彼方のボーダーライン   作:丸米

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夜色の狂乱闘争の始まり

悪くない、と東は思っていた。

加山の一連の根回しである。

 

自身が見知った顔ぶれに情報を渡し、空閑遊真という近界民をボーダーに引き込む為に上層部に情報を共有させる。

その行動自体に何も間違ってはいない。ミスもない。

何より、加山自身が空閑を引き込むために何の嘘もついていない所も非常に良かった。渡された情報の正しさも、間違いはなかった。根回しを「情報を共有する」という事とイコールであれば、これは正しい。

 

だが。

加山は、ボーダーの利益という価値基準だけを考え情報を渡していたと感じた。

空閑遊真という戦力の増強。

この一点を利用価値としてあると。そう

だが、違うのだ。

 

人によって、重視する基準は違う。

城戸司令は、当然ボーダーにとっての利益を斟酌している。

 

だが。

彼にとって、「近界民が敵である」という構図は何よりも武器なのだ。

その武器によって、人を集めた。組織を大きくした。金を集め技術を開発し――市民を守る力を手に入れた。

 

彼にとっての、その最大の武器。そしてスタンス。

それは――近界民一人を入れる事により発生する利益よりも余程大事なものだろう。

 

だから、衝突は避けられなかったのだ。

交渉をするならば――衝突を緩和させる事よりも、衝突した後の着地点を探すべきであったのだろう。

 

まあ。

それでも。

それもそれで、一つの経験という事だろう。

そもそも中学生で、自らの意見を通す為に下準備を行うという発想がある事そのものに着眼すべきであり、城戸の価値基準を見透かすことは東であったとしても難しい事だ。

加山は聡い。

この経験すらも自らの糧に出来る人間であると、東は信じている。

 

「――東さんも、それでいいですかね?」

「ああ。俺はお前らに一任する」

 

12月18日。

その日、近界への遠征へ向かっていたA級部隊が帰ってきた。

太刀川隊、冬島隊、風間隊。

彼等が――三輪隊と組んでの玉狛支部への襲撃をかける。

 

そのメンバーには、東春秋の姿がある。

 

ボーダーにとっての文字通りの生き字引。

始まりの狙撃手であり、指揮・戦術に精通する元A級部隊を率いた才人。

 

現在、後進の育成の為にB級部隊を率いているが、この中で彼より上であると思っている者は誰もいまい。

 

「本当にいいんですか?東さんを差し置いて俺が指揮っちゃって」

A級一位隊長、太刀川慶が笑いながらそう呟いた。

――きっと東がどう答えるかなんて解っているのだろうが。

「いいも悪いもない。これは城戸司令の指示だからな」

 

この作戦。

城戸司令はほぼ、自らの派閥に属する者を用いている。

彼は、近界民の廃絶を掲げる人間だ。

市民への防衛を重視する忍田本部長の派閥や、近界民に友好的な玉狛支部の派閥と一線を画す、タカ派の急先鋒。

 

東は、城戸司令の派閥には無い。

故に、関係のない派閥同士の戦いの指揮に東が気乗りはしないだろうし、そしてその部分も城戸は解っている。

それ故に、――この戦いにおいて東春秋はただの駒だ。

とびっきり優秀で、とびっきり厄介な駒であるが。

駒として動く分には、全力を尽くす。

 

 

こうして、駒が揃った。

太刀川隊、太刀川慶・出水公平

冬島隊、当真勇。

 

「-----冬島さんはどうした」

「船酔いでダウンですね」

 

あの人らしい、と東は笑う。

風間隊、風間蒼也、歌川遼、菊地原士郎

そして――三輪隊、三輪秀次、米屋陽介、奈良坂透、古寺章一。

 

およそA級部隊の半数を集めたこの部隊。

最強と名高い玉狛支部を戦うにも、遜色のない部隊であろう。

 

「じゃあ、行こうか」

その声に。

 

 

 

夜の警戒区域を、襲撃犯が走る。

玉狛支部を襲撃し、黒トリガーを奪取する為に。

 

「――太刀川」

「何ですか、東さん」

「この先、嫌な予感がする。――少しここから位置を離れ、支部へと向かいたいのだが、いいか?」

「了解。頼みます東さん。――ちなみに、嫌な予感ってのは?」

「この周辺区域、細々とした建造物が多く射線が通りずらい。――待ち伏せにはもってこいだと思わないか?」

「なーるほど。確かに。――じゃあ、ちと狙撃手は四方に散開して移動しようか」

 

して。

狙撃手が若干散った状態で、チームは走っていく。

 

「――止まれ!」

 

太刀川の声が、夜の静寂に響く。

 

そこには。

 

「やあ太刀川さん。こんばんわ」

「迅-----」

太刀川の表情に、喜色が浮かぶ。

 

太刀川が今回の襲撃における、最大の目的が、そこにいた。

迅悠一。

かつて――ランク戦で鎬を削り、S級となった今もう戦えなくなった相手だ。

 

「――まあ、もう目的は解っているって事かね。迅」

「ああ。――可愛い後輩は、やっぱり守んなきゃね」

その言葉に何よりも反応したのは――三輪であった。

「可愛い後輩-----ふざけるな!お前らが匿っているただの近界民だろうがっ!」

「近界民だろうがなんだろうが。入隊すれば、立派なボーダー隊員だ。それをあんた等は襲おうって言っているんだろう。どうするの?隊務規定違反ものじゃない?」

その言葉に、三輪の表情が歪む。

そうだ。

ボーダーに、近界民を隊員にしてはならないというルールはない。

そして、玉狛がそう

 

「――いいや。違うな、迅。正式な入隊が決まる1月8日までは。お前の所の新人は、ただの近界民だ」

太刀川は。

変わらぬ表情で、続ける。

「今の状況じゃ、ただの野良近界民だ。仕留めるのに問題はない」

 

へぇ、と迅は呟き。

そして――三輪は太刀川の発言にも、また信じがたい思いを抱いていた。

そして、理解する。

迅悠一。そして太刀川慶。

この両者は――同類である、と。

 

して。

迅は気付いていた。

 

この問答の中で、敵勢の狙撃手たちが続々と配置についていることを。

それを理解した上で――それでも敢えて、問答を続ける。

 

「邪魔をするな、迅。――お前ひとりで、このメンバーと相手が出来ると?」

「そうだねぇ。――遠征部隊は、黒トリガーに抵抗できると判断された隊だけが選ばれる。勿論、俺もこのメンバーと戦って確実に勝てるなんて思っちゃいない。――東さんもいるみたいだし」

そうして、――狙撃手の配置が済んだことを確認し、

迅は両手を軽く掲げ、ひらひらと回した。

「よく解っているじゃないか」

「まあでも、一人じゃないし」

そう迅が言った瞬間。

 

夜の静寂に、

爆音が響き渡った。

 

「なに------!」

その爆音は。

丁度、三輪隊の狙撃手である奈良坂が配置についていたビルから発せられていた。

 

 

足元が崩れ、爆音が聞こえる。

崩れ落ちる足場。そして建造物。

がしゃがしゃと崩壊する音が響く中――奈良坂は崩れ行くコンクリの瓦礫に埋もれ、身動きがとれずにいた。

 

そこに。

 

「-------」

小柄な男が。

銃口を構え、こちらをじぃ、っと見据えていた。

 

 

「――何だ!何が起こった!」

三輪が、叫ぶ。

その視線の先には――緊急脱出した奈良坂が配置されていたビルがあった。

 

ものの見事に、まるで砂の楼閣を破砕するような――見事な爆破解体が、そのビルで行われていた。

 

そして、

「嵐山隊、現着した!」

その一言と共に。

赤を基調とした、広報担当A級部隊――嵐山隊がそこにいた。

 

「迅――援護する!」

嵐山がそう言うと同時、隊員の時枝と嵐山は瞬時に奈良坂の狙撃ポイントであった区画へワープを行い、両者で敵勢を挟撃にかかる。

 

アサルトライフルを用いた弾幕が張られると同時、迅は背後へと退却をかける。

 

「――先手を見事に取られたな。レーダーもへんなもんがちらほら見えてやがるし」

 

そして、合同チームは弾幕の圧力に分が悪いと一旦散開する。

その最中、太刀川はレーダーを見据え一人ごちる。

そこには。

幾十というトリオン反応が、レーダー上にびっしりと埋まっていた。

 

「ダミービーコンか。多分方角的には奈良坂をやった奴と同じかな。――三輪、奈良坂から何か報告は受けていないか?」

「そんな-----まさか----」

三輪は、苦い表情を浮かべ、前髪に隠れた眉間に皺を寄せる。

 

「何故だ-----!何故そちら側に付いた、加山ァ!!」

 

 

「佐鳥せんぱーい。大丈夫っすか?」

「大丈夫だぜ加山君。しっかしビルが爆発するってのは夜だと本当に壮観だな。くぅ。派手だなぁ。気持ちよさそう」

「多分根付さんお冠だろうなぁ。でもいいや。知らん。俺の努力を全部無駄にしやがって」

加山は薄ら笑いを浮かべながら、愚痴るようにそう言った。

「それじゃあ――ビーコンの反応に食いついてきた人達の奇襲をよろしくお願いします、弓場さん」

「了解。――しかし、いい作戦じゃねぇか加山ァ」

「でしょ?」

「この夜の警戒区域――暗闇に乗じて支部を襲おうとしている連中は絶対に目立ちたくはない。メテオラだけでも嫌だってのに、ビルごと爆破するってなら奴等も無視はできない。――ビーコンが撒かれたこの区画に、人員を割かざるを得ねぇ。それだけでも、この状況だとデカい」

 

加山は、襲撃の日時が確定したと迅に伝えられた瞬間より、仕込みを開始した。

事前に狙撃ポイントとして使用されるであろう建造物をチェックしておき、鉄骨の裁断を行い、そしてビーコンを仕込む。

そして周辺のビルを爆破していき、佐鳥の射線を拡大させていく。

こちらになく、あちらにある一番大きな戦力は間違いなく狙撃手だ。A級でも指折りの狙撃手が全員揃っている。こちらは、現状佐鳥以外いない故に、出来るだけ彼を活用して人員を減らしていかなければならない。

 

故に。

狙撃ポイントを予め潰し、ビーコンで行方をくらませ、そして索敵してきた相手を佐鳥で仕留める。そして、佐鳥の射程外に逃げる相手を弓場が近づき更に仕留める。

 

この布陣で、A級部隊に立ち向かう。

「弓場さんがここにいることは絶対に相手は気付いていない。タネが割れてない一発目。頼みますね」

「解っているぜぇ、加山。ちゃんと仕事はこなしてやるさ――さあ。来やがれ」

 

 

「どうします?太刀川さん。あのビーコン合成弾でぶっ飛ばしましょうか?」

「合成弾つってもトマホークかサラマンダーだろう。出来るかそんな事。この状況で爆撃のやりあいなんかした日にゃ根付さんの胃が無くなっちまう」

太刀川・出水は散開した後合流し、迅と嵐山隊を追う。

「ビーコンは鬱陶しいが、俺達は迅を追うぞ。――お前が嵐山隊を散らした後、俺は迅の相手をする」

「太刀川さん一人で大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃあねぇな。――風間さん、そっちはどうですか?」

太刀川がそう問いかけると、すぐに風間から応答が入る。

「迅のもとに向かっている。連携して仕留めるぞ」

「了解。ビーコンはどうします?」

「菊地原に向かわせた。――索敵に関してあいつ以上の手駒はいないからな」

「成程、それじゃあ期待しましょうか。――お」

 

そして。

更にレーダー上に、新たなビーコンの反応が増える。

 

「こちら東。――こちらもビーコンを敷き、残る狙撃手の逃走の援護を行う」

「了解です。頼みます」

 

東春秋も、また。

ビーコンを起動させ――加山の布陣を、視界に収めた。

 

 

そうして。

盤面は動き出す。

 

「――さあて。俺もそろそろ頑張らないとなぁ」

その全てを副作用で映し出し。

迅悠一は、動き出した。




ノリと勢い、何よりも重要。
この場における東さんと弓場ちゃんはその産物です。

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