彼方のボーダーライン   作:丸米

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スクエア読了。
お、帯島ちゃん-----!!


撃鉄の音色を聞け

「――三輪から報告が入った。あのビーコン地帯を作ったのは加山だ」

「加山っていうとアレですか。前、C級にテキストを配布するよう上層部に掛け合った物好き」

「ああ――気を付けろよ。アイツは共感覚の副作用を持っている。近づくと足音で正体が看破される」

「大丈夫ですよ。――正体がバレようと、真正面からの戦いで負ける気はないです。逃げられても追いつけますから」

 

菊地原士郎。

彼もまた、副作用を持っていた。

 

強化聴覚。

聴力が抜群にいい、という極めてシンプルな副作用であるが――シンプル故に、非常に強力な副作用だ。

常人よりも多くの情報を耳で拾えるというだけでも強力であるのに、彼は更に音の種別・反響などを正確に聞き分ける事も出来る。

隠密戦が主体となる風間隊における戦術的キーパーソンであり、その役割は非常に大きい。

 

「絶対に仕留めてやりますよ」

 

かくして。

音に色彩を感じる男と、誰よりも広く音を拾える男との鬼ごっこが開始された。

 

 

「迅。どうする。このまま俺達と固まって動くか?」

嵐山は、そう迅に尋ねる。

現在、迅・嵐山・時枝の三名が開戦場所から離れた戸建て住宅の上で、状況を見ていた。

 

三輪隊は一旦東のダミービーコン地帯へと向かい、恐らくは狙撃班との合流を目指している。太刀川・出水・風間の三名は迅を追い、そして菊地原が加山を追い、歌川は狙撃手両名の東のビーコン地帯への避難の援護に向かった。

敵勢は東のビーコン地帯で部隊を編成しなおすという動きと、迅を狩りに向かうという二つの動きを行っている。

迅の行動如何によっては、敵を太刀川・出水・風間と引き離す事も、逆に加山のビーコン地帯に彼等を引き入れる事も出来る。

嵐山隊は、佐鳥を加山のビーコン地帯に派遣し、木虎を東のビーコン地帯の監視に向かわせている。

何か動きがあれば、このどちらかから報告が上がるはずだ。

 

「そうだな。――多分東さんのダミービーコン地帯に狙撃手が避難してきてるから、敵さんもあの地帯を中心にもう一度部隊を編成しなおすと思う。なら、こっちも加山のダミービーコンを有効活用しないとね」

「どうするんだ?」

「簡単簡単。――俺と風刃の機能を考えれば、ビーコンで居場所を紛れさせるメリットの大きさは計り知れない」

 

ああ、と嵐山は呟く。

迅が持っている風刃というトリガーは、黒トリガーだ。

単純な武器としての出力も段違いであるが、何より――物体を伝播さえすれば、どのような場所であっても斬撃を飛ばせるという特性もある。

その機能は非常に強力ではあるものの、その代わり通常のトリガーに存在する幾つかの機能が使えない。通常、誰もがトリガーセットに入れるであろうトリオン反応を打ち消すバッグワームの使用が出来ない為、居場所は常にレーダーで把握されることとなる。

 

それ故に。

迅がダミービーコン地帯に足を踏み入れることがどれ程の強化となるのか。

 

迅の位置が把握できない事すなわち、敵はいつ、いかなる場所から斬撃が飛んでくるのか全く解らない状況に陥る事となる。

その状況になれば――加山のビーコン地帯が侵入不可能の要塞となる。

 

「まあ、東さんもその位は解っているだろうから。俺を足止めしている間に加山を仕留めたいだろうね。恐らく、菊地原が加山の位置を索敵した後に、三輪隊で叩き潰すって作戦を取ると思う」

「成程」

「だから、手分けしよう。――嵐山と時枝は加山の援護に向かってくれ」

「解った。――じゃあ、生き残ってくれよ」

「解ってるって。この実力派エリートを信じろ」

二人は軽く手を合わせると、散開した。

 

 

「お。――迅と嵐山・時枝が分かれたな。なら、出水」

「はい」

「お前はあのビーコン地帯に向かえ。索敵が終われば三輪隊が動くだろうから、連動してあの鬱陶しいビーコン撒いている奴を仕留めちまえ」

「了解了解。――くっそー。合成弾使えれば索敵なんか一発なのに」

「爆撃での炙り出しが出来ない事も見越してのあのビーコンの山だろう。中々こ狡い手を使う奴だ。嫌いじゃない」

襲撃する側。

される側。

この構図すらもしっかりと戦術に落とし込めた上での、あのダミービーコン地帯であろう。

 

「ま。何にせよ迅を仕留めればそれで終わりだ。その前に、あの鬱陶しいビーコンの山を無くしておくぞ」

 

 

――本当に鬱陶しいなぁ。

菊地原は、ダミービーコンが起動していく様をレーダーで見ながら、辺りを索敵していく。

 

耳を澄ます。

それだけで菊地原は、目に見えない情報をいくらでも拾うことが出来る。

それは彼方で静かに鳴くカラスの声であったり、先程の爆発でまだパラパラと崩れているコンクリの破片であったり、

――近くのビルから聞こえてくる、足音であったり。

 

「見つけた」

 

菊地原は呟く。

目星をつけたそのビルの中から――更に新たなビーコンの反応がレーダー上に現れたのを、確認した。

 

菊地原は、その場へ向かう。

話を聞く限り、加山は正面きっての戦いは苦手らしい。

――このまま、さっくり仕留めるに限る。うざいし。

 

バッグワームを着込んだまま、ビルの中に入る。

「暗視入れて」

「了解」

はきはきとした三上の声を聞き、息をひそめ、耳を澄ます。

足音が大きくなっていく。

 

その方向に、菊地原も動き出す。

上階。奥の方。

菊地原の耳は、正確に足音の在りかを辿りながら近づいていっている。

 

「――小細工は意味ないよ」

通り道。

エスクードが敷かれる。

近くの壁を斬り裂きそこを通り過ぎる。

 

部屋の奥。

もう逃げ場はないぞ、と心中思いながら――バッグワームを解き、スコーピオン二刀を構え、急襲の態勢を整える。

 

そこには

 

「え」

傍らに、つい先ほど起動したダミービーコンを携え――メガネをかけ、拳銃を構えた男が、眼前に。

 

「よゥ、菊地原ァ。そして――あばよ」

 

必殺の弾丸が、回避動作よりも早く菊地原に突き刺さった。

 

 

「――さあて」

菊地原が緊急脱出したのを見届け。

別室でジッと動かず待機していた加山が、弓場の前に出ていく。

「流石のワザマエっす、弓場さん」

「おゥ。――ま、これで俺の存在が太刀川サン達にまで伝わっちまったが」

「いやあ、いいですよ。ここで菊地原先輩落とせたのは大きいですから」

加山は、恐らくこの場に菊地原が出てくるとは想定していた。

聴覚が鋭い菊地原は、加山への追っ手としては最適だ。加山以上の機動力があり、例え加山が足音を判別して逃げ出したところで、その音すらも拾って追う事も出来る。

その為。

加山はバッグワームで隠れ、弓場にダミービーコンを手渡し設置させた。

弓場が立てた足音の先からビーコンが発動すれば、当然菊地原はその足音を加山であると判断する。

弓場を加山と誤認させ、密閉空間内という極めて弓場が優位に立てる場に菊地原を追い込ませ、そして仕留める。

仮に、菊地原と別の誰かが組んで追ってきた場合、エスクードを多用し相手を分断した上で各個撃破する腹積もりであった。

「ここで弓場さんがいると相手に伝わってくれれば、ますますここに攻め入りにくくなりますし。――味方がこっちに来るまで、何とか持ちこたえましょう」

 

 

「――弓場、だと」

その後。

仕留められた菊地原の報告を聞き、――さすがの風間も、驚きを隠せずにいた。

 

「何故奴がここにいる----!」

弓場拓磨。

B級弓場隊の隊長であり、ボーダー屈指の拳銃使い。

――そして、ここにいる理由が一切ない男。

 

「迅が個人的に頼み込んだとは思えんが----まあ、今考えても仕方のない事か」

 

その報告は、各員に送られる。

 

 

「――弓場か。成程、それは予想していなかった。誰かあのビーコンの中にいるものだとは思っていたが」

東がそう呟くと、太刀川と通信を行う。

「太刀川。連絡は行っていると思うが、どうする?」

「弓場がいるんすよねぇ。――あのビーコン地帯が一気に危険地帯になりましたね」

 

ダミービーコンに紛れた弓場がいる。

この状況が、非常に恐ろしい。

――弓場は、近距離においてボーダーにおいて最強クラスの腕がある。

最速かつ、高威力。

急襲されればひとたまりもない。

その駒が、ビーコンに紛れて存在しているとなれば、加山の周辺区域の危険度が一気に跳ね上がる事となる。

 

ただでさえ、ビーコンで敵勢が解りにくい中。

恐らくは佐鳥という狙撃手があの中にいて、そして狙撃手の射線をカバーできる弓場がいて、そして自在に地形を変えられる加山がいる。

 

そして、現在迅と嵐山隊がそのビーコン地帯に向かっている。

 

「こちらは当真・古寺の避難が終わり、三輪隊と合流した。部隊の編成はすぐにとりかかれる」

「了解です。――取り敢えず佐鳥が消えてくれればある程度自由に動かせるので、まずはそっちを優先で行きましょう。加山を狙うと、それを餌に弓場が出てくるんでしょうし。佐鳥を炙り出す動きで、こちらから加山か弓場かを釣り出して、仕留めましょう」

「成程。なら、当真をビーコン外周に置いて狙ってもらいながら、歌川に炙り出しを任せよう」

「それがいいっすね。――こっちは風間さんと組んで迅を仕留めに行きますんで、こっちにも一人狙撃手が欲しいですね」

「解った。――そっちには、俺が行く」

「お、マジですか東さん」

「ああ。ダミービーコンの範囲内に迅を引き入れれば、確実に俺達の負けだ。こちらは全力を尽くすべきだろう。――国近」

「はいは~い」

「まだ起動していないビーコンのうち幾つかのコントロールを俺に渡してくれ」

「了解で~す。残り半分の起動は、今起動しているビーコンのトリオンが切れるごとにしていけばいいですか~?」

「ああ。それでいい。――さて」

 

東はさっと周囲を見渡す。

視線の先。

レーダーの反応。

それもまた見つめ、一つ頷く。

 

「――色々と予想外が続くな。やれやれ。だがまあ、こういうのも悪くない」

 

一つ、二つ。

自身が今いる位置上にまたビーコンを置き、東はその場を離れていった。

 

 

そうして。

部隊が集まっていく。

 

「嵐山隊、目的区画に現着」

 

「三輪隊、現着」

 

加山が敷く、ビーコン区画に。

 

「――これより、加山君の援護を開始する」

 

「――これより、区画内の敵の排除を行う」

 

戦いは、動く。

動き続ける。

 


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