彼方のボーダーライン   作:丸米

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爆撃音、そして彼方の刃

「――さあて。俺も出来ることをやっていかないとね」

 

 迅はこれまでに見た未来を換算し、思考をする。

 未来は、あくまで可能性。

 それが現実化するかどうかは解らない。

 

「――加山も、木虎も、両方援護したいけど、残念だけど実力派エリートは一人しかいないんだ。という訳で」

 

 ふぅ、と息をしつつ。

 

「両方援護できる位置取りをしないとね」

 

 

「――迅から報告が来やがった。太刀川サンがこっちに向かっているらしい」

 

 そう弓場が声に出した瞬間――皆の肝が冷えた。

 太刀川慶が、こちらに向かう。

 ――迅が仕留めそこなったのか。

 

「奴がこちらに来る前に――さっさとこいつらノしとくぞゴラァ!!」

 弓場の拳銃が三輪に向けられ、そして三輪の拳銃もまた弓場を狙う。

 

「――ぐ」

 

 弓場の二丁拳銃は、三輪の接近を許さない。

 加えて、三輪がこの距離感の中で使える武器は一丁の拳銃のみ。

 

 米屋、もしくは出水の援護があって弓場を抑えきれていたが――米屋は緊急脱出し、出水は嵐山・時枝の双方を相手取り援護する余裕が消えてしまった。

 そして、弓場は。

 三輪が向ける射線の先。

 エスクードが生える。

 

 加山の援護が、弓場のタイマンを存分に活かす。

 三輪にとって、非常にやりにくい事この上なかった。

 

「――三輪! 相手を変えるぞ!」

 

 出水の声がそう響くと同時に、

 

「――メテオラ!」

 出水が、現在出水を取り囲んでいる嵐山・時枝に対し、メテオラを放つ。

 小さく分散したそれらは、恐らく両者に直撃させるつもりはなかったのだろう。周囲にばらまかれ、両者を囲むように爆撃が起こる。

 

 その攻撃の意図に、真っ先に気付いたのは周囲の警戒に意識を割いていた時枝充であった。

 

「――嵐山さん!」

 爆音と連動するように。

 レーダーの反応が一つ増える。

 

 加山・弓場に向かう小粒のアステロイド。

 そして。

 バッグワームを解き、襲い掛かる――風間隊、歌川の姿があった。

 

 嵐山目掛けて襲い来る、歌川のスコーピオン。

 メテオラの粉塵に紛れ嵐山の喉元に向かってきたそれを、時枝はその身を割り込ませ庇う。

 

 時枝の腹部に刺さるスコーピオンを即座に抜き、歌川はすぐさま時枝の側面を取る。

 心中目的の銃乱射を警戒したのだろう。

 側面を取った後、歌川は時枝の首を刎ね飛ばす。

「――充!」

 嵐山は相棒の首を刎ね飛ばした歌川の姿を一瞥し、突撃銃を向ける――が。

 その腕に、

「く...」

 三輪の鉛玉が、埋め込まれる。

 

 そうして。

 嵐山・弓場・加山全員が足止めを食らうその隙に、敵の配置が変化する。

 

「――申し訳ねぇけど、このメンツで現状太刀川さんに勝てそうなの弓場さんだけなんで、ここで何としても落ちてもらうっすよ」

「...チッ」

 

 三輪は嵐山と対峙し、そして出水と歌川は弓場と対峙する。

 

 ――クソッタレ。絶体絶命じゃないか。

 加山は一人ごちる。

 

 こちらが一人死に、そしてまた一人この場に追加された。

 そして、今太刀川がこちらに向かっているという現状。

 そして、何より――この状況をひっくり返せそうな木虎・佐鳥が東他敵勢の狙撃手によって足止めを食らっている事。

 

 恐らく――当真、古寺含む狙撃手全員が東の敷いたビーコン地帯内にいる木虎をその場で釘付けをしている。

 正しい判断だ。

 狙撃手はこの盤面において、迅という最大戦力に対して当てる事はまず不可能。そして、下手に撃ってしまい位置が観測されると風刃で斬り飛ばされる。

 ならば、撃たずして駒の動きに制限をかける、という事が出来れば、それだけで十分だろう。

 そして、太刀川・風間という最大戦力を惜しみなく迅に投入し、足止め。風間を犠牲にして迅の足を削り移動に制限まで掛け、迅を切り離した。

 さて。どうするべきか。

 

「...」

 

 加山は。

 こういう場合になった時の考えを、持ってはいた。

 

 出来れば、使いたくはなかったが。だって多分五割増くらいで怒られるだろうから。

 仕方ない。

 多分ここで自分は死ぬのだろう。

 まあそれも仕方がない。

 よし、と一つ息を吐き――加山は、薄ら笑った。

 こうする事を、迅が予知していることを願いつつ――加山は一つ息を吐いた。

 

 

 エスクードを解除し、――メテオラをセットする。

 そして。

 

「――メテオラ」

 起動する。

 

 ――加山の右手側にあった建物が、地盤から爆撃が行使され、けたたましい音と共に崩れていく。

 地響き。爆音。破砕音。

 それらが周囲に木霊した瞬間――ひゅう、と出水が口笛を吹く。

 

「おいおいマジか!」

 恐らくは、事前に仕込んでいたのだろう。背の高いビルディングが上階からのプレスと地盤の振動によって崩れ行く様を見て、思わず出水はそう叫んだ。

 

「――でも、何の意味があるんだそれ。嫌がらせか」

 

 一発目の解体の意味は分かる。

 敵をこちらに集めるためだ。

 だが、この解体には――なんの意味があるのだろう。

 

 背の高いビルが崩れ、その先の建物がよく見える。

 その先。

 高層マンションが、姿を現した。

 

 加山はメテオラを即座に解除し、エスクードを出水の横に生やす。

 ん、と出水が呟いた瞬間。

 

 ――エスクードから、斬撃が飛び出てきた。

 

 え、と言葉を放つ前に、出水の上半身が斬り飛ばされていった。

 

「――さあ、俺を追えるものなら追ってみやがれ」

 歌川と三輪、そしてその周囲に至るまで――許される限りのエスクードを周囲に生やし、――加山は崩れたビルディングに向けて走り出した。

 

 三輪と歌川は追おうと一瞬考えるが――それよりも、むしろ身を隠さねばならぬと瞬時に判断する。

 

「――風刃か!」

 

 加山は。

 背の高いビルを破壊する事で――風刃の射程範囲を無理矢理拡げさせたのだろう。

 そして、風刃が飛んできた方向に逃げ出す――という事は、それを追えばまた風刃の餌食になる事と同義である。

 

 身を隠さんと動き出した歌川と三輪の動きを、弓場と嵐山が追う。

 出水という、最大の援護役が消えた。

 そして、風刃の援護が新たにこちらに生まれた。

 

 そうなれば。

 

 加山が解体し作出した空間に向かいながら、弓場と嵐山は弾丸を二人に向ける。

 

「――三輪先輩」

「解っている。ここは退却だ」

「俺はこのまま、足止めされてる木虎を狩りに行きます。三輪先輩は?」

「太刀川さんと合流した上で、弓場さんと嵐山さんを叩く」

「了解です」

 

 そうして。

 皆が皆散開した後――加山のビーコンは、全ての機能を停止した。

 

 もう、特に意味もない。

 多分これから自分は死ぬのだから。

 

 逃げ出した加山はまた、ビルに向かい走り出す。

 

 ――木虎。最後に俺から援護をくれてやる。

 

 歌川は恐らく足止めを食らっている木虎を狩りに行くのだろう。

 割とあちらも切迫した状況だ。

 

「木虎。歌川先輩がそっちに向かっているから、東さんに対処するなら早くした方がいいぞ。――俺の尊い犠牲で、一人狙撃手始末しとくから」

 

 加山はビルに入る直前、頭が消し飛ばされる。

 

 その弾道の先には、古寺章平がいた。

 

 ――加山がまた爆撃をするとなると、流石に敵勢も黙ってはいられない。

 だが迅の援護がある中、接近して仕留める訳もいかない。

 だから、狙撃で仕留めるしかない。

 

 古寺が狙撃を敢行した瞬間、その首が風刃で刎ね飛ばされる。

 

 ――さあ。

 ――これで、残る敵は五人。こちらも五人。

 

 数の不利はもうなくなった。

 もう十分に仕事した満足感と共に――加山は緊急脱出した。

 

 

「――おう、よくやったじゃねぇか加山」

 緊急脱出した加山に、藤丸はそうねぎらいの言葉をかける。

 

「十分に粘って死んだ。よくやった」

「うっす。お褒めいただきありがてぇ――んすけど。何でここにいるの、帯島」

「自分は、藤丸先輩に呼び出されたッス」

「俺もー」

「外岡先輩まで-----」

 モニターの前には、既に先客がいた。

 帯島ユカリ、外岡一斗。

 弓場隊の新たな隊員である、その両者が。

 

「そりゃそうだ。巻き込まねぇとは言ったが、流石に何も知らせねぇままなのは筋が通らねぇからな。呼ばせてもらった」

「まあ、そうですよね...」

 今回。

 弓場は、加山の我儘に付き合ってもらっている立場だ。

 後から上層部に詰められた時には弓場隊だけは弁護できる理論武装を持ってきてはいるが、それでも相応のリスクを負って弓場はあそこにいる。

 加山の為に。

 

「――それに、お前には後から借りを返してもらう事になるから。今のうち、お前の戦い方を見てもらうのもまあ一興だろうってな。あたしの独断だ」

 そう藤丸が言うと、帯島は控えめに加山の姿を見ていた。

 

「か、加山先輩」

「ど、どした?」

「――流石の連携でした! お疲れさまッス!」

 そう言いながら、スポドリと――。

 

「みかん?」

 そこには、丁寧に剥かれたみかんを、帯島は差し出した。

「はい。自分の実家、みかん農家なんで」

「ああ、そっか。もう12月だもんなぁ」

 意外な実家の稼業を知り、少々驚きながら。

 欠片をむしり、一つ口に入れる。

 甘い。

「うまい」

 加山は実に素直にそう言うと、

「よかったッス」

 帯島は、変わらず控えめに言葉を放ちつつ、笑んだ。

「労いは終わったか? だったらお前らもさっさとモニター見やがれ」

 うす、と呟き加山は藤丸の後ろでモニターを眺める事にした。

 

 

「――迅さんが、あのマンションの上に陣取ったな」

 当真はそう呟きながら、自身の立ち位置を微妙に変える。

 

「で、古寺が死んだ」

「仕方ない。あれ以上爆撃させるわけにはいかなかった」

 

 加山は、明らかに浮いた駒であり、この状況であれば居所さえ掴めていれば別段放置しても大丈夫であったが――放置した結果何度も爆撃されてはたまらない。これは極秘任務なのだ。

 

「古寺が落ちた分、射線範囲が減ったが――その分、歌川がこちらにやってきている。追い込んで木虎を狩り、太刀川の援護に向かう」

「了解。――とはいえ、迅さんの目が届く範囲は動けねぇってことっすよね。中々やりにくい」

「だが、狙い通りだ。これである程度の勝機が出来た。――ビーコンに紛れながら風刃が飛んでくる状況は回避できた」

 

 加山が敷いたビーコン区画に、迅が足を踏み入れる。

 これが第一の敗北条件であった。

 そう東は想定し、その為に策を打った。

 

 迅に太刀川・風間をぶつけ、自身の狙撃の援護も加えた上で迅の足を削る。

 こちらもビーコン地帯を敷き、一度バレかけた狙撃手を再度隠蔽し、部隊の再編制を行う。

 嵐山隊と加山・弓場の部隊に速攻の圧力をかけ、迅が風刃の射程範囲を活かした援護役に回るように手を打った。

 

「太刀川を生かしつつ、他の連中を仕留めていく。――未来視でこちらの行動はある程度は把握されている。無駄弾は撃てないぞ」

「ったりめーっすよ東さん。――俺が無駄弾なんざ撃つ訳ねぇ」

 当真は、笑う。

「一発で仕留めてやりますよ」

 リーゼントが、風になびき、気流を感じ取る――気がしている。

 

 にやりと笑みながら、当真はジィっとスコープを覗き続けていた。


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