彼方のボーダーライン   作:丸米

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紅色に燃え上がる

――何故だ。何故その判断を行った。根拠を言え。

声が響く。

別に威圧するでもなく、いつもと変わらない口調で。

なのに。

恐ろしい

 

――言えないのか?

 

言えなかった。

言えるはずなんかなかった。

今まで、先行する香取を追いかけることが主目的になっていた自分にとって、戦況を正しく判断する目がなかった。

二宮は変わらない。

変わらない、が。

それでも、失望の様子はありありとこちらに伝わってきた。

 

――犬飼め。ぬるい指導しやがって。戦闘は判断の連続だ。お前は状況を把握せず、根拠となる情報も取得できず、半端な判断をしている。戦術をかじってすらいない。さりとてとりわけた才能もない。部隊員としては出来損ないもいい所だ。どの駒としても運用が効かない。

 

今更になって。

若村は、ボーダーの皆がどれだけ優しかったのかを思い知った。

今の自分の立ち位置を。自分の実力を。こうして言葉としてはっきりと言葉にして示されることはなかった。

ただ、試合の中でざまざまとその実力を示していっただけで。

 

――終わりだ。今のお前の実力で戦術が身に付く可能性はない。時間の無駄だ。

 

そして、投げ出された。

可能性がない。

そう、なのか。

今の自分には、何があるのか。

何もないのか。

B級隊員に上がって、香取隊の一員としてやってきた時間は。

何も、何も、自分に寄与を行ってなかったのだろうか。

二宮隊訓練ブースから、若村は一礼して出ていく。

 

-----どうすれば。

どうすれば、いいんだろう。

一つ。情報を集める。

二つ。それを基に判断を行う。

この一と二を繋ぐ行為が、戦術だ。

一が出来て、はじめて二へと繋がる戦術を学ぶことが出来る。

 

なら。

一すらできていない自分はどうすればいいのだろう。

 

――ああ。

――そうか。

 

同じだ。

同じなんだ。

葉子も。こんな風に壁にぶつかっていたのか。

 

いや。

今ようやく同じになったんだ。

 

葉子に偉そうに説教する資格なんて、なかったんだ。

そして。

今まさに壁にぶつかってしまった現状を目の当たりにして折れるならば。

自分は、何処までも惨めで、格好の悪い男として終わってしまうであろう。

 

考えろ。

思考を止めるな。

どうすればいいのか。

どうすれば――。

 

 

「――加山君。こんにちは」

ニンジンのスティックを齧るだけの飼育中の兎の如き食事をとっている加山の隣に、女性が座る。

染井華であった。

「うっす染井先輩もお昼ですか。どうしましたか?」

「最近、麓郎君が結構落ち込んでてて。何かあったのかなって」

「そりゃあ――多分二宮先輩とのご対面したんでしょ。そりゃあまともな隊員だったら心折れますよ」

二宮は、二宮にとっての正論しか言わない。

二宮の基準に適さない人物には、可能性の提示すら行わない。

相手のモチベーションの考慮なぞ一切なし。

それが二宮という人間だ。

 

「それに若村先輩真面目ですし」

「そうね。麓郎君は真面目よ」

「二宮先輩に真面目に向き合うのは馬鹿らしいのに、多分真面目に考えこんじゃってるんでしょうねぇ」

「----どうすればいいのかしら?」

そう染井が言葉を放った瞬間、加山は少しばかり眉を顰めた。

非常に珍しい台詞が、この先輩から聞こえてきた気がした。

「どうしたの?」

「いや。染井先輩がそんな事言うの珍しいな、って」

「解決法が解らないものを一人で考えても無駄だもの。でも放置はしたくない」

「――うーん」

どうするかなぁ。

あの手の真面目な人間って、思考のループに入ると多分止められない人間なんだと思う。

あ、そうだ。

思い浮かんだ。

「二宮さん以上にインパクトのある人が、褒めてやればいいんですよ」

「二宮さん以上-----」

「俺の見立てでは-----若村先輩には、染井先輩ですね」

そう呟いた瞬間、染井は首を傾げた。

 

------前途多難ですなぁ、若村先輩。

 

「まあ、俺から言える事は一つっす。染井先輩」

「何かしら」

「染井先輩、ぶっちゃけ若村先輩含めて、そんなに隊の人と積極的に会話はしないでしょう?」

「そうね」

「それはそれで、クールでカッコいいんすけど。――そういう人がふとした時にフォロー入れてくれると、嬉しいものなんですよ。ああ、この人普段黙ってるけどちゃんと見てくれてるんだ、って」

「そう、かしら」

「まあ一度試せばいいでしょ。トライ&エラーですよ。人間関係も」

「一度のエラーで壊れそうなものじゃない?人間関係なんて」

「そこは信頼関係ですよ。――これは俺の偏見ですけど、香取先輩がどれだけエラー吐きまくっても何とかなってたでしょ」

「-----」

「一度二度のエラーで壊れるものじゃないっすよ。特に染井先輩みたいな人だったら」

「-----そう、ね」

「フォロー入れられて惨めに思うような捩じくれた根性してなさそうですし、一度試してみて下さいな。絶対に、若村先輩泣いて喜ぶと思いますから」

 

 

その頃、香取は。

 

「――く」

自分がかつて追いつけないと折れた上位ランカーの一人と、個人戦を行っていた。

 

相手は、

 

「――踏み込みが、遅い。そして浅い」

 

風間蒼也。

振るわれる斬撃を、受ける。

一太刀で腕ごと払われ、さくりと首が斬り裂かれる。

 

――香取、緊急脱出。3-0

 

「――拳銃が選択肢にある事は悪くない。だが、その分だけスコーピオンで攻め込む際の踏み込みが浅くなっている。近接で削る気ならば、そのつもりで深く踏み込んで来い」

 

その技一つ一つ冴えが、香取を現実に叩き付けていく。

どうやれば。

どうやれば、こうなれるんだろう。

 

解らない。

だって、自分に出来ない事なんてなかったから。

 

いざ出来ない事を目の前に提示されて、じゃあそれを出来るようにするにはどうすればいいのか。

解らない。

だから、逃げたい。

自分の才能の枠を超える事象に対して。逃げたい、と。そう思ってしまう。

でも。

でも。

 

――葉子。葉子の本音を聞かせて。今のままでいいと思う?

 

いいわけないじゃん。

このまま終わりなんて、カッコ悪い。

上級者の壁。

それにぶち当たった。

ぶち当たって、それで終わった。

乗り越えようともしなかった。乗り越え方なんて解らなかった。壁がある事に、自分が成長しない言い訳の盾にした。

そう。

言い訳。

努力の仕方なんて知らないくせに。その壁を乗り越えようとしたけどダメだったと自分に言い聞かせた。そんな事、一度だってしたことないのに。

 

――どれだけ現実に打ちのめされても。私はやっぱり、葉子と上に行きたい。

 

自分もだ。

自分もそうだ。

上に行きたいよ。

行きたいに決まっている。

でも。現実は思ったよりも広くて。その現実に自分が追いつけなくて。

自分のやり方が通用しなくて。

でも、自分が無敵だと信じていたくて。

壁を作って、指をかけたふりして、その頂には至れないと自分に言い聞かせて。

 

あの日。

近界民の侵攻があった日。

華に助けられた。

華は、家族じゃなくて自分を助けた。

助けられる可能性を秤にして、自分の方が助けられる可能性が高いから。

爪は全部剥がれてて。でも痛みに弱音なんて一切漏らしてなくて。

 

忘れていたのか。

本当に忘れてしまっていたのか。

あの時に。

助けられたこと。

助けられた重みを。

 

あんな風に。

勝手に壁を作って、勝手に拗ねて、勝手な行動ばかりとって。

 

解ってないのは、自分の方。

あの時に救われた命は――あんな中途半端に消費されていいものじゃなかったんだ。

 

――上を目指す。

もう迷わない。

もう。

 

「-------」

四本目。

風間の凶刃が届くその瞬間。

香取は肘先からスコーピオンを生やし、それを受ける。

受けるその刃は川に流れる葉のように通り過ぎ、肘の後ろにある肩に突き刺さる。

それも、想定内。

彼女はスコーピオンに刺されたまま体勢を変え、下に潜り込むような体勢から、拳銃を放つ。

ここで初めて、彼女は風間にダメージを与えられた。

 

だが。

 

「――今の動きはよかった」

 

そう言葉を投げかけられながら、

背中から斬り裂かれ、香取はまた緊急脱出することとなった。

 

 

 

――風間もまた。

香取の眼の変化に気付いていた。

 

その眼は、本気の殺意が宿っている。

どれだけ叩きのめしても、這い上がる気概が。

 

――その気概が空回る場面もあった。だが、今の攻防の一瞬に、風間の動きを予測した上での一手を反射的に放っていた。

 

十本勝負が終わり。

十本負け。

それでも、その眼は変わらない。

 

まだ戦わせろ、と言っていた。

 

「まだやるか?」

その声に、香取は一つ頷いた。

 

気持ちの強さ。

それだけで実力が上がる事はない。

それは、あくまで燃料。

自分を強くするためにそれを燃やし続け、ずっとずっとそれで自らの行動を重ねてこそ――少しずつ、上がっていくのだ。

 

香取は。

一人で個人ブースにいた風間を捕まえ、頭を下げ、勝負を願い出た。

プライドが高く、飽き性のある香取がである。面識なんてほとんどない風間に、頭まで下げて。

 

それだけ。

彼女の気持ちは強くなった。

 

ならば。

そういう人間となったのであらば。

風間は――最後まで付き合うつもりで、戦い続ける。

かつての自分も、今の自分も。

燃え滾るものを、風間は普段の冷静さに隠しているからこそ。

 

 

「――ん?」

その日、4月16日。

若村の誕生日だった。

 

香取隊の、自分のロッカーの中。

一つの箱が。

 

「――お、雄太からかな」

本日、若村は誕生日。

その日にプレゼントを贈る人間を頭から数えて、まず一番目は三浦であった。

 

だが。

 

「え?――華さん」

染井華。

そうボックスを開けると書いてあった。

 

頭が一瞬冷え切り、そこから大慌てで中身を確認する。

そこには。

 

「――万年筆」

派手ではないが、それでも綺麗な意匠が入った、万年筆。

その中に、メッセージカードも。

 

――お誕生日おめでとう、麓郎君。最近、記録を確認しては情報を纏めている姿をよく見かけます。なので、これを差し上げます。実用重視で選びましたので、あまり華美ではありませんが、受け取ってください。

 

読む。

読む。

 

――今、葉子も雄太も皆頑張っています。頑張る中で、壁にぶつかっています。それは皆も同じです。私も、そうです。ようやく、壁にぶつかれたんです。

 

ようやく、壁にぶつかれた。

その言葉が――染井華から出てきたこと意味が解らない若村ではない。

 

――皆一緒に、乗り越えていきましょう。

 

若村麓郎。

今までの人生で、最も嬉しい誕生日であった。


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