彼方のボーダーライン 作:丸米
加山雄吾と草壁早紀は同期であり同年代であるが、特段の関係性はない。
しかし、草壁自身は加山の事を知っていた。
──同情していたんだと思う。
彼はそもそも根本的な才能がなかった。
人を撃てない。
他者を傷つける行為そのものに、どうしようもない忌避感を持っていた。
なのに戦闘員に拘り続け、幾度となく苦痛を繰り返しながら、B級に這い上がった。
根本的な”戦えない”という才能の無い所から這い上がり木虎を下した。
──同時に、あの在り方は自分には持ち合わせていないものだとも思った。
草壁早紀は、銃手からオペレーターに転属した異色の経歴を持つ。
この背景にあるのはただただ合理的な思考であった。
自分の適性を見つめ直し、戦闘員として自分を見限り、オペレーターになった。
低い可能性を切り捨て。より己の適正の高いものを選び取る。客観を基準に、合理を重んじ、そうして行きついた草壁早紀という存在は──A級4位部隊の隊長という肩書を纏うに至った。
真逆。
加山は、全くの真逆の存在であった。
どうしようもなく低い可能性に賭ける他なかった。恐らく、他の道なんてものはあの男にはなかった。だから彼は己の適性を無理矢理捻じ曲げて、戦闘員を続ける他なかった。
加山が持つ合理性というのは、草壁が持つそれとは全く毛色が違う。
草壁は、より自分の能力を活かすための選択をする為の合理性を持ち合わせており
加山は、適性も能力もない自分をカバーする為の合理性を絞り出していた。
今期。草壁がスカウトの為三門市から離れている間に──加山は弓場隊に入り、そして二宮隊を下したという。
正直な所──草壁は加山よりも、以前に弓場隊に在籍していた神田の評価の方が高かった。
故に加山が入隊した事で、自分の想定を超えるような何かが弓場隊に起こったのかと。そう興味を持ち、ランク戦の記録を遡った。
そこで見たのは──
※
「と、いう訳で──全員揃いました。改めてよろしくお願いします那須さんに草壁さん」
「よろしくお願いするわ」
「よろしくお願いします」
そして。
臨時部隊全員が出揃う事となった。
空閑遊真、黒江双葉、那須玲、そしてオペレーターの草壁早紀。
草壁は今回の部隊戦におけるルールと、メンバーを確認すると、
「.....今回のルールだと。間違いなくこの部隊は大きく不利になるでしょうね」
と言った。
「やっぱり──狙撃手がいないから?」
「ええ」
加山の言葉に、草壁は一つ頷く。
「このルールだと、序盤は基本的に隠れ合いになる。戦闘は基本的に行われないと考えていい。──でも狙撃手がいる部隊は、撃てなくても周囲の確認がしやすい。序盤に位置が把握されたまま移動が強制される状況になったら、狙撃手に一方的に撃たれる状況になる」
「.....ただ、基本的に狙撃手は機動力が低い分、移動が強制された時に狙撃手が滅茶苦茶浮きやすい駒になる。その分の不利でトントンかな、って気もしてるんだよな」
「いいえ。機動力に関していえば、狙撃手がいないというだけでこちら側の動きが大きく制限される事になるわ。狙撃が通るルートが通りにくくなり、そこから逆算して相手側に経路が抑えられる可能性がある。──狙撃手がいる部隊は、狙撃手単体をどうやって安全圏に入れるか、という狙撃手個人のカバーリングの話になるけど。こちらは狙撃手の脅威を避ける為に全員がどう動くか、という部隊全体の話になる。間違いなく、”移動”という分野においても狙撃手がいない事は不利に働くと思うわ」
「....」
成程、と加山は草壁の言葉に深く頷く。
加山が想定しているよりも──草壁早紀はこの部隊戦の特性を深く理解している。
「その通りっすね」
故に。
加山は素直に、草壁の言葉の正しさを認めた。
「その話を踏まえた上で。なら狙撃手への対策をどうするかって話になると思うんだけど。狙撃手の攻撃を”防ぐ”対策か”隠れる”対策か。どちらかに注力しなければいけなくなるだろうな...」
「今回のルールで言えば間違いなく”隠れる”に注力しなければいけないでしょうね。防ぐ、となると基本は隊で固まって四方をカバーする事になるけど。今回のルールでは序盤は基本的に隠れる必要がある。メンバーを固めて見つかりやすくする訳にはいかない。だから、どう狙撃手から”隠れる”か。そして隠れる事と、機動力をどう両立させるか。そこに注力して陣形を考えた方がいいと思うわ」
──段々解ってきた。
加山は、草壁早紀という最後のピースがこの部隊に入った事により──東から出された課題の一端を理解した気がした。
まず間違いなく”機動力”が一つのテーマだ。
空閑と黒江。そして那須。三人とも機動力が非常に高い駒であり。
そしてこちらに付いたオペレーターは、A級の中でもトップで”動ける”部隊を率いる隊長。
特に草壁は、機動力を絡めた戦略に関しては一家言あるのだろうと、今のやり取りだけでも強く感じた。ルールの特性についての理解も恐ろしく深い。──”機動力”をどういう形で活かすのか、という部分。その為に狙撃手を省き、機動力の高い駒を揃え、そして機動力に関して造詣が深い草壁というオペレーターを送り込んだ。
「狙撃手から隠れつつ、そしてこちらの機動力を削らず、移動する必要がある。.....序盤はとても窮屈な動きになりそうね」
「序盤はきついけど、逆に狙撃手の位置が判明してくる後半になるにつれて有利になりそうではあるな。全員前線に立ててなおかつ足が速いのは間違いなくこっちの利点だ」
「.....どう序盤を隠れ切るか、って部分が重要になってくるんですね」
.....つくづく、弓場隊における外岡の役割がどれほど重要だったのか。この状況になってより深く浮き彫りになっていく。
隠形が得意で狙撃スキルも高い彼の存在のおかげで、弓場隊は狙撃手をそこまで恐れず動くことが出来て。また狙撃手という駒を戦術に組み込んで戦うことが出来た。
今は、その頼もしい駒はないのだ。
「そして、この部隊は機動力が高いのはそうだけど。空閑君、黒江さんの二人と那須さんと加山君の二人の間では微妙に差がある。即席で連携を取るのだとしたら空閑君と黒江さんのセット。加山君と那須さんのセット。二つで考えた方がいいでしょうね。基本は空閑君と黒江さんが前に出て、那須さんと加山君が後衛で援護する。この形が基本の陣形になるでしょうね」
──対応力。
狙撃手がいない状況下。機動力が高い部隊故に、判断の早さも求められる。成程成程。本当に必要としていたもの全部盛りだ。
.....東さん、こんなスパルタだったっけ?
※
それから──。
「.....これを着るのも久しぶりね」
草壁早紀は。
オペレーター用のスーツ姿から。戦闘員用のジャケット姿に着替えていた。
そして。
その手には──イーグレットが握られている。
「いやぁすまないっす。協力してもらって」
「いいわよ。時々はこうやって動くのも悪くないもの」
草壁を交えての作戦会議を経て。加山が最初に提案した訓練は。
マップ上にランダムに指定される地帯に向かって。部隊全体が動く。それだけの訓練。
だが、そこに幾つかの縛りを加える。
まず一つ。
「もう一回ルールを確認しますね。このマップには、事前に草壁さんが仕込んだポインタが存在していて──それを避けながらランダムに指定されたマップへ移動するゲームです」
この訓練の手順はこのようなもの。
今回の部隊戦でのルール通り、半径百メートル圏内に部隊の四人を転送する。
そしてルール通り十分の間でマップが指定される。
──この十分の間。草壁は狙撃手トリガーを抱えながら四人を探し。そして四人は草壁から隠れ続ける。
まず第一段階で草壁から隠れ続ける事。
そして十分後。ランダムで指定された場所へ向かうまでの間。
変わらず加山ら四人は草壁から隠れ続け。そして草壁は四人を探すと同時──五つの”ポインタ”を起動する。
それは、おおよそ三百メートルの透明なレーザーポインター。
草壁は加山ら四人の部隊の位置を類推し、五つ。狙撃手の射線が通りそうな場所に透明なポインタを設置する。
ポインタは最長300メートルであるが。当然障害物にぶつかると途切れる事になる。狙撃手の”射線”を疑似的に再現した代物と言える。
四人は、草壁から逃げ続けると同時──ポインタが通る場所を推測し、そこを避けながら、指定された場所へと移動する。
「これで。”こちらを探す狙撃手から逃げ回る”事と”射線を意識してルートの構築する”訓練が可能となる訳ではないかな、と。草壁さんは元銃手で身のこなしは申し分ない。その上でこちらが嫌な射線も理解できているだろうからこっち側を探す役割に協力してもらう」
「こっちは機動力がウリの部隊の隊長で、狙撃手もいる。貴方達が嫌がる行動は十分に理解できているから。安心して」
「──と、まあ。滅茶苦茶頼れる一言を貰いましたので。早速よろしくお願いしますな、草壁さん」
「ええ」
こうして──暫しの間、”隠れ合い”の訓練が行われる事になった。
※
「はぁ~」
そうして暫しの間訓練を続け。
当初の間はとにかく失敗を続けた。
加山はB級ランク戦の中、トップクラスに狙撃による被弾が少ない駒である。
それは射線に対する理解度の高さもそうであるが、何よりエスクードによってあらかじめ射線を封じる手段を持ち合わせていたことが何よりも大きい。
しかし──エスクードはこちらが隠れて移動しなければならない状況だと非常に使いづらい。
射線の理解度があるが故にそれを避けんと行動する中──その道を先回りされ草壁に捕捉される事態が幾度かあった。
「射線を理解する事も重要だけど。狙撃手がどう動くか、という部分を想定しながら移動しなければ先回りされるわ」
「その通りっすねぇ。──判断の速さがかなり重要になりますね」
加山は数ある射線全てを想定してルート構築して移動をしていたが。
そうなると移動経路が絞られて草壁に先回りされる。
射線全て想定する事よりも。
移動経路との兼ね合いで一番警戒するべき射線を見極める能力の方がよっぽど重要なのだと。
それを理解してからは、射線が通っていようとも”ポインタが設置されているか否か”という観点から経路の構築を行うようになり──段々と移動に成功するようになってきた。
「それじゃあ長い事訓練していましたし。ちょい休憩を取りますか」
という訳で。
動きが改善されたタイミングで、休憩時間を取る事になった。
「お疲れ様、草壁さん」
「お疲れ様」
そうして。
換装体から戻った草壁に、加山は話しかけた。
「スカウト旅から戻ってきたばかりだってのに申し訳ないな」
「いいえ。東さんの企画だったから自分から参加したいって希望したもの。私も他の部隊のオペをしてみたいとも思っていたから、丁度良かったわ」
「そりゃあ良かった」
本当に東さん様様というか。あの人の人望どうなっているんだか。
「……ひとつ聞いてもいいかしら?」
「どうぞどうぞ」
「……このランク戦の間に、貴方になにがあった?」
その声は。
懐疑の色がありながらも。何処か──納得を求めている様な。そういう声音が含まれたものであった。
「今回、部隊を組むにあたって。当然部隊メンバーのランク戦の記録は全部追ったわ。──そこで、一番不可解だったのが貴方よ。加山君」
「……」
「はっきり言うと。──貴方はあれだけの動きが出来る駒ではなかったし、そしてできるようになる見込みがある駒でもなかった。そこを貴方も理解できていたから、今の戦法を採用したんでしょう?」
いつか。
いつかこうして──本気で追求される日が来ることは理解できていた。
己の能力に向き合い、銃手を止めオペレーターに転向した草壁ならば尚のこと。加山の能力がランク戦の途中から跳ね上がった不自然さが気にかかるのは至極当然。
「……すみません草壁さん。これは話せない」
「……それは、話すなって言われているから?」
「はい」
言えるわけがない。
黒トリガーの影響で、近界民の記憶を脳内に刻まれたことで。諸々の能力の向上が果たされたなど。
「……そう」
ひとつ、ポツリと草壁はそう呟いた。
草壁は──もし。銃手を諦めなければ。
自分の適性の低さを承知で、戦闘員を続けていたら。
ここまでの成長を果たせていたのだろうか、という。そういうもしもがあったのではないか、と。
そう思い、加山に問いかけていた。
だが──この様子を見るだけで。ろくなことが起こっていないのだな、と。そう推測することができた。
「なら、これ以上追求はしない」
その言葉に、加山は「ありがとう」と呟いた。
その様子に一つ溜息をついて、草壁は続ける。
「無茶はしないでよ。──私たちは同期なんだから」
「……気をつける」
そして最後には、不器用ながらの心配の言葉を投げかけた。
案外──というか。
とっつきにくそうに見えて、本当は心底優しいのではないか、と。そんな風に加山は、草壁の事を思った。
ちなみにマキリサだったらこの5000倍は圧のある追求が行われていた予定でした。