彼方のボーダーライン 作:丸米
「.....うわぁ。マジか」
当真勇による奈良坂へのスナイプが行われた瞬間。
観客席で試合の行方を見ていた荒船哲次は、思わずそう呟いていた。
「.....奈良坂の動きに何かあったか? 問題が」
「ない。間違いなくない。技術的にもギリギリの選択だったと思う。──アレは奈良坂に不備があったというよりかは、当真があり得ない。何故読めた?」
同隊の穂刈もまた会話に加わり、奈良坂と当真の一連のスナイプについて解析を行っていた。
「.....奈良坂の動きに関しては、その目的そのものはシンプルだ。援護はしたい。だが狙撃地点が少ない故に普通に狙撃すれば位置がすぐにバレる。だから、普通じゃない場所からの狙撃を敢行した」
射線が通る場所、という位置取りを行えば。
その位置の数が少ないが故に、当真からの目付が済んでしまう。
だから──その少ない場所を自ずから捨て。奈良坂は射線が通っていない場所を隊員にこじ開けさせ、そこから狙撃を行った。
「目的がシンプルとはいっても。それを行えるのは奈良坂の狙撃技術が抜きんでているからだ。味方に射線をこじ開けさせ、菊地原が米屋の動きを誘導した一瞬の隙。そこからの長距離スナイプが出来る人間はボーダーでも奈良坂以外にはいないだろう」
奈良坂の考えは至極単純。
射線によって自分の動きと位置が読まれてしまうのならば。射線という行動の縛りを消す。
己の位置と動きを隠すべく──代わりに高度な技術が必要なスナイプを行う事とした。
「ならば、それすらも完璧に読んでいたというのか。当真先輩は」
「奈良坂の思考そのものは読んでいたのかもしれない。だが、それだけで完璧に行動が絞れるとは考えづらい。──当真が狙撃地点に着くまでの動きは...」
当真勇は。
影浦の地点より背後からぐるりと回るようにして、最終的な狙撃地点についている。
そこに至るまでの動きの中で、迷いはほぼない。
だが、所々で何かを確認するようにイーグレットのスコープで周囲を見回している様子もある。
最終的に奈良坂を仕留めた地点は、奈良坂の狙撃地点より三百メートル程北側の地点。そこに至るまでに、所々足を止めて──自部隊の交戦状況を確認していた。
「.....そうか!」
「何か解ったのか? 隊長」
「当真はそもそも、射線から奈良坂の位置を確認していた訳じゃないんだ。そもそもの考えからして──奈良坂よりずっとシンプルな理屈で動いていた」
「.....どういう事だ?」
「当真の行動はいたってシンプル。自部隊の動きだけに着目して動いていたんだ。射線を一切考慮せずに」
第三部隊と第五部隊との戦いは。
・裏からの小道から襲撃を仕掛けんとする香取・米屋/それを迎撃せんとする菊地原・弓場との戦い
↓
・小道での戦いから逃れようとする菊地原・弓場/それを追跡する香取・米屋
という流れで行われていた。
この流れの中で、互いに決定打を打てず膠着状態に陥っていた時間と、香取と米屋が建物を抜けず路地に沿って菊地原と弓場を追うという選択が生まれていた。
その膠着状態の時間の中当真は動き。
香取と米屋の選択に対して菊地原と弓場がどう対処しているのかを、つぶさに確認していたのだろう。
射線が通らなくとも位置は解る。戦いの様子をスコープ越しに見ることが出来る。
菊地原と弓場を追う自部隊の動きに合わせ、当真は移動し続けていた。
「当真は奈良坂の実力を知っている。更に奈良坂がどう思考するかも多分読んでる。切られている射線をこじ開けて狙撃を行う事も想定済みで──当真は、自部隊の進行方向と状況の変化だけを追って狙撃地点に着いたんだろう」
奈良坂は非常に高い献身性を持つ狙撃手だ。
狙撃技術もさることながら。相手を殺す為の狙撃以外に、自部隊を掩護する為の狙撃も行える。幅広い技術を持つ狙撃手。
それ故に、狙撃手としての動きとして──どうしても部隊の援護が大きな基準となっている事が多い。
今回も。
自分の高い狙撃技術の活かしどころとして、射線をこじ開けての長距離スナイプという手段を選んだわけだが。
それを選んだのは。一番効率よく、また効果的に自部隊を掩護する為。
自分の部隊を援護しなければならない、というのが第一の前提条件。
援護する対象を中心として思考を行い。そこからまず、射線が開いていて位置が絞られやすい狙撃地点をまず排除し。自分の技術で可能なギリギリの範囲での難易度のスナイプを選択し、敢行した。
奈良坂にとっての、狙撃技術の活かし方は。
効果的に自部隊の利益をもたらす事。
だから部隊と連動し、己の技術をフル活用し、狙撃を行った。
そして。
その奈良坂の特性を知り尽くしている当真勇は──ならばと、自部隊の動きに着目しつつ移動を行い、狙撃地点に着いた。
部隊の援護の為に動く奈良坂の動きを読むために。
はなから射線での行動の絞り込みなど放棄して。ただ菊地原と弓場を追う自分の部隊を見ながら動く。そうするだけで、『味方を援護する』目的で動いている奈良坂の狙撃地点を割り出そうとしていたのだ。
射線から奈良坂の動きを絞るのではなく。
奈良坂という狙撃手の特性から、位置を探っていたのだ。
奈良坂は必ず味方を見捨てない。苦境の中にいるのならば援護の手を貸す。そのために自分の技術でもってギリギリを攻める。
その奈良坂の行動原理から。まさに奈良坂が所属する部隊を追い詰めている自分の部隊の動きに合わせて移動を重ね、観察を行い、──奈良坂の狙撃地点を絞っていたのが当真勇であった。
「.....そんなに簡単に出来るものなのか?」
「まず当真じゃないと無理だろうな」
並の狙撃手がその奈良坂の行動原理を読み取ったとして。
高い技術と索敵能力を持つ奈良坂の眼を掻い潜り移動を重ね、スコープ越しに戦闘状況を推察し、奈良坂の狙撃位置をいち早く感知しスナイプを行う。
これらが可能な狙撃手が他にいるかと言えば──まず間違いなくいないだろう。
「.....あれが、ボーダー最強の狙撃手だ」
※
「──米屋が死んじまったなら仕方ねぇ。このまま退却して影浦に合流しようぜ、香取。相手も退却してんだ。追われる事はねぇだろ」
「.....そうね」
「それに──あと一分もすりゃ一回目の安全地帯が決まるんだろ? こっから中距離持ちが幅を利かせてくる」
犬飼率いる第五部隊は狙撃手を失い。
代わりに香取率いる第五部隊は米屋を失った。
元より、中距離での戦力が足りない部隊構成。そこから更に一人落ちた。──安全地帯間際での射撃戦で勝てる道理がない。このまま安全地帯が決まるまで、退却していた方がよいだろう。
「.....それで。本当にいいのね、当真先輩」
「おう。最初に立てた方針はそのままだ。俺は好きに動くぜ」
この戦い。
安全地帯の外では、トリオン兵が続々と生まれていく。
外では常にトリオン兵の脅威と、イルガーの爆撃に晒される事となる。
このトリオン兵と、安全地帯の中の人間での板挟みにあってしまえばひとたまりもない。
だからこそ。機動力がない部隊は不利で。中距離での戦闘手段がないと更に不利。そして狙撃手をどう安全地帯まで移動させるかも重要な戦術となる。
が。
「この形式のランク戦で狙撃手を安全地帯に入れるのは非効率だ。──むしろトリオン兵の山で雲隠れできるチャンスだぜ。俺は安全地帯の
こと、この香取第三部隊における方針としては。
狙撃手を安全地帯の中に入れる事はしない。
むしろ、逆。
──当真勇は、安全地帯の外を動き回る。
「ナンバーワンは伊達じゃねぇのよ。トリオン兵ごときに俺が見つけ出せるか」
※
そうして。
第三部隊と第五部隊との戦闘は──その情報を他の部隊が共有する事となる。
「戦闘が始まったみたいだね。銃声が聞こえる。──どうする、隊長?」
「.....戦闘してんのは多分片方は第五部隊だな。弓場さんの銃声が聞こえてきた。あの拳銃もってんのは、このランク戦だと俺と弓場さんだけのはず」
一方、加山の第一部隊は。
序盤の動きとしてはおおよそ狙い通りになっていた。
他部隊との接触を避け、序盤は隠れる。一回目の安全地帯の設定までは、この作戦を敢行することが出来た。
「後は──誰も落とさずに一回目の安全圏内に入れるかね。設定前に戦闘が起こってくれたのは僥倖ね」
さて、と草壁が言うと。
「──安全圏が設定されたわ」
そして。
安全圏が、設定される。
場所は、マップ中央から西に傾いた地点。
第一部隊からは、非常に遠い場所であった。
「ここから北側に迂回しながら、交戦地区の上を取ろう」
「了解」
第三部隊と第五部隊が交戦している地区の北側から迂回し、安全圏に入る。
方針が決まり──第一部隊は北上していく。
※
10分で安全圏が設定され。その後10分経過後から安全圏の収縮がスタート。
それまでの間に、各自安全圏内に入り込み──そして迎撃の準備をしなければならない。
「よし。安全圏内だな。このまま所定の位置についてくれ」
嵐山准は、安全圏の設定範囲内にいた。
彼等はマップ中央に動きつつ、第三部隊と第五部隊の戦闘が行われている事を確認した後は、そちら側に距離を詰めていた。
自らは戦いには参加せず、ただ距離を詰める事により──部隊同士の距離を縮め、安全地帯の設定基準である”部隊の密集”の条件を満たす。
これにより嵐山率いる第二部隊は、安全圏の中に入り込む事に成功した。
「このまま外側から入り込もうとする部隊を迎撃しつつポイントを奪っていく。──皆、頼んだぞ!」
「了解!」
第二部隊はそのまま西側へと向かい、安全地帯ギリギリの場所で陣形を展開する。
村上を前に押し出し、嵐山と生駒がその斜め後ろに配置。外岡は付近のビルに潜み、狙撃の態勢。
村上が前線から来る敵の迎撃と中距離攻撃への防御を担当し、嵐山と生駒が村上により足を止められた敵に対し遊撃を行う。
万能手故距離を選ばない戦い方が出来る嵐山と、攻撃手でありながら長距離での旋空が可能な生駒。押し留めた敵との戦いにも、即応での対処が可能になる。
そして。その横手側に位置する外岡により──狙撃による援護にも抜かりはない。
「──ッ!」
そして。
前線に立つ村上の頭上。──そこから。
「皆、下がってください! ──合成弾が来ます!」
二つのトリオン反応が生み出されると同時。
そこから光弾の軌跡が走っていく。
さしもの村上もこれには防御が不可能と匙を投げ、後退する。
光弾は時間差で行使される。
第一の弾丸は、サラマンダー。
安全圏の境目に容赦なく爆撃の雨が降り注ぎ。
時間差で放たれる弾丸は、二つに分かれる。
一つは空を迂回し上空より降り注ぎ。
もう一つは横手側から建物の影から曲がりくる。
ハウンドとバイパーによる、フルアタック攻撃。
「──鋼!」
爆撃を避けんと後退した道の先。
そこにもハウンドとバイパーの全方位攻撃が降っていく。
嵐山は即座に持ち場を離れ、村上へシールドを展開。
レイガストにより上空からの攻撃を防ぎ。
嵐山のシールドが、横手側から来るバイパーを防ぐ。
「──アレを防ぐかぁ。やるなぁ」
「だが陣形は崩れた。──やるぞ」
爆撃と弾雨を放ち。
安全圏内に入り込まんと──二宮と出水が駆けだしていく。
その後方よりーー円弧を描きながら飛んでくる榴弾を背に受けながら。
──二宮第六部隊。急襲。