彼方のボーダーライン   作:丸米

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もうちょいで原作開始時点に入る予定です。


曇天に変わる空の色は

「------」

「------」

「なあ、加山君」

「はい」

「本当に――ボーダー提携校にすら行くつもりはないのか」

「ないっす」

 

加山雄吾は、現在忍田本部長と個室での面談を行っていた。

現在、加山は中学三年生。

進級に伴い、彼は進路調査票を学校に提出した。

 

白紙のまま。

 

「提携校言っても、いつでもどこでもサボれる訳じゃないでしょ。むしろ俺にとってはここからがスタート地点ですよ。好きに訓練して、好きにシフト組んで、好きに金を稼ぐことが出来る。いいことずくめだ」

「――君の将来は」

「高校行かなかったくらいで閉ざされる将来なんてないですよ。本部長」

「君の担任の先生も、心配されていた」

「俺の将来どうこうで迷惑かかる奴なんていないですって。両親ともどもくたばりましたし」

「-----」

「本部長」

「なん、だね」

「俺の従弟なんですけどね」

「------」

「---警察官に、なりたいらしいんですよ」

「-----」

「知ってますか。――警察官って身内に犯罪者が出たら、採用の可能性ってもう絶望的らしいんですよ。それが元警官の犯罪者なんて最悪だ」

「-----ああ」

「俺の親父が、閉ざしたんです。悲しいっすね」

「-----」

「なので、俺は中学を出たら家を出ます。流石に、もう働いてもいい年齢であの家に居座る図々しさを俺は持っていないっす。高校行きながら、援助なしで生活していくのは現実的じゃないっす」

 

滔々と、話す。

平坦な声で。

でも。

その言葉に、挟み込ませる言葉を忍田には持ち合わせていなかった。

 

「まあ、俺の生活の為に稼がせてください。頼みます」

そう言って、加山は忍田に頭を下げた。

 

 

多分だけど。

期待や責任に応えようとする人間ほど、幸せになれないのだと思う。

 

そういう意味では。

 

「よ、加山」

 

近場の喫茶店でアイスコーヒーを飲みながらゆったりしていると。

眼前にいきなり現れるこの男も、

多分幸せになれない人間なのだと思う。

 

迅悠一。

未来視の副作用を持つ男。

 

「忍田さんと揉めていたらしいな」

「揉めちゃいないですよ」

「へぇ。――あ、ぼんち揚げいる?」

「いるいる。超いる。なんなら箱ごとくれ」

そして、ただで食料(ぼんち揚げ)をくれる人物でもある。超ありがたい。

 

「進学かぁ」

「気にするこたないと思いますけどねぇ」

「気にしなければならないの。――ボーダーで働いていて、その上で進学できないとなるとイメージが悪くなるからね」

「太刀川さんが大学行けている時点でその理屈は通りませんよ。太刀川さんでも潜れるハードルを敢えて俺は潜らないんです。そう、敢えて!」

「-------」

「-------」

「高校、行く気ない?」

「行かせたいんですか?」

「うん」

「何故?」

「青春は二度と返ってこないんだぜ、加山」

「失った時間も二度と返ってこないんですよ、迅さん。――別に隠し事しないから、遠回しに聞き出さなくてもいいんですよ。ストレートに聞いてくださいよ」

「いや。言ったとおりだぞ俺の言いたいことは。青春しろよ」

「青い春。いい言葉だ。そうか、迅さんはアレか。大学生として得られなかった青春を女のケツを触るという代償行為で満たしているのか」

「ふ。俺は純粋に美しい健康的なお尻に惹かれているだけさ」

「よく言うよ。未来視で合法的に触れるケツとそのタイミングを選別しているくせに」

「------そんな事はないぞ」

「弓場先輩の前で藤丸先輩のケツ触ってみてくれるならそのセリフを信じてやりますよ」

「ごめんなさい」

「大丈夫。俺は青春拗らせてケツ触ったりしないから」

迅悠一。

恐らく、死なれたらボーダーが崩壊してしまう人物のうち一人であろう。

 

この男が持つ副作用。

それは、未来視。

 

幾つも分岐する少し先の未来を人を介してみることが出来る。

その能力の有用性たるや。まだまだトリオン技術でいえば近界よりも遅れているボーダーがここまで近界の襲撃をギリギリで食い止められている理由の一つであろう。

多分、いなくなられたら防衛力がガタガタになること間違いなし。

 

「――俺は君の目的を知っている」

「まあ。でしょうね」

「まあ。その為にもさ。――青春くらいはしておけって」

「何でですかい」

「加山は、割と理性で動いている人間だと思うけど。――何か楽しい記憶がないと、いつか責任感で壊れちゃうよ」

「そいつは、経験談?」

「だね」

「そうですかぁ。――まあ壊れるなら壊れるで、それはそれで」

「壊れられたらこの実力派エリートが困るの」

「エリートだったらヒラの一人壊れたくらいで困るな。想定しろ」

「------お前も、三輪と同じで玉狛嫌いかな?」

「いいえ、好きですよ。レイジさん落ち着いている筋肉ですし、小南先輩の解説らしき行為大好きですし、移転しちゃった鳥丸先輩もイケメンで優しいですし、宇佐美先輩は----うーん、顔すら知らんけどまあいい人だろうし。あの支部のカピバラ可愛いし。迅さんは色々地獄だろうに壊れず頑張ってくれているし」

「------」

「ただ、目的が相いれないだけですよ。本当に」

「いやぁ、何というか」

 

 

加山という男は。

三輪と似ているようで、似ていない。

片や、姉を近界民に殺され。

片や、父親を近界民に殺された。

 

が。

加山はその過程で、父親の死を感情ではなく理性で処理せざるを得ない事態が起きていたから。

父親が銃を発砲しマーケットの略奪に参加した事。

見知らぬ一般人を見殺しにしたこと。

------そして、その行為によって自分が生き残ってしまった事。

 

彼を突き動かしているのは、憎いという感情ではなく、生き残ってしまった責任感なのだ。

 

「――俺はさ、加山。太刀川さんとバチバチにやりあっていた頃が一番楽しかった」

「へぇ」

「そういう記憶を、一つとも言わずにもっとお前に持ってもらいたいんだよ。そうすれば、別の視点も得られるかもしれない」

「ふぅん」

「まあ、でも。そんなに心配していない。――お前は高校に行くよ。そう俺の副作用が言っている」

「さいですか」

多分ないと思うけど。

まあでも、行く事になったとしてもその判断が最良だと自分が判断したと言う事だろうし。

それならそれでいいかな、と加山は思った。

 

 

そして。

時は5月2日に至る。

 

その日加山雄吾は。

――『門』の向こう側へ向かう人間を4人ばかり見かけた。

 

それは偶然であった。

彼は防衛任務を終えた帰り道。

聞き慣れない『色』をした足音を感じ取った。

警戒区域内で聞き慣れぬ足音を聞き咎めた加山は、市民が入り込んだのかしらんと訝しみ、即座にトリオン体に換装しその足音を辿っていった。

 

そこには。

 

「追っ手か。早いな」

 

『門』の真下に、男が一人。

 

「何をしているんですか!?早くその場から離れて下さい」

「断る」

そうぼそりと呟く男に、――アステロイドを向ける。

 

「------事情を聞かせてもらいます。ボーダー本部までご同行願います」

「断る」

そう言われた瞬間。

手先に、痺れが走る。

「な---!」

横合いから、弾丸が一つ。

アステロイド拳銃は砕け、丸腰となる。

 

「-----」

「アンタは-----」

そばかす顔の女が、一人。

『門』の真下まで歩いてくる。

その顔は見覚えがあった。

そうだ。確か二宮隊の狙撃手の鳩原未来だ。

「-----ごめんなさいね」

「-----まさか、この民間人にトリガーを流したのか?」

「-----」

「アンタ、解っているのか。それは----」

鳩原の手には、狙撃手用トリガーであるイーグレットが握られている。

これを持ち、――恐らく、この民間人と共に『門』の向こうへ行くのだろう。

民間人へのトリガーの横流し。

これは――最重要規律違反だ。

 

「――見回りご苦労」

「私達で最後ね」

 

二人はそう短くそう言うと、二人して『門』の中に飛び込んでいった。

 

「------」

 

その後。

本部に連絡を取ると、もう既に風間隊がこちらに向かっていると報告を受ける。

風間を待つ間、加山はその場を微動だにせず、留まっていた。

 

「風間隊、現着。――さあ、話を聞かせてもらおうか加山」

風間隊が到着すると同時に、加山は背後を振り返る。

「風間先輩。すみません。取り逃がしました」

「取り逃がした、か。――逃亡犯の顔は見たか」

「ボーダー隊員が一人いました」

「-----誰だ?」

「鳩原さんです。――あの人が周囲の警戒をしていたみたいで、得物を撃ち砕かれてこの様です」

「――他の連中は?」

「俺が見た限りは鳩原さんともう一人民間人がいました。ただ、会話を聞く限り先行した人間もいるっぽかったです」

「-----了解。すまないが、一度本部に戻ってもらう。詳しく話を聞きたい」

「はい。俺もそのつもりでした」

その後。

加山は詳しい経緯を話すとともに――この脱走事件に箝口令を敷くことを本部直々に伝えられ、他言無用を厳命された。

もう既に深夜を回っていたため本部施設で寝泊まりをし、朝を迎える。

 

「-----」

こちらから情報を話す分にはダメであるが。

調べる分には特段構いはしないだろう。

取り敢えず――鳩原未来について、少しばかり調べることに、加山は決めた。

 

 

その後。

二宮隊は鳩原脱走の責任を取り、B級に降格する事となった。

 

本部をそれとなく歩いていると、声が聞こえてくる。

 

――そんな、鳩原先輩が。

――だって、そんな。まさか、鳩原先輩、遠征部隊に――。

 

「------」

調べたところで、依然として謎のままだ。

ただ、加山も推測くらいは出来た。

 

――鳩原は、人を撃てない狙撃手だった。

だが。人を撃てずとも化物じみた狙撃の才覚と技術を用いて、武器破壊という離れ業を行う事で、味方の援護を行っていた。

 

――もしやすれば。

――これを理由に、遠征資格を得られなかったのではないか。

 

鳩原は、遠征部隊を目指していたらしい。

家族を近界に連れ去られたという話もある。

だから。

別のルートから近界に向かうために。

――協力者と共に、自力で近界に向かうというルートを選ばざるを得なかったのではないか。

 

「-------」

鳩原は、連れ去られた家族を取り返すことが第一の目的であろうが。

一緒に行ったあの民間人は、何を目的に近界に行こうとしているのだろう。

 

「――まあ」

叶う事なら。

ボーダーに少しでも利があるように動いてくれることを願う。

 

「でもなぁ。普通にこれから近界にこっちのトリガー情報が取られる可能性もあるわけだもんなぁ」

 

一つ溜息をつき、加山は立ち上がる。

そこに。

 

「――加山」

黒スーツの男。

 

「ついてこい。――話を聞かせてもらうぞ」

そう何の遠慮もない声で、

二宮匡貴が、そう言った。


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