彼方のボーダーライン 作:丸米
まあ、その、何というか......
ふふ。
「さあて。──これから加山が入るからな。だいぶチーム戦略も異なる部分が出てくるだろうな」
弓場は、ミーティングの開始直後、そう口に出した。
「帯島ァ」
「ッス」
「率直に。加山をどう運用したら隊が強くなれると思う?」
加山は弓場と帯島の関係を見るに、恐らくは師弟なのだろうなと考えていた。
弓場は、帯島を試すような言動が多い。
何が最善で、どう動くか。その判断を帯島にさせ、弓場はそれに及第点かどうかを判断する。
こういうミーティングの場であっても、帯島に献策を求めることも非常に多い。
弓場は帯島の面倒を見て、帯島はそれを糧に成長せんと踏ん張っている。
弓場の問いかけを予想していたのだろう。帯島は落ち着いて答える。
「はい。加山先輩は、他の人が持たない戦術を幾つか持っています」
「何だ?」
「一つに、ダミービーコンとエスクード、メテオラを組み合わせて即席のトラップを仕掛ける事。二つに、ビルのような高い建築物をメテオラとエスクードを利用して崩壊させる技術」
「だな」
「一つ目の戦術は、隊長との連携の時に効果が発揮するもので、二つ目の戦術は外岡先輩との連携で効果があるものです。ビーコンで敵を引き寄せて、それに紛れた隊長が奇襲をかける事も出来ますし、隊長が追い込みをかけてトラップ地帯に追い込むことも出来るッス。二つ目の戦術は、単純に外岡先輩の狙撃範囲を拡大させる事が出来るッス。射線を防ぐ建造物を解体して、そこに外岡先輩を先回りさせる。隊長と、外岡先輩の二人。どちらも連携が仕掛けられます」
「成程なァ。なら、どっちの連携を優先させた方がいいとお前は考える?」
「マップの地形と対戦相手によって、変えるのがいいと思うッス」
その返答に、弓場は一つ頷いた。
「及第点だ」
そう弓場が答えた瞬間、帯島はホッと一息ついた。
「これからランク戦をする中で──A級でもトップを張れるエース格とぶち当たるような場合、連携して戦うのが吉だ。村上、生駒、影浦辺り。特に二宮サンと当たるときは連携しなきゃ間違いなく勝ち筋が得られねェ。そういう時は、俺との連携を最優先させる。で、狙撃手が外岡一人だったときや、射線が多く妨害されるような地形だったときは、外岡との連携を優先する。俺達がマップ決めする時、基本的にビルが多い市街地Bを選ぶから、その分でもこの戦術は噛み合う。適時、戦術は変えていく。──それでだ」
弓場は、加山を見る。
「お前は戦術の要だ。──どのチームもお前を真っ先に潰しにかかってくる」
「ですよねー」
放置しておくとトラップを作っていく上に、正面からの戦いも然程強くない。他チームからすれば、さっさと潰すに限る相手であろう。
「まあでもかくれんぼは得意ですよ」
「隠れていたり逃げている時は、お前が仕込めねぇだろうが。転送位置が俺と近ければそれでいいが、お前が孤立したら寄ってたかって潰されて終わりだ」
それでだ、と弓場は言う。
「俺とお前は、今の段階でもかなり連携の精度はいい」
「うす」
「なら。──後は帯島との連携がどれだけ上手く行くかだ」
そう言葉が発せられると、帯島は一つ頷いた。
「次のランク戦までに、お前ら二人の連携レベルを上げる。それが課題だ。気張れよ」
※
「──という訳で。ブースに来ました」
「ッス」
「お手頃な相手を探して、連携の練習に付き合ってもらいましょう」
「了解ッス」
ではでは。
練習に付き合ってくれそうなお優しい人たちを探しに、レッツ・ゴー。
※
「──麓郎! そっちじゃない!」
ブース内。
女の怒号が響き渡っていた。
響き渡ると同時、麓郎と呼ばれた男の首が落ちる。
香取葉子と、若村麓郎であった。
「何度も言っているでしょ! 追い詰められるとすぐに視野が狭くなるんだから!」
「す、すまん」
「私みたいな機動型の万能手がわざわざ銃手の正面から攻める訳がないじゃん! もうちょっと頭働かせろー!」
ぷんすかと怒る香取。ひたすらそれを受け入れる若村。
実に実に実に実に珍しい光景が、そこにあった。
その光景に目をぱちくりさせている三浦も、その鋭い眼光を浴びる。
「ア・ン・タも! こいつカバーしてさっさと落ちるんじゃない! 銃手のこいつ一人残して私に勝てるわけないじゃん! カバーするならタイミングを考えろっ!」
「ご、ごめんヨーコちゃん!」
「何度繰り返すわけ全く! はい、もう一回!」
香取葉子。
彼女はぷんすかと怒りながら──それでも男二人の連携訓練の相手をしていた。
個人ブース内で、市街地を再現して。
香取VS若村・三浦の構図で、連携訓練を行っていた。
かねてからの若村の要望かつ希望。
真面目になった香取葉子。
その姿がまさかまさか眼前に現れた。
真面目であるが、我儘。
上を目指すことを決意した香取葉子は──我儘に、即座の両者の実力向上を求めた。
その結果が。
コレである。
訓練内容は簡単。
二人がかりで香取葉子から一本を取る。
で。
十五本連続で取れないという現状が。
……まあでも。
以前よりも遥かにマシにはなっているとは香取も感じてはいた。
欠点を治す所まではいっていないが。
欠点に対して自覚的にはなっている。
欠点を意識し、その意識に基づいた行動は出来ている。
だが。追い詰められ、思考が回らなくなると無意識に根付いた悪癖が顔を出す。
なら。
反復して無意識から叩きなおさないといけない。
根気がいる。
......反復って、こんなにも苛々するものだな、と。
香取は一つ溜息をついてそう再認識した。
ここ最近。
発見と再認識の繰り返しだ。
才能頼みの物事の解決に頼ってきた香取が、知った──限界からの這い上がり方。
反復の繰り返し。
学習の積み重ね。
何度やっても覚えてくれない身体に叱咤を入れ、覚え込むまで体の芯まで反復動作として叩き込む。
ぶつかった壁に爪を立て、よじ登る。
爪先が剥がれようとも。
それでも昇る。
痛いけど。
苦しいけど。
苛々もするけど。
それでもやっていくしかない。
壁の乗り越え方は、泥の中で足掻き続けるようなものだ。
足掻くのをやめるか、続けるか。
今の自分は、続けることを選択した。選択し続ける義務を自身に、そして──親友という存在に誓って課した。
彼女は風間や三輪といった年上はおろか、緑川や木虎のような年下まで頭を下げ、個人戦を行ってきた。
彼等が当たり前のように行使している動きを反復し、実戦に落とし込む。
そんな地味な作業を、続けてきていた。
だから。
苛々しても。
やり続けるしかない。
「──とはいっても」
だから。
容赦も遠慮もない。
特に若村。
あれだけ香取に大口を叩いて努力しろと言っていたのだ。ここで弱音を吐く事など許しはしない。
でも。
「このままアタシと戦わせるばかりになっても、結局対応力じゃなくてアタシの対策になりかねないじゃん」
はぁ、と一つ息を吐いた。
そう。
この訓練はとにかくこの二人に応用の効く連携を叩き込むためのもので、香取の対策を叩き込むためのものじゃない。
これじゃあダメだ。
上のレベルに追い縋るためには、自分がどれだけ強くなっても──脇がしっかりしていなければ。
※
暫し訓練をしたのち、香取隊の面々は休憩に入る為、ブースを出る。
「お。──久しぶり、加山」
ブースを出ると、若村の目の前には加山雄吾の姿があった。
「チッス、若村先輩。どうですか調子の方は?」
「ん? いや......よくは、ないな。お前の方はどうだ。この前弓場隊に入隊したみたいじゃないか」
「そうなんですよー。後輩連れて連携訓練ですねー。若村先輩は、ここで何を?」
「ん。隊で連携の訓練だな。お前と同じだ」
「三浦先輩とですか?」
「ああ。それと、ヨーコも」
そう伝えられた瞬間。
加山は、首を傾げた。
え、どういうことだ。
「え? 訓練ブースに香取先輩いるんですか。うそぉ」
「嘘じゃないぞ」
「うわ。マジか。──よし、帯島」
「ど、どうしたんですか」
「非常に顔を合わせたくない人間がここにいることが判明したので、逃げる!」
だって気まずいじゃないか。
かつて自分が若村の前で「一番入りたくない隊」「お山の大将」等々。割と先輩に対して酷い事を言っていた自覚があるのだ。ダメだ目を合わせたくねぇ。木虎は煽ったらいい感じに熱くなってくれるが、あの手の人間は多分急激に不機嫌になって冷めてくるタイプだ。苦手なタイプなのは間違いない。
「──なに逃げようとしているのよ」
加山。
逃げ遅れる。
「──アンタが華が言っていた加山雄吾ね」
「はい」
「......」
「......」
無言。
お互い、言う事などなにもないのだ。
だって......好意も、悪意も、どっちもないんだもの。
と、思っていたのだが。
ジロリ、と香取は加山を睨みつける。
「......随分と、以前の私達を酷評してくれていたみたいじゃない」
「ヴェ」
変な声が出た。
おい。
まさか。
加山は若村を見る。
若村は──何も知らないと、首を振るばかり。
「華から聞いた」
「あ、そうですか」
よし、ならば仕方がない。
「ベ」
「緊急脱出しちゃダメッス! 加山先輩!」
ベイルアウト、という言葉を放とうとしたものの帯島に止められる。
「──ふん。別にいいわ。アンタなんか興味ないもの」
「あ、そりゃよかった」
加山。
ここでレスポンスを致命的に間違える。
香取独特のひねくれた感性から出てきたひねくれた言葉を、直球のまま受け、直球のまま返す致命的なミス。
このミスにより、香取のこめかみの青筋が一本。
突如発生した不機嫌オーラを感じた加山は、帯島に尋ねる。
「帯島」
「何ですか」
「俺は何かまずいことを言ったのか?」
「もうそのセリフの時点でやばいッス......」
「俺も興味ないし、相手も興味ない......という訳ではないのか。く、言語出力の系統が木虎と同じひねくれ型の人間か.......!」
加山が口を開くたび。
帯島はおろおろし、
三浦はどうしようもない半笑いで両者を見やり、
若村は頭を抱えていた。
「──上等じゃない」
口を引きつらせ、トリオン体でなければ千切れていたであろう青筋を顔面に浮かばせ、香取は加山を指差した。
「ブースに入って。ボッコボコにしてやる」
という訳で。
唐突に、加山と香取が戦う事になったのでした。