彼方のボーダーライン 作:丸米
「俺はこの部屋に泊まり込むけど。二人は帰りの足はあるか?」
本部の空き作戦室。
三人での訓練は、途中でそれぞれの防衛任務も挟み込みながら続けられ。日が沈む時間帯となっていた。
「はい、ご心配なく。私は加古隊長の車で帰ります」
「おれは今日は支部に戻らないと伝えているから大丈夫。おれもここで泊まるよ」
「ありゃ。いいのかい?」
「ああ」
と、いう訳で。
「ウチの双葉が世話になったわね。ありがとう」
加古隊作戦室まで、黒江を送り届ける。
「うっす。こちらも世話になりました。──で」
「ん?」
「その、堤さんらしき糸目の死骸は何なんですかね.....?」
ソファの上
そこには──短髪糸目の大学生が、物言わぬ肉塊となり横たわっていた。
「あまりの衝撃に意識が奪われたらしいわね。未知との遭遇の前に意識が持たなかったみたい。戦闘中だと肝が据わっている方なのに、料理に関しては小心者みたいね」
「ついに炒飯で人殺したんですかァ? バイオ殺人もいい加減にしてくだいよ?」
「そんな訳ないじゃない。──あ、きたきた」
本部から、また人影が。
そこには──
「....あ、諏訪さん」
「...」
無言のまま。
諏訪は堤の襟首を掴むと、ズルズルと作戦室の外へと引き摺って行った。
「....」
「....」
「じゃあ双葉。作戦室ももう空いたから。鍵をかけて、帰るわよ」
「はい」
そうして。
更に作戦室から加古と双葉が出ていった──。
「....つつみさんには、何があったんだ?」
「....何があったんだろうねぇ」
ぼそり呟いた遊真の言葉に。
加山はただそう呟いた。
その後──。
「──つつみさんは、炒飯を食べた」
「うおぉ!」
背後から、別な誰かの言葉が飛び込んできて、加山は思わず叫んだ。
「やぁ。かやまくんに、くがくん」
そこには。
一人の、恐らく人間に分類されているであろう人物がいた。
恐らく、という注釈が付くのは。ひとまず会話が成立し意思の疎通が可能で二足歩行が可能であるという人間としての構成要素がそこに確固として存在しているからであるが。
しかしその姿形を見ると。極端に低い身長に加え。頭身のバランスが明らかにおかしく、また顔の作りが、こう、何というか。パーツごとにネコっぽい──ネコそのものではなく。ネコっぽい。そういうパーツで構成されている。
「....喜多川先輩」
そう
彼女こそが──加古隊工作員、喜多川真衣隊員である。
「かわいそうに。──つつみさんは、やさしい」
「....」
「....」
「やさしいのに、いつもはずれをひく。つつみさんは、うんがわるい」
「....」
「....」
「ふたりとも、きをつけてかえってね」
そう言うと。
非常に緩やかな歩調で、喜多川は加古隊作戦室の前を通り過ぎていった──。
「.....」
「.....」
「帰るか...」
「うん....」
もうやだ。
何なのこの部隊.....。
※
「──さあて」
そして。
一旦加山は遊真と別れ、警戒区域の外に出る。そこでとあるブツを手に入れ、背負った冷蔵ボックスに入れてまた戻ってくる。
作戦室に戻ると──加山は椅子に座り。どうしたもんかなぁ、と呟いた。
「どうした、カヤマ?」
「いやぁ。トリガー構成どうしたもんかなぁ、と」
「ふむん」
現在の加山のトリガーは、最終ROUND以前の、従来と同じ。
メインに拳銃、ハウンド、エスクード、ダミービーコン
サブにメテオラ、ハウンド、シールド、バッグワーム
この構成でやっているものの、
「個人的にメテオラ要らない気がしているんだよな。うるせえし規模がデカいから敵にすぐばれる。トラップ目的で使おうにも、移動が強制されるルール上罠仕掛ける余裕もなさそう。正直あまり使い道がない」
「確かにメテオラ単体だと使い勝手悪いかもなー。ただ、安全圏に移動している相手に、エスクードの裏側からあのメテオラとハウンドの合成弾使われるの敵側からしたら嫌だとおれは思う」
「使い道があるとしたそこだよなぁ.....。ただ安全圏から攻撃する手段はハウンドと、那須さんのバイパーだけでも十分に機能する気がしている。それに合わせると、拳銃もなぁ...」
加山は前線での戦いを安定させる為に拳銃を導入していたが。
遊真に黒江という機動力を併せ持った強力な攻撃手二枚いる状態で前に出る場面はあるのか──という思考がチラついていく。
「最初から合流している状況からのスタートだからな。持っていれば弧月使う相手や射手と戦いやすくはなるけど。純粋に中距離の質量がそこまで高くないのが..」
実質、加山が持つ中距離の手札はハウンドのみという事になる。
那須とのバイパーと合わせて──遊真と黒江に”点を取らせる”弾丸は揃っているように思えるが。純粋な撃ち合いで勝てる構成にはなっていないように思える。
「ふむん。加山は、どういう構成に変えようと思っているんだ?」
「メテオラ抜いて、アステロイド入れるか。メテオラも拳銃も抜いて両方アステロイドでそろえるか。悩みどころだなぁ....」
拳銃を残すか。
それとも完全に射手の構成にするか。
「まあ、一先ずは拳銃は残しておくか....。折角そろそろマスターってところまでは来ているから」
「カヤマの後半からのメインウェポンだったもんな」
「那須さんの”鳥籠”に合わす分にはワンアクションで弾丸撃てる拳銃の方が便利だろうしなぁ。──まあ拳銃残すかどうかは明日オペの人と那須さんと合流してから決めるか。さ、飯食べようぜ」
「ほう。ご飯を用意してくれているのか」
「空閑君が知っているかどうかは知らんが。こっちの世界では飯を取り寄せるにあたって大変便利な”出前”というシステムがある」
という訳で。
加山は事前に用意し、冷蔵ボックスに保管しておいた──出前の品を取り出す。
そうして。
加山が取り出したのは──
「ほほう。これがうわさに聞く、”スシ”というやつですな」
「ああ。さっきはこれを警戒区域の外まで取って来ていた」
寿司であった。
「一応苦手かどうか解んなかったからわさびは別にしておいた」
「ふむふむ。わさび....」
作戦室の床に寿司ネタを拡げ。
二人は取り敢えず、一つ食べた。
「うまい」
「そりゃよかった。寿司は好みが分かれるからどうなるかと思ったけど」
どうやらお気に召してくれたようだ。遊真はにこやかに寿司を口に運んでいく。
「一応、ここで泊まるとなると。寝具はそこのソファか、俺が持参した寝袋のどちらかになるが。空閑君はどちらがいい?」
「ん? ──ああ。おれには寝具は要らないよ」
「.....あ、そうだったな。すまん」
.....すっかり忘れていた。
遊真の肉体は、今黒トリガーの中に格納されていて。そもそも彼は眠ることが出来ない状況だったのだ。
「.....そうだった、な」
加山は。
その事実をすっかり頭の奥から抜け落ちていた自分に──何処か、愕然としていた。
「.....空閑君は」
「ん?」
「そもそもの目的は──黒トリガーについての情報をボーダーから得る事だったよな」
「うん」
「.....その目的が果たされたかどうかは、俺は知らないけど。──まだボーダーに残っている理由は、三雲君か?」
「....」
加山の問いかけに。
空閑は少しだけ考えると──。
「オサムは、一番大きな理由だろうな。チカの事も、アイツの事も、力を貸してやれるなら貸してやりたかった」
「....」
「ただ──今となっては。おれ自身が。ここに到着した時点であまり生きる目的がなかったから、っていうのが。一番大きな理由になるのかもしれない」
「....」
遊真は。
そう長くない未来に、死ぬ。
彼自身の肉体は緩やかに死へと向かっている。
──三雲修が近界への遠征を狙っているのは。間違いなく遊真の現状を救う事も、目的の一つなのだ。
「ただ──今は皆の力になれる事も。そしてボーダーで仲のいい人と戦う事も。こうやって誰かの下について戦う事も。全部が楽しい。だからおれは、ここにいる」
そして。
空閑遊真は──今ここにいる事そのものに価値を見出している。
だから、ここにいる。
「そうか。──楽しいんだな」
「ああ」
「そりゃあ、....よかった」
「ふむん。──カヤマは、よかったと思うんだな」
「思うよ。たとえ玉狛は敵だとしても」
やはりというか、何というか。
加山はどうしても──肩書やレッテルを基準に憎悪すべき相手を選定することが出来ない。
例え近界民であったとしても。例え玉狛の一員であったとしても。
遊真が生きてきたこれまでは過酷で。そしてこれから待ち受ける未来も困難に溢れていて。その中で──確かな生きる意味と人生の楽しさを味わっているのならば。それは加山としても嬉しい限りだ。
今だけではなく。これからも。
寿命の問題も解決して、この幸せを噛み締められる日々が更に長くなってくれるというのならば。心から喜ばしく思うだろう。
だが、
「でも。──たとえ玉狛が遠征に行けなくなって、空閑君の寿命の問題が解決できぬまま死ぬ事になろうとも。それすらも受け入れて玉狛を全力で叩き潰そうとしたのもまた、嘘のない事実だ」
「....」
「その為に。雨取さんの心の弱さに付け入るような戦い方をしたとしても」
加山はそれでも。たとえ空閑遊真の命がここで息絶える事になろうとも。
それでも玉狛は、遠征に向かうべきではないとも──そう心の底から思っていた。
それもまた事実。
「俺はまあ、偽善者だよ。空閑君の事は嫌いじゃないしいい奴だし出来れば長生きしてもらいてーなーとも思うけど。それよりも俺個人の感情の方が、そういう思いよりもずっと優先順位が高い」
「....」
「まあ。だから──間違っても俺の事を”いい奴”だと判断しない方がいい。人並みに他人を思う事は出来ても、そんなもの平気で捨てられるのが俺だ」
「.....参ったな」
遊真は、うーんと一つ唸る。
「おれの副作用は思った通り──人の嘘を見破る事にあるんだけど」
「だな」
「単なる事実に関して嘘をついているだけだったら、問答無用で嘘を見破れるけど。でも。──人の心とか、考えとか。そういう実体を持たない事に関しては。本人が心の底から本当だと信じて放った言葉なら。どうしても副作用が発生しない。たとえ、それが実際と異なっていたと思っていたとしてもね。どれだけその実態が善人だったとしても──本人が心の底から悪人だと信じていて、”おれは悪人だ”って言っていたら。多分おれはそれを”嘘”だと判別できないんだと思う」
「....」
「今カヤマが言った言葉に嘘はなかった。カヤマも本音でそれを言っているんだと思う。でも──これはおれの副作用とは別の所が言っている。カヤマは、自分の感情を平気で捨てられる人間じゃない」
だから、と。
遊真は続ける。
「おれは。──あの時俺を助けてくれたカヤマの姿を、信じるよ」
と。
ただ、そう言った。
※
その後。
加山と遊真は寿司を食い終わると、そのまま深夜まで個人戦を続けていた。
その後加山は4時間ほどの睡眠の後に、起きてからまた更に遊真との個人戦を行った。
「勝率──おおよそ4割。やっぱり、機動力が一定以上高い攻撃手相手には不利だな」
「ふむん」
「村上先輩とはギリちょんで五分。影浦先輩でももうちょい勝率が高い。──機動力高いとハウンドが足止めの手段としてあんまり刺さらないのが痛いな」
夜から朝にかけて個人戦を行った結果として。加山は遊真に負け越していた。
「この前のラウンドみたいにスコーピオン使ってみたらどう? マンティスもかなり使いこなせていたじゃん」
「あれは建物内で戦わないとそこまでアドバンテージにならないからなぁ。──さて。そろそろ時間かね」
午前十時。
「──おはようございます、空閑君に加山君。今日はよろしくお願いします」
「おはようっす那須先輩。今日はよろしくお願いします。そんで──熊谷先輩も。わざわざ来ていただきありがとうございます」
「よろしく。あたしは今日玲の付き添いだから、訓練とかには首を突っ込まないから。存分にやって頂戴」
那須玲は、熊谷友子を連れ添い、作戦室までやってきた。
──やはりというか。身体の弱い那須玲の事を気遣って、同部隊の熊谷が同伴しやってきた。
正直、本当に助かる。
こちとら、戦闘員が全員中学生。いざ体調が悪化した時にどういう処置をとればいいか重々に解っている熊谷の存在は非常に頼りになる。
「こんにちは。今日もよろしくお願いします」
「はいどうも。昨日ぶりだな、黒江」
そして。
昨日に引き続き黒江双葉も到着。
「さあて。──残り一人」
あとは。
オペレーターの到着を待つばかり。
キィ、と。
ドアが開かれる。
そこには──
「こんにちは。──A級草壁隊、隊長。草壁早紀。よろしくお願いします」
二つ結んだ髪が前に流れる、小柄な少女がそこにいた。
目つき鋭く、雰囲気は少々刺々しい。怜悧な空気を纏ったその女性は──オペレーターであり、尚且つ中学生でありながら。A級部隊を率いる隊長である。
「え.....マジ?」
なんと。
加山の臨時部隊、そのオペレーターは──A級部隊隊長であったとさ。まる。