだ。

 

 自分が、A級であるのに。

 

 そして。

 何より。

 

 もはや別人であった。

 加山雄吾の動きそのものが。

 

 ──身のこなしも、攻撃のキレも。全部が全部。今までの加山先輩じゃない。

 

 元々。加山はトリオン体による動きの鈍さをカバーする為に豊富なトリオンによる質量戦とエスクードを用いた戦術を多用する戦闘員であったはずが。

 戦術的な部分を差し引いても、A級でも通用できる能力を携えている。

 

「さあて。明日、オペレーターの人と那須さんと合流するまでにこっち側の課題は可能な限り終わらせとこう。──さあもう一回」

 

 今、必死になって追い縋る立場なのは自分だ。

 その事実に歯を食いしばって──黒江双葉は「はい」と返事をした。

 

 

 一方。

 加古隊作戦室。

 

「──そういえば」

「ん? どうしたの堤君」

 

 そこには──同年代の二人。加古望と、堤大地の二人がいた。

 

「加古隊からは確か、黒江を出したんだよな。加古ちゃんは出なかったんだ」

「こういう機会は私みたいなのがでしゃばるべきじゃないのよ。東さんが企画したからって内心大喜びして部隊全員引き連れて参加した二宮君と違うのよ、私」

「はは.....。でも外野で見る分には楽しみだよ。確か黒江は──」

「確か、加山君と空閑君と那須ちゃんのチームだったわね。いいじゃない。──特に空閑君からはちゃんと色々刺激がもらえるだろうし。何より──多分()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうし。いい部隊に入れたわ」

「この四人、間違いなく強いと思うんですけどね」

「強いのは間違いないわよ。ただ双葉に限らず、加山君も那須ちゃんもかなり特殊な駒で、短期間で連携を組むとなるとかなり難しいと思うわ。そこら辺をシンプルに総合力が高い空閑君がバランスを取らなきゃいけないでしょうね」

「言っても.....他の部隊も大概尖っていると思うけどね」

「でも、加山君とは部隊運用の経験値が大違いじゃない。今回、嵐山君や風間さんも隊長で入っているのよ?」

「本当....忙しいだろうに。よくあの二人に渡りをつけられたよね....」

 

「太刀川君、二宮君、出水君、風間さん。当真君に奈良坂君。この辺りの解りやすく強い駒があるところはそれだけで戦術が組みやすいもの。そういうシンプルな強さは加山君の隊には無いわ。──ああ。あとこのルールだと菊地原君が恐ろしく強くなるわね」

「名前が挙がっているだけでも凄いメンバーばかりだね....ところで、加古ちゃん」

「ん?」

 

 

 堤は──微笑みながら聞いた。

 

 

「これは?」

「海鮮バニラシロップ炒飯よ」

 

 堤が座るテーブルの上。

 真っ白。

 真っ白な米がそこにあった。

 

 その白というのは。米本来が持つ輝くような白ではなく。もったりとしたクリーム色の白に染まった米であった。

 小エビも。イカも。卵でさえも。クリームの白に染まっている。

 

 

「人生って....驚きに満ちているものだわ。未来に楽しみがあるって、幸せな事よね」

「.....」

「召し上がれ」

 

 

 堤の口腔内。喉奥。その視界も。そして意識。そして無意識。そしてその生命そのもの。

 

 その全てが白く染まっていく──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──あぎゃがががああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら。世界は、驚きで満ちている。また一つ未知なる出会いが生まれたわね。堤君──」

 

 堤のその表情を、未知と遭遇した瞬間の驚きに満ちているのだという。そういう解釈を施し。

 彼女は花のように微笑んだ。

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