彼方のボーダーライン   作:丸米

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要望があったので。
主人公TS

ただTSするだけじゃつまらないので色々過去を変えています。ふはは。


TS加山ちゃん編(仮)

 これは。

 あったかもしれない物語。

 無限に並列する世界の、ほんの一つ。

 たったそれだけのお話である。

 

 

 少女が一人歩いている。

 まるで身だしなみという言葉の存在を忘れたかのような少女であった。

 ぼさついた髪。ギラギラした目。

 そして細く痩せた、小柄な姿。

 体躯だけ見ると小学生に見えない事もない。しかし、その顔面に刻まれた表情は長年にわたる苦労が刻み込まれ幼さが削ぎ落とされ、むしろ実年齢より少し上に見える。

 

「あたしはねー」

 

 疲れた顔の女が、まるでどこぞの残業帰りの女のような口調で、言う。

 

「男に生まれた方が幸せだったろうなーって」

 

「何を馬鹿なこと言ってるのよ」

 その隣で。

 熊谷友子が呆れた口調で、そんな事を言っていた。

 

「体力的にも今よりまともになってそうだし。顔色悪くしてても男だったらスルーしてくれそうだし。皆ぞんざいに扱えばいいのにー。本当に嫌になるわ」

「そもそも無茶をしないの」

「忍田本部長も血相変えて止めに入るし...」

「私だって止めるわよ」

「そもそも、鬼怒田のおじさんだって同じような事しているのに何であたしだけこんなガミガミ言われなくちゃいけないのよ本当に。生理なんて面倒な現象も起きるし何なのよ本当にキエー」

「文句言わないの。──アンタは女に生まれたの。諦めて受け入れろ」

「受け入れているわよぅ。──でも周りが受け入れてくれないの。あがー。女子にだって徹夜する権利だってあるしロビーで奇声あげる権利だってあるだろうが畜生」

「男にもないわ! ──あんた、いい加減にしなさいよ本当に。玲だって心配しているんだから」

「桃缶持っていくから許して」

「そんなんで機嫌が取れるほど玲はちょろくは.....あるんだよねぇ。困ったことに」

 

 加山雄吾。

 こんな名前だが──中学三年の女であった。

 

 

 今は亡き親父が昭和の俳優が好きだった。

 

 なのであたしの名前は加山雄吾。

 どこの誰だ女にこんな名前つけた馬鹿は。

 

 あたしの親父だ。

 殺してやろうか。

 あ、もう死んでら。

 

「──実はですね。あたし母さんの胎内にいるときは男の子だったんですよ」

「へぇ」

 眼前にいる女性──那須玲先輩は、一つ相槌。

 

「男の子が生まれる事前提に名前を付けることが決まっていて。その名前が雄吾だったらしいんですけど」

「へぇ。──でも名前変わっていないのね」

「どうもこの世界に生誕された瞬間に世界線がバグったみたいで。事前検査で全部男の子判定受けていたのに生まれてみたら女で。観測されるまで物事の事象って確定しないらしいですね。あたしは親の胎内というパンドラの箱からびっくり飛び出した新たな可能性だったわけですふざけんな」

「それで? ──何で名前そのままなの?」

「雄子、はそれはそれで字面がオスとメスじゃないですか。じゃあもう雄吾でいいじゃん、となったみたいですね」

「へぇー」

「へー、としか言えないですよね。いい加減にしてほしい」

 

 

 本当に。

 いい加減にしてほしい。

 ついているはずのものがついていなくて絶叫を上げて泡を吹いたのはきっと両親だけではないだろう。なあおいヤブ医者共。

 

 ──もし自分が男だったらどうなっていただろう。

 無分別に奇声を上げながらロビーを徘徊しぶつぶつ呟く奇人変人の一角となっていたのだろう。いや、女である自分もそういう人格であることには何一つ間違いはないのだけれども。それに対するアクションの違いによって止められ矯正されこうしておとなしくせざるをえないのだから。

 

 その手の事をしでかすたびに何故か止めに入る熊谷先輩。最終的に奇声を上げるなら普段使っていない那須隊の作戦室でしろと妥協案を出され。作戦室で奇声を上げている山猿女になったわけですキー(どうも病弱の那須隊長を気遣い、作戦室としての利用はもっぱら那須邸で行われている模様。大変だァ)

 

 そうして好意で那須隊作戦室を使わせてもらっている中。

 時々那須隊長が遊びにきていたりするのだ。

 

 

「──ねぇ。加山ちゃん」

「はい」

「健康は、大事にしてね」

「.....はい」

 

 那須さんのこの言葉は、重い。

 そりゃあそうだ。

 あたしがないがしろにしているものは──この人が必死になって掴もうとしているものなのだ。

 

 それは解っているが。

 それでも。

 ──やっぱり。あたしには、あたし自身を大事にしなきゃならない、という感覚を持つことが出来ないでいる。

 

 破滅的という訳ではないけど。

 でも。

 ──正直な所。自分の幸せなんてもうどうでもいい気がするのです。

 

 

 タン、タン、タン。

 

 鍵盤をたたく。

 叩き続ける。

 

 不思議だった。

 

 同じドの音でも。

 叩き方一つで色が微妙に変わっていく。

 

 タン──タンタン。

 

 リズムを変えて。

 ドレミファソ。

 

 色が虹のように重なって、別な景色が見える。

 視覚から見える光景ではなくて。

 脳内ににじみ出る音から感じる色として。

 

 同じ鍵盤を弾いても。

 違うリズムに乗せれば異なる音と色に昇華できる。

 

 私は。

 とてもそれが不思議で──とても素敵なものに思えた。

 

 買い与えられたピアノを、ずっと夢中になって弾いていた。

 

 もっと。

 もっともっと。

 綺麗な色が見えるんじゃないかって。

 

 キラキラに見える色をずっと探して。

 私はただただ弾き続けていたんだ。

 

 

 

 

 あたしは。

 音に色を感じる。

 

 

 それがあたしの副作用。

 この副作用はあたしの心を豊かにしてくれて。

 ──それと同じくらい、傷つけてもくれた。

 

 

 

 

 人とは違うという現実の前に。

 私はずっと一人だった。

 学校に行っても浮いていたし、同じクラスの女子には陰口をたたかれる。

 友達なんて誰もいなかった。

 

 

 

 それでもよかった気がしていたんだ。

 そこに私に寄り添ってくれる音が存在していて。

 その音の探求に私は夢中になっていて。

 

 

 

 でも。

 

 

 ──凄くピアノ上手だね! 

 

 その人は私よりずっと年上のお姉さんだった。

 

 父の知り合いの娘だというその人は、私がピアノを弾くと、そんな事を言ってくれた。

 明るくて、とても元気で。

 私とはとても対照的な人で。

 

 からりとした空気を持ったその人に褒められるたびに。

 私の中に暖かな色がにじみ出してくるような気がして。

 

 私は。

 その人が好きだった。

 日の光のように、好きだった。

 暖かな空気に吹き上がる洗濯物の匂いのように、好きだった。

 

 ──初めて。

 私の為じゃなくて。

 誰かの為にピアノを弾きたいと。

 

 そう心から思えた。

 

 

 そう。

 思えたんだ。

 

 

 

 

 ──嫌だ。

 

 何でだろう。

 何で。

 私の上に被さっている大好きな人がいて。

 

 

 その人が物言わぬ冷たい肉の塊になっているんだろう。

 

 

 周囲からは怖い音が響き渡っていて。

 私のお腹も凄く熱くて痛くて。

 何かが刺さっているんだと思うけど。

 でも次第にその熱さとか痛さとか全部無感覚を運ぶ冷たさの中に覆い隠れていって。

 

 

 化物が。

 化物が街を覆っていた。

 

 破砕音と悲鳴と断末魔とサイレンと火災と地響きを運んで。

 

 私達の街をひたすらに壊していった。

 

 

 その上に覆いかぶさったその人が。

 うめき声しか上げられないくらいの激痛の中にいて。

 そしてうめき声すらあげられなくなっていって。

 私と同じように、冷たくなっていって。

 その変化が真上から伝わってきて。

 何も感じないくらい冷たくなったこの身体でも、それでも熱くなる目頭の存在が感じられて。

 

 いつの間にか化物の音が残響と化していって。

 たっぷりと時間がたってからだろうか。

 瓦礫がどけられて。

 月の光と共に──必死な形相の父が姿を現す。

 

 

「──父さん.....父さん....。私はいい、私はいいから、お願い....お願いだよ、お願い...」

 

 うわごとの様に呟く私と。

 まだ何とか息があるその人。

 

 父さんはその両方を見た。

 両方ともに息がある。

 

「....」

 父さんも全身血で真っ赤で。

 ひゅうひゅうとした息遣いの中泣きそうな表情をしていて。

 

 ──私に、手をかけたんだ。

 

 やめて。

 やめて。

 私は嫌だ。

 この人を置き去りにするのが嫌だ。

 この人を置いて自分の命が助かるなんて嫌だ。

 この人を置き去りにした命がこの先のうのうと生きていく事が嫌だ。

 嫌だ。

 

「い....や....父さん...」

 

 救急道具をあてがって私の治療をする父さんにそんな言葉をかけていた。

 助けて。

 助けてよ。

 

 私じゃなくてこの人を助けてよ。

 お願いだよ。

 

 

 

 

 

 ──天秤が、違っていたんだ。

 

 私にとっての天秤と。

 父さんにとっての天秤と。

 そして──多分、その人にとっての天秤と。

 

 

 

 誰もが誰も。

 天秤をその手に持っている。

 

 

 私は。

 父さんにとっての天秤にとって何よりも重い存在で。

 

 

 ──その後。

 救急道具は、警察官の父さんがマーケットの略奪をして手に入れたものだと判明する。

 

 拳銃を市民に発砲して、手に入れたものらしい。

 

 

 父さんにとって。

 自分の人生だとか、矜持だとか、そういう諸々含めての天秤を私の反対側に乗せて。

 

 乗せた上で。

 私を選んだんだって。

 

 

 

 

 

 その後。

 その人に弟がいることが判明する。

 

 名前は。

 

 

 

 

 

 

 三輪秀次。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.....あ」

「.....あ」

 

 ボーダー本部、訓練室。

 あたしはある人と、目が合う。

 

「....久しぶり、だな。加山..」

「はい。──お久しぶりです、三輪先輩」

 

 互いに。

 言葉が、途切れる。

 

 言いたい事がないから、じゃない。

 言いたいことが.....言っていい事か、互いに解らないから。

 

 少し沈黙と共に目を合わせて。

 あたしは少しはにかみ笑いを浮かべてそのまま過ぎ去っていく。

 

 

 なんて。

 なんて、情けない。

 

 

 ──本当は。

 あたしが一番向き合わなきゃいけない事なのに。

 

 何で。

 

 三輪先輩は.....あたしを憎んでくれないんだろう。

 

 迅さんは憎んで。

 あたしを憎んでくれないのだろう。

 

 答えなんて解り切っているのに。

 それでも。

 それでも、そんな風に思ってしまうんだ。

 

 

 




TS加山ちゃん
→TSにより元ピアノ大好き系人間となる。実際にピアニストとしての才能もあったがもうピアノ弾けなくなった。なんででしょうね。
目の前で三輪の姉ちゃん死ぬし親父に姉ちゃん見殺しにされるし三輪が迅に姉さん助けてと縋り付く様もしっかり見ている。

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