彼方のボーダーライン   作:丸米

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展開がジェットコースター。
すみません----。


淀む色彩、その最中で

東春秋は、一つ頷いた。

「話は分かった。――要は、お前はその近界民をこちらに引き込みたいわけだ」

「そうですね」

 

味方は多いに限る。

それも、将来を嘱望されるような化物であるならば、尚更。

加山雄吾にとって、東春秋とはそういう存在であった。

 

「では整理しようか。その近界民を引き入れることにより、俺達にどのようなメリットがあるか」

そして東は、その力を駒として貸す際には必ずこちらを試す。

自分を駒として扱うにあたって、本当にその能力や機能を十全に引き出すように動かせるのか。

それは東隊として隊を率いる際に小荒井・奥寺に求める事でもあるし、こうして東が積み上げた人望や顔の広さを利用する際にも同様である。

 

「第一。彼が持っている近界の情報が得られます」

「その情報の価値はどれほどだと?」

「つい最近まで近界国家をめぐって傭兵やっていた近界民の情報です。それだけでもかなりの価値はあるかと」

「成程。他には?」

「単純に黒トリガーを使える隊員が一人増えます。玉狛が誘いに成功すれば、ですが」

「だな。――じゃあ、デメリットの方は俺から上げさせてもらおう」

 

東春秋は、言葉を続ける。

 

「第一。ボーダーの隊員の大半は近界民に対して敵愾心を持っている。よって、当然近界民を引き入れることによって、組織内部で混乱が生じる可能性がある」

「うす」

「そして第二。仮に玉狛がその近界民の子を引き入れた場合、支部に二つも黒トリガーが存在する事となる。そのバランスをどうするかだ。この二つのデメリットに、解答はあるか?」

「第一はどうしようもない。第二は別段どうにでもなるというのが俺の考えです」

「ふむん」

「それが気になるんだったら、空閑を玉狛から本部に移動させればいいだけですから」

 

そう。

今回はあくまでも、近界民である空閑を一時的に保護する為に、近界民に悪感情を持っていない玉狛に空閑を引き入れてもらっただけだ。

迅はこの件について任せろ、とはっきり言ってくれた。あの男はこの辺りの約束を破る人間ではない。

 

「――成程な。では、俺は今の一連のメリットと、デメリットに関するお前の対応策をそのまま上層部に伝えるとしよう。それが俺の役割と言う事でいいかな」

「うす。助かります」

「いやいや。こういうのも時々は楽しいものだ。――俺に戦術云々で頼る奴はいるが、こういう頼られ方するのは中々新鮮でな」

「うそだー」

「いや、本当だぞ。――まあ、でも気を付けろよ。ウチの上層部は本当に優秀だ」

「------はい」

「そして、その上層部を束ねる城戸司令は、良くも悪くも意志が強いし容赦がない。――他のメンバーを懐柔すると、その分だけ強硬に出る場合も勿論ある。その辺りのリスクをしっかり踏まえた上で、根回しはするようにな」

 

今回の根回しの最終的な目的は、

”城戸司令に空閑遊真の入隊を認めさせる”である。

その為に、まずは空閑を入隊させるメリットを伝え、そしてデメリットをなくせる手段がある事を伝える。

 

「今回空閑は、ボーダーに敵対する意思がある――と断定するにはあまりにも証拠がなさすぎる。リスク承知で、彼は黒トリガー使ってバムスターぶっ壊している訳ですし」

イレギュラーゲートによって市街地に発生したトリオン兵バムスター。

規格のトリガーとは違う破壊痕が残るそれを近界民の仕業と睨み、三輪隊が現在調査を続けているそれは、――空閑遊真により成したものであった。

ボーダーに対して敵対心があれば。もしくは彼に良心が無ければ。絶対に取らない行動のはずだ。

近界民であることを知られるメリットも、黒トリガーをわざわざ晒すメリットも、彼には無い。

「まあ、そうだな」

「その辺りも含めて、しっかりと伝えられればと」

 

東はそれを聞くと、笑った。

感情とか思考とか、そういうものをうっすらとしたベールに覆い隠したような、そんな笑みだった。

 

 

その後。

交渉を進めていくうちに、何故か空閑ではなく、その傍らにいた少年――三雲修の方が本部に呼び出される羽目になっていた。

何と、彼はイレギュラーゲートの発生により出てきたトリオン兵の対処の為に、C級でありながら単身立ち向かったという。

 

その後、彼が切っ掛けとなりここ最近頻発していたイレギュラーゲートの原因が判明し、その功績によりB級に昇格したという。

 

そして、空閑遊真は玉狛支部に預けられ、そして――三雲修は玉狛支部に転属となった。

 

「――うっす三雲。そっちの進展はどうだい?」

「ああ、加山か。――うん。何とか空閑が玉狛に入る事を了承してくれたよ」

「おお。そりゃよかった」

「オサムと一緒ならいいって。――このまま、多分空閑と隊を組むことになると思う」

「よし。ボーダーに入ってくれるなら、こっちのもんだ」

 

とはいえ。

この口ぶりだと、三雲が更に転属しない限りは、空閑もまた本部へ転属しないつもりなのか。

 

――まさかね。

 

もしかすれば、迅自身が本部へ行く事もあるのだろうか。

その可能性を少し考え、そして頭を振る。

 

――取り敢えず、俺は俺のできることをしよう。

 

されど。

その時――加山は気付いているようで、気付いていなかった。

 

情報を与える、という事のリスクを。

先んじて情報を与えることは、確かに事前に自身の意思を通す意味においては大きな優位点となりえる。

が。

――最初から意思が決まっている人間にとっては、情報を斟酌し準備期間を設けるだけの行為にしかならない、と言う事を。

それが解るのは。

12月18日。

――A級トップ3部隊が帰ってくる、その日。

 

 

上手く行くものだと、思っていた。

本当に。

 

東から根付と唐沢に空閑の存在を伝えてもらい、加山は忍田と鬼怒田に伝える。

上層部の人間に情報を伝え、そこからの経由で城戸司令に伝えてもらう。

 

こういう伝達の方が――いきなり下っ端の人間から直接報告に上がるよりも、混乱もせず、スムーズに状況が把握できるだろうと。

 

実際に、それはその通りだった。

伝えた分、忍田と鬼怒田には礼を言われたし、東からも好感触があったと伝えられた。

 

その後、城戸に呼び出され指令室に呼び戻され――玉狛と空閑は一次処分保留という方針で暫く続けると、加山に伝えられた。

何もしないままの、現状維持。

これは、空閑の行動を経過観察する事で、問題があるかどうかをチェックするものであると――そう加山は解釈していた。

 

が。

違った。

 

「加山」

迅に、呼び止められる。

 

「少しだけお前に手伝ってもらいたいことがある」

そう、言われる。

何だろう。

迅は、いつもと変わらぬ――笑みを浮かべたままの表情で、こう言った。

 

「何ですか?」

「実は――今度、遠征からA級部隊が帰ってくるでしょ?」

「おお、そうですね」

「――そいつらが、三輪隊と組んで玉狛支部の襲撃をかける」

 

上手く行くはずだ。

その意思が。

崩れていく。

 

「――今回、その中に、東さんも入る」

 

そして。

上手く行くはずと踏み、巻き込んだ人物――東春秋。

彼もまた、襲撃犯の一人として入る、と。

 

何故彼が入るのか。

簡単な話だ。

彼が加山によって空閑の存在を伝えられ、共有してしまったから。

共有したからには、城戸からすれば利用できる駒の一つとなる。

 

つまりは。

――自分の、所為。

 

「-------」

どんな表情をしていたのだろうか。

きっと、顔色はすこぶる悪かったであろう。

 

「――見た感じ、東さんが指揮する未来がなさそうなのが救いかな。そこはA級トップの太刀川さんに譲っている。でも、手強い敵だ」

「-----迅さん」

「気にするな。――お前は何も間違ってはいない」

「いや。------東さんが、そこに入ってしまったのは、完全な俺のミスだ」

 

吐きそうだ。

本当に。

自分の自惚れに。自分の滑稽さに。

 

根回し?交渉?

――お前は、何になったつもりだ。まだ中学生の分際で、大人たちをコントロールできるとでも、少しでも思っていたのか。

その結果がどうだ。

自分でやった事全てが全て、城戸に利用されているじゃないか。

 

東に情報を与えてしまった事で、城戸が利用できる駒を易々と用意してしまった。

スムーズに情報を与えたことで、かえって城戸が状況を纏められる時間を与えてしまった。

 

自分がやったことは。

何も意味を成さなかった。

いや。

むしろ――状況を悪化させていた。

 

「------」

「加山」

「-----何すか?」

「俺は――結果論で人を責めたくはない。そして結果論で自分を責めている奴も、見ていると苦しい」

「いや」

「いや、じゃない。――お前の行動はあの場面では、最善だったよ。空閑の存在を伝えるのは、早ければ早いほどいい。そして、上層部に根回しして空閑に対して予め偏見のない情報を与えることも重要だった。――ただ、それをもってしても、城戸さんの意思が固かった。それだけなんだ」

 

いや。

違う。

必要なのは、結果だ。

結果がダメなら、それまでの過程なんざ、ゴミ屑だ。

 

――俺は、一番ひいちゃいけない結果を引いてしまった。

 

「――なあ、加山。お前も、俺の可愛い後輩だ」

ニカリ、と迅は笑う。

「――お前のミスにもならんミスなんざ、この実力派エリートの力でどうにかしてやる。だから、お前は今から、やるべきだと思った事を、しっかりとやってくれ」

 

 

残り日数は、然程多くはない。

どうする。

どうする。

 

加山は足りない頭を必死に働かせ、考える。

 

自分は何をするべきか。

確定した情報は、幾日か後に玉狛支部に襲撃がかけられると言う事。

 

考えろ。

何をすれば、襲撃が止められるのか。

 

「――おゥ。加山。どうした、珍しく渋い顔しやがって」

そんな時。

声がかけられた。

 

「-----弓場隊長」

「よォ。丁度良かった。お前を探していたんだ。――顔色悪ぃな。何か変なもん食ったかァ?」

「まあ、そんなもんですね----」

「おいおい。加山ァ。受け答えまでお前らしくねぇなァ。しゃっきりしやがれ」

「いや、すみません----」

「-----ったく。悩み事なら聞くぞ。丁度隊室には藤丸もいる事だしな」

「いえ、そこまで手を煩わすもんじゃないですから」

「うるせぇ。――飲み物奢ってやるからよォ。コーヒーか紅茶かどっちがいい。取り敢えず来やがれ」

 

 

そうして。

弓場隊の隊室に無理やり連れて来られると――そこには。

「おお、帰ってきたか隊長。――お、久しぶりじゃねぇか加山ァ!」

藤丸ののだけが、そこにいた。

 

「顔色悪いなぁおい。――どうした」

「いや。大丈夫ですよ。――ところで要件って?」

そう言うと、弓場はおお、と呟く。

「いや。――お前、ウチから神田が抜けるの知っているか」

「え」

「大学受験でな。――大学は県外になるから、もうボーダーからは離れることになる」

そうなんだ。

神田、と言えば弓場隊がまだ王子・蔵内がいた頃からの弓場隊のメンバーだった人間だ。エースである弓場と、それに連携して指揮をする役割であったと記憶している。

抜けるのか。

何というか――出入りが本当に多い部隊だ。それだけ、自由な人間が集まっているという事かもしれない。

「で。この前王子から、神田が抜けるならうってつけの人材がいるって連絡があってな」

「はあ」

「その人材ってのが――お前って訳だ、加山」

へ?

「いやいや。俺なんてまだ部隊を組んだこともないのに」

「んな事言うなら、王子蔵内の代わりに入った帯島も外岡も最初はそうだった。気にすんな」

「お前については帯島からも聞いてんだよ。結構褒めてたぜ」

 

いや。

いきなりすぎて、色々と頭の処理が追い付いていない。

まだ自分が部隊を組むなんて、全く想定すらしていなかった。

 

「――さて。俺等はお前に要件を伝えた。じゃあ、お前も俺等に腹を割って話してみやがれ」

「え?」

「別に無理強いするつもりもねぇし、これを貸しにして部隊に入れっていうつもりもねェ。だがな、加山。――実は俺は迅から頼まれてんだ」

「迅さんから?」

「おう。――奴の後輩が死にそうな顔してたら、相談に乗ってやれってな」

迅から。

つまりは――弓場に対しては、あの襲撃に関して話しても大丈夫という事だろうか。

そう思った瞬間、自分でもびっくりするほどに――全てを話してしまった。

本来ならば、この手の情報に関しては加山はもっと慎重に扱う人間だ。

だが。

今は――なりふり構わず、他人に頼ってでも、とにかく解決策が欲しかった。

 

「-----襲撃、か」

弓場は目元のメガネを押し上げながら、そうぼそりと呟いた。

「ふん。――中々、面白そうなことやっているじゃねぇか」

 

弓場は。

笑った。

 

「別に俺は派閥争いなんざ興味はねぇ。玉狛と本部で勝手にバトってくれってのが本音だ。――だがまあ、それでもだ」

弓場は、どかりと壁に腰掛け、続ける。

 

「――お前が、東サンがそこにいるのはお前の所為だって思ってんだろ。お前の行動が原因で、東サンって厳ちい相手を追加しちまった。だったらよ」

弓場は加山に、指差す。

「――今度はお前の行動で、味方を追加しちまえ。別に難しい話じゃねぇ。お前という戦力とプラスして、まだ東さんに足りねぇっていうなら。まだ誰かを追加すればいい。さあ、どうする?」

 

笑む。

笑んで、弓場はこちらを見る。

 

そうだ。

自分の行動で敵を増やしてしまったのなら。

――その分だけ、味方を増やして損失を補填するしかない。

 

「弓場さん」

「おゥ」

「お願いします――俺に、力を貸してください」

 

そう言うと。

ニカリと笑んで――弓場は加山の肩を叩いた。

 

「その言葉が出たって事は、貸し一だぜ加山ァ。後からキッチリ返済してもらうぜェ」

「うす」

「藤丸。お前もオペしてもらうぜ。他のメンバーには伏せとけ。流石に奴等まで巻き込むのはな」

「おいおい。あたしは巻き込んでもいいのかよ」

「うるせぇ。この場にいたんだからな、巻き込まれてもらう」

「はん。心配しなくても、初めから逃げるつもりはねぇ。――上等だ。A級連中に目にもの見せてやろうじゃねぇか。奴等のド玉にぶちこんでやるぜ二人とも!気合いれっぞ!」

「それこそ心配すんな。――別段恨みはないが、ぶっ潰してやる」

 

笑う。

笑う。

 

「ランク戦でお目にかかれねぇ上モノメンバーばかり。胸を貸してもらうぜ、トップチームさんよぉ」

 


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