彼方のボーダーライン   作:丸米

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決着~


紅に響く二丁の音色

「──で、さ」

 太刀川慶は、興味深げに眼前の男の前に立つ。

 もうほとんどのビーコンが機能が停止した地帯。そこには太刀川とその背後に立つ三輪がいて、そして対峙する弓場と嵐山の姿がいた。

「何でお前がここにいるんだ? ──弓場」

「それがアンタにとって重要な事かァ、太刀川サンよぉ」

 弓場拓磨は、一つ鼻を鳴らすと問いかけにそう応答する。

「ま、興味本位だ」

「大したこたねェ。単純に後輩に頼まれたからでもあるし、黒トリガー目的で処分保留中の襲撃っていう状況も気に食わなかったからでもある。──まあ、でも」

「でも?」

「──やっぱり、こういう場でアンタとやりあいたかったから、ってのもあるなァ。当然」

 

 弓場は、笑む。

 数多くこなした個人戦。積み重ね踏み越えてきた修羅の道の中──立ちはだかってきたのは、いつもこの男だった。

 太刀川慶。

 ボーダー個人総合No1の男。

 自他とも認める、現ボーダー隊員最強の刺客。

 弓場拓磨という一人の男にとって──これは果てのない挑戦だ。

 

「多分、お前処分されるだろうな」

「どう処分されるんだ? 個人ポイントの没収かァ? それともチームランクを取り上げかァ? ──その程度、痛くも痒くもねェ」

「へぇ。どうして?」

「──俺がタダでこんな事やるかってんだ。これで加山がチームに入るってんなら、その程度安い代償だ」

 

 へぇ、と太刀川は呟く。

「アイツをお前の隊にいれるつもりか」

「おう」

「そりゃまた何で?」

「──やっぱり、俺もアンタらと戦いたくなったからだよ。その為には、チームを強くしなければいけねぇ。なら、神田がいなくなっちまって、その穴をそのまま放置しとく訳にはいかねェ」

 

 太刀川は、周囲を見渡す。

 周囲は半壊したものも含めて様々に張り巡らされたエスクードと、破壊されたビルディングの残骸が周囲に散らばっている。

 あの破砕されたビルディングの先にある高層マンションに迅がおり、そこから風刃を飛ばせる区画を探し続けているのだろう。

 

 成程。

 張り巡らされたエスクード。

 そして迅。

 この二つの要素を足して、太刀川を超えるつもりなのだろう。

 

「──それじゃあ。ブチ抜かれてもらいますぜ、太刀川サンよォ」

「やってみやがれ」

 

 二丁が抜かれ

 二刀が抜かれ

 

 銃口と刀身が結び合い、──戦いの火蓋が落とされた。

 

 

「木虎。今から綾辻が送るルートに沿って走ってきてくれ」

 迅は、高層マンションの屋上から指示を出していく。

 

「古寺を今仕留めたから、あいつが担当していたルートが開いた」

 加山を餌にして空いたルートに、木虎は走り出す。

 

「今、歌川が北側から向かってきてる。バッグワームの解除と同時にカメレオン使ってくると思うから、気を付けてくれ」

「解ってます」

 木虎は建築物を盾に、走り出す。

 敵の残りは、五人。

 太刀川、歌川、三輪、当真、そして東。

 太刀川と三輪は現在弓場と嵐山が相手をしている。

 そして歌川は自分を追っている。

 

 場所が解っていないのは、東と当真だ。

 

 だが。ここで歌川を仕留めれば──いずれ釣り出すことが出来る。

 

 レーダーに反応。

 歌川だ。

 

「──そこ!」

 

 カメレオンで擬態しているであろう歌川の移動先に回り込む。

 そこは背が低い建物と高い建物の間に存在する、狭い路地。

 歌川が潜伏するにはまさしくもってこいの区画であろう。

 

 が。

 

「──あ」

 そこには。

 宙に浮かぶダミービーコンが。

 

 ──まさか、ここにも! 

 周囲を確認。

 射線は通っていない。綾辻が示したルートから外れてはいない。

 では。

 何故ここにビーコンがあるのか。

 

 瞬間。

 建物の上層部分が、爆破する。

 

「──まさか!」

 そうだ。

 歌川はメテオラを装備していた。

 ならば。

 

 ──加山雄吾と同じことが出来る。

 

 ビーコンで誘い出しての、メテオラ。

 今回は建物を爆破して、狙撃手の射線を通すつもりなのだろう。

 

 そうはさせるか。

 

 加山のアレは、エスクードによる退路を防ぐことまでがセットの運用だ。移動経路が封じられていないのならば幾らでもやりようがある。

 

 スコーピオンを装着し、木虎は建物の中に入る。

 恐らく。

 建物内に入ることまで想定の上で──歌川もまたここに潜んでいるのだろう。

 

 考える。

 

 今この場にて、自分は歌川に勝つことが出来るのか。

 

 歌川遼は、隠密戦主体の風間隊にてサポーターの役割を担っている隊員だ。

 スコーピオン、カメレオンの他にも射手トリガーを幾つかセットしている。

 

 レーダーを見る。

 新しい反応が断続的に増えていく。

 

 カメレオンの使用中は他のトリガーは使えない。それはバッグワームも同様。カメレオンの使用中は、当然レーダーにその姿が映る。

 故に、カメレオンの使用中は位置が把握されている上に反撃も出来ないという無防備な状態でもある。

 

 だが。

 ダミービーコンで偽のトリオン反応が断続的に発生しているこの状況下。

 

 その反応の中に歌川がいるのかもしれない。

 逆にまだバッグワームで隠れているのかもしれない。

 ──カメレオンの使用中は位置が把握されるという弱点を、ダミービーコンが埋めている。

 

 今の木虎は。

 位置も把握できない状況から、カメレオンからの急襲をされる可能性もあるのだ。

 

 木虎の背後。

 爆発音が聞こえる。

 

「──!」

 

 振り返る。

 振り返った先。

 また新たなトリオン反応が生まれる。

 

 ダミービーコンか。

 それとも歌川か。

 そう一瞬思考が働いた瞬間──。

 

 爆発に振り返った木虎の、また更に背後で発生したトリオン反応が、木虎にかなりの勢いで向かっているのを見た。

 

 ──さっきの爆発は、陽動か! 

 ダミービーコンの動きは一定。ここまで急激な移動はあり得ない。

 置きメテオラの音で木虎の視線を誘導し、その隙にその背後からまた襲い掛かるつもりなのだろう。

 

 そうはさせるか。

 

 木虎はすぐさまそちらを振り返る。

 

「え」

 だが。

 そこには、左右にぐわんぐわんと揺れるダミービーコン。

 

 どういうことだ──と目を見開くと同時。

 

 側面から歌川がカメレオンを解除し──襲撃をかける。

 

「ぐ──!」

 何とか反応を返した木虎は、何とかスコーピオンで受け太刀するものの、歌川の二刀の連撃により片手が斬り落とされる。

 

 どういうことだ。

 ダミービーコンが急加速し木虎に近付き、そしてそことは別方向から歌川が襲撃をかけてきた。

 

 ビーコンの動きは一定のはず。あんな急激な動きは出来ない

 なのに、何故。

 

「──解ったわ」

 歌川の連撃を何とか防ぎながら、木虎は結論に辿り着いた。

 単純な話だ。

 歌川はただ──起動していたビーコンを木虎に向かって()()()()()。それだけだ。

 

 バッグワームを起動しながら、ダミービーコンを手に取る。

 →置きメテオラを起動させ、木虎の視線がそちらに向かっている隙に、手に持ったダミービーコンを投げつける。

 →急激に移動したビーコン側に木虎の視線が向かった瞬間、バッグワームの解除&カメレオンの起動。側面から木虎を急襲。

 

 恐らくは、こんな所であろう。

 

 ギミックとしては非常に単純であるが、されど効果的だ。

 メテオラの爆発。ダミービーコンの投げつけ。二つの視線誘導でレーダーを確認する暇もなく、カメレオンを歌川が起動した事すら気付かなかった。

 

 結果。

 

「──!」

 追い込まれている。

 初動で片手を削られた木虎は、斬られた腕からスコーピオンを出し何とか歌川の連撃を防いでいたが──それでも着実に、木虎の身体はダメージが増えてきている。

 このままでは、死ぬ。

 それが木虎にも理解できる。

 

 この流れの中、歌川を独力で仕留めるのは不可能であろう。

 

 木虎は無事な片腕で拳銃を握り、歌川に幾らか撃つ。

 弾丸を冷静にステップで避けると同時、木虎は窓から建物の外に飛び出る。

 

 木虎の拳銃には、A級特権で改造し付属させた巻取り式のスパイダーがある。

 それを、建物の屋上へと放った。

 スパイダーがフェンスに巻き付き、木虎を引き上げていく。

 

 さあ。

 撃ってこい。

 加山と同じだ。

 せめて──狙撃手の位置を判明させたうえで、自分は死ぬ。

 

 さあ。当真か、東か。

 どちらが撃つ。

 

 歌川が、屋上に昇り木虎に追いつく。

 

 そして、襲い掛かる歌川とスコーピオンで斬り結び──木虎は足を止めた。

 その瞬間。

 瞬時に──木虎の身体は、弾丸に貫かれる。

 

 その先には──No1スナイパー、当真勇の姿があった。

 

「──後は、頼みましたよ。佐鳥先輩」

 

 そして。

 同時に。

 

 レーダーに新たな反応が生まれると同時に。

 

「了解了解。──くらえ」

 

 歌川。

 そして、当真。

「え」

「おおう、マジか」

 二人ともが、感嘆の一言を告げる。

 

 双方の身体に──木虎と同じような弾丸が、埋め込まれる。

 

「──これぞオレのツイン狙撃。位置取り含めて完璧だったっしょ?」

 

 佐鳥賢。

 彼はバッグワームを解除し、二丁のイーグレットを構え──歌川・当真の双方をその弾丸にて仕留めたのであった。

 

「見てくれたか木虎このオレの完璧な狙撃──ぶげ」

 

 と同時。

 狙撃終了と同時にすぐさまその場を離れんと背後に走り出した佐鳥の脳天もまた、弾丸が突き刺さる。

 

「.....」

 東春秋のイーグレットが、佐鳥を仕留めていた。

「終わりか」

 東はそっとそう呟き、目を閉じた。

 その身が風刃の刃に貫かれる事すら想定内と言わんばかりに、ただそこに佇んでいた。

 

 

 太刀川の斬撃と弓場の銃撃が交差する。

 

 二刀から発せられる旋空。

 その範囲からギリギリ逃れられる位置取りをしながら、弓場は銃弾を吐き出していく。

 

 太刀川は、斬撃にかかる感性が非常に鋭い。

 旋空は、その刃が先端に至るほどに威力が増す。

 

 太刀川は──その先端に旋空を当てる事が非常に上手いのだろう。

 

 ただでさえ、伸縮するブレードを振り回すという非常に難しい技量が求められる旋空で、なおかつ相手は移動し距離感も変わっていく中だ。移動標的に旋空を当てるだけでも高度な技術と言えるのに──太刀川はその中でも、威力が最大となる部分に標的をぶつける技術が際立っているのだろう。

 相手との距離。移動する先。

 その全てを瞬時に把握した上で、必殺の斬撃を放っている。

 

 弓場は考える。

 この場で、太刀川よりも上回っている要素は何なのか。

 本来であるならば、それは射程であろう。

 

 射程を切り詰め弾速と威力を増している弓場の拳銃だが、それでも旋空の有効射程よりも長い。

 

 だが。

 背後から援護を与える三輪の存在が、その強みすらも消していく。

 放たれる鉛弾。

 あれを一発でも受けてしまえば、太刀川に詰められて一瞬で死んでしまうだろう。

 

 エスクードの陰に隠れ三輪の鉛弾を防ぎながら。

 太刀川に銃撃を浴びせ距離を調整する。

 

 だが。

 

「邪魔だな」

 ぼそりとそう呟くと、太刀川は加山が残したエスクードを次々と斬り裂いていく。

 

 エスクードの盾にも、限りがある。

 どうにか。

 どうにか──太刀川を、仕留めねばならない。

 

 こちらも、一人ではない。

 

「.....」

 嵐山がいる。

 

 まずは。

 三輪を仕留める。

 

「──が」

 

 太刀川が踏み込み。

 斬り裂いたエスクード。

 その陰から──弓場は、三輪に向け弾丸を放つ。

 三輪が弓場のその動きに着眼し、意識が割かれた瞬間。

 

 嵐山は──エスクードの壁側からテレポーターを起動し、三輪の側面を取った。

 テレポーターの弱点──視線の動きからテレポート先を読まれやすいという欠陥をエスクードと弓場の射撃で補い、そして突撃銃を放つ。

 

「く.....何故......!」

 

 三輪はそう声に出した瞬間──緊急脱出する。

 

 そうして。

 太刀川は背後から援護をしていた三輪を失い──その位置には、嵐山がいる。

 

 前方に弓場。

 後方に嵐山。

 

 挟撃を受けている中でも──焦りは、ない。

 

「旋空弧月」

 彼はくるりと最小限の足捌きで自身の身体を翻しながら旋空を放つ。

 その旋空は弓場の足元を削り崩し、嵐山の左足を削る。

 

 向かい来る弓場と嵐山の弾丸に幾らか貫かれながらも、それでも急所と手足を守りつつ──グラスホッパーを起動し、嵐山側に移動する。

 

「──ごめん、弓場!」

 そして。

 そのすれ違いざまに──旋空の一撃を嵐山に浴びせ、その首を斬り裂く。

 

 嵐山が緊急脱出し、そして残されるは──弓場と、太刀川。

 

「.....」

 

 弓場は、トリガーを切り替える。

 片手にアステロイド。

 もう片手にバイパー。

 

 エスクードの背後から弾丸を曲げつつ太刀川に向かわせる。

 

 それと同時に。

 バイパーの対処に少しばかり足を止めた太刀川に向け、アステロイドの銃弾を放つ。

 

 それを足捌きで避けつつ、太刀川の旋空が弓場に襲い来る。

 

「......やっぱり」

 その旋空を、弓場は避けない。

 避けず、向かい合い、それが到達する刹那に──弾丸を放つ。

 

「強ぇな、太刀川サン」

 確かな敬意をその言葉に乗せ──弓場の上半身は無惨にも斬り裂かれる。

 

 同時に放たれた弾丸は──されどクロスカウンターのように太刀川の左手を吹っ飛ばした。

 

「......あー」

 

 残るは。

 

 太刀川と。

 迅。

 

 足が削れただけで黒トリガーを所持している迅悠一と。

 左腕を失い、そして全身傷がついてしまった自分。

 そして無限に近い射程を持つ風刃と、もうまともに近付く事すらできない自分。

 勝負は、ついた。

 

「よぉ、迅──お前が見た未来、幾らか覆せたか?」

 

 そう呟き、太刀川は笑った。

 彼はそれでも最後まで役割を全うせんと迅に近付いていき──そのまま風刃に沈められた。

 

 こうして。

 空閑遊真をめぐる黒トリガー争奪戦は──幕を閉じた。

 


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